学院騒動 24
■Side:Carol
チーム戦が開始された。
うん。お師匠さま、さすがにテーブルと椅子は片付けた。送還せずに袋に詰め込んでたのは、きっと送還すると研究室で転がってることになるからだろうな。
呼び出す時はきちんとでてくるのに、送り返すとひっくり返ってるんだよね、大抵。
このあたりを調整してみたいんだけど、お師匠さまに訊いても『あたしも訊きたいくらいなんだよね。なにが悪いんだろ?』とか云ってたし。
もう、こういうものだと思うしかないのかな?
と、それよりも模擬戦だ。
お師匠さま、今度は煽らず真面目にやっているけど、使っている攻撃魔法は予告通り【魔法弾】のみ。それも単発。
にも関わらず、防御、支援係の魔術師はすでにふたりリタイアしている。
私がポコスカやられたのと同じことになってる。
対象から少し離れた死角、それも障壁の内側に、ぽん! といきなり現れた【魔法弾】がピュンと飛んで当たる。そんなことが数回続いてペンダントは緑から赤に変わって終了。
これは、さっきアマーリエ様がやってたのと同じ技術だ。
そこまで難しいことではないけれど、術の展開とその精度が段違いだ。
普通はこんなにポンポンと、ピンポイントに動いている相手の死角に【魔法弾】を発現させるなんてできやしない。
お師匠さまの目的は、障壁魔法を張る位置を、できうる限り体の近くに張らせる意識を持たせることだろう。ただ、ある一定以上近くなると、四肢が障壁からはみ出してしまうから、躰の表面を覆うように展開しないといけない。
これができるようになるのが、防御系魔術師の最初の目標かな。たしか、お師匠さまがそんなことを云ってたのを覚えてる。
ただ、これ難しいんだよね。ところどころ障壁が破れたり、障壁の張り損ねたみたいに、体表を覆い損ねたりするから。
……あれ? とすると、さっきのあのペンダント、とんでもない性能なんじゃ。
★ ☆ ★
■Side:Midyn
てくてくと左へ移動する。ただそれだけ。それだけで、放たれた【魔法矢】の発現場所があたしの張っている対魔法障壁の外側となる。
当然、発射された【魔法矢】はあたしには届かず、障壁の周囲をぐるりと一周して発現場所へと返される。
「あぁ、また! なんであんな歩いただけで無力化されるの!?」
魔法を放った生徒が叫んだ。
うーん……あの感じだと、なんであたしに予見されているのか分かってないかな?
適当な位置に【魔法弾】を設置。
キャロルなら「うひゃぁっ」とか陽気な悲鳴をあげて躱すくらいのやや甘めの位置だ。このくらいでポロポロ落ちるレベルだと、ちょっと実戦に出せないよねぇ。それこそ文字通り「死んで来い」って命令になっちゃうし。
これ、明らかに焦点の付け方をまともに習っていないよねぇ。これまでの教師は何を教えていたんだろ。
確かに、焦点の揺らぎを察知するなんて普通できないから、そんなの予想もできないだろうけど。でも、それを誤魔化す手法なんて幾らでもあるんだから、もうっちょっといろいろ想像して欲しいんだけれどなぁ。
攻性にしろ、防性にしろ、どっちもできていないとは、先が心配だよ。
「グレーテ、合わせて!」
「難しいこと云わないでよ!」
「ミンナがリタイア! もう守りはないわよ!」
連携がもうボロボロだねぇ。即席のパーティだから仕方ないのかもしれないけど、でもあっという間に三人脱落するっていうのはさすがに……。
連携はそれなりにできてるけど、やっぱり詠唱がネックになってるわねー。詠唱さえなければ、一発くらい当てられたろうにね。射撃タイミングがこうもバレバレだと、避けてくださいって云ってるようなものなんだけど。ディレイのかけ方を教えてもらってないのかな?
つーか、なんであのおっさんは、実戦的な技術を教えていないのかな?
あたしのやってることを見取りでそれなりに実践できてるんだから、十分身に着けられる才能はあるってことだし。
呪文短縮とか、呪文偽装とかいろいろ教えられる小技があるでしょうに。
まさかとは思うけど、魔術師のふりした魔法使いとかじゃないでしょうね、あのおっさん。
あたしはちらりと、攻撃系魔術教室担当教師とかいう小太りのおっさん、ドリスタンとかいうのに視線を向けた。
おっさんは目を見開き、馬鹿みたいに口を開けていた。
あー、うん、ダメだアレ。どうしようかな、ほんとに誰か紹介しようか。知り合いで暇してて腕のいい魔術師(色物じゃない)っていたかな。
マリーンさんは暇じゃないし。守護者勢は引っ張って来るなんてまず無理だし。レディさんはどっちかっていうと精霊術師でしょ。ソウさんは色物過ぎてあの娘たちまずついていけないしね。……中級魔術までしか使えないのに、条件つきならソーマに勝てるってだけで、おかしいからね。
そうなるとシャリーさんくらいか。でもあの人、メインは死霊術だしな。回復系の魔術だけ使って、死体だのなんだのは無視しているけど。……うん、ほとんど【使徒】みたいなことしかしてないね、シャリーさん。
意外と紹介できそうな魔術師がいないな。だいたい、優秀な者はみな忙しいんだよねぇ。それに、現場叩き上げの魔術師の大半は、大抵クセが強すぎて教師に向かないと来ているし。
……あとはシビルくらいか。でもあの娘に教師させるのはさすがにダメよね。やっと落ち着いて生活できるようになったんだから。というか、さすがに十歳児を教師と認めるだけの度量はこの娘たちにはないわね。いいとこのお嬢さんたちだし。
おっと。
トンと、軽く跳ぶ。
足元を狙って発現したふたつの【魔法矢】を障壁の外側へともっていく。
「くぅっ! 逃げられた!」
「あはは、上方向への移動はすっかり抜け落ちてたよ。どうしましょ」
「あぁっ! 赤になった! ごめん、離れるね」
八名中五人目のリタイア。パーティとしては完全に瓦解している。実戦ならば、生き延びることを考えなくてはならない状況だ。
うん。諦めない姿勢はいいね。模擬戦なんだから、やれることは全部やってなんぼよ。ソーマに叩かれて、多少は根性がまっすぐになったのかしらね? ロクな評価されてなかったけど、これなら塔のクズ学生なんかより遥かに好感がもてるってもんだよ。
★ ☆ ★
■Side:Carol
ほへー。旧ユリウス教室のみんな、思ったよりも実力が上がってる。
これはあれか、先生に基礎部分を補強された結果かな? 地力ができれば、できることが増えるからね。
つか、それだけの才を開かせることができなかったってことか、ユリウス先生。
……本当にボンクラだったんだね。
「ソーマ先生と比べて、ユリウス先生の無能っぷりがよくわかるね」
モナがぼそっと云った。
「でも初期は、私たちみんな落ちこぼれだの無能だの恥さらしだのゴミだのって、さんざん云われたね」
「……えっ?」
ラナ様が顔を引き攣らせた。
「ど、どういうこと?」
「いえ、キャロルが云った通りですよ。ソーマ先生は最初の三か月は、基礎を徹底的に鍛えることに終始していましたから。私たちはずっと落ちこぼれ扱いだったんですよ。なにせやってたことが【魔法矢】のみの習熟でしたから」
「ユリウス先生はソーマ先生を辞めさせようとしていたみたいですね。で、私たちを自分の生徒に取り込みたかったみたいですけど……」
「え、そうなの? 私、ユリウス先生に『近寄るな無能なゴミめが!』とか罵倒されたんだけど」
おぉう、モナも酷いこと云われてたんだ。
「あ、終わったね」
「うん、思ったよりみんなの実力が高かった。一番の敗因はなんだろう?」
「目に見える問題は詠唱かなぁ。頭っからただ唱えるのはねぇ」
「そうだねぇ。バレバレだもん。せめて【魔力隠蔽】ができれば、発動タイミングがバレバレでもなんとかなりそうだけど」
かつての同級生たちの敗戦原因を分析する。
お師匠さまの手本通りのことは出来てるんだから、なんというか、残念だよね。
「ふたりは、いま云ったようなことはできるの?」
ラナ様が訊ねる。
「えぇ、ソーマ先生が『騙し討ちは基本だ』とかいって、いろいろと小技を教えてくださいましたから」
「長々と呪文を唱える途中で魔法発動とかすると、大抵相手はびっくりするんだよね。詠唱が終わってから発動するって思い込んでるから」
うんうんと、私とモナは頷き会った。
するとそんな私たちを見つめていたラナ様が、おもむろにこんなことを云いだした。
「モナさん、このまま来季も教師を続けてくれない? もちろん攻撃系魔術教室の方で。できたらキャロルさんも」
「「お断りします」」
モナと答えがハモった。
というか、教師役育成はユリウス教室で、ソーマ教室は現場を経て国の重鎮ルートが決まっているんですから、他のみんなも首を縦には振りませんよ。
「ラナ、あまり無茶を云うな。ソーマ殿との約束を違える訳にはいかんぞ」
「陛下、人材はまったく足りていないのです。スカウトで希望されさえすれば、まったく問題ありません」
ラナ様がヴィルヘルム陛下に云い切った。
いや、確かにそうですけど、指導要員には旧ユリウス教室の生徒がなるはず……って、その彼女たちの指導役か。
さすがに散々人を馬鹿にしてた連中のへの指導とか、願い下げですよ。
ラナ様が再び私たちに向き直り、口を開こうとした時――
「見つけたぞ! 魔女め!」
こんな罵声が突如として演習場に響き渡った。
今度はなんなの?
魔女呼ばわりとか、どう考えてもロクでもないことだよ。
私は頭を抱えたくなった。