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冒険に行こう 3

「その話の前にちょいと確認だ。ミディン、キャロル、千年前の八ヶ国大戦に関してはどのくらい知ってる?」


先生が私たちに問うた。


「八ヶ国大戦? 西の大陸の魔法帝国が、七王国に対して起こした侵略戦争だよね。よりにもよって途中で塔に攻撃なんて馬鹿やって、神様の逆鱗に触れたせいで帝国の中枢が吹き飛ばされて終結した戦争。ただ七王国もほぼ壊滅状態だったんだっけ?」

「えと、ティエルナ、ウェンアデス、ルンガナの三王国が国家として完全崩壊。戦後併合して帝国になったことと、あと、エレミア王国がエレミア、リンスベルド、クルギナの三国に分裂したことくらいです」


 お師匠さまと私の答え。


「また、ざっくりとした答えだな。まぁその通りだが」


 八ヶ国大戦。西の大陸に存在する砂漠の魔導大帝国、カーン帝国が、ここ中央大陸西部七王国に対して仕掛けた大戦争である。わずか数か月で七王国を壊滅させた大帝国であったが、よりにもよって、このウィランにある『神の眠る塔』のひとつを攻撃したのだ。


 『智の塔』『剣の塔』『力の塔』と、その名の示す通り魔術、武器戦闘術、徒手戦闘術の修行場となっている三つの塔の最上階では、神が眠りについているのである。これは言い伝えの類ではなく、純然たる事実だ。そもそもこれらの塔は神が建てたものであり、第三次神々の戦の余波で崩壊していた世界の復興の起点となった場所なのだ。


 復興後、三柱の神はそれぞれの塔で眠りについた。これが戯言ではないことは、ほんの十数年前に証明されている。


 再び勃発した第四次神々の戦を治めるため、眠りについていた神々が目覚められたのだから。


「実際には神様が直接どうこうしたわけじゃないがな。その時のことが原因で魔術が少しばかり衰退したりしたんだが、まぁ、その辺は今回の話には関係ないから省くぞ。でだ、その八ヶ国大戦で帝国が使った兵器についてはどれだけ知ってる?」

「兵器? うーん、その辺はよく知らないなぁ。確か、たいして記録も残ってないんじゃなかったっけ? 知ってるのは……飛空戦艦だっけ? それくらい?」


 顎に人差し指を当てつつ、わずかに首を傾げながらお師匠さまが答えた。


 本当、お師匠さま、こういう仕草が絵になるよね。私じゃどうやっても、こうはならないよねぇ。ちんちくりんだし……。


 自分の容姿を思い出し、私はため息をつきたくなった。


「お師匠さま、あと鉄騎巨兵がありますよ」


 私はお師匠さまが失念している兵器のことを口にした。


「あぁ、キャロルは帝国でよくみてたか」


 ここでいう帝国はカーン帝国ではなく、七王国のひとつであるティ・ウェン・ルン帝国のことだ。


 私の母国。


 私は帝都で鉄騎巨兵をよく見ていた。なにしろ学院の裏庭に半ば埋まっていたのだ。リュリュとエルマイヤとの三人で魔法の練習をしていた時には、あのデカブツは嫌でも目に入っていた。とはいえ、さすがにアレを魔法練習の的にしようとは思わなかったけれど。


「まぁ、それだけわかってればいいか。さてミディン、キャロル、お前たちに調査を頼みたい。場所は帝国北方、大森林と『大地の背骨』山脈との境界上の奥地だ。そこでほぼ無傷の状態の『飛空戦艦』を見つけ――」

「飛空戦艦!? 本当!? 行く! 絶対行くわ! 空飛ぶ魔法の船! 面白そう!!」


 お師匠さまが先生の言葉を遮って声を上げた。


 うん。浮れてる。クルクル周ってるし。


「いや、面白そうって、お前な。とりあえず括ってある魔法式はコピーしたら、使えないようにきちんと消しておけよ」

「消すって、なんで? 勿体ない」


 不満そうにお師匠さまが先生を見つめる。


「……空から雨のごとく火球を降らせてくる代物を残しておきたいか?」

「また燃やされたくはないわね。わかった、任せて」


 お師匠さまの声色の変化に私は気がついた。お師匠さまは自分の左腕を押さえていた。


『左腕と左脚が完全に炭化して脱落してたらしいし』


 ついさっきお師匠さまが云っていたことを私は思い出した。


「あ、そうだ。シビル、暇なら一緒にいこうよ」


 先生のベッドで足をパタパタさせているシビルを、お師匠さまが誘った。


「やめとく。大地の背骨でしょ。それも北方地域だよ。そこって魔境で馬鹿みたいに強い魔物がウヨウヨいるんでしょ? あたしがそういうのを相手にするのは無理だよ。攻撃魔法とかからっきしだし、防御魔法もたかが知れてるもん」

「えー……」


 いや、お師匠さま、十歳児の体力で魔境を進むのはさすがに無謀ですよ。


「ていうかさ、ミディン、空飛ぶ魔法具造ってたじゃない。あれじゃダメなの?」

 シビルが訊いた。


「あ~、アレね。うん、失敗作みたいなもんだから」

「失敗なの? ちゃんと飛んでたじゃない」

「なに造ったんだ? その反応だと心配しかできないんだが」


 先生の言葉にお師匠さまが苦笑いを浮かべた。


「いや、サラサに頼まれたのよ。空飛ぶ箒を造ってって」

「本当にアイツは何をやってるんだ? どうせアレだろ。魔女は箒に乗って空を飛ぶものなのよ! とか云いだしたんだろ」

「一字一句間違ってません。さすがですね、ソーマ先生」


 私がそう云うとシビルがケラケラと笑う。一方、お師匠さまは苦虫を噛み潰したような顔のままだ。


「こんなんでさすがって云われてもな。で? なにが失敗したんだ? ちゃんと飛んだんだろう?」

「えぇ、飛びましたとも。ただ、飛んだ直後、サラサが逆様になってたけど」

「あれ面白かったねぇ。何度やっても同じことになってたし」


 サラサさんが試乗した時のことを思い出したのか、シビルは笑いっぱなしだ。

 そう、サラサさんは逆様になったのだ。箒に跨り、ふわりと浮き上がった直後にクルンと。何度やっても姿勢を保つことができず、箒に掴まった状態で逆様になったかと思うと、どてっと落下しまくったのだ。


「だいたい、箒に乗って空を飛ぼうっていうのが間違ってるのよ! あんな棒っ切れに跨って逆様になるなっていうのが無茶でしょ。それなのになんであたしが文句言われなくちゃなんないのよ! ちゃんと注文通りに作ったのにさ!」

「知るかよ。どうせどこぞの三文小説でも読んだんだろ」


 先生が呆れた。


「まぁ、サラサのことは置いといてだ。調査の方は頼むぞ。出発は明日の夜明け前。塔の方に転移の依頼しておくから、帝都から現場に向かってくれ」

「あ、こっから歩いて行かなくていいのね。って、夜明け前ってなんでそんな早い時間に出発するの?」

「こっちで朝飯食ってのんびり出たら、向こうじゃもう昼だぞ」

「へ、お昼? ……あぁ、時差があるんだっけね。二時間くらいだっけ?」


 ポンとお師匠さまが手を叩いた。


「そんなもんだな。ついでだから皇帝陛下の依頼も片付けとけ。例の台座がようやくできたらしいからな。早朝なら人出も少ないから安全だろう」


 陛下の依頼がついでなんだ。


 一応、帝国臣民である私としては、ちょっと複雑な気持ちではある。


「だけど悪趣味よね。自分たちの国を壊滅させた敵国の兵器だよ、あの鉄騎巨兵」

「見栄えがいいから、門の両脇に飾るんだと。どうせならポーズの希望も聞いとけ」


 先生は投げやり――


「って、陛下の依頼って、そんなのなんですか?」

「……呆れるだろ?」

「えぇ……」


 先生の言葉に、私は呆れるしかなかった。


「千年も前のものですけど、動くんですか? アレ」

「整備もなしに千年放置だからね。さすがに括ってある方程式が欠けてるかもしれないけど、そこはちゃんと補完するから大丈夫よ。多分、そう悪い状態でもないでしょ。いまだに錆一つついてないんでしょ? それだけきっちり術式が組まれてる証拠だし」


 問題ない問題ないとお師匠さまは呑気に笑ってるけど……大丈夫なのかな?


「それじゃ、今日は明日の準備をしてくれ。必要なモノと金は適当に持ってけ。金はそこの袋だ。足りないものは誰かに云えば用立ててくれるだろ。あ、場所が場所だ。戦闘も想定して――つか、実戦のひとつでもしてこい。いい修行になるだろ」


 先生の言葉に、私は顔を引き攣らせるだけだ。


 いや、戦闘って、やりたくないんですけど……。


「相変わらず適当だね。んー、それじゃ金貨一枚と銀貨二十枚持ってくね。多分こんなに使わないだろうけど。あとは、術式複写用に魔水晶と紙を一束と、それくらいかな」

「護身用の装備とかはいいの?」

「いまあるので十分だよ」

「あ、防寒具は持っていきましょう。この時期はまだ、帝国は寒いです」


 私がそう云うと、おぉっ! とお師匠さまが声を上げた。


「それじゃ厚手の外套を用意しないとね。新しいの買おうかなぁ」


 あの、お師匠さま? もうちょっと落ち着きましょうよ。お仕事ですよ。


「あぁ、そうだ。帝都からはリノに大森林へ送ってもらえ。確か、自分用の転移魔法陣を作ってたはずだ。あいつの自宅は大森林の中だからな、時間を短縮できるはずだ」

「あ、リノさん! そういえばあたし、まだ会ったことないよ! お土産買わないと! よし、キャロル、商店街へ行こう! お土産買うよ、お土産! ほら、急ぐよ!」


 ちょ、え? なんでリノ先生が?


 私がわけもわからず混乱している間に、お師匠さまは先生の研究室から飛び出して行った。


「ちょ、お師匠さまっ!? あ、先生、失礼します! お師匠さま、待って、速い、速いですよー」


 私は先生に礼をし、慌てて追いかけた。



 ★ ☆ ★



 そんなふたりを見送って、ソーマがため息をひとつついた。


「やれやれ」

「賑やかだね」


 ソーマとシビルが顔を見合わせた。


「本当に一緒に行かなくていいのか?」

「面白そうだけど、見ての通りのお子様だからね。山に行くんじゃ体力が足りないよ」


 シビルが肩をすくめて見せた。いかに上位人間種といっても、見た目通りの十歳の小娘なのだ。できうるだけ荒事には関わりたくない。


「そうだ、せっかく時間ができたんだし、私も空飛ぶ魔法具を作ってみよ」


 そんなことを云いだしたシビルに、ソーマは苦笑するとこう云った。


「空飛ぶ箒だけはやめとけよ」



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