学院騒動 21
私の模擬戦があっさりと終わってしまって、予定よりも早くお師匠さまとドリスタン教室のとの模擬戦が始まることとなった。
……ドリスタンとかいう、あの先生。クビになりそうだけど。
ちらりと、先ほどから小声で話しているラナ様とヴィルヘルム陛下の方に視線を向けてみる。
……なんか、模擬戦の結果如何によって決めそうな感じなんだよね。
午前中のアレが酷かったからね。
口は災いの元。
……いや、無知なだけだから、意味が違うか、これ。
というか、魔法使いの認識のまま魔術師をやってるっていうのが、ある意味凄いな。
……まさかと思うけど、そういう魔術師が現在の帝国標準なんてことはないよね。
あぁ、そういえば、ラナ様が頭抱えててっけ。うん、あのおっさんがダメなだけだ。
「キャロルさん。ミディンさんの戦闘能力はどれくらいなのかしら?」
ラナ様が突然そんなことを聞いてきた。
えーと、どうしよ。
私、お師匠さまが戦ってるところ、一度も見たことないからわかんないんだよね。
「ラナ、それは聞くものじゃないでしょうに。相手によっては殺されるわよ」
「ですから相手は選んでいますよ、賢者様」
しれっとした調子でリノ先生にラナ様が答える。
……これくらい強かじゃないと、宮廷魔術師とか務まんないんだろうな。
こうしてみると、私、先生に拾われて幸運だったな。多分、私じゃ宮仕えは無理だ。
「とりあえず、今朝、帝都警備軍の一軍を素手で殴り倒して壊滅させたらしいわよ」
あ、リノ先生、それ云うんだ。
あー、ラナ様と皇帝陛下、固まってる。
うん。魔術師が軍団に対し、魔法を使わずに拳で勝ったっていうのが、そもそもおかしいからね。
「あー、賢者殿、それはなんの冗談なのだ?」
「冗談じゃないわよ」
「ミディン様は我ら十三人衆のひとり、マーシャル・ザ・ベアナックルより護身を伝授されておりますから。そこいらの木っ端軍人が束になろうと、ミディン様に勝てる道理などございません」
にこにことルリちゃん。
そして今朝、お師匠さまから聞いた経緯をそっくりそのまま話す。
うん、一切の誇張がないあたり、ルリちゃんはしっかりしていると思う。
問題なのは、聞き手が半信半疑だということで。
……お師匠さま、肉弾戦やるようにはちっとも見えないもの――ん?
「なに? モナ」
「マーシャルって、あの時護衛してくれたブレイドさんの恋人さんよね? どのくらい強いの?」
「いや、恋人じゃなくて同僚? だよ。強さに関しては、強すぎて強さがさっぱり分からないレベル」
あ、モナの顔が引きつった。
いや、だってねぇ。手加減して殴って、普通に人が宙を舞うんだよ。
そんなの『なんか凄く強い』としか分かんないよ。
「誰かー。開始の合図をー」
あ、お師匠さまだ。やっと相手方の順番が決まったみたいだ。
最初は……模擬戦を希望した生徒さん。見たことないから、アマーリエ様と同様、中途入学組かな。
「あれは、アマーリエ様同様、魔法解禁後に傭兵登録して独自に魔法を学んでた娘ね。えーと、皇室御用達の宝飾店の娘さん。フィリナ……だったかな? 母親がどこだかの貴族の四女だったハズ」
モナが教えてくれた。
ふむ、一応、経験者というか、実戦で叩き上げてきたって感じか。入学してきたってことは、やっぱり士官目的だろうなぁ。今なら漏れなく確実にいいところに入れるし。
あ、ラナ様が前にでた。
「私が審判を務めさせていただきます。
双方、よろしいですね?
では、模擬戦、開始!」
「魔力よ、輝く矢と成りて敵を撃て!」
フィリナが開始の合図とともに【魔法矢】を放つ。
魔力励起から構築、射出までなかなか早い。呪文も簡略化しているあたり、元ユリウス教室の連中より上の実力だろう。
【魔法矢】は一直線にお師匠さまに向かってすっ飛んで行き――
ピタッ!
お師匠さまの直前で止まった。
……え?
魔力で創られた矢が、空中で静止していた。
お師匠さまはそれを確かめると、てくてくと無造作に近づき、その横に回り込むと、むんずと無造作に下から矢を掴んで、くるんと百八十度反転させた。
「ほいっと」
ばちん! と、魔力矢の尻にデコピンを一発。魔力矢はたちまち、射出したフィリナに向かってすっとんでいく。
それを見て、あまりに常識はずれな出来事に呆然としていたフィリナが慌てて両手を突き出し、魔法を発動する。
「た、たた、【対魔法障壁】!」
障壁を張った直後、自分の放った【魔法矢】の直撃を受けて霧散した。
「おぉ、凄いね。完全略化呪文かな? それとも無詠唱かな? ここまでできてるなら、もう実用レベルの魔術師だ」
やっぱり現場で叩き上げられると、学院の促成魔術師とは地力が違い過ぎるな。
結局、頭でっかちは現場で使い物にならないし。
【黒】事件で、それは思いっきり露見したからね。
「これで継戦力があるなら、十分現場でも通用しそうね」
ラナ様が感心している。
「ところでキャロルさん」
「なんでしょう?」
「あの【魔法矢】が止まったのって、何? それに手で掴むとか、あり得ないようなことなんだけれど」
「……わかりません」
多分、【魔法感応者】っていうのに関連してるんだと思うけど。いや、ああいうことができるから【魔法感応者】ってことになったのか。
うん、よくわからない。
あまりのことにオロオロとしているフィリナを完全に無視し、お師匠さまは暢気に何か召喚をしている。
足元の地面が光り、そこから召喚されたものがせり出してきた。
それは、一台のテーブルに一脚の丸椅子。お師匠さまがいつも研究室で軽食を摂るときに使っている簡素なものだ。
おもむろに椅子に腰かけると、お師匠さまは腰の【深き袋】から、昨日、屋台のおばちゃんからもらった肉饅頭を取り出した。
シビル特製【深き袋】のおかげで、肉饅頭は一日経ったいまでも、出来立ての熱々のまま。
そしてお師匠さまは、それはそれは幸せそうな顔で肉饅頭にかぶりつく。
溢れる肉汁とその熱さ、美味しさにじたばたする様は、まるで幼児のようだ。
いや、お師匠さま、なにをしているんですか。
そんな見惚れるような、すっごいいい笑顔で。
相手を煽ってるんでしょうけど、フィリナさん、攻撃していいものかどうか迷って、困ってますよ。
そんな幸せそうな状態の人に攻撃って、どんな悪党だよ、って感じですし。
フィリナさん、相当に善良な人なんだろうな。普通はふざけんなって怒るところだろうに。
「あのー、お師匠さまは煽ってるだけですから、普通に攻撃しちゃって大丈夫ですよ」
とりあえず【声送り】で云ってみる。
あ、フィリナさんがこっち見た。驚いた顔をして目をパチパチさせていたかと思うと、キッとした顔でお師匠さまに向き直った。
……ちょっと怒っちゃったかな。
あ……ちょ、お師匠さま、そんな目で見ないでくださいよ。余計なことを……って、しょうがないじゃないですか。
って、それでも食べるんですか!