学院騒動 22
フィリナさんが再び呪文を詠唱し、【魔法矢】を創り出す。
あ、今度は五本だ。普通に魔法を強化して五本か。凄いな。
魔法の強化。なんてことはない、力任せに強化している、というのが現状だ。要は、本来必要な魔力を増量しているだけだ。
基本的に、威力を上げる。数を増やす。射程距離を延ばす。効果時間を延ばす。といったところだ。
フィリナさんがやったのは本数を五本に増やしたわけだけど、単純に、一回の呪文詠唱で五回分魔法を行使しただけである。つまり、使用魔力も単純に五倍。制御の関係もあるから、実際には五.二倍くらいかな。
これは私たちソーマ教室の卒業生がやっている術式と根本から違っている。
フィリナさんが使っている、いわゆる標準仕様の【魔法矢】強化拡張は、いうなればオーダーメイドの【魔法矢】を五本用意したものだ。まさに一本一本職人がこだわって創りあげたような。
そして私たちの使う多重型の【魔法矢】は、単なる十把一絡げの量産品だ。
そもそも、つかう魔力量からして違う。
当たり前だ。標準仕様のやり方だったら、普段五千本とか出してる私だって、数十本も出したら魔力枯渇を起こしてぶっ倒れる。
細かい説明は割愛するけど、私たちのやっているのは、一本の【魔法矢】を分割しているようなものだ。もちろん、そんなことをすれば、一本当たりの魔力量は減少し、威力も落ちる。だが、そこは術式を工夫して威力を維持させているわけだ。
おかげで術式がかなり高度になってしまっているけど。数十本から数百本を一単位として、これを多重発動する。これで一度に五千本とかおかしなことを実現しているわけだ。まぁ、途中で術式の複写とか、増幅とかいろいろあるけれど。
この辺の基礎術式は結構面白いんだよね。いろんな魔法に使えるし。多分、やろうと思えば【火球】数千個発射とかもできる。……まぁ、さすがにこれは、超級呪文の【獄炎】を使った方がいいと思うけど。効率的に。
と、模擬戦に集中しないと。
貴重なお師匠さまの戦闘だもの。
フィリナさんの頭上に五本の【魔法矢】が出現する。
そして、びっと、お師匠さまを指差すと【魔法矢】がお師匠さまに向かって真っすぐ飛んでいく。
でも五本の【魔法矢】は当たるどころか、お師匠さまの周囲をぐるりと一周してフィリナさんへと戻っていく。今度は先ほどと違い、その中途で【魔法矢】は消滅した。
なるほど、限界射程距離を短く設定し直したんだ。
単発はもとより複数発でもお師匠さまには通用しない。普通に直接魔法攻撃を行うのは無駄だろう。
フィリナさんはしっかりとお師匠さまの姿を見据える。
あ、フィリナさん、一瞬緩んだ口元を、慌てて引き締めてる。
まぁ、仕方ない。お師匠さまのあの愛らしい姿は反則だもの。
まさにクールビューティという様を見せつけていた午前中と違い、今、目の前で幸せそう肉饅頭を食べているお師匠さまの姿はとてつもなく貴重だ。
きっとみんなこう思っているに違いない。
あの容姿でこの可愛らしさはズルい。
フィリナさんは真面目腐った顔をしつつ暫しお師匠さまを観察すると、やおら呪文を唱えはじめた。
発動させた魔法は【火球】。
フィリナさんの頭上に赤い光球が生まれる。
【火球】の魔法は術者によって発現の仕方が少々異なる。大抵は炎を纏った球体という形状で発現するが、中にはフィリナさんのように炎を内包した単なる球体として発現する場合もある。
かくして、フィリナさんが出来上がった真っ赤な球体をお師匠さまに向けて放った。
真っ赤な球体はまっすぐお師匠さまに向かって突き進み、そして――
「炸れ――あれぇっ!?」
フィリナさんが頓狂な声を上げた。
無理もない。無理もないよ。
だって、勢い込んで放った魔法が、どういうわけだかお師匠さまのピンと立てた左人差し指の上にふわふわと浮いているんだもの。
……えっと、魔法を乗っ取った?
フィリナさんはもはや声も出ない。
こんなの、どうやって攻略しろというのか。
「……あの、キャロルさん、ミディンさん、出鱈目過ぎじゃないの?」
驚いた表情のまま、ラナ様が呟いた。
「そういえば、お師匠さまが先生に初めて会った時、先生が同じことをしたそうですよ」
「いや、どんな状況だったの? それ」
モナが訊いてきた。モナも顔がびっくりしたままだな。
「いや、なんか町中で【火球】ぶっ放した莫迦がいたらしいよ。お師匠さまと先生を殺そうとしたのかな? そうそう、魔法解禁前の話だよ、これ」
「え、帝国でのことなの!? ……どれだけ波乱に満ちた人生送ってるの?」
それは、私もそう思うよ。
「嘘でしょ、なんで【火球】が【水球】に変化するの?」
なんだかラナ様が泣きそうだ。
っていうか、お師匠さま、なにやらかしてんですか。
「うわ、赤が青になった……えぇ?」
モナが呆然と呟いた。
お師匠さまは【火球】を【水球】に変化させと、その【水球】を取り出した木製マグカップに落とした。
湯気がでているところから、水ではなくちゃんとしたお湯なのだろう。
そこに携帯用に開発した粉末状のお茶の素を加え、カラカラとスプーンでかき混ぜる。
スプーンをふたつ目の肉饅頭の乗る皿の端に置くと、両手で包むようにマグカップを持ち、ゆっくりとお茶をひと口。
肌寒いこの陽気の中ではありがたい一杯だ。
にへー。とほほ笑むお師匠さまは、本当に幸せそうだ。
一方、その様子を見ていたフィリナさんは、疲れ果てたような表情を浮かべていた。
「降参します」
泣き出しそうな顔で暫し逡巡した後、フィリナさんはがっくりと項垂れ敗北を宣言した。
「これは仕方ないよね。でも後続の人たちはどうするんだろ?」
モナが呟く。
うん、なんか円陣組んで相談してるね。
フィリナさんは……あ、お師匠さまに呼ばれてる。
なに話してるんだろ?
「キャロルさんはミディンさんと模擬戦はしたことあるの?」
ラナ様が訊いてきた。
「模擬戦というか、試験はありますね。どんな手段でもいいから、私に一撃ぶちかましなさい! って云われて、模擬戦っぽいことはしたことがあります」
「それ、模擬戦じゃないの?」
「だってお師匠さま、最初に障壁を張った後は、単なる棒立ちで突っ立ってるだけで、攻撃とかしてこないからね。基本、いまと同じ状況だよ。模擬戦とはいえないよ」
モナにそう答えると、モナは納得したらしい。
片方が一切攻撃しないのは、模擬戦とは云えないだろう。
「キャロルさんはどう戦ったんです?」
「さっきと一緒ですよ。真っすぐ行ってぶん殴るです」
「そういやあんた、大人しそうな見た目に反して脳筋だったわね」
脳筋云うなし。単純にそれがその時、自分ができる最適ってだけだよ。
思わずモナを睨みつけた。
「そんな目で見たって駄目よ。そういやふたり一組で模擬戦やったときに、あんたが云ってたこと思い出した」
「なんで知ってるの!?」
あれは私の黒歴史みたいなものだ。
「そりゃ、エリザベスがあんたの無謀に頭を抱えてたからだよ。エリザベス、あんたの模擬戦の方針にびっくりして、大騒ぎしてたから、みんな知ってるよ」
うぅ、あの時はまだロクに魔法使えなかったから……。
「モナさん、キャロルさんはなんと?」
「『考えるな、殴れ』です」
「……完全に脳筋、もしくは狂戦士の思考じゃないですか」
うぅ……だって、その方が早いんだもん。
「さっきの模擬戦からして、ちっとも変わってないね。ある意味安心したわ」
「い、いまは違うよ。さっきは攻撃魔法縛ってたから、ああなっただけで」
「攻撃魔法が使えたら?」
「【追尾魔法矢】五千本ぶっ放します」
自信満々でラナ様に答えた。出せる最大火力で殲滅するのは正道だよね。
「これは……なんでしょう?」
「暴力万歳?」
ちょ、酷いよ、モナ。
間違いじゃないでしょ!? 間違ってないよね。
ないよね!?
あれ?