学院騒動 17
「それじゃ、模擬戦を始めようか。あたしと対戦、で、いいのよね?」
「はい、お願いします」
お師匠さまが確認すると、生徒たちは一斉に頷き、返事をした。
「うん。で、最初に残念なお知らせがあります。精霊魔術が専門の生徒さんとは模擬戦はしません。というか、できません」
「あの、何故、精霊術師とは模擬戦をしてもらえないのでしょうか?」
精霊術師であろう生徒のひとりが挙手しつつ、お師匠さまに問うた。
「いま云ったように、しないというより、できないんだよ。あたしに精霊魔術は効かないというか、精霊さんたちがあたしに害をなす魔術は一切行使しないのよ。だから模擬戦にならないの」
お師匠さまの答えに、生徒たちがざわめく。
精霊が魔術行使を拒否するなど、聞いたこともないからだ。
「まぁ、言葉だけじゃ信じられないよね。うーん、それじゃ、試しにだれか【静寂】あたりを掛けてみて」
「は、はい、わかりました。
『風を司りし小さき乙女よ、我が声に従い我が指し示し者の声を封――』」
突然、呪文詠唱が止まった。
「な、なんで途中でやめるの?」
隣にいた生徒が詠唱を途中で止めた生徒に驚き、声をあげた。
「精霊が反応しなくなった。え、なんで?」
うろたえ、彼女は周囲をキョロキョロと見回している。どうやら自分の周りから消え失せた精霊たちを捜しているようだ。
「うん、そうなっちゃうのよ。あ、無理矢理従わせようとかしないでね。精霊さんがへそ曲げると、それこそ数百年単位で云うこときかなくなるから。二度と精霊魔術をつかえなくなっちゃうよ」
お師匠さまの言葉に、彼女は真っ青になった。
「これは、えーっと、あたしの特殊体質? みたいなものとでも思って。それでキャロルでよければ、あたしの替わりに模擬戦の相手をさせるけど。去年、ここにいた頃よりは、強くなってるはずだから。
あ、精霊さんたち、彼女はなにも悪くないから、戻ってあげてね」
「あ、見えるようになった。よかった……」
目に涙をためてオロオロとしていた生徒は、安心したように胸に手を当て、ほっと息をついた。
もっとも、精霊術師以外の生徒たちには、精霊を目視することはできないため、なにが起きていたのかは推測するしかない。
「おー、話には聞いてたけど、これ凄いわね。お師様以上に精霊たちが拒否するのなんて初めて見たわ」
「あれって、お師匠さまが精霊に治療してもらったことに関係あるんですか?」
リノ先生に訊いてみる。
「ルリから聞いたけど、治療っていうか、ほぼ一から作ったようなものなんでしょ? だったら然もありなんって感じね。
精霊はかつて精霊界を破壊されるなんて目にあっているからね。だから自分たちのものが壊されることを異常に嫌うようになってるのよ」
「あー、なるほど。お師匠さま『自分の躰は精霊さんたちの作品』とか云ってました」
お師匠さまに危害を加えることを精霊に命ずることは、『お前の宝物を壊す手助けをしろ!』と、云っているようなものである。誰がそんなことに手を貸すというのか。
「先生も似たような感じなんですか?」
「お師様は上位精霊に憑かれてるからね。下っ端の精霊は基本的に手を出さないわ」
リノ先生の言葉に私は納得した。下っ端が上役に喧嘩を売るなど、よほどのことがなければないハズだ。
「あ、キャロル、ミディンちゃんが呼んでるわよ。模擬戦頑張ってらっしゃい」
「はい、行ってきます」
リノ先生に促され、慌ててお師匠さまの元へと走った。
「それじゃ、模擬戦について説明するわよ。精霊術師の生徒さんたちは、キャロルと模擬戦をしてもらうわ。一対一で、人数は五人までね。時間の関係上、全員できないのは勘弁してね。
あたしの方は、一対一で五戦。その後一対五で四戦ね。これで攻撃系魔術教室の生徒は全員回るわよね? ……よし。防御系魔術教室のみんなはどうする? 正直、支援中心だから模擬戦は難しいけど。チーム戦の方に混じってやってみる? それなら一対五じゃなくて、一対八くらいで相手するけど……やる? 付け焼刃のチームで大丈夫? よし、それじゃチームを組んでおいてね。
キャロル、連続で五戦するけど大丈夫?」
「頑張ります」
私は勢い込んで答えた。
ウィランで毎朝やっている護身の訓練に比べれば、普通の模擬戦五セットくらいたいしたことじゃない。基本的に実戦訓練で、毎日コテンパンにされているし。
「対戦者には、このペンダントを着けてもらうわ。これは護りのペンダント。体の表面に対魔法・対物理障壁を作り出す魔具よ。攻撃を受けるたびに障壁が削れるわけだけど、それに合わせてペンダントヘッドの色が、緑→黄→赤と変わるわ。赤になった時点で敗北とするわね。いいかしら?」
お師匠さまの言葉に、私と生徒たちは頷き、返事をした。
精霊術教室の生徒たちが、模擬戦に参加する五人を選出している間に、私はお師匠さまよりペンダントを受け取り、身に着けた。
「一戦ごとに、あたしの所に持ってきなさい。魔力を充填するから」
「あ、魔晶石を入れ替える訳じゃないんですね」
「入換えるの面倒臭いからね。ペンダントヘッドを握って魔力を込めれば充填できるようにしたわよ。ちょっと効率が悪いけどね。携帯式の障壁としては十分合格点かな。不意打ち対策用の魔具だからね。魔法だと標準的な【火球】二発までかな、耐えられるのは」
あ、結構高性能だ。とはいえ、それくらいなら『おかしな性能の魔具』じゃない。いや、対物対魔な時点で相当ではあるけど。まぁ一般的な、魔晶石に魔法を封じた形式だし。
お師匠さま、いつのまに創ったんだろ? 夕べかな。
楕円形の滑らかに磨き上げられた魔晶石を、銀のフレームで囲ったペンダントヘッド。実にシンプルな意匠だ。
お値段的にはいくらくらいになるだろ? 金貨で二百枚くらいかな。いや、攻撃を受けるごとに減衰するから、もうちょっと値は落ちるかな。
演習場はかなり広い。ほぼ正方形の形で、一辺が約五百メートルほどある。まぁ、魔法での模擬戦をしようなんていったら、これくらい広くないとできないからね。基本的に魔術師にしろ魔法使いにしろ、遠距離攻撃が基本なんだから。
演習場の地面には、端から百二十メートルの中央あたりに、煉瓦が埋め込んである。模擬戦の開始位置の目印として埋め込まれたものだ。
……うん、さっきの氷の球、適当に置きすぎたな。あやうくこの煉瓦を吹っ飛ばすところだったよ。すぐ近くに氷の残骸がまだ溶けずに残ってるし。ちょっとぬかるんでるな。泥まみれになったりしたら嫌だし、氷消して乾かしとこ。
私は周囲の氷の処理を始めた。
やがて対戦相手が所定の位置についた。互いの距離は二百メートルほど。頑張れば、なんとか魔法が届く程度の距離だ。もっとも、それは雛型となっている標準仕様の魔法である場合だ。魔術師は基本、それを即時改造して行使するため、二百メートルどころか、一リーグ先まで届かせることだってできる。
とはいえ、修行中である生徒たちはまだその域には達してはいない、だがもちろん鍛えられた私はそんなこと簡単にできる。
お師匠さまはふたりが所定の位置についたことを確認すると、手を挙げ、模擬戦の開始を宣言した。
「それじゃ、模擬戦第一戦はじめるよ。
精霊術士:エヴェリン
対
従魔召喚術士:キャロル
模擬戦、始め!」
お師匠さまの合図で模擬戦が開始された。従魔召喚術士で紹介されたんだから、他の魔法は使わない方がいいのかな?
のんびりとそんなことを考えていると、エヴェリンが既に詠唱を開始していた。精霊術師の欠点は、基本的に精霊を行使することでの魔法の発動となるため、どうしても呪文が必須となる。なにしろ精霊に指示しなくては、なにもできないのだから。
とにかく距離詰めないと。
私はエヴェリンに向けまっすぐ駆け出した。そして同時に召喚を開始する。
「『左が腕を依代として来たれ、出でよ【虹蜘】
『右が腕を依代として来たれ 出でよ【突甲】』」
立て続けに二体の従魔を召ぶ。左右の腕に魔法陣が浮かび上がると、そこから名前の通り、虹色の腹を持った鬼蜘蛛と、鋭く長い角を持った細身の甲虫が現れる。
それこそ盾と刺突剣の如き大きさだ。
二体はしっかりと私の腕にしがみついた。
とにかく突っ込んで殴るしかないよね。ほかの子たちだと加減ができないし。
当面の方針を決め、エヴェリンに向け突っ走る。
まっすぐ行ってぶん殴る。ただそれだけを考えて。