学院騒動 6
「あ、キャロル。鉄騎巨兵の移動、再度あたしがやることになったわ」
「再度って、お師匠さま、扱いが酷すぎて嫌になってぶん投げただけじゃ……」
お師匠さまは、ふいっと目を反らした。
「まぁ、やってられるかっていうのは、私も思いましたけど」
今度はニコニコとして私の頭を撫でた。なんとも忙しいお師匠さまだ。
「それで、ここから移動するわけだけど、徒歩だと大変でしょ。だからローマンさんの馬に乗せてもらえるよう、お願いしたから」
「……はい?」
え、どういうこと?
「あ、陛下。陛下より高い位置に立つのは問題ですよね? 真上ではなく、横にズレていてもだめですか?」
お師匠さまが皇帝陛下に問うた。
「あー、私は構わんと思うが、立場を考えると問題しかないな。だが真上でなければ問題ない。玉座の両脇に、ローマンとラナが立つのは常だ。その時点でふたりの頭は私より上にあるからな。真上でなければ問題ないよ」
「それを聞いて安心しました。では陛下、陛下も鉄騎巨兵に乗って白鳳宮へと参りましょう。あ、ラナさんも一緒に乗ってくださいね」
のほほんと云うお師匠さまに、皇帝陛下とラナ様がぽかんとした。
「あの、ミディンさん? 乗るって」
「鉄騎巨兵の左手の平の上ですよ。なんとかふたりくらいは乗りそうですから。陛下おひとりだと転落の危険がありますが、ラナさんがいれば、魔法で転落を防止できるでしょう?」
「おぉ、それはいいな。さっきみたところ、思った以上に移動が速かったからな。
だが、ミディンはどうするのだ?」
「私は右肩の上に乗ります。あ、左手に乗るのが問題でしたら、右手に変えますよ。左手といったのは、単に右手に槌をもってるという理由だけですから」
ミディンがそういうと、皇帝陛下方は顔を見合わせた。
「右手のほうが無難でしょうな」
「そうですね。難癖をつけることに躍起になっていますからね、アイツら。陛下、もう面倒ですから、なにかしらでっち上げて、連中の爵位取り上げましょう。それが一番楽で平和です」
「ラナ、それでは暴君になってしまうぞ。私はあのクソジジイとは違うのだ。
あぁ、ミディン、聞いていたな。右手で頼む」
「仰せのままに」
そう答え、お師匠さまは優雅に一礼した。
「さぁさ、いつまで寝てんの。移動するんだからとっとと起きなさい!」
お師匠さまの声に反応し、半ば倒れていた鉄騎巨兵がゆっくりと身を起こし、そのままふらつく様子もなくしっかりと立ち上がった。
途端に、見学の生徒たちからざわめく声があがる。
だろうなぁ。これ、まったく参考にならないもん。寝坊した子供を起こしてるようにしか見えないし。なにより、起動キーを使ってないし。
これ、お師匠さまの本来のやり方で、学習のために見せる手本としてのやり方じゃないよね。……うん、まだお師匠さま、機嫌が悪いみたいだ。
「おっと、ちゃんと解除しとかないと。見えない障害物なんて害悪以外の何物でもないものね」
右手をゆらゆらと揺らし、鉄騎巨兵の転倒を妨げるために作った、見えない壁(?)を撤去することも忘れない。
お師匠さまのよくやるアレも謎なんだよなぁ。
ゆらゆらと右手を動かすお師匠さまの姿に、私はいつものように首を傾げる。
「いったん槌を置いて、左手に持ち替えて。そしたら、そこで跪いてね」
お師匠さまの命じるままに、鉄騎巨兵はテキパキと行動する。
「よし、じゃ、右手を下して、手のひらを開いて」
鉄騎巨兵が人を乗せる準備が整った。お師匠さまはその右手から腕をつたい右肩へと登る。そして左肩へと、転落しないように頭部に掴まりながら移動した。
「では陛下、お乗りください。ラナさん、お願いしますね」
お師匠さまの言葉に促され、お二方は鉄騎巨兵の掌に乗り込んだ。
「それでは出発します。立ち上がる時と、屈むときはどうしても揺れますので、その時だけはご注意ください」
「わかった。よろしく頼むぞ」
皇帝陛下が右手を掲げる。
「よし。それじゃ、あんたの新しい待機場所まで行くわよ。さぁ、立って!」
お師匠さまの命を受け、鉄騎巨兵が立ち上がる。そして再び門へ向かって歩き出した。
私はというと、ローマン様に引き上げられて、馬上の人となっている。
ズシン、ズシンと進み、鉄騎巨兵はすぐに帝都中央路へとはいった。沿道にはいつの間にか人だかりができていた。
鉄騎巨兵をみて、指差したり、喚声をあげたりしている。
……『賢者さまーっ!』とか、『妹様ーっ!』っていう声が沿道のそこかしこから飛んでいる。
もちろん『皇帝陛下万歳!』という歓声が上がっているのはいわずもがなだ。
というか、『妹様』っていう声はなんだろう?
「はは、これではまるでパレードですな」
「随分人出がありますけど、大丈夫でしょうか」
私は心配になっていた
。
なにしろ、『鉄騎巨兵:踏まれたら死ぬ』なのである。
本来なら先導するべきなのだろうが、お師匠さまの反対により、私たちは後方をついていく形だ。それも、ある程度の距離を取って。
というのも、馬が怯えて立ち止まってしまうからだ。そのため、鉄騎巨兵の全身が視界に入る程度の距離を取っている。
「なんだか時折聞こえる『妹様ーっ!』って声援はなんなんでしょうね?」
「……あー、多分、ミディン殿のことではないかな」
ローマン様が困ったように答えてくださった。
「お、お師匠さまですか!?」
「安全確保にうちの連中を駆り出しましたからな。住民にあれは誰かと尋ねられたなら、ミディン殿が何物であるのか答えるでしょうから。ミディン殿に関しては口止めなど一切しておりませんし」
「え? いえ、それでどうして妹様なんて呼ばれることに?」
「北の森の大賢者様の妹弟子と、ミディン殿がいわれましたからな」
あああっ!
私は愕然とした。
まさかそんなところから妹様なんて呼ばれるようになるなんて。
正直、お師匠さまがこれを知ったら、どんな反応をするかわからない。
悪評を上げるなどと云っていたが、こんなことは想定していないだろう。
そして私の敬愛するお師匠さまは、変なところで打たれ弱いのである。
だ、大丈夫。きっと大丈夫。
私は自分を云い聞かせた。
★ ☆ ★
事故もなく無事に中央広場に辿り着き、鉄騎巨兵は林檎の樹を迂回すると、白鳳宮の正門前で立ち止まった。
そして跪き、皇帝陛下方を降ろす。
「お疲れ様でした。では、この鉄騎巨兵を台座に載せますので、安全な位置にまで退がってください」
お師匠さまは注意を促すと、ふたりが十分離れたのを確認してから、再び鉄騎巨兵の移動を開始した。
大門脇の台座に鉄騎巨兵が乗り、手にしていた槌を先の鉄騎巨兵と同様、前面に立て、そしてその柄頭に手を置く。
わぁぁぁぁぁぁぁぁっ!
途端、見物に来ていた人々から大歓声が上がった。
あまりの歓声に、お師匠さまは鉄騎巨兵の上でびくりと震え上がるのが見えた。直後、気を取り直したようにそそくさとそこから飛び降りた。
見物人の中からいくばくかの悲鳴が上がった。
私は慌ててお師匠さまの元へと駆け出した。
うん。怪我なんてしていない、するはずがないのは分かっている。分かっているけど――
「うわぁ、な、なんか大変なことになってるわね。というか、妹様ってなんなのよ」
「お師匠さま、大丈夫ですか?」
「へ? 大丈夫って、なにも問題ないわよ。まぁ、あの人だかりの中を突っ切って、リノ姉さんのところに行くのは、度胸がいるなと思うけどね。
そしてあたしにはそんな度胸なんて、どこを探してもありはしないわ!」
お師匠さまが胸を張った。
「いや、そんな力強く断言しなくても」
「まぁ、ラナさんと報酬関連の話しないといけないんだけどね。白鳳宮か、密偵さん対策が大変だぁ」
お師匠さまがぼやく。でも私のの心配はそこではない。
お師匠さま、まだ気付いてない。このまま気付かない方が――いや、無理だよ。どうしよう、私が云ったほうがいいかな、『妹様』の件。
ふたりでラナ様の下へ歩き出しながら、ある意味本当にどうでもいいことを私は本気で悩んでいたのである。