学院騒動 26
ギーゼルベルトが一気に踏み込み、魔術師殺しを振り下ろす。その様をのんびりと眺めたままのお師匠さま。
って、反応できてない!? お師匠さま!?
パシン。
そんな破裂音が響く。
お師匠さまが左腕を内側から外へと回すようにして、掌で振り下ろされる剣の腹を叩いたのだ。
お師匠さまの頭を割るはずの剣は、その勢いのまま左側へと流される。
お師匠さまの左腕はそのまま弧を描くように動き、腰だめに拳を握る。
同時にギーゼルベルトに向かって踏み込まれる右足。
剣の軌道を変えられ、体が流れてしまったギーゼルベルトは、懐深くに踏み込んできたお師匠さまにまるで反応できてない。
そして――
バゴッ!
お師匠さまの左拳がギーゼルベルトの腹に突き刺さる。
浮かび上がる体――って、全身鎧でガチガチの大人って、重いってもんじゃ――
ドゴッ!
さらに右拳が左脇腹に打ち込まれ、ギーゼベルドは無様に吹き飛ばされた。
真横に数メートル飛び、派手な音を立てて転がる。
「これで少しは納得できた? ほら、とっとと立ちなさいな。あたしを殺すんでしょ? いつまで呑気に転がってるつもり?」
「貴様……」
あ、凄い。全身金属鎧なにの普通に起き上がった。重量軽減の付与でもされてるのかな?
普通はあんなもの着て白兵戦なんてしない。理由は簡単、重すぎるからだ。基本、騎乗戦闘でしか着ない。というかできない。なにしろ、転んだが最後、自力で起き上がるのが困難なのだ。さっきも云ったけど、重いからね。それに加えて関節の可動範囲が制限されてるから。……そういや『ザリガニ』なんて悪意ある呼び方してる軽戦士の傭兵さんがいたな。『亀』と云った方が的確な気もするけど。
ギーゼベルトが剣を正眼に構える。
お師匠さまは相変わらず【影顎】みたいな笑みを浮かべている。
お師匠さま、その肉食獣みたいな笑い方はまるっきり悪役です……。
ギーゼベルトが先と同じように斬りかかる。今度は振り下ろしではなく、横薙ぎに振るう。するとその剣は急に跳ね上がり、お師匠さまにかすりもしない。しかしギーゼベルトはすぐに体勢を立て直し、剣を振るう、振るう、振るう。
お師匠さまはそれほど素早く動いているわけではない。だが、どれひとつとして当たらない。
剣を避ける。というよりは、剣の方がお師匠さまを避けているように見える。あれ? あのおっさん、剣に振り回されてる!?
どうなってるの!?
「ね、ねぇ、なんで避けられるの?」
モナが私の右肩を両手で掴んでゆする。
「わ、わかんないよ。というか、剣に振り回されてるように見えるんだけど、お師匠さまなにやってるの?」
常識的に、仮にも軍団長なんて職にある人物が、あんなお粗末な剣の振り方をするわけがない。絶対にお師匠さまがなにかやっているに違いない。
「ふふふ。さすがミディン様です。マスターの近接戦そっくりです」
なんだかルリちゃんが嬉しそう。
って、あれ? 転がってる兵士が増えてる! なんか四人もいるんだけど。え、いつの間に。
おかげで護衛騎士のふたりの仕事が増えてる!
「ルリ、ミディンはいったいなにをして、あの剣戟を避けているのだ?」
陛下がルリちゃんに訊ねた。
「陛下、あれは避けているのではなく、逸らしているのでございますよ。剣先と柄頭、そこに【魔法弾】を正反対の方向からそれぞれ撃ち込むことで、軌道逸らしているのでございます」
ちょ、なにそれ!? 確かにそれができれば、握っている手の部分を支点に剣が回る(って表現でいいの?)けど。でもお師匠さま、相手の剣なんて見てないよ!
なんでできるのそんなこと。というか、上手く行けば剣を落とさせることだってできるよね!? いや、指に当てれば落とせるよね? え、遊んでる?
「ラナ――」
「陛下、無茶云わないでくださいよ! 私が近接戦闘はからっきしなのはよくご存じでしょう! というか、そんなおかしなことができる魔術師なんて、初めて見ましたよ!」
あはは、ラナ様が混乱してる。
「あれが戦闘魔術師というものですよ。もっとも、私が知る限りあれができる魔術師は、いまのところマスターとソウさん、それとミディン様だけでございます」
あれ? なんでソウさんだけ敬称が違うんだろ? お師匠さまの兄弟子だよね?
ドゴン!
お師匠さまが拳を叩きつけるたびに、鈍い音が響く。でもギーゼベルトにはさしたるダメージがはいっていないように見える。
多分、あの鎧のせいだ。どれだけ対魔法性能が高いのよ!
でも、まだお師匠さまは【破導術】の防御主体の身体強化しか使っていない。
――いや、だから、なんで遊んでるんですかお師匠さま!?
「やれやれ、魔法を否定しておきながら、対魔、対物の防御が付与された鎧に身を固めるとか、おまけに武器は魔剣と来てる。また随分と都合がいいじゃないか!」
「使える物は使う! それだけだ!」
「魔法を否定しておきながら魔法の武具を使う。信念の欠片もないね」
「邪魔者を排除でいればよいのだ。事実、貴様も魔法を使えておらんではないか、【魔女】め!」
ギーゼベルドが突きを繰り出す。お師匠さまはそれを容易く逸らす。
「そうかい、じゃ、魔法を使ってやろうじゃないか」
「ハハハッ! 誰が呪文など唱えさせ――」
クー・ライバ
「!?」
「どうした? ただでさえお粗末な剣技がさらに鈍ったぞ」
ルー・ライバ
「貴様、弟子に魔法を使わせるとは、汚いぞ!」
「小僧、その耳は木の洞かなにかか? あたしの声も分からないとは」
ク・ファス
ル・ファス
カ・ラス
「ちょ、どうなってるの?」
「た、多分、午前の講義で紹介した以外の魔法発動だと思う」
モナががくんがくん私を揺する。
って、これ古代語と現代語の複合呪文だよね?
ル・ヴァーク・フェルス
「ルリ?」
「陛下、これは【獄炎】の魔法でございますよ。古代語では【ガ・オ】と、発音されております超級呪文にございますよ」
「【獄炎】って、広域殲滅魔法のひとつじゃない! こんなところで放って大丈夫なの!?」
「ミディン様がなんの考えもなしに放つとは思えません」
慌てるラナ様に、のほほんと答えるルリちゃん。
地獄に盛りし、猛き炎よ――
「さて、そろそろ離れてもらうわよ」
ガッ!
お師匠さまの左掌底がギーゼベルドの顎をかち上げる。次いで金色に輝く右拳をその胸に叩き込んだ。
ドゴン!
ギーゼベルドはまるで馬に蹴り飛ばされたように弾け飛んだ。
【破弾】。【破導術】の基本技であり、打撃力を上昇させる技だ。指南書には『その一撃は岩をも砕く』と記されている。
数メートルほど先に転がるギーゼベルドに向け、お師匠さまが届きもしないその場で蹴りを放つ。直後、倒れていたギーゼベルドはさらに弾き飛ばされた。
【烈破弾】。【破弾】の打撃を飛ばす、遠距離技。威力は【破弾】より落ちるものの、遠距離から飛んでくる見えない打撃は厄介極まりない。尚、本来は拳で放つ技だ。
「さぁ。これで距離は十分」
我が招きに従い――
「ルリちゃん、そっちの防御の方お願いね♪」
掛けっぱなしの【声送り】で届く呑気なお師匠さまの声。
「ちょおっ!? ミディン様!?」
あれ? ルリちゃんが慌ててる!?
「皆さま、私より後ろへ退がってくださいまし!
ル――って、詠唱なんかしてられるかぁっ!」
ちょ、ルリちゃん!?
ルリちゃんが喚いたかと思うと、両手を胸の前で組み合わせて、凄い勢いで指を動かしている。
これって、お師匠さまのいってた印法術!?
「――我が敵を焼き尽くせ。【獄炎】!」
「【凍結結界陣】!」