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学院騒動 20


 一方、エヴェリンは『喰われる』という、あまりの恐怖に失神していた。それこそ、あらゆるものを垂れ流して。




「うわぁ、大惨事だ」


 モナが呻くように呟いた。


「あぁ、うん。これはちょっと可哀想ね。あ、皇帝陛下、申し訳ありませんが、後ろを向いていてください。見ちゃダメですよ」

「あぁ、分っている。始末が済んだら教えてくれ」

「お目付け役は私にお任せくださいませ」


 既に護衛と共に後ろを向いていた皇帝陛下のそばで、ルリが楽しそうに云った。

「うん。なんでルリちゃんが普通にお茶くみしてるのかわかんないけど、信用というか……大丈夫なのよね?」


 ミディンが遂に訊いた。


「なぜか陛下が庇護しているのですよ。身元に関しては把握しているので、問題はないというか……いえ、ないわけではないのですが……」


 ラナが困ったように云うと、ルリがにこやかに皇帝陛下との関係を答えた。


「陛下はファルネーゼ書店のお得意様にございますよ」


 いや、だからってお茶くみとか、普通に無理でしょ。警備の関係から。


「あと、陛下には以前から口説かれておりますので」

「「陛下……」」


 ラナとミディンが冷めた目でヴィルヘルムの背中を見つめた。


 ルリはどうみても未成年の少女にしか見えない容姿なのだ。実際の年齢はそれどころではないが。


「い、いや、ラナ、誤解だ。そういう意図で口説いたのではない。彼女は非常に優秀で博識でな。政務補佐官として勧誘したのだ」


 ヴィルヘルムの答えにミディンは納得した。


 気が重く感じながらも、私はお師匠さまの元へと戻ってきた。


「お帰りー」

「だたいま、モナ。お師匠さま、戻りました」


 モナは呑気だ。どうにも酷い戦い方だったから、お説教されるんじゃないかと気が気じゃないのに。


「はい、お疲れ、キャロル。あ、ペンダント、彼女のも持ってきてくれたのね。ありがとう」


 私はお師匠さまに、私とエヴェリンの分のペンダントを渡した。ペンダントはたちまちの内に魔力を充填された。


 お師匠さまの魔力容量ってどのくらいなんだろ? ほとんど底なしに思えるんだけど。


 お師匠さまの鮮やかな手腕を眺めながら、私はぼんやりとそんなことを思った。


「さてと、反省とかの前にとりあえず確認をひとつ。キャロル、あんたあの光の精霊が強化されてたことに気が付いてた?」

「え? 強化されてたんですか? というか、精霊って強化できるんですか?」


 思わずを首を傾げる。するとお師匠さまは顔に手をあて項垂れる仕草。


「あちゃあ、そこからか。お説教しようかと思ったけど、これはこっちの指導不足になるわね。ごめんね、キャロル」


 え? 謝罪? え? なんで!?


「あの、あからさまにキャロルがうろたえてますけど」


 モナ! 余計なことを云わなくていいから!


 私はがモナを睨みつけた。


「いや、キャロル。前から思ってたんだけど、なんであたしが謝ったりするとそんな挙動不審になるのよ。あんたはなにも悪くないのよ」


 いや、だって、弟子が師匠に謝らせるなんてあってはならないことじゃないですか!


「……ますます挙動不審になりましたね」

「なんで!?」


 何故かお師匠さまが叫んだ。


 演習場では、エヴェリンがリノ教室の生徒たちによって運ばれていた。医務室にでも連れて行くのだろう。


「あー、まぁいいや。それでキャロル、精霊の見分け方なんだけど……困ったな」

 お師匠さまが眉根を寄せる。


「あたしは見れば分かるから、確認方法とか知らないのよね。これはソーマに聞いた方がいいわね」

「り、リノ先生に指導頂くのは?」


 リノ先生は精霊魔術が専門だ。


「サラサのことがあるからね。あの子リノ姉さんの一番弟子だから。ここで姉さんに指導頂くと、面倒なことになりそうでしょ」


 あぁ、もうっ! まったくもって、サラサ=タバサ・バサラは問題児だ。


「……拗ねそうですね」

「云わなきゃいいんだろうけど、どうせバレるしね。面倒事は回避するものよ。

 で、精霊に関しては置くとして。

 キャロル、攻撃手段を縛ってたでしょ。どうして? 従魔で光の精霊くらい無効化する手段はあったと思うけど。まぁ、最初の殴ったのは試したかったんだと思うけど」

「【虹蜘】で無効化できるかなと思って試したんです。思いっきり吹き飛ばされてびっくりしました。精霊を顕現させているのって、魔力じゃないんですね。障壁のおかげで怪我ひとつありませんでしたけど。

 後は、他に無効化する方法がちっとも思いつかなかったんですよ。遠距離攻撃できる従魔がいないので」

「【光角】を持ってたでしょ? それで充分だと思うけど」

「いや、過分ですよ。精霊は問題ないですけど、それでエヴェリンを攻撃したら、下手すると殺しちゃいますよ」

「あぁ……さすがに風穴を空けるのはまずいか」


 お師匠さま!?


「うーん、攻撃魔法を使ってもいいんだけど、それだと多分、圧勝しちゃうだろうし」

「そうなんですか?」

「……普通の魔術師は、ひとりで【追尾魔法矢】五千本とか受けきれないからね」


 お師匠さまが遠い目をしてる。


 私はモナと顔を見合わせた。


「あんたたちもいい塩梅にソーマに魔改造されてるからねぇ。しかも無自覚と来てるあたり、ソーマも徹底してるよね」


 へ? どういうこと?


「あの、どういうことでしょう?」


 モナが不安そうに訊ねた。


「普通、ひとりで【魔法矢】を五桁も撃てないわよ。他にこんなことできる魔術師なんて知らないでしょう?」


 お師匠さまの言葉に、再び私たちは顔を見合わせた。


 あ、あれ? いつから一度に出せる【魔法矢】の数が増えたんだっけ?

 【黒】の後で百本になって、卒業した時は、頑張ってなんとか二百本だったっけ? 撃てる総数は五百がいいとこだったハズ。

 ……あれ? 桁が違う!?


「あの、もしかして卒業の時に先生から頂いた、各個人専用の奥義書が原因なんじゃ。あの、本というより、完全に魔具だったけれど」

「あぁ、多分それだ。読むだけで術士を鍛えるように調整されてるやつ」

「あぁ、お師匠さまが死にかけたっていう……」

「……云わないでよ」


 お師匠さまが拗ねたように口を尖らせた。


 だからなんでそんな可愛らしいことするんですか。あああ、モナが真っ赤になってる。


「まぁ、多分それだね。どういった代物なのかは分からないけど、魔具っていうくらいだから特殊なんだと思うけど。まぁ、大事にしなさいな。現状で落ち着いてるなら、それ以上おかしなことにはならないハズだから。

 お、みんな戻って来たね。キャロル、二戦目準備して。攻撃魔法は適当に使っていいから」


 あ、お許しがが出た。よし、【魔法矢】だけ使おう。


 さすがにいつもの五千本の矢雨は問題だろうから、使うのは短発では。


 そうやってが意気込んでいると、リノ教室の面々がお師匠さまの元へとやってきた。

 

 彼女たちはお師匠さまの前に整列すると、代表者がひとり一歩前に出た。


「先生、残りの模擬戦なんですが、棄権してよろしいでしょうか?」


 突然そんなことを云いだした彼女に、お師匠さまが目をそばめた。


「……理由は?」

「現状では、キャロルさんに対抗する術がみつかりません。先ほども、周囲を闇に閉ざされた時点で負けが確定していました。これでは、もはや模擬戦をしてもあまり意味がないと判断しました。というよりも、先の一戦で、十分すぎるほどの課題を頂きましたので」


 彼女は臆せず、淀みなく答えた。


「ふむ。まぁ、仕方ないのかな。なんの方策もないまま漫然と戦っても無意味だしね」

「私としては、絶望的な状況に立ち向かうっていうのも、いい訓練とは思うけどね」


 生徒たちについていたリノ先生が云う。


「先生、それでは『いかにして逃走するか』という訓練にしかなりませんよ」


 代表の彼女がリノ先生に云いつつ、肩を落とした。


 自分たちの不甲斐なさを思い知ったのだろう。というか、やっぱり【影顎】はやりすぎだったかな。


「あー、確かにそれじゃ模擬戦になんないわね。まぁ、得るものがあったなら問題ないよ。それが目的だしね。キャロルも戦術の組み立てに思うところがあったみたいだし。

 リノ姉さん、リノ教室との模擬戦はここまでということで、いいですか」

「そうね。生徒たちも、下位精霊だけじゃ、まともに戦闘できないって思い知ったみたいだし、十分かな。キャロル、ありがとうね」

「い、いえ、リノ先生。こちらこそ勉強になりました」

「うん、キャロルの戦術も考えようか」

「へぁ!?」


 突然お師匠さまがそんなことを云いだした。


「予想以上にあんたピーキーな性能みたいだからね。このままだと【追尾魔法矢】乱射するだけの魔術師になりそうだし。いや、別にそれでいいんだけど、でも基本戦術が一、二個だけってのはねぇ。せめて搦め手を覚えないと」


 うぅ、お師匠さまが苦笑いしてる。


 でも確かに、それしかないんだよね。それだけだと熟練者辺りから対処されだして、達人だと無効化されるって、先生云ってたし。


 実戦なんて考えてなかったから、ずっとおろそかにしてたんだよね。


 ……傀儡作るのとか楽しかったし。


 うん、やること、覚えること、考えることが一杯だ。

 頑張ろう……。


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