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学院騒動 10


「それじゃ、折角だから召喚術の系統の話もしようか」


 リノ先生の講義は続く。


「系統ですか?」

「そ。召喚術には、まず基本召喚術があって、そこから大きく四系統あるわ。


 基本召喚術:この世界、物質界にある、印を刻んだ自分の物品・生物を召喚する。


 魔獣召喚術:魔界と物質界の中間世界、妖魔界から魔獣・妖魔を召喚、使役する。


 従魔召喚術:魔界と精霊界の中間世界、魔精界から魔精・従魔を召喚、使役する。


 精霊召喚術:精霊魔術全般。


 英霊召喚術:冥界と天界の中間世界、神霊界より、過去の英雄霊を召喚、協力を請う。


 かなりざっくりとした説明だけど、こんな感じかしら」

「あとは、精霊召喚術は、精霊術師しか使えない。英霊召喚術に至っては【使徒】でないと使えないっていうのがあることぐらいですね。【使徒】の知り合いはいますけど、英霊召喚なんて使う事はないって云ってましたよ。それをするくらいなら、神を降ろすそうです。知られていないだけで、なにかしら厄介な代償がありそうな感じです」


 お師匠さまの補足に、リノ先生が呻いた。


「まぁ、英霊召喚術師なんて、見たことないからねぇ。まかり間違って、最古の英雄なんて召びだしたら、敵味方区別なく皆殺しにされそうだしね」

「で、キャロル、もし魔獣召喚に興味あるなら、そっちの方の講義も修行に組み込むけど、どうする? 肉盾にしても心が痛まない連中を召び出せるよ」


 お師匠さまが恐ろしいことを云う。


「い、いえ、命の使い捨てはやりたくありません。嫌です」


 ぎゅう。


 お師匠さまに抱きしめられた。

 ちょ、お師匠さま、離してください。恥ずかしい、恥ずかしいです。


「はぁ、キャロルがいい子で嬉しいわー」

「羨ましいわね。サラサなら拳骨落とすようなことしか云わないだろうし」

「その、さっき気になる物騒なことを云ってましたけど、最古の英雄って、そんなに危険なんですか?」


 ちょっと気になったから訊いてみた。するとリノ先生とお師匠さまが顔を見合わせ苦い顔。


「なんというか、英雄は英雄なんだろうけど、極端すぎてどうみても厄災なのよ」


 は?


 いや、人ですよね。人で厄災って。


「キャロルに問題を出します。この世界で、最古にして最強の魔具を答えなさい」


 え、お師匠さまなんですか、突然。さすがにそれは知ってますよ? 有名ですし。


五色の剣(カラーブレイズ)です」

「うん、正解。黒、白、赤、青、残りの一色は不明だけど、この五振りの剣ね。第一次神々の戦の折り、神が人間に下賜した『神を殺す武具:五色の剣、三色の鎧、一色の弓』の剣、いわゆる神器ね」

「え、鎧と弓って、聞いたことありませんよ」

「そりゃ、今も最初の剣の担い手のひとりが、絶対管理してるって話だからね。世に出て、現在所在が判明しているのは、赤の剣と白の剣だけだし。

 で、黒の剣と青の剣の担い手がダメな方向で絶対主義者だったらしくて、事あるごとに『よし、殺そう』って決めて、人を殺しまくってるのよ。ひとり殺したら、復讐に来るから、親類縁者皆殺し。っていうのを実践したらしいよ。それこそ国家運営に問題がでるくらいに」

「な、なんですかそれ」


 あまりの酷さに、思わず私は声をあげた。


「で、手にしてるのが神剣だから始末に負えないわけよ。しかも着てる鎧のせいで傷ひとつ与えられない。人間相手なら絶対無敵。ね、厄災でしょう」


 いや、リノ先生、『ね、簡単でしょう』みたいな調子でいわないでくださいよ。


「そんなもの召喚して御覧なさいよ。あっというまに阿鼻叫喚よ」

「でも、その話だけだと、なにか心の病でも抱えてたんじゃないかって気もしますね。なんらかの恐怖症かなにか」


 そういうと、リノ先生とお師匠さまがまたも顔を見合わせた。


「その見解はなかったわね」

「極端な懐疑主義者、或いは対人恐怖症の酷いやつとか。

 暇つぶしに思索してこねくりまわすのもいいかもしれませんけど、意味はまるでありませんね」

「まぁ、こんなもの、浪漫にすらならないからねぇ」


 リノ先生とお師匠さまは呆れた世に肩を竦めた。


 教訓の欠片にもならない歴史など、酔狂な歴史家に研究させておけばいいのだ。


 その後、しばらく歓談し、お師匠さまが次の大攻勢には助っ人に入ることなどを約束。


 そして陽が傾き始めた頃、私たちはリノ先生の研究室を後にした。一度辞してから、お土産を渡すことを忘れていたお師匠さまがが、慌てて再訪したけれど。



★ ☆ ★



「お帰りなさいませ、ミディン様、キャロルさん」


 陽が完全に落ちた頃、ファルネーゼ書店に辿り着いた私たちを出迎えてくれたのは、青みがかった銀髪の、年の頃十二、三歳のエプロンドレス姿の少女だった。


 学生時代の頃、何度か会う機会があって面識のある少女。


 名前はルリオン。先生配下の戦闘要員のひとりだ。人間じゃないのは、ガオ君やエリちゃんでわかっているけれど、種族がなんなのかは知らない。訊くのも失礼だから訊いてもいない。


 ただ、マーシャルさんやリルさんは人間にしか見えないのに、兄弟姉妹みたいなものだと云っていたから、尚更種族がなんであるのかわからない。


 その彼女により過剰とも思える歓待を受けた私たちは、満ち足りた気分で寝室へとはいった。


「キャロルは先に寝ちゃっていいわよ。あたしはちょっと荷物整理するから」

「お手伝いします」

「却下。早く寝なさいな。まだ見せられないものもあるのよ」


 お師匠さまに云われ、私はしぶしぶながらベッドに入った。


 毎夜付けている日記は、お師匠さまが入浴している間に書き終えた。

 予想以上に盛沢山でカオスな内容となった。

 一番訳の分からないものは、果物屋のおばちゃんが熱弁していた、丸ネギのジャムのレシピだけれど。


 はたして、これは作ってみるべきなのだろうか?


 丸ネギだよ。芯の近くを生で食べると、涙が出るくらい辛いのに。そりゃ、火を通せば甘くなるけど、お菓子とかに使う甘さとは違うよね。


 とりとめもないことを思いながら、睡魔に呑まれていく。


 ………………


 …………


 ……


 ……あれ?


 突然、あることが頭に引っ掛かり、私はベッドに身を起こした。



 私は姿勢を整えるとお師匠さまに声を掛けた。


「あの、お師匠さま」

「ん? どした? 眠れない?」


 テーブルの上にお札のような紙葉の束をいくつもまとめながら、お師匠さまは振り向きもせずに応えた。


「いえ、質問と云うか、確認したいことがあるんですけど、よろしいですか」

「んー? なに?」

「今日やった鉄騎巨兵の術式の書き換えですけど、あれって永久付与魔術ですよね?」

「そーだよ」


 お師匠さまの手が止まった。

 私はさらに質問を続ける。


「あ、あの、そうすると、私が作った練習用の傀儡も、永久付与魔術なんじゃ……」


 恐る恐る口にすると、背を向けていたお師匠さまが椅子の上でくるりと体を回し、私に向き直った。


「お? やっと気が付いたか。そだよ。あんたがあの傀儡に術式を刻んだ手法は、紛れもなく永久付与魔術だよ」


 あっさりと肯定され、私は大きく目を見開いた。


 永久付与魔術。現代(いま)では先生とお師匠さましか扱えない分野。魔晶石を用いた疑似的な永久付与とはまるで違うもの。また戦闘中など、一時的に武器や防具に魔法の効果を発揮させる簡易付与とも当然違う。それこそ本物の付与魔術だ。


「永久付与って、すさまじく教えにくいんだよね。多分に個人の感覚に頼ることになるから。昔はそのあたりが画一化されてたらしいけど、失伝しちゃったからね。

 だから、キャロルがあたしのやってるところを見て、自分もやってみたいって云ったときは驚いたんだよ。で、やらせたら、なんかできてるし。

 まぁ、仕上げ部分ができてなかったから、あのままだと良いとこ二十年くらいで術式が欠けただろうけどね」


 お師匠さまが嬉しそうに笑う。


「それが一度見ただけでできちゃうんだもの。びっくりだわよ。ソーマが云ってたけど、ほんと、あんたは優秀なのよ。ただ、無自覚でやってたみたいだからね、自覚するまでは云わないでおいたの。多分、そこで変に干渉したら、できなくなる可能性があったからね」


 ここにきてようやく私は自分がやっていたことがなにか分かり、なぜだかカタカタと震えだした。


「あ、あの、それじゃ、あのあともいくつも練習用の傀儡を作らせたのも」

「もちろん傀儡関連の修行じゃなくて、永久付与の修行ね。何度もやったから、もう『あ、あれ? どうやったんだっけ?』みたいなことにはならないでしょ?」


 お師匠さまの言葉に、私ははじめて傀儡を作った時のことを思い出す。……うん。確かにあの時は、なんとなーく出来そうな気がして、なにも考えずにやったんだ。そしてその後の数回は、それをなぞるように思い出し、確かめながら傀儡に術式を刻んでいた。何度も、何度も。


 いますぐやってみろ、と云われても問題ない。そのやり方はすぐにイメージできる。ただ、それを言葉で説明しろと云われたら、無理としか答えられないけれど。

 感覚的な部分が多過ぎて、それを言語化しろといわれても非常に困る。まさか擬音で説明するわけにもいかない。そもそもそれは説明じゃない!


 急にお師匠さまの口元に、ほんのちょっぴりいやらしい感じの笑みが浮かんだ。


 その笑みを見て私の口元はひくりと引き攣れた。


「と、いうことで、キャロル君。これからは永久付与の修行も追加します。まぁ、これができるとモノ造りの幅が広がるからね。人を驚かすネタ的な物も作れるし」


 お師匠さまは楽しそうだ。


 私は知っている。以前、ファラン王国のいけ好かない貴族のご令嬢に依頼品を納品に行った時、お師匠さまが飾ってあった令嬢お気に入りの人形に悪戯をしたことを。


 結果、その人形は朝になるとあるべきはずの場所にはなく、廊下や食堂のテーブルの上、果ては令嬢の眠る枕元にいるようになったことを。なぜか台所できちんとしまわれているハズの肉切包丁を抱えて。


 そのご令嬢がお師匠さまに依頼していたことを知っていたジゼルが、彼女が塔に幽霊退治の依頼を出しに来ていたと報告したところ、お師匠さまが腹を抱えてげらげら笑いだしたことで、悪戯が発覚したのだ。


 ちなみに、その人形の奇行は半年ほどで終わるようしてあったらしいが――


 その人形、処分されちゃったんじゃないかなぁ。


 私はそんなことを思い出しながら、嬉しそうなお師匠さまを見ていた。



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