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学院騒動 25


 【魔女】。悪魔と契約し、その御業を扱うもの。


 悪魔の代行者、と云ってもいいだろう。


 でも、悪魔=欲望の神、なので、神の代行者とも云える。


 不死の怪物を殲滅しまくっている【使徒】と、立場的には同じともいえる。【使徒】は導師級の魔術師であると同時に、冥界の神々の代行者でもあるからね。もしくは、旧王国時代にいた神官とか司祭みたいなものか。


 でも【魔女】が忌み嫌われるのには理由がある。


 欲望の神の代行者であるというのが問題なのだ。そう、自身の欲に忠実なのである。そのため、ロクなことをしやがらない。


 ……まぁ、人がもともとロクでもないということの証明みたいなものだけど。だって、人がとてもとても立派な存在だというのなら、犯罪なんて起きてやしないハズなんだから。


 あ、ちなみに、【魔女】なんて呼ばれているけれど、女ばかりというわけじゃない。男の【魔女】もいる。極わずかではあるけれど。なぜか女性が多いせいで【魔女】って呼称が先に定着しちゃったんだけどね。女しかいないと思われて。


 で、そんなロクでもない【魔女】呼ばわりされるということは、魔術師はもとより、それが魔法使いであろうが呪文使いであろうが酷い侮辱である。なにしろ【魔女】は悪魔から授かった術しか使えないのが大半だから。つまり、自分の努力というものが欠片もないのだ。


 そんな者と同類と扱われるのがどんなに腹立たしいことか。




「見つけたぞ! 魔女め!」


 喚き、赤黒い全身鎧を身にまとった男が演習場に乗り込んできた。上げられた面頬から見える髭面からさっするに、いい歳した中年のおっさんである。


 ああいう髭ってなんていったっけ? 両端、先っぽがくるんとカールしてる髭。


 武装は背に担いだ見事な装飾の鞘に収まった片手半剣……かな? 私はいまいち、両手持ち剣との見分けがつかないんだよね。両手持ち剣でも、微妙に短いのがあるから。


 あ、お師匠さまが皆にこっちに戻るよう指示してる。


「陛下、面白そうなのですこし姿を隠しておきましょう。ラナもこっちに来なさい」


 リノ先生の声。振り向いてみると、陛下の姿が消えていた。姿隠しの類の精霊魔法っぽいな。そういや、隠形系の魔法ってひとつも知らないや。


「さすがでございますね。リノ様」

「こうやって、コソコソちまちま魔物を始末するのよ、面倒だけど。そうしないとあっという間に厄介なことになるからね。まさか森を焼くわけにもいかないし」


 ……物騒な話が聞こえてきた。多分、大攻勢の時の話なんだろうなぁ。


「ね、ねぇ、キャロル。あれって魔剣の類なんじゃない?」

「んー? あー、みたいだねぇ」

「ちょ、なんでそんな呑気なのよ!」

「いや、だって……」


 どうみても粗悪品にしか見えないんだけど。というか、先生とかお師匠さまが面白半分で造るトンデモ武具を見てるせいで、私の基準がおかしくなってるからなぁ。もともと武器の類の相場は疎かったし。


「……ラナ、あの剣、見覚えがある気がするんだが」

「多分、戦時中に所在が不明になっていた魔術師殺し(メイジバッシャー)かと。あとあの鎧は、ファランの黒騎士鎧のレプリカですね。確か、対魔法防御の付与がされていたものです。恐らくはマンハイム伯爵家を潰した際に、所在不明になっていたものと思われます」

「あら陛下、良く覚えてたわね。魔術師殺しが盗まれたのは、確か陛下が七、八歳の頃だと思ったけれど」


 リノ先生の楽しそうな声。いや、いま騒動の最中ですよ。


「くそ爺が自慢していたからな。あの刀剣狂いで女狂いのクズが」


 せ、先代皇帝の評価が酷いですね。


「女癖が悪いのは似たようなものでしょうに」

「賢者殿、私とて分は弁えております。何を血迷って女神さまの剣を盗んだ挙句に手籠めにしようとか! 気が狂ってるとしか思えません!」


 ぶふっ! ちょ、これ不味いんじゃ。


「あー、大丈夫よ教師陣には聞こえてないから。ここの六人だけよ、聞こえてるのは」


 ……六人。陛下とリノ先生。ラナ様にルリちゃん。そして私と……驚いて固まってるモナか。後ろで控えてる護衛のふたりは除外されてたみたいだ。

 どういう基準なんだろ。というか、モナ、こんなこと聞かされて平気なのかしら?


「陛下、不用意すぎます」

「ぬぅ。……済まぬ、取り乱した。クソ、あの爺、無駄に長生きしおって。とっととくたばればよいものを」


 陛下の怨嗟が……。というか、先代の不祥事って国庫使い込みじゃなかったのか。

 あぁ、なんか、リノ先生の女神さまの話とつながるな。八つ当たりで魔物の首を刈ってたって、さすが武闘派の女神さまとしか……。


 と、とりあえずこっちは放っておこう。お師匠さまは――


 ずかずかと無造作に乱入者は演習場を突き進むと、お師匠さまの前に立つや、背の剣を抜き突き付けた。


「我が帝国に仇成す魔女め! このこの私がここに成敗してくれる!」

「五年前を思い出すわね。自分のやらかした犯罪を棚に上げて、同じようにソーマを糾弾してたわね、この国の大臣が。幸い、首と胴が離れることはなかったけれど、ものの見事に失脚してたわよ。

 で、なにを根拠に私を魔女と断定しているのかしらね?」

「しらばっくれるな! 早朝訓練中の部下を襲撃したことを知らぬとでも思っているのか!」

「はぁ? 襲撃なんてしてないわよ。感想を云ったら喧嘩売られたけど」


 お師匠さまが答えるも、あのおっさんは聞く耳持たない様子。というか、早朝ってことはあれか、帝都警備軍団の軍団長か、あのおっさん。


 ……なんであんな禍々しい鎧を着てるんだろ? ウィランで黒騎士さんを見たことはあるけど、あんな変に赤黒い鎧じゃなかったよ?


「はっ! どうせ魔法などと云う卑怯な術で不意打ちをしたのだろう」

「いえ、普通に殴っただけよ。見ればわかったハズよ。私の拳の痕が痣になってるはずだから」


 なに云ってんだこいつ。と、いわんばかりにお師匠さま。


 ……えーと、これは煽ってるのかな?


「殴った? はっ、見え透いた嘘を。どのような言葉を信じると思うのか? 【魔女】め」

「あぁ、もともと聞く耳を持つ気がないのね。要は云いたいことだけ云って、あたしを殺すと。当然、それがどういうことになるのか分かっているわよね? 陛下の不興を買うわよ」

「ふん、あんな小僧の天下などすぐに終わらせてやるわ! 純粋なる武力こそが正義なのだ。魔法など不要! ティーレマン侯こそが帝国を導くのに相応しいのだ!」


 おっさんが自信満々に宣った。


 うわぁ。莫迦だ。莫迦がいる。


「ラナ、早急に後釜を見つけろ。あの程度の頭の者に軍団を預けていたとは……」


 陛下がため息をついた。


 そりゃそうだ。明らかな反逆を、こんなところで声高に叫ぶとか、アホとしかいいようがない。


 まぁ、だからこそ、軍団兵がならず者集団みたいになってたんだろうけど。


 ん? あ、あれ? なんかお師匠さまの雰囲気が恐ろしいことになってるんだけど。


「近衛のお二人さん、落ち着いてね。アレはミディンちゃんが始末つけるから。気持ちはわかるけど、侮辱された上に喧嘩を売られたのはこっちだからね。邪魔はしないでね」


 ……リノ先生が護衛の騎士さんたちを脅してる。


「け、賢者様? 大丈夫なのですか? アレが装備しているのは、対魔術師用の装備ですよ!」

「あぁ、問題ないよ。そこらの木っ端魔術師ならともかく、あんな玩具じゃ傷ひとつつけられないよ。云ったでしょ? あの娘、私より上だって」


 リノ先生はなんだか楽しそうだ。


「ティーレマン……あぁ、昔、リュリュを利用しようと誘拐したクズか。気が変わった。相手をしてやるよ、小僧」


 ついと手を伸ばし、指先をちょいちょいと動かす。分かりやすい『掛かってこいよ』というジェスチャー。


 あ、おっさんがプルプル震えだした。というか、お師匠さまの口調がおかしい。あれが演技なのか素なのかはしらないけど、とにかく怒っていることは確かだ!


 あわわわ、どどどどうしよう、震えてきたんだけど。


「こ、小僧だと? 悪魔に股を開く売女めが。ギーゼルベルト・ティ=コスタだ。この名を土産に、悪魔の下へと帰るがいい!」

「はっ! 旧王国の貴族名を名乗るとか。何年経ってると思ってるんだ? 格付けのつもりかもしれないが滑稽だぞ小僧。もはや真実かどうかも分からぬ家名を誇らしげに騙り昂る輩など、例え年上だろうが無能なグズとして小僧扱いするのがあたしの流儀さ。いいからとっとと掛かって来なさいな。どうあろうとあたしを殺すんだろう? ぐだぐだ抜かさず殺ってみせ――」


 ガチン!


 お師匠さまの頭に、障壁に何かが当たって落ちた。


 あれは――クォレル?


 クォレルの辺りぐあいから、射撃地点と思われる場所に目を向けた。そこは裏口ともいえる、演習場の奥側の出入り口。


 クロスボウを持った兵士が、いつの間に移動したのか、ルリちゃんに首を掴まれて吊り上げられていた。


 もちろんルリちゃんの背丈では、そんなことは本来できない。でも、宙に浮いているのなら話は別だ。


 周囲を白い靄のようなものが覆っている。


 あれ、冷気だろうなぁ。あの兵士、もう凍えて動けないんじゃないかな。あ、手を離した。

 兵士は崩れ落ちると、ピクリとも動かない。


 ルリちゃんは地面に降りると、兵士の右足首を掴んでずるずると引き摺って戻って来る。


「あははは! 偉そうに喚いておきながら、やることは暗殺まがいの不意打ちかい。しかも手下にやらせるとか、やっぱりクソガキじゃないか臆病者。年長者として敬意を払うに値しないね。そんな大層な装備で身を固めておきながら、自分で攻撃できないとか、とんだヘタレだ」


 その一部始終を見ていたのだろう、お師匠さまがケラケラと笑う。


「なぁ、小僧。卑怯なのはどっちだい?」


 お師匠さまが私の【影顎】みたいに笑う。


 途端、ギーゼルベルトが一気に踏み込み、魔術師殺しを振り下ろす。その様をのんびりと眺めたままのお師匠さま。


 って、反応できてない!? お師匠さま!?


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