学院騒動 7
「なんでこうなった」
鉄騎巨兵の仕様説明を終え、依頼報酬を手に白鳳宮をでるなりiお師匠さまがぼやいた。
「いや、お師匠さま、普通に了承してたじゃないですか」
「だって学院の生徒、ちゃんと絞めとかないと」
お師匠さまが物騒なことを云いだした。
お師匠さま、まさかその為だけに、あした学院で講義を行うことを了承したんじゃないでしょうね?
「いやいや、お師匠さま、ダメなのはあの子くらいだと思いますから。元ユリウス教室のバカ共は、去年、先生がしっかりと心をへし折りましたから」
我ながら酷いこと云ってるな。でも事実なんだよね。
【黒】の事件後、あれだけ先生のこと馬鹿にしてたあの連中、なにも云えなくなってたし。しかもユリウス先生更迭されたから、次の教師がみつかるまでソーマ教室に一時的に編入されたんだよね。先生、あからさまに――
なんでこいつらの面倒見なくちゃなんねぇんだよ。クソが。
って態度で、すごいぞんざいに扱ってたけど。それでもとんでもなく伸びたし、連中の実力。先生、どれだけ有能なのよ。でもってユリウス先生、どんだけ無能だったのよ。
いや、普通なら、先生みたいな指導はあり得ないけど。
課題を出す→やりかたを説明する→生徒からの質問が出る→うるさい黙れヤれ。
……普通はこんなので伸びないよ。ほとんど放置だったし。でも伸びたんだよ、劇的に。
そういや、私たちも似たような事やったな。そのおかげで、追尾魔法矢を同時に五千本くらいまでなら、連射できるし。十連続くらいなら、なんとか。
考えたらこれ、おかしいよね。普通の魔術師は、五万本とかひとりで撃てないと思う。
……あれ? となると、私はおかしい? あれ? 私いったい今、なんになってるんだ?
「むぅ。でもソーマやってたことを体験するのも面白そうだったんだよ。教師なんてやったことなかったし。だから丁度いい機会かなって思って。だけど何を講義すればいいのかさっぱりなことに、引き受けてから気が付いたわ」
それが本音ですか。で、なにを考えなしにやってるんですか、お師匠さま。
「今日のこともありますし、傀儡関連でいいんじゃないですか?」
「傀儡の扱いって、モノがあってこそよ。素体制作なんてやっても意味ないし、かといって、人数分【傀儡核】を創って渡すとかダメだし」
「ダメですよ、そんなことしゃ」
いったい、一個幾らすると思ってるんですか!
【傀儡核】。傀儡を即製するのにつかわれる魔晶石。その辺の地面でも岩でも人形でも、これを突っ込んで起動すれば傀儡になるという優れもの。地面とか岩は、ちゃんと人型になる親切設計な物品だ。水に放り込んでも傀儡化するらしいけど、実用性はいまいちって聞いたかな。
当然だけど、【傀儡核】を壊されたら作った傀儡はそれで終わりだから、術式で全身を括ってある形式の傀儡より弱い、というか、継戦能力に難があるのが弱点だ。
で、気になる【傀儡核】一個のお値段。それこそピンキリだけど、お師匠さま制作となると、最低でもリーガル金貨単位になるよね……。安くてだいたい金貨百枚分くらい。宿暮らしでの一般的な生活費で二、三年分かな。
てくてくとのんびり歩き、正門を潜り抜ける。
……門番の衛兵があからさまに怯えた顔をしていたのは、見なかったことにしよう。
あのふたりはどうなったんだろ? まぁいいか。さっき、ラナ様にお師匠さまが呪いの解除方法を教えてたし。
「お師匠さま、このまま学院へ行くんですか?」
「リノ姉さんともまだロクに話してないし、そのつもりだよ」
「泊まる場所はどうするんですか?」
「リュリュに頼んだのよ。だから、一晩、お店に泊まれるわよ」
リュリュの実家はこの帝都にある。彼女の祖母が遺した、ファルネーゼ書店がその実家だ。現在、リュリュはウィランにて修行中であるため、彼女に成り代わり、ソーマ先生の配下のひとりであるルリちゃん……ルリオンが店を切り盛りしている。
「それじゃ、リュリュのお店と、学院、どちらから先に行きますか?」
「ルリには連絡いってるし、荷物もたいして重くないから、まずはキャロルの実家からね」
「え? ……いやいやいや、なんで私のところなんですか?」
「いや、悩んでたじゃない。あれ? 見誤ってた?」
うわ、バレてる。
……とりあえず空を見る。時刻は正午まであと少しというくらいかな。この時間なら、お父さんもジョウェル兄も忙しいはずだ。うん、大丈夫……と、思いたい。
「いえ、手紙を書くより、顔を出した方が楽かと思い直してたので」
「よし、それじゃ行こう。あ、なにも手土産になりそうなものがないな。
何か創ったほうがいい?」
「い、いえ、大丈夫です。むしろ、私がお世話になってるんですから、うちからなにか出さないと」
お師匠さまの魔具なんて貰ったら扱いに困るよ。売るわけにもいかないとんでもない価値のモノ。……家にあるだけで胃が痛くなりそうなんですけど。
主に防犯のことで。
★ ☆ ★
「なんでこうなった」
「なんだか、ウィランに居るときみたいになりましたね」
ウィランの商店街をお師匠さまと通った時みたいに、やたらといろんな物を、通り沿いのお店の人たちから戴いた。
果物に肉まんじゅうに串焼きにと食べ物を大量に。それこそ両手に抱えるのも困難なくらいに。そしてそれを見かねた革細工職人のおじさんが、『持ちきれないだろ。果物やらなんやらはこれに入れてけ』と、上等な革の鞄を押し付けて……というか、両手いっぱいの食べ物をひょいひょいと詰め込んで渡してきたり。
その革細工職人のおじさんに、なんでこんなことになっているのかを聞いてみたところ、鉄騎巨兵の移動に関してはもちろんのこと、安全確保に回ってくださった近衛の皆さんが、北の森の大賢者の妹弟子あることを広めてたことがひとつ。そして何よりも、あの衛兵をやっつけたことが原因らしい。
妹様=お師匠さまということについては、お師匠さまは気にしていない様子。一安心。まぁ、事実だからねぇ。と苦笑いしてたけれど。
それにしても、だ。いったいどれだけ嫌われてるのよ軍団兵。いや、どれだけ嫌われるようなことをやらかしたのよ、軍団兵。というのが適当なのかな。
ラナ様には軍団の綱紀粛正を頑張っていただきたい。……宮廷魔術師がやるような仕事じゃないハズなんだけど、これ、いまだに宰相様が決まっていないのも問題なんだろうなぁ。あ、軍事大臣もか。
三年前に更迭されて、そのままポストが空いたまま。いや、ラナ様で間に合っちゃったから、空位のままなのか?
本来、宮廷魔術師は外交関連が主な仕事のハズだし。
まぁ、そんなわけで、荷物が倍くらいに増えた。
どうしよう、これ。
「キャロル、これで食事の確保はできたわね」
お師匠さまは呑気だ。
お師匠さま、ここまで増えたのは、お師匠さまにも原因がありますよ。どんな人にもにこにこ気さくに話すから、おばさんたち喜んでおしゃべりに花を咲かせてましたし。お師匠さま、黙ってたらみんな気後れして話しかけ辛いのに、話すと普通に、近所のお人好しのお姉ちゃんみたいだから、そのギャップのせいでウィランでもあんなことになってるんですよ!
あぁ、いや、責めることじゃないね、これ。
とはいえ――
「でもさすがにかなり荷物ですよ」
「あぁ、あとで【深き袋】に入れるから大丈夫だよ。とりあえず、剥き出し状態の串焼きだけは食べちゃおう。ちょっと行儀悪いけど」
【深き袋】。シビルさん特性の、精霊魔術を用いた魔具だ。いくらでも、というわけではないが、大量に物品を放り込める巾着袋。財布のようにも見えるけど、基本的にペタンコになっているので、中身が入っているようには見えない。
ちなみに、精霊魔術を利用した魔具なんて創れるのは、シビルさんだけらしい。以前聞いたところ、容量は、山一個分くらいと云っていた。や、山か。微妙に想像つかない量だ。
まぁ、山一個分の荷物を詰め込むことなんてないだろうから、気にすることもないよね。
串焼きを食べ終え、残った串を宙に放り投げて、ボッ! と一瞬で塵も残さず焼いて消滅させたころ、私たちはリュミエール商会に、我が実家に辿り着いた。
商業区よりやや外れた場所に、リュミエール商会はある。何分、商品として取り扱っているものが、家具を中心とした調度品で、主な取引先は貴族家であるのだ。店舗には商品というよりは、見本品が置いてあるだけだ。
「あれ、思ったよりこじんまりしてるんだね」
「基本的にオーダーメイドがほとんどですからね。見本品がいくつか置いてあるだけで、商品はそこまで大量に置いていないんですよ」
「調度品だと、商品の回転は悪そうに思えるんだけど」
「そうでもないですよ。テーブルとかドアは結構壊れますし」
お師匠さまがじっと私を見つめる。
「癇癪持ちの貴族様って、結構多いみたいですね」
「……詮索しないほうが良さそうね」
いまひとつ納得できていなさそうなお師匠さまから目を逸らしつつ、私は実家の扉を開いた。




