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学院騒動 18



 お師匠さまは模擬戦開始の宣言をすると、観戦している皆の所へと退がった。


 そしてそれに合わせるかのように、エヴェリンの前に光の球が出現した。


 光の精霊、ウィル・オ・ザ・ウィスプだ。よく不死の怪物である人魂と混同されている精霊だ。


 よりにもよってウィスプか。やだなぁ。


 【光】には苦手意識がある。自業自得なんだけれど。ほら、【光球】の自爆をやらかしてるからさ。光関連の魔法にはすっかり神経質になっているんだ。


 私はは音が聞こえそうなくらいに歯を食いしばって、なおもまっすぐ走っていく。エヴェリンまでの距離は、あと百メートルほど。


 そういや、顕現した精霊って【虹蜘(コーチ)】で消せるのかな。


 【虹蜘】、魔力を拡散させる、特殊な障壁を周囲に創り出す従魔だ。対魔障壁とは少々異なるが、ほぼ同じ効果を持っている。


 ただ顕現した精霊は魔力の塊ではなく、魔力へと変質する前の根源たるエネルギーの塊である。


 まぁ、受けてみれば分かるか。


 エヴェリンがウィスプを突撃させてくる。


 ウィスプの主な使い方は、基本は光源としてだ。ただし、なんらかの物体にぶつかった場合、爆発し、エネルギーを周囲に撒き散らして消滅するのである。


 ちょっとした炸裂魔法だ。


 それによってもたらされる被害は軽度の火傷と、個人魔力の消失。あと、目を見開いていた場合、視力に重篤な被害を受ける。火傷自体は少々ヒリヒリする程度のものではあるが、魔力を削られるのが痛い。数体まとめてぶつけられると、大抵は魔力枯渇を起こし、その場で気絶することになる。


 実戦では、それは死に繋がる。


 視力? それは目を瞑っていればほぼ問題なし。


 だがこれは模擬戦だ。死ぬことはまずありえない。ならば試したいことを気兼ねなく試せるというものだ。


 私は試しにとばかりに、向かってきたウィスプを【虹蜘】で叩いた。


 バヂンッ!


 光が弾け小爆発が起き、思った以上の衝撃。私は思いっきり弾き飛ばされ地面に転がった。


 地面に転がり、受け身を取るように後ろへ一回転すると、その勢いを利用して立ち上がる。


 毎朝の護身術の訓練で転ばされているのだ。体勢の立て直しはもう慣れている。


 チラリとペンダントを確認――って!?


 あわわわ。一気にペンダントが黄色になった。えっ? ウィスプの自爆攻撃ってそんなに威力あるの!? マズイマズイマズイ。さすがに自滅で負けたらお師匠さまに、自殺したくなるような目で見られる。そんな目には絶対にあいたくない。まだお説教のほうがマシだ!


 失望を浮かべたお師匠さまの目を思い出し、私は震え上がった。


 ちなみに、その時の犠牲者は塔の学生だ。塔に発注した素材収集の依頼を請けた学生が、大言壮語を吐いておきながら失敗。しかも期日を過ぎても姿を見せないという体たらく。塔に連絡し、教官に引き摺られてきたその学生に対し、お師匠さまの対応は完全に氷点下であった。


 それを見た時私は誓ったのだ。


 絶対にお師匠さまに失望はされまいと。


 光に対応するなら闇。単純だけど、これが一番効果的だよね。


 うぅ、最初から奥の手を使う羽目になるとか……。


「我が背を依代として来たれ、出でよ【闇蝶(アンテフ)】」


 私の背に、大きな黒い揚羽蝶が顕現し羽根を伸ばす。遠目には、まるで私の背に蝶の羽根が生えたように見えたに違いない。


 そして更に、奥の手たるもう一体を召び、【闇蝶】を飛び立たせた。


 既にエヴェリンは二体目のウィスプを召びだしていた。


 黒い揚羽蝶が鱗粉を散らしながら舞い上がる。


 鱗粉が周囲に広がるにつれ、辺りが暗くなっていく。【闇蝶】は周囲に闇を生みだす従魔だ。能力はそれだけで、殺傷能力の類は皆無。完全に目くらまし、逃走補助用の従魔といえる。攻撃補助にと思えなくもないが、完全な闇の中では、攻撃なぞできやしない。


 でもこれこそが、私にとっては最高の状況。影を依代として新たに召んだもう一体の従魔。これが【闇蝶】と非常に相性が良いのだ。


 これで勝ち確なんだけれど、ここで終わらせるのもなんだよね。


 舞い散る鱗粉を中心に闇が生まれ、周囲を埋め尽くしていく。


 それこそ、まったく光の届かない洞窟の奥底のように真っ暗な状態。


 勝つための仕込みはできた。できたけれど、できれば使わずに勝ちたい。奥の手など、そうそう簡単に見せるものではないのだ。


 でもどうしよう。困ったことに、こっちも相手の位置を認識できないんだよね。なんとか接敵して殴れないかな。そうすれば多分、一撃で赤にまでもっていけると思うんだけど。


 【突甲(この子)】の一撃は結構強いから。でも下手するとウィスプに突っ込みそうなんだよなぁ。気配的に三体目を召んだみたいだし。


 次の一撃を喰らえば、それで負けが確定する。


 むぅ、気配だけを頼りに戦うのって難しいな。今度から、朝の訓練は目隠しでもしたほうがいいかな。


 どうでもいいことが頭に浮かびだし、佐多氏は慌てては頭をふった。また思考が余計なところに向かい始めた。


 いまはこっちに集中しないと。


 ……うん、じっとしていても無意味だし、気配を頼りに忍び寄ってみよう。十分近づいたところで【闇蝶】を回収して、闇が薄れたところを狙おう。


 気配を頼りに無闇に攻撃して、攻撃した相手がウィスプだったら目も当てられない。それこそ自爆、自滅だ。


 私は息をひそめると、真っ暗闇の中を音をたてないように歩き出した。


 気配を探るといっても、私にはそんな技術は持ち合わせていない。だから、できることは聞き耳を立てつつ忍び寄るだけだ。


 幸い、ウィスプは微妙なパリパリとしたような音を立てるから、耳をすませばその動きを多少なりとも把握することはできる。


 そろそろと近づき、ウィスプの音をしっかりと聞き取る。遠ざかったり近づいたりしているのが分かる。恐らくは、自身の周りを周回させているのだろう。


 3体をクルクルと周しているとなると、勘で突撃するのは愚策だろう。私の運を考えると、きっとウィスプに突っ込むのがオチだ。


 ならば、闇が晴れだし、エヴェリンの姿を確認したところへ突撃するのが一番いいだろう。


 【闇蝶】呼び戻す。もちろん、声に出しているわけではない。私の体を依代としての召喚の利点は、意識するだけで意思疎通が可能なことだ。ただ、欠点として従魔が受けた被害を召喚主の私もある程度受けることになる。


 【闇蝶】が再び私の背に止まる。鱗粉が地面に落ち、消えゆくに連れ、ゆっくりと闇が晴れていく。


 エヴェリンの気配をしっかりと捉え、それを視覚で確認する。


 やがて、ウィスプの光がうっすらと分かるようになった。


 うわ、まわりをウィスプの周る速度が結構速い。これ無暗に突っ込んだら確実に激突してたな。うまく間を付かないと。


 エヴェリンの背後に回り込み、吶喊するタイミングを見計らう。


 右の【突甲】を構える。【突甲】の角は、その先端部分の空間を歪め、接触した物質を粉砕するというとんでもないものである。ただ、【突甲】はその能力を自在に制御できるため、壊したいものを壊し、壊したくないものは壊さない、という器用さを持ち合わせている。


 おかげで、手加減はお手の物だ。


 というか、【突甲】のこの能力は私の魔力をドカ食いするため。加減しないとまともに使えない。ドラゴンの鱗でも貫けるけれど、そんなことをしたら鱗一枚割ったところで私がぶっ倒れるだろう。


 とはいえ、その能力がなくとも【突甲】の角は非常に強固で鋭いため、槍や剣で突いたのと同等の威力は持ち合わせている。


 左から右へとウィスプが通り過ぎる。


 よし、吶喊!


 ギュッと地面を踏みしめ、一気に突っ込む。


 ジャリっと、靴底がわずかに音を立てる。


 最後の最後でドジった!


 そのわずかな音を、エヴェリンは聞き逃さなかった。


「見つけた! 光の精霊よ!」


 エヴェリンが周回する精霊たちをけしかける。


 キャロルがエヴェリンに向け、右腕を突きだす。


 が――


「くっ、届かない!」


 迫るウィスプから逃れるべく無理矢理足を止め、バックステップする。途端、直前にいた場所を交差するように、二体のウィスプが通過した。


 そして最も遠くに離れていた三体目が二体と合流する。


「私の勝ちよ!」


 すっかり闇が晴れた中、エヴェリンが勝利を宣言する。


 あぁ、もう! 仕方ない――


 私はウィスプから逃げながら従魔(奥の手)に命じる。


「襲え【影顎(エーガ)】!」


 直後、エヴェリンの影から『影』が飛び出してきた。


「――え?」


 突如として自分の真横に出現した、自分を覆う程に巨大な影にエヴェリンを目を瞬いた。


 まるで立体感のない黒い影。私の奥の手たる従魔【影顎】!


 影が覆いかぶさるように立ちあがるなどと云う異常事態に、エヴェリンは思考が停止しようだ。


 呆けたように、ただ【影顎】を見上げていた。


 影に横一文字に赤い亀裂が入る。そしてそれが、ぱっくりと上下に開く。そしてそこに見えるモノ。それは糸引く唾液に塗れた三角形の歯が無数に並ぶ赤い色。


 剃刀のように鋭い歯の並ぶ赤い色。


 それは凶悪な生物の顎。


「っひ」


 視界一杯に広がるそれに、エヴェリンは悲鳴をあげようとし――


 彼女は頭から喰らいつかれた。


 その直後、三体のウィスプが消失した。


 多分、エヴェリンが失神したのだろう。そのために精霊に対する支配が消失したに違いない。


「勝負あり。勝者、キャロル」


 お師匠さまが勝者を宣言する。


 エヴェリンは頭から【影顎】にガジガジと甘噛みされていた。


 全力で攻撃などさせたら確実に殺してしまうため、あらかじめ指示しておいたんだ。おかげでエヴェリンには怪我ひとつないハズだ。


 怪我はひとつとしてないハズなんだけど――


 あぁ、うん、その……ごめんなさい。


 いろいろと大変なことになっているエヴェリンに対し、私は思わず心の内で謝った。


 【影顎】。影に潜むことのできる従魔である。基本的に、影の範囲以外では活動できないという制限があるが、初等級の従魔ではトップクラスに強力な従魔である。一応、影外でも活動することはできるが、その能力は激減するため、ほぼ使い物にならない。


 今回、私は【闇蝶】を使って周囲を無理矢理陰らせることで、自身の影からエヴェリンの影へと【影顎】を潜ませたのだ。これにより、いつでも奇襲できる準備ができていたのだが、できれば使いたくはなかった。


 あぁ、奥の手をバラしちゃったよ。対策とられるだろうなぁ。


 ……次の試合、どうしよう。


 なんとか勝ったものの、次の試合のことを考え、私は頭を抱えたくなったのだ。


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