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学院騒動 13


 よかった。なんとかなった。

 甘いものは偉大だ。

 ルリちゃん特製エッグタルト万歳!

 情緒不安定に陥っていたお師匠さまが落ち着いてくれたよ。


 ルリちゃん大好き!


 なんてお師匠さまが云ったものだから、ルリちゃん浮かれまくってたけど。


 ふふふ、エリスタには負けませんわよ……。


 ……ぼそりと云っていたこの言葉は忘れよう。


 不穏だ。


 そんな一騒動もあってから、こうして学院にまで来たんだけれど。


「本日はよろしくお願いしますね」


 学院が用意した控室に入ると、そこにはラナ様が待っていた。


「はい、お願いします……って、ラナさん? なんでここに?」

「学院長を更迭しました。なので私が代理です」


 にこやかにラナ様。


 お師匠さまと私は目をぱちくりとさせた。

 仕事が増えたはずなのに、なんでご機嫌?



 A1:目障りな無能を処分できた。


 A2:もう、どうにでもな~れ。



 いったいどっちだろう? 後者じゃないことを祈ろう。


「また思い切ったことをしたわね。ヨランドの受け持ってた治療術教室はどうするの? たかが五人だけの教室だけど、放置はできないわよ」


 問うリノ先生の声も、わずかに楽しそうだ。


「協会にお願いしましたよ。あちらも治療術士は不足していましたからね。いくらか条件を出されましたが、こちらにも利になるものでしたから、さっくり合意しました」

「即決ですか。またえらく仕事が早いですね。っていうか、治療魔法のみの教室だったんですか? そんなの座学だけで三年もかけるようなことじゃないですよ。どんだけ無能だったんですか、あの人」


 お師匠さまがは苦笑している。


 うん。本当だよ。治療系の魔法って、どちらかというと現場に出て、実地で学んだ方が早く身につく技術だもの。座学も必要だけれど、それだけで3年も机に齧りついているのは……。


 まさか学院の長が、そこまで残念な人物とは思ってもいなかったよ。


「だからこその更迭よ。子爵令嬢は良い仕事をしてくれたわ。

 で、担当教師変更に伴って、薬草学、魔法薬学などを新たにカリキュラムに組み込んで、治療術師、というよりは、医療魔術師育成に切り替えるわ」

「治癒魔法や回復魔法に関しては、死霊術士育成したほうが手っ取り早いんですけどね。やっぱりイメージが悪いですか」


 お師匠さまの言葉に、ラナ様が苦笑いを浮かべた。


 死霊魔術。所謂、死体等を取り扱う魔術として認識されている。でも実際には死体ではなく、生命を扱う魔術だ。死体をいじくりまわすのは、その一面だけに過ぎない。生物の身体構造への熟知はもとより、各種薬物により引き起こされる影響など、錬金術寄りの学問も修めているのが、死霊術士である。


 結果として、治療魔術の専門となっているのだ。


 現在、治療魔術と呼ばれているモノは、即ち死霊魔術の一部ということだ。


「死体を操る魔術って認識が強いからねぇ。さすがにそれを教室に組み込むと、反発がどれだけくるかわからないのよ」

「まぁ、イメージは良くないですからねぇ」


 お師匠さまは一応納得している風だけど、複雑だろうなぁ。なにしろ、お師匠さまが命を存えたのは、死霊術師のおかげでもあるって聞いたし。


「で、ラナさん。なんで陛下もご一緒なので」


 なぜか奥の席で、皇帝陛下がお茶菓子を齧ってらした。すぐそばには、護衛の近衛騎士がふたり控えている。


 うん。なんでいらっしゃるんだろ?


「ミディンが講義を行うと聞いてな、楽しみにしていたのだ」

「いや、陛下、楽しみにしてるじゃなくて、執務は大丈夫なのですか?」

「なにを云う、賢者殿の講義だぞ。何を置いても、見学するべきものだろう」


 皇帝陛下、本当にお師匠さまにご執心なんですね。


 私はじっとお師匠さまをみつめた。


「……そんな目で見ないでよ」


 お師匠さまの背中が泣いてる。うん、立場的にどうしようもないもの。


「まぁ、面白いかどうか分かりませんが。何分、講義内容を決めていませんから」

「決めていないんですか?」

「生徒さんたちに質問してもらって、そこから講義内容を決めます。ここでは学べていないような面の質問がでてくるのではないかと」

「あー、知識面がスカスカだからね。いいと思うわよ。現状、とりあえず詰め込めって感じの状態だからね。酷い云い方だと、マシな粗製品」


 やや呆れたようにリノ先生。


 うん、本当にそうなんだよね。学院からウィランへ行ってから、自分がどれだけ無知であったか思い知ったもの。おかげで、魔法矢の扱い方が劇的に向上したし。知識の有無は、魔法の洗練化に大きく影響するんだよ。


「スカスカ過ぎでしょ。本当にそうなの? キャロル」

「そんな感じですね。お師匠さまの修行で、どれだけ無知だったのかを知りましたから」

「そういや、ソーマの初等魔術教本抱きかかえて、うっとりしてたわね、あんた」

「い、いいじゃないですか。自分が向上してるって実感できて嬉しかったんですよ」


 そんな、残念なものを見るような目をしないでくださいよ、お師匠さま。


「そんな怒んないでよ。ちょっと悔しかっただけだから。あの教本、あれがあたしがぶっ倒れて死にそうになった本なの」


 え、って、それじゃあの本が、一昨日、先生がやらかしたって云ってた教本なの?


 そ、そういえば、お師匠さま本抱えてる私をみて慌ててたっけ……。


「ご、ごめんなさい」

「え、ちょ、謝ることないのよ。キャロル?」


 お師匠さまがうろたえてる。


 ごめんなさい。本当に。あの時はまだ弟子になったばかりで、まったく気が付いてなかったんだ。


 それが、いまになって気が付くなんて。


 お師匠さまが、心配して慌ててるって。


 あぁ、本当に、私は、まだまだ未熟者だ。



★ ☆ ★



 賢者様による講義。それも北の森の大賢者さまの妹弟子。


 という触れ込みがあったせいか、学院の生徒全員が受講を希望したために、講義は集会所ともなっている小ホールで行うことになった。


 そこでひとつだけ問題が発生した。


 皇帝陛下がどこから見学をするのか?


「ただの見学者であるのだから、最後列で構わんぞ」


 と陛下が仰るも、教師陣がそれではダメだと騒ぎたてる。では最前列に、と云ったところ――


「生徒さんたちが委縮して講義になりませんよ」


 とお師匠さま。


 結局、最後列に皇帝陛下用に特別に席をしつらえることで妥協。


 その席の椅子として、教師たちから『一番上等である』と云われた椅子を学院長室運び出したわけなのだが――


 どれだけ予算を無駄遣いしてたのよ……。


 と、ラナ様がその椅子を見るなり怒りに震える一幕が。


「あの婆さん、ロクなことしてなかったみたいね。地味な見た目で、裏では横領したお金で贅沢三昧とかしてそう。ラナさん、とことん人に恵まれてないわね……」


 と同情するのは、お師匠さま。


 皇帝陛下が座るに遜色のない椅子(若干悪趣味)と、同じく学院長の執務机(こちらは分相応の代物)を小ホールに持ち込み、皇帝陛下の席が設けられた。

 もっとも、皇帝陛下は講義見学であるので、机に置かれるものは勉強道具などではなく、お茶になるわけだが(さすがに茶菓子は自重するらしい)。


 そして、なんでルリちゃんがいるのかな?


「ヴィルヘルム陛下へのお茶出しはお任せください」


 さも当然とばかりに云うルリちゃんに、私とお師匠さまは困惑するしかない。


 だって、誰もなにも云わずに受け入れてるんだよ。


 どういうことなの?


 ……。


 どういうことなの?


 リノ先生が口添えでもしたのかな?


 ん? なに? ルリちゃん。


 ふふふ。害虫駆除もお任せくださいませ。


 ちょ、ルリちゃん!? 待って、やめて、そんなことしたら内戦が起きちゃうから!

 まだ先代皇帝の置き土産のせいで、帝国は盤石じゃないんだから!


 ルリちゃん、どんだけお師匠さまのことが好きなのよ。


 まぁ、そんな細々とした騒動を経て、お師匠さまの講義がはじまった。


 あ、ルリちゃんはソーマ先生の配下であることから、時折、陛下から直接お願いごとなどをされているのだそうな。


 陛下直々の査察の際に、臨時で影の護衛の手伝いをしているのだとか。


 貸は作れるときに作っておくものですから。


 しれっと云うルリちゃんがちょっと怖い。







 とことこと急拵えの教壇に上がり、教卓につくと、お師匠さまはゆっくりと席についている生徒たちを見渡すと、やおら口を開いた。


「あー、キャロル、ちゃんと聞こえる?」


 途端、ざわりと、生徒たちがざわめいた。


 お師匠さまの声が、まるですぐそばで発せられたかのように聞こえたからだろう。


「はい、問題ありません。お師匠さま」


 そして今度は、最後列にいる私の声が。


 ざわめく声がさらに大きくなった。


「はいはい、みんな落ち着いてねー。隅々までちゃんと声が届くように魔法を使ってるだけだから」


 のほほんとした調子で、お師匠さまが生徒たちに静かにするように促した。


「あの、キャロルさん、これは?」

「? あぁ、これは【声送り】の魔法ですよ。本来は送るだけですけど、今回はお師匠さまが改造して範囲を広げた上に双方向にやりとりができるようにしてありますけど」


 【声送り】はラナ様も使えると思うんだけどな。この手の魔法が専門だし。


「【声送り】……聞いたことのない魔法ね」

「あ、あれ? では、普段、皇帝陛下の演説などで使われているのは……」

「あぁ、あれは【拡声】よ。ふむ、でもこれも使い勝手が良さそうね、今度調べて覚えておきましょう」


 あれれ、ラナ様知らなかったんだ。ちょっと意外だった。まぁ【拡声】で大抵事足りるから、マイナーって云えばマイナーな魔法だけど。

 でも使いようによっては、軍事面とかにとんでもなく有用ってお師匠さま云ってたな。

 ただ、地味に制御が難しいから、使い手は限られそうだけど。私も声を送るだけしかできないし。


「はじめまして、ミディン・ナイファです。本日、皆さんに魔法の講義を行うことになりました。よろしくお願いします。

 さて、講義内容ですが、こちらで学んでいることと重なっても意味がないので、皆さんからの質問を受けて、講義内容を決めたいと思います。

 では、なにか魔法に関して疑問に思うことがあれば、挙手を」



 Q:恋人はいますか?

 A:話を聞いていたのかな? 次、巫山戯たら呪うよ。


 なぜ受けを狙う。こういうことに関してはお師匠さまは真面目だ。



 Q:質問ではありませんが、模擬戦をお願いできませんか?

 A:模擬戦は午後に予定しているよ。


 ちょっと楽しみなんだよね。お師匠さまの戦闘ってみたことないから。



 Q:炎と氷の魔法を融合すると最強という話を聞いたのですが、事実なのですか?

 A:やり方によるわね。これは模擬戦の前に実践してみせるわね。


 ……こないだ刊行された、とんでも魔術冒険小説のネタじゃないの。



 Q:無詠唱呪文は声を出さずに詠唱しているだけなので、無詠唱は不可能というのは本当ですか?

 A:あら、子爵令嬢、戦争の準備はできた?


 お師匠さまーっ!?



「ひぃっ!」


 小さく悲鳴をあげて、アマーリエ嬢が勢いよく椅子に腰を下ろし、そのまま床に転げ落ちた。


「ミディンさん、もう勘弁してあげてください」


 ラナ様が苦笑しながらミディンに云った。


「うーん、まだ折れたまんまなの? 張り切って挙手してたから、立ち直ったと思ったんだけど。冗談だから安心なさいな。戦争なんて面倒臭いし」


 手持ちの色々を実験してみたくはあるけど。


 お師匠さま、ボソっていっても、【声送り】でしっかり聞こえてますから!


「キャロルー、悪いんだけど、彼女をなんとかしてー」

「わかりましたー」


 アマーリエ嬢の所に小走りで向かい、私ははガタガタ震えている彼女をなんとか宥めて椅子に座らせた。


 ……ただ問題なのは、顔がほんのり赤いのよね。目が潤んでるのは、お師匠さまの悪い冗談で涙目になってるだけよね。そうだよね? なんか微妙に息が荒いけど。


 し、信じてるからね、子爵令嬢様。


「さて、アマーリエ嬢がなかなかいい質問をしてくれたので、呪文に関して講義しましょうか。

 あ、先生方、呪文に関してというか、呪文とはなんぞや、という根本のところは講義してます? あ、モナちゃんは知ってるわよね、さすがに」


 お師匠さまが最後列に並んでいる教師陣に訊ねた。


「ソーマ教室では真っ先に学びましたが、ユリウス教室では、その講義はなかったようです」


 モナがお師匠さまに答えた。


「いや、呪文は必須でしょう。無詠唱は一種の隠蔽策のようなもので」


 小太りの中年男性がモナに続いた。この人物がユリウスの後釜らしい。


 あ、ラナ様が額に手を当てて項垂れてる。


 ……本当に人材に恵まれてませんね、ラナ様。


「ふむ、それじゃ問題ないわね。

 ではこの講義は呪文の真実についてお話ししましょう!」


 お師匠さまはそういって、それはそれは悪い笑顔を浮かべたのです。


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