学院騒動 9
「まずはふたりに訊きたいことがあるのよ。アキコとパティは元気にしてる? ここ数十年会ってないのよ」
え、誰? パティさんは、塔の受付のエルフさんだよね。アキコさんって?
私はリノ先生の問いに目を瞬いた。
「アキコさんとパティさんですか、ふたりとも元気ですよ。あ、でも、アキコさんはちょっと大変なことになってますね」
「なにがあったの?」
「いえ、昨年、図書館がいつもの如く悪戯されまして。よりによって最悪なのが」
お師匠さまがそういうと、リノ先生の顔があからさまに強張った。
「……ま、まさか、シャッフル、じゃないわよね?」
「いえ、シャッフルです」
あ、リノ先生が頭を抱えた。
「ねぇミディンちゃん、それやった馬鹿野郎がどこにいるか知らないかなぁ。ちょっとお姉さん、久しぶりにキレちゃったんだけど」
り、りりりリノ先生、落ち着いてください。
「一応、制裁は済んでいますけど、詳しくはアキコさんに聞かないと。でもリノ姉さん、あのふたりと知り合いだったんですね」
「あ、ふたりとも私の妹よ。血が繋がってる訳じゃないけど。百年とちょっと前の大攻勢で村を潰されてね、森を彷徨ってるうちに、別の村の生き残りのあの子たちと会ったのよ。確か、アキコとパティも別の村って云ってたわね」
ま、また重い話が。え、先生のお弟子さんて、まさかみんなこんな感じだったりするの?
「私たち三人ともまだ十歳にもなってないし、いつ魔物に襲われるかもしれないし、戦う術もまったくない状態のときにね、お師様、お父様に会ったのよ」
は?
「へ、お父さん?」
「そ、私たち三人はお師様の養女よ。まぁ、会った当時はお師様、精霊溜まりの影響でほぼ狂戦士化してたけれど。不運なのはそんな状態のお師様と遭遇した魔物共の軍で、お師様ひとりに殲滅されたわ。その直後、半ば壊滅してた守護者パーティのひとり、レナータ様のおかげで、お師様は正気を取り戻して、その後ウィランに定住したのよ。
当時は四人で塔住まいでね。あはは、懐かしいなぁ」
え、えーと、突っ込みどころ満載というか、先生だからさもありなんというか、いろいろとんでもないんだけど。
普通、狂戦士化したら、死ぬしかないんじゃ……あ、半ばだから大丈夫だったのかな?
でも、そんな状態でいきなり三人を養女にって。
「あ、正確には、私たちが無理矢理お師様の養女になったのよ。正気になったお師様の袖をぎゅっと掴んで、下から涙で目をうるうるさせながらじっと見つめてね。そしてそのまま無理矢理、三人して娘になったのよ。キャロル、なんだかいろいろ考えてみたいだけど」
クスクスとリノ先生が笑う。
見抜かれてる。そんなに顔にでるのかな?
というか、幼女三人にそんなことされて勝てるか!
「アキコさんとパティさんは弟子入りしなかったんですか?」
「あー、アキコはその時のことが元で、精霊魔法ほとんど使えなくなっちゃったのよ。あと、パティは戦闘に関しては興味がないというか、やっぱりダメになっちゃたからね。で、私怨で少しおかしくなってた私だけが、お師様に無理矢理弟子入りしたのよ。まぁ、ミディンちゃんが弟子になるまで、弟子と認めてもらえなかったけれど」
そういってリノ先生は肩を竦めた。
「あれ? それじゃ北の森から離れるっていうのは、またどうしてです?」
「ちょっと心変わりすることがあってね。二十年前に、女神さまとお話する機会があってね、その時に云われたのよ」
「復讐は何も生まないとかいうようなことですか?」
それは三文小説などで、よくある話だ。
「まさか、女神様はそんなくっだらないことを云わないわよ、キャロル。だいたい女神様自身、私怨で混沌の神々を殺しまくってたのに。そんなこと云うもんですか。私には、ただ、こういっただけよ」
『もっと欲張ればいいのに。もったいない』
「え、それだけですか?」
私は目を瞬いた。
「そうよ。でも、それでなにか、憑き物が落ちたって感じになったのよね。あぁ、魔物ども殺すだけじゃなくてもいいんだ。ほかにやりたいことをやってもって。
まったく、なんでこんな簡単なことに気が付かなかったんだか」
「それで、次の大攻勢で最後、ですか」
「そ、お師様のおかげで、防衛戦力ができたしね。ふたりには後れをとったけど、今度は自分の楽しみのために生きることにするわ」
そういって、リノ先生はジャムの乗った焼き菓子を齧る。
「あの、リノ姉さん。二十年前って、第四次神々の戦の時ですよね。女神さまが他の戦神様たちと共に、再来した異世界の竜神と戦った」
「そうだけど」
「……ということは、先代皇帝が女神様にやらかした直後とかだったんじゃ」
お師匠さまが云うと、リノ先生の顔があからさまに引き攣った。
「そ、そうか、だからあんなに荒れてたのね。女神様、獣戦士の首を、一切の容赦なく刈りまくってたから。まるで野菜を収穫するみたいに」
え、えーと、獣戦士って、たしか第三次神々の戦で、人類を絶滅寸前まで追い込んだ、混沌の神の対人用兵器じゃなかったっけ? って、二十年前の戦争って、そんなものまで出現してたの!?
「じゅ、獣戦士ですか。あの、リノ姉さん、それ、どっちでした?」
「大半が劣化版。でもヤバい方も二、三体混じってたと思う。顔が異形じゃなかったから」
? どういうこと?
「あの、劣化版とかって、なんですか?」
訊いてみよう。
「あ、旧王国を完全に崩壊させた獣戦士は、ほぼ全部劣化版なのよ。もともと獣戦士って、混沌神が秩序神を殺すために生み出した兵器だから。実際、秩序神、ほぼ全滅したしね」
「だから、オリジナルは対神用、神殺しなのよ。このあたりの事って、学院じゃ教えてないんですか?」
「よくも悪くも促成だからね。三年で一人前の魔術師なんてできると思う?」
お師匠さまが私に視線を向けた。
「あはは、お師様が教えた子たちは半分例外よ。即戦力として仕上げたからね。でも知識面はスカスカよ。ミディンちゃん、そのあたりはキャロルを指導していて自覚あるでしょ」
あー、それは私も自覚していることだ。学院を出たからの方が、教わったことが多いもの。
「まぁ、知らなくても、魔法の扱いには関係はありませんけどね。とはいえ、時間が足りないなぁ」
「ふむ、ちょっと興味あるわね。キャロル、いまはどんなことをやってるの?」
「いまは傀儡操作の修行が中心です」
「あれ? 従魔召喚はどうしたの?」
リノ先生の問いに、私はあははと苦笑いするばかりだ。
「ミディンちゃん?」
「え、いや、だってあたし、従魔召喚は門外漢ですよ」
お師匠さまの答えが沈黙をもたらした。
遠くから爆発音と生徒たちの騒ぐ声が聞こえてくる。どうやら演習場で模擬戦をしているようだ。
……え? お師匠さま? それ初耳ですよ!?
「ちょ、ちょっと待って。え? ミディンちゃん、従魔召喚できないの?」
「できますけど、できるだけで従魔契約は一体しかしてませんからね。キャロルは各召喚方式をすべて扱えるようですし、いまさらあたしがどうこう教えることがないんですよ。
となると、後の従魔契約の際、自衛できるように鍛えた方がいいと思いまして」
「いや、確かに召喚術は、どれだけ契約してるかが重要になるけど。でもミディンちゃん契約はしてない……あー、そうかぁ。ミディンちゃんもお師様と同じ結論に達した口かー」
なにかを悟ったのか、リノ先生が額に手を当て天を仰いだ。
「あの、リノ先生、どういうことですか?」
「あー、ミディンちゃん、私が講義しちゃっていい?」
「はい、お願いします」
お師匠さまが了承したので、私は慌ててリノ先生に頭を下げた。
「それじゃ簡単に。召喚術ってね、最終的には契約した魔獣や従魔を使い捨てにすることになるのよ。まぁ、極論ではあるけれど。
こちらで傷を負う。送還したからといって、傷が即時治るわけじゃない。当然、完治前に召喚したら、傷を負った状態で召喚される。
正直、これは問題でしょ。だから契約する魔獣の数を増やす。でもそんなことをしているとね、大抵、魔獣の子たちを単なる肉壁程度にしか見なくなるのよ。
それに彼らの本来の世界での生活で、怪我をすることもあるからね、確実に最高の状態で召喚できる保証もない。結果、使い捨てにする結論に達するのよ」
「だからソーマ、基本的に長距離移動でしか従魔召喚しないのよね。使い捨てなんて、主義に反するから。
それ以外で召喚するとしたら、魔神級だけかな。そこまでいくと、怪我しても自力で治すから。ただ魔神を調伏するなんて不可能だから、契約することになるんだよ。でも魔神と契約出来るほど強ければ従魔なんていらないというね……」
リノ先生の説明に、お師匠さまが独り言ちる。
「そのあたりが理由かな。あたしが召喚術を、自分の傀儡を召ぶことにしか使わないのは」
お師匠さまのその言葉に、なぜお師匠さまがやたらと傀儡を推していたのか腑に落ちた。従魔に対する責任をしっかりと持つか、放棄するか、それを決めなくてはならないのかも知れない。でも話から察するに、大抵の召喚術師は責任を投げ捨てるようだ。
私は唇を噛んで俯いた。
「まぁ、戦闘だけが召喚術の使いどころじゃないから、そこまで深刻に考えることはないわよ。ただ戦闘に用いるなら、そのあたりの覚悟をどう決めるか、考えておくことね」
「……サラサはそのあたり、まったく考えていませんよ」
「あの馬鹿弟子、いくら云っても理解しやしないのよ。だからお師様に鍛えなおしてもらおうと送ったのよ。いまどうなってるの? あの子」
「我が道を邁進しています。足元も一切確認せずに」
お師匠さまの答えに、リノ先生は深くため息をついた。