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学院騒動 8


 問題なく我が実家訪問は終了。


 父と兄は予想通り、職人さんの所に打ち合わせに行っていたらしく留守。店には母と見習いのトリシアのふたりだけ。番頭さんは白鳳宮へ、新調するカーテンの打ち合わせだそうだ。


 トリシアがお師匠さまを見て挙動不審になってたけど、まぁ、これは想定内だ。トリシアが堕ちたらどうしようとか思ったけど、それもなかったし。……トリシアが男だったら危なかったかもしれないけど。


 目的のことは、ちゃんと母に伝えることができた。これでどこかの馬鹿貴族の巻き添えで破滅することはないと思う。そうなる前に逃げることはできるだろう。


 マンハイム伯爵没落直前に逃げ出すことができたんだから、そのくらいのことは簡単なハズだ。このあたりの嗅覚は、本当、尊敬するよ、お父さん。


 そういやお母さんがちょっと気になることを云ってたな。『ファルネーゼ書店の件は知っているからね、あの方に喧嘩売るような馬鹿な真似はしないわよ。ティーレマン侯爵のようにはなりたくないわ』


 ……先生、他にもなにかやってたの? 傍若無人な人だとは思ってたけど、本当、やりたい放題やってるな。


 私と母が話をしているとき、席を外していたお師匠さまは、トリシアと一緒に商品を見て回ってたようだ。なんか、お師匠さまがトリシアと値段交渉に白熱してたけど。それも、根切交渉じゃなくて、安く売るな! 職人舐めんな! 的な感じでトリシアが提示した値引き値段撤回に躍起になっていた模様。一方トリシアは、お嬢様の師であるミディン様に、適正価格そのままに売るわけにはいきませんと、徹底抗戦。


 ……なんだこれ。普通、逆でしょ。なんで売り手が値引きさせろってなってるのよ。


 というかですね、お師匠さま。商品を見る目がそれだけしっかりしているのに、なんで自身の造る物品に関しては無頓着なんですか!?


 どういう折り合いがついたのかは知らないけれど、お師匠さまはタペストリーを一枚購入したようだ。うん。お買い上げありがとうございます。


 ただ問題発生。トリシアの顔が赤い。妙に赤い。目も潤んでる。……勘弁してよ。


 そして、やっと学院にまで戻って来た。荷物は実家で【深き袋】に放り込んだから、元の背嚢のみになっている。


 そういえばこの巾着袋、時折、古代帝国期の遺跡から発見されるらしいけれど、すべてシビルさんの作品だそうだ。研究資金稼ぎのために、千個単位で作成したらしい。


 この話を聞いたときは、シビルさん二万歳なの? と思わず聞いて、『十歳になったばっかりだよ!』と怒られたっけ。紆余曲折あって、二万年程時間を飛び越えたっていってたけど、その紆余曲折を知りたいんだけど。そんなことを云ったら、『ベアトリクスお姉ちゃん最高』とか、謎な返事だったし。本物の天才の思考についていくのは大変だ。


「審査もなにもなしに、普通に通してもらえましたね」

「さっき通ったばっかりだからね」


 守衛さんに挨拶して、壊れた学院の門をほとんど素通りした私たちは、研究棟へ向かって歩いていた。


「リノ姉さんと話すの楽しみなんだよね。なに話すかなんて、全然考えてないんだけど」

「お師匠さまはリノ先生と会ったのは、今朝が初めてなんですよね」

「そだよ。というか、他の弟子で、会ったことがあるのはソウさんだけだよ」


 ……誰?


「誰ですか? ソウさんって」

「あれ? 知らない? ソウ・ゼ・ファン。結構有名なハズだけど」


 私は首を傾いだ。


「【紅の傭兵団】……というよりは【紅の狂戦士】の通称のほうが名が通ってるかな? そこの魔術師だよ」


 お師匠さまの言葉に、私は目を見開いた。


「ミラクスの英雄のひとりじゃないですか! え、そんな人が先生のお弟子さんなんで、す、か」

「なんでそこで尻切れトンボみないになるのさ」

「いえ、よく考えたら、先生も普通に英雄みたいなものでしたね。なにもおかしいことはないなと。そうか、魔神殺しのひとりかー」


 なんだか感動していると、お師匠さまが困ったような笑みを浮かべていた。


「あれ? でも魔神事件の魔神って、最初は先生が封じたんですよね? それをソウさんたちが仕留めたってことですか?」

「そうなるわね。まぁ、躰と魂を分離されてたせいで、相当弱体化してたらしいけどね。

 というかソーマのやった封じ方が凄いよ。魔神の心臓に剣を突き立てて、魂を剣に喰らわせたらしいから」

「……またえげつない方法をしましたね、先生。でもなんで接近戦なんてしたんですか? アシュリーとジゼルの件で、先生が近接戦闘も達人級なのは知ってますけど、魔神相手にすることじゃないでしょう?」

「ちょうどいい機会だったから、実験したんだって。どうしても必要だったらしいよ」

「……」


 絶句した。


 実験って、魔神相手でも、先生にとってはその程度の認識なのか。【黒】の時も私たちに向かって、『お前ら、授業だ!』なんて云ってたし。


 思えば、あの時に馬鹿げた量の追尾魔法矢の群れを初めて見たんだっけ。……それからひと月で、私たちも一度に百本出せるようになった、というか、させられたけど。それまで百本撃つのもできなかったのに。うん、とんでもなく大変だったな。それがいまや五万本。……ウィランに帰ったら検定を受けよう。どう考えても準導士じゃないよ。


 ここに来て自分もおかしなことになっていることを自覚した。


 学舎に沿って作られている石畳の小道を進み、研究棟へとはいる。研究棟といってはいるが、研究室となっているのは施設のおよそ半分。残りの半分は食堂と食糧庫、そして倉庫である。


 そして研究棟の一番端。学舎から一番遠い部屋のひとつ手前の部屋が、ふたりの目的地である、リノ先生の研究室だ。


「リノさんいるかな?」

「授業がなければ」


 扉の前に立ち、ノックをする。


 トントントントン。


「開いてるわよー」


 返事が返って来た。私たちは顔を見合わせ。思わず顔をほころばせた。


「こんにちはー」

「失礼します」

「おー、いらっしゃい、ふたりとも。ちょっと待ってね」


 リノ先生はちょうど調剤の最中のようだった。


 規則的に円形の窪みが並んだ木製の型に、ほんのりと桃色がかった白色の液体を流し込んでいる。やや溢れる程に流しいれると、その上を木べらでシャっと均し、余分な薬液を取り除き、蓋をした。


 先生はなんらかの錠剤を作っていたようだ。


「これでよしと。あ、ふたりとも、適当に座って。いまお茶を淹れるから」

「あ、わ、私が淹れます」


 慌てて申し出た。ここにいる中で一番の下っ端は自分なのだ、おふたりに雑用をさせるわけにはいかない。


「いーからいーから、いまはキャロルもお客さんよ。うちの一派は他所と違うから」


 そういってリノ先生は竈に掛けてある鍋から熱湯をポットに掬い、茶の準備を始めた。


 リノ先生の研究室。そこは魔術師の研究室というよりは、いわば薬屋、もしくは錬金術師の研究室を思わせた。棚に並ぶ薬壜や、鉛で封のされた素焼きの壺に、天上から吊るされ、乾燥した植物の数々。


 私はソーマ先生の研究室を思い出した。ソーマ先生の研究室は、棚に人形の腕や脚の部品が詰め込まれ、部屋の大半をほぼ等身大の、特殊な樹脂製の人形が並んでいた。


 当時はよくわからなかったが、今ならわかる。あれらはすべて自動人形の素体だ。そしてそれらの核の一部として使うための、完全な宝石型の魔晶石。また別の目的で使う用に、ペンダントや指輪の台も置いてあった。当然のように、どれもこれも無造作に。


 それらの価値総額を想像したところで、私ははめまいを覚えた。


 か、考えちゃダメだ。


「さてと、改めまして自己紹介しましょうか。私はリリーシャノンリース。お師様の最初の弟子よ」


 リノ先生は丸テーブルにお茶を並べ、中央に焼き菓子の乗った皿を置いた。


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