学院騒動 19
■Side:ミディン
模擬戦開始の宣言し、あたしは観戦している皆の所へと退がった。
ひとまず陛下たちのいる傍へと向かう。恐らく、解説的なものを求められるはずだ。
「ミディンさん、従魔召喚に関して、解説してもらえるかしら?」
ほら、やっぱり。
真面目くさった顔を張り付かせながら、あたしはラナさんの隣に立った。
「モナちゃんも呼びましょう。彼女も従魔召喚術士のはずですから」
リノ姉さんもそうだけど、いまは生徒さんたちについてるしね。
呼ばれたモナちゃんはすぐにやってきた。
「それじゃ、解説を。モナちゃんはキャロルのアレ、知ってる?」
「はい。あれは【突甲】と【虹蜘】ですね。刺突系物理従魔と対魔法用の従魔です」
「そうね。【ペネトレイター】と【アンチマジックシェル】。普通に魔術師殺しの構成ね」
「従魔を使っての模擬戦だと、キャロルはアレで暴れまわってましたからねぇ……」
「あー……想像つくわね。大抵の魔術師は勝てないでしょ。攻防ともに魔法が効かないとか、悪夢でしかないわよ。重戦士系も防御を無視されるから瞬殺されるかな? 弓使いか軽戦士だといい勝負。短剣使い相手だときっとあしらわれて負けるわね」
「確かに、ジゼルには一度も勝ったことがなかったですね」
帝国騎士を目指していたって聞いているけれど、ジゼルはかなり異色だものねぇ。短剣の二刀流で、標準装備がダガーとスティレット。完全な軽戦士どころか、どこの斥候か隠密だとでもいうような装備だし、戦い方もそれだ。
そこらの騎士レベルの連中では、懐に入られたら、もはや手を付けられないだろう。完全な騎士殺しだ。
「本当、帝国はついていなわよね。優秀な人材ふたりを失ったわけだし」
「変な風潮ができちゃいましたからねぇ。しかもそれを作ったのが私たちじゃなくて、まったく関係ない人たちですし」
「ままならないわねぇ」
そんなことをモナちゃんと話していると、ラナさんが頭を抱えるのを懸命に堪えるように、額に指を当てて口元を歪ませていた。
さて、キャロルはと云うと――
ばぢんっ!
もの凄い音と共に弾けたウィル・オ・ザ・ウィスプの衝撃波に吹き飛ばされて、ごろんと転がったところだ。
ウィル・オ・ザ・ウィスプ。光の下位精霊。基本的に明かり替わりに召喚する精霊だ。一定以上の大きさの固形物質に当たると爆発するから、一応、攻撃手段として使えなくもない。精霊のほうはちょっと不機嫌になるけどね。
さてキャロルはと。ふむ。転がされた勢いを利用してそのまま立ち上がったわね。ダメージ確認もせずに即時戦闘態勢に戻ってるけど――
ペンダントの色は黄色。それを見てキャロルが焦っているのが見て取れる。
いくら試合と云っても不用心過ぎるわね。お説教に加えておこう。
「あああ、本当、全然変わってない」
モナのぼやく声に、あたしはほんの少し首を傾いだ。
「学生時代もあんな感じだったのかしら?」
「はい。あれこれ悩むくらいなら、とりあえず殴って様子を見るのが一番手っ取り早いでしょ! とか自信満々に云って、大抵、酷い状況に……」
「対戦成績って分かる?」
「負け越してましたね」
うーん。まぁ、いまなら力押しでどうにかできるだけの地力はあるけど……多分、ガチでやったらサラサにも負けそうねぇ。
サラサ、アホの娘だけど、実戦だけはやたら強いから。とはいっても、シビルに瞬殺されるレベルだけれど。
もうちょっとこう……真っすぐ行ってぶん殴る、にしても搦め手を加えてほしいわね。
なるほど、ソーマが実戦して来いって云うわけだわ。うん。ちょっと予定を変えようか。
キャロルを眺めていると、その背に真っ黒な蝶の羽根が生えてきた。そして足元の影が僅かに揺らぐ。
ありゃ、もう奥の手を出すか。あれならそうそう負けることはないけれど、戦い方を知られたら幾らでも対処されるわよ。次の模擬戦のことは考えているのかな?
エヴェリンは……もう二体目のウィスプを召喚済みと。三体目の召喚をスタックしている感じかな? もしかしたら近接で使うのかもしれない。
召喚と同時に接触攻撃をさせるのって、精霊は嫌っているんだけれど、大丈夫なのかしらね? ちゃんと精霊と通じていればいいけど。きちんと戦闘後にケアしないと、嫌われて召喚できなくなるわよ。
「あの黒い蝶ははじめてみますね。なんだろう? 【炎蝶】なら持ってるんですけど」
隣りではモナちゃんが首を傾げている。
「【炎蝶】っていうと、炎の分身を作ってぶつけてくるやつ?」
「そうですそうです。【火球】級の攻撃を乱発できるんで、火力の底上げには便利なんですよ。大攻勢では主力になるかと思ってるんですけど」
そうえいば、この子は大攻勢迎撃部隊に配属されてるんだったわね。ソーマの教え子ってことになるから、隊長クラスだっけ?
「ふむ、しかし、随分とキャロルは不用意だったな」
帝国では滅多に見られることのない魔法戦。それもかなり特殊なものを見ていることもあり、皇帝陛下は実に興味深そうに試合を観戦している。
「恐らく【虹蜘】で叩いたらどうなるか、試してみたかったんだと思います。模擬戦ですからね。試せることは試すつもりなんでしょう。勝ち負けより、自身の出来ることを確認するための実験の方が優先ですよ」
とはいえ、精霊が強化されていることに気が付かなかったことは、減点対象ね。これもあとでしっかり注意しておかないと。
【闇蝶】が鱗粉を蒔きつつ羽ばたく。
周囲に鱗粉が広がるにつれ、辺りが暗くなっていく。そしてやがて、訓練場は真っ暗な闇に包まれた。
傍から見ていると、そこだけドーム状に黒い影の塊があるようだ。
「これ凄いわね。どうやっても見通せないわよ」
ラナさんが演習場の一部を覆った闇に関心していた。
「従魔はかなり特殊な存在ですからねぇ。いわば、魔獣と精霊の中間のような存在ですから。しかもいまキャロルが使っているのは幻獣の類ですから、幻惑魔術の効果も発揮されていますよ」
「闇の精霊的な能力に加えて幻術も付加されてる。ってことでいいのね? これ対処しにくいわね」
「暗視も効きませんしね。よく訓練された暗殺者でもなければ、あの中では自在に動けません。もっとも、それも周囲に罠を撒けば動きを封じることは容易いですけどね。
ただ【闇蝶】自体は周囲を真っ暗にするしかできませんから、単体で使用するとなると、完全に逃走補助用となりますね」
「私も『従魔召喚術』を学んでみようかしら。見たところ、魔獣召喚よりは手軽そうだし」
「さわり程度で留めておくなら、いいと思いますよ。まぁ、学ぶならソーマかリノ姉さんを師事するの良いかと。従魔を使っているのは、ウチの一派しかいませんから。そうですね、【一角猫】あたりを従魔にできたら使い魔代わりにできますよ。人並、下手するとそれ以上に賢いですから」
ラナさんにそう答え、あたしはにっこりとほほ笑んでみせた。
さて、キャロルはどうしているだろう?
「……あの子、なにやってるのかしらね」
「見えるんですか?」
「見えると云うか、ちょっと私の従魔を演習場に忍ばせているから、一応把握はできてるわよ」
モナちゃんに答えつつ、演習場の状況に眉をひそめる。
キャロルは少しばかり移動したところで足を止め、以来まるっきり動いていない。
「あの子、暗くするだけ暗くして、どうするか悩んで足を止めてるのよ。一応、エヴェリンがウィスプを追加で召喚したのは分かっているみたいだけど」
「……キャロルのことですから、どうにかして突撃して殴ろうとか思ってそうですけど」
「あー、それだわ。タイミングを計ろうとしたところ、暗くて計れないっていう間抜けな状態に陥ってるんだわ、アレ」
うん。阿呆だ。これはもう小一時間お説教コースだ。まったく。説教するのも疲れるんだよ、キャロル。ちゃんと理路整然と懇切丁寧に説明を、叱りつけるようにしなくちゃいけないんだから。
状況の変化を、あたしの従魔が伝えてきた。
【闇蝶】をキャロルが引っ込めたようだ。
「【闇蝶】を引っ込めましたね。視認できるようになった時点で双方動くと思いますよ」
「なにやってんのよキャロル」
モナちゃんが呆れ果て、ラナさんは苦笑している。皇帝陛下はというと、顎に手を当て、興味深そうに見ている。
なんのかんので皇帝陛下はくわせ者だからなぁ。多分、【闇蝶】の有用性をあれこれ考えているんだろう。あれ、実際の所凄まじく使い勝手がいい従魔だからね。
うっすらと闇が晴れる。
先ず視認できるようになったのは、くるくると周回している3体のウィスプ。等間隔で旋回するウィスプは地味に厄介だ。
どの段階で突撃しようとも、攻撃を当てる前に迎撃されるだろう。
さてさて、キャロルはどうするかな?
この段階で【光角】を使えば勝てるでしょうに、なんで使わないんだろ? 事故を怖がってるのかしら?
まさかと思うけど、使う従魔を縛ってるんじゃないわよね?
エヴェリンの背後に回っていたキャロルが構える。
あの感じだと突撃する気ね。ちゃんと考えてるのかしら?
キャロルが一気に駆け出す。
同時にエヴェリンが振り返りつつ、ウィスプを嗾ける。
あぁ、あの感じは音で気付かれたわね。うん。キャロルの失態。このままだと負け確定だから、奥の手を使うかな?
「これで決着かしらね?」
「ですね。本当、突撃しかしないんだから……」
ラナさんとモナちゃんが、気を抜いたように云う。
「いえ、勝つのはキャロルですよ。奥の手を仕込んでますから。まぁ、使いたくは無かったんでしょうけどねぇ」
うん。どうしようね。猪突猛進はさすがにマズい。かといって、搦め手っぽいのが、あの奥の手だけってのはさすがにダメだ。
「私の勝ちよ!」
エヴェリンの勝利宣言が響き渡る。
だが、ウィスプから逃げ回るキャロルに悔し気な表情は一切ない。
そして――
「襲え! 【影顎】!」
エヴェリンの影が突如として起き上がった。
キャロルの奥の手【影顎】。初見で襲われたら、まず逃げられないだろう。
かくして、エヴェリンは『喰われる』という、あまりの恐怖に失神して敗北した。それこそ、あらゆるものを垂れ流して。
うん。やりすぎ。あの娘、引き籠ったりしなければいいけど……。
「うわぁ、大惨事だ」
モナちゃんが呻くように呟いた。
「あぁ……さすがにこれはちょっと可哀想ね。あ、皇帝陛下、申し訳ありませんが、後ろを向いていてください。見ちゃダメですよ」
「あぁ、分っている。始末が済んだら教えてくれ」
「お目付け役は私にお任せくださいませ」
既に護衛と共に後ろを向いていた皇帝陛下のそばで、ルリちゃんが楽しそうに云った。
「うん。なんでルリちゃんが普通にお茶くみしてるのかわかんないけど、信用というか……大丈夫なのよね?」
「なぜか陛下が庇護しているのですよ。身元に関しては把握しているので、問題はないというか……いえ、ないわけではないのですが……」
ラナさんが困ったように云うと、ルリちゃんがにこやかに皇帝陛下との関係を答えた。
「陛下はファルネーゼ書店のお得意様にございますよ」
いや、だからってお茶くみとか、普通に無理でしょ。警備の関係から。
「あと、陛下には以前から口説かれておりますので」
「「陛下……」」
あたしとラナさんが冷めた目で皇帝陛下の背中を見つめた。
ルリちゃんはどうみても未成年の少女にしか見えない容姿なのだ。実際の年齢はそれどころではないが。
「い、いや、ラナ、誤解だ。そういう意図で口説いたのではない。彼女は非常に優秀で博識でな。政務補佐官として勧誘したのだ」
あー、そういう。
ルリオンはソーマの配下のひとりだ。ソーマの配下に無能な者などひとりもいない。
「陛下、残念ですが、彼女はソーマの配下のひとりですから、勧誘は無理ですよ」
「だが試してみる分には問題あるまい」
皇帝陛下は常に前向きだ。まぁ、そうでなければ、いまだにあたしを口説いたりしないか。
そんなことを考えつつ、あたしは演習場に視線を戻す。
演習場では、クラスメイトが失神したエヴェリンの世話をしていた。




