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冒険に行こう 1


 目の前のテーブルに載っているそれを、私はじっと睨みつけていた。それは横たわった人形。両掌で包みこめる程度の球に、申し訳程度に手足の生えた代物だ。頭部に当たる部分には首が無く、半球状のものが胴体に直接くっついているだけ。黒い点で描かれた目が可愛らしい。そして手足も、球体に繋げただけの簡素なものとはいえ、きちんと指に至るまで各部位が造られている。


 材質は……木製といっていいだろう。木を削りだしたのではなく、大鋸屑(おがくず)に特殊な樹脂を混ぜあわせて造形したものだ。


 私は、すぅっと大きく息を吸い込み、気持を集中させる。そしてゆっくりと、意思の力を込めて人形に命令をくだす。


「さぁ、起き上がって。まずは右手をついて身を起こして――」


 人形はカタカタと震えると、ゆっくりと右手をテーブルにつき、ぐっと力を込めるように腕を伸ばす。が、人形はそのままコロンと仰向けに転がってしまった。


「あ、あれ? え、えっと、もう一度。手と肘をついて起き上がって!」


 慌ててもう一度命令を下す。今度は少しばかり丁寧に、細かく指示を加えていく。


 今度こそ人形はうまく身を起こし、俯せに跪くと、ゆっくりと立ち上がった。


「や、やった!」


 立ち上がった直後は、ややフラフラとおぼつかなかったが、やがてしっかりとした姿勢で落ち着いた。


「おー、凄いね。こんなに早くできるとは思わなかったよ。うん。きちんと言外の意思込めもできているわね」


 お師匠さまからのお褒めの言葉に、おもわず頬がゆるみそうになる。


 いけないいけない。初歩でうかれるものじゃないよ。


「あたしの時とはえらい違いだよ。あたしが初めて傀儡を操った時は、ソーマにゲラゲラ笑われたし」

「……なにがあったんですか?」


 あはは、と乾いた笑い声をあげるお師匠さまに思わず問うた。


 私のお師匠さま。ミディン・ナイファ様は私よりたった六歳だけ年上の女性だ。齢十九歳にして、すでに賢者の称号をもつ魔術の大家だ。


 賢者、というのは、ふたつ以上の魔術系統において、導師級の認定を得た上で、超級呪文(オーバーレベルスペル)をひとつ以上修得した者のみに与えられる称号だ。


 お師匠さまは苦虫を噛み潰したような表情を浮かべていた。


「あぁ、うん。キャロル、それを訊くのはやめようか。あたしは自分のポンコツ具合を思い出したくないよ」


 目を逸らすお師匠さまに、私は思わず口元を引き攣らせた。


 えぇ、なにをやらかしたんですか、お師匠さま。


 ん?


 気配を感じて、テーブルの方に視線を向ける。するとそこでは、もう一体の人形が、拳法の演武を行っていた。


 ずんぐりむっくりな人形で、稼働部位も簡略されている人形だというのに、それはもう見事なほど滑らかに、かつ素早い動きで型を決めていく。


 もちろん、この人形を操っているのはお師匠さまだ。


 お師匠さまと自分の力量の差を目の当たりにし、私は諦観にも似た気持で一杯になった。


 私がお師匠さまの歳に、十九歳になったときに、これだけの技量を身に着けていることができるのかな?


 というか、傀儡を操る術って、私に必要なのかな?


 今更ながらに疑問に思う。


「そんな顔をしなくても大丈夫よ。大変なのは最初だけだから。適正があるんだから、すぐにこれくらい動かせるようになるわよ。

 まぁ、大型の、巨兵なんて呼ばれる大型傀儡を操るのは難しいだろうけど」

「あれ? 傀儡の扱いは大きさにかかわらず、魔力消費量は一緒なんですよね?」

「大きいと周囲への注意が大変になるのよ。ついうっかり、家を壊しました。なんてことになりかねないわよ」


 あぁ、なるほど。小さければ全体をしっかり見て取れるけど、自分の数倍もの大きさの巨兵を操るとなると、周囲を把握するのは難しいだろう。

 一歩踏み出しました。誰だか踏み潰しました。なんていうのは洒落にならない。


 私は納得し、頷いた。頷いたけれど――


「あのぅ、私に傀儡って必要なんでしょうか?」


 私はお師匠さまに訊ねた、するとお師匠さまは目をパチパチとさせると、やおら手をポンと叩いた。


「あぁ、そういうこと? なるほど、それで妙に気が入ってなかったのか」


 お師匠さまに見透かされていたことが分かり、私は少し身をすくめた。でもお師匠さまはそんなこと気にもしていないようだ。


「うん。確かに従魔召喚ができるなら、傀儡なんて要らないと思えるだろうけど、召喚を阻害する方法なんていくらでもあるんだよ。ソーマ直伝の簡易召喚だって、阻害する方法がないわけじゃないよ。それも困ったことに、結構簡単なんだよ。魔術阻害の方法を知っていればできるから」

「そ、そうなんですか?」


 お師匠さまの話は衝撃的だった。だって、無詠唱で魔法を発動できるのなら、それで問題ないと思っていたんだもの。


 魔術を使えない魔術師なんて、ただの人以下といってもいい。


 そんな状況に陥った自分を想像して、私はぞっとした。


「魔術阻害術っていうのがあってねぇ。三流以下の術師なら【消音】の魔術なり精霊術をかけるだけで置物になるのは知ってるわね。で、魔術阻害術っていう阻害専門術になると大導師級でも置物にできるのよ」

「ど、どんな術ですかそれ。完全に魔術師殺しじゃないですか」

「簡単にいうと、一定範囲内の魔力……魔素の不活性化をほぼ完全に促す術。もちろん、発動すると掛けた当人も魔法を使えなくなるけどね。

 そんな状況下だと召喚陣も展開できなくなるから、そういう時は傀儡のほうが便利かな。変質している傀儡の内包魔力までは不活性化はできないからね。同行させていれば尚問題なし。それにソーマの造った携帯召喚具型の傀儡なら、魔素の不活性状況でも召喚陣起動できるし」


 こんな奴。と云って、お師匠さまが懐から樹脂を塗り固めたような、やや厚みのあるカードを取り出した。表面に魔法陣の刻まれたカードで、大きさは掌サイズだ。


「魔道具だと使えるんですか?」

「というより、これ、必要魔力がとんでもなく少なくて大丈夫なのよ。ここに自分の魔力を直接触れて流すだけで起動するから。自身の内包魔力だけで事足りるわ。なにせ術を展開するための魔力方程式だの魔法陣を組む必要がないからね」

「それじゃ、従魔もそういうふうにすれば!」

「いや、生き物なんだから、ずっと亜空間固定しておくのは可哀想でしょ」

「あ……」


 契約した従魔たちのことを考え、私はそんな非道な考えを投げ捨てた。


 うう……。馬鹿なことを考えた自分を引っ叩きたい。


「まぁ、魔術阻害を喰らうなんてそうそうないけど、対処できるようにしておくことは必須だよ。いつ何があるかわからないから、身を守る術はどれだけあっても無駄にはならないわ。


 ――そう、身を守る術はいくらあっても困ることはないんだよ。そう、いくらあってもね。えぇ、いくらあっても……」


 な、なんだかお師匠さまが遠い目をしてぶつぶつと同じことを何度も云いだした。おまけに「フ、フフフフ」とか乾いた笑い声が怖いんですけど!


「あ、あの、お師匠さま? その、以前なにかあったんですか?」


 思わず私は問うた。


 なにせ私はお師匠さまの弟子になって、まだ半年だ。お師匠さまについて知っている事なんて、肩書ぐらいでプライベートなことは殆ど知らないといっていい。


「あははは。もう四年、いや五年前か。あたし一回死んじゃってねぇ。火球の呪文の直撃を受けて丸焦げになっちゃったのよ。聞いた話だと左腕と左脚が完全に炭化して脱落してたらしいし。顔も焼けて溶けてたっていうしねぇ。

 だからこの顔、新しく作り直した顔のなのよ。治ったら美人になっちゃってさ。なんか『苦労せずに生きてきたらその顔になってたであろう顔』らしいんだけど、いまだに慣れないんだよねぇ」


 は、はいぃっ!?


「な、なんでそんなことになったんですか?」

「あー……ソーマのとばっちりだよ。有名になるとね、『あいつをぶっ殺して名を上げようぜ』みたいな馬鹿がでてくるのよ。で、たまたまそんな輩と鉢合わせしたあたしが、目障りだからって魔法撃たれて殺されちゃった。まぁ、ほぼ死亡直後に蘇生術を施してもらえたから、なんとか生き返ったけれど、三か月近くまともな生活できなかったよ。ちょっと歩くだけで疲れちゃってねぇ。リハビリ含めると一年ぐらいボロボロだったよ」


 いや、お師匠さま、あははって笑い事じゃありませんよ? そもそも回復魔法の施術を受けたのに、三ヵ月も快復しなかったってだけで異常事態ですよ?


 どれだけ酷い――って、手足が炭化って……。


「ソーマと関わる以上、こういうことがあり得るからね、とにかく護身に関しては思いつく限りしておいたほうがいいよ」


 どうやらこの忠告は心に刻んでおいたほうがよさそうだ。


 私はお師匠さまの言葉に、激しくうなずいた。


 本当に納得のいく話なんだもの。


 学院にいた時は、ソーマ先生はユリウス先生に目の敵にされていた。それもユリウス先生が一方的にソーマ先生に突っかかっていた形でだ。頭でっかちな無能だった癖に!


 私はもちろん、ソーマ教室のみんなもユリウス先生を大嫌いだった。そしてそのユリウス先生の影響を受けたユリウス教室の生徒たち全員のことも。


 あいつらことあるごとに侮辱してきて、嫌がらせも延々としてきたしね。


 あぁ……いま思い出しても腹が立つ。


 あ、でも、あいつら私たちとの実力差を思い知らされて、青くなってたわね。うん。


 まぁ、それはさておいて、そんな命のかかわる嫌がらせに巻き込まれる可能性がわずかでもあるってことよね。


 うん。ちゃんと身を護る術はきちんと身につけないと。


 傀儡をうまく扱えるようになれば、盾としても使えるはずだ。


「それじゃ、その傀儡に柔軟体操でもさせてみようか。動かし方さえ慣れちゃえば、あれやこれや逐一考えなくても、感覚で動かせるように――」


 トントントン。


 ノック音が聞こえてきた。


「あれ? 誰だろ? はーい、どうぞー」

「失礼します」

「あれ、ガオ君、どうしたの?」


 入って来たのはガオ君。ソーマ先生の使い魔……らしい。人にしか見えないんだけれど。角は生えてるけど。


「ソーマ様がお呼びです」


 お師匠さまが顔を強張らせた。もちろん私もだ。ソーマ先生の呼び出しだ。絶対になにか無茶ぶりをされるに違いない!


「もしかして、面倒くさいお仕事?」

「ソーマ様の持ってくる仕事で簡単なものなんてないじゃないですか」


 にこやかに答えるガオの言葉に、お師匠さまががっくりとうなだれた。


「あ、キャロルさんも一緒ですよ」

「え、私も?」

「……ロクでもない予感しかしないわね」


 お師匠さま言葉に、私は不安しかない。


「ま、聞かないことにはわからないわよね。それじゃ、一緒に行こうか」


 かくして私は、、傀儡操作練習用の人形をテーブルの端に並べて置くと、お師匠さまの後について、先生の研究室へと向かったのである。


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