学院騒動 4
「あぁ、そうだ。このままだと動かせないわね」
お師匠さまはそういうと、懐からまたも壜を二本取り出し、魔晶石を錬成する。
今度の魔晶石は、無色透明だ。
出来上がったそれを、ポイとアマーリエに投げ渡す。
「簡易の起動キーよ。それを使いなさい。
ラナさん、後でちゃんと回収して壊してくださいね。あ、今の起動キーの料金は戴きませんので、ご安心を」
「……うん、さっきも見て思ったけど、常識の埒外にいるのね、本当に。あらためて見てもびっくりだよ。というか、先生が教えてくれなかった技術なのかな。これが内弟子と外弟子の差?」
「どうなんだろ。私だってあんなのできないよ。というか、あれ、【魔具創師】の技術だろうし。あとで魔具制作の修行もお願いしようかな……」
私たちはお師匠さまの鮮やかな技術にすっかり見惚れていた。
「さぁ、あとは高みの見物といきましょう」
「あの、本当に大丈夫なんですか?」
心配で気が気じゃないよ。私は仁王立ちしているお師匠さまに再度訊ねた。
「人身事故だけはなんとか防ぐわ」
しれっとしたお師匠さまの答えに私は呻いた。
「それで、そちらはここの教師さんよね? なんだかキャロルと親し気に話してたけれど……」
「あ、私、キャロルと同じくソーマ教室に在籍していました、モナ・オルソンと申します」
「おぉ、ソーマの外弟子さんか。あたしはミディン・ナイファ。ソーマの四番目の弟子よ」
四番目……そういや、他のお弟子さんの話って聞いたことなかったな。リノ先生のことも、昨日知ったばかりだし。
「話すのは置くとして、あの子の手並みを拝見しましょ。なんか起動キー使わないでうんうん唸ってるけど、まさか傀儡の指令システム知らないとか云わないわよね?」
「知らないんじゃないかと。傀儡を従えているところを見た事ありませんし。持っているとしたら、自身用に調整されたものでしょうから」
モナがお師匠さまに答えた。
「兵器なんだから、保安はしっかりしてるに決まってるでしょう。そんな簡単に――」
ひぃやぁぁぁあぁああぁっ!
突然アマーリエが悲鳴を上げて蹲った。
そのあまりの様子にラナ様が慌てて駆け寄る。
あ、ラナ様が鎮静の魔法を掛けてる。
「ものの見事に防犯術に引っ掛かったわね」
「お師匠さま、あれ、どっちですか?」
「……失禁してないし、まだ正気だから、多分“トラウマ想起”のほうかな」
お師匠さま、また酷い確認方法ですね、それ。失禁に正気って。
「なんのために起動キーを創って渡したんだか」
「あの、防犯術って?」
「ん? あぁ、あれは兵器だからね。起動キーを使わずに、無理矢理起動しようとしたり、下手に解析しようとすると発動するのよ。あれは最大級のトラウマを想起させる罠。……うん、原初の恐怖を追加したのは正解ね。あの程度だと『次はうまくやれる』とか思って再犯するかもしれないからね。
ふむ、でも防犯術が発動したってことは、解析したってことよね。強引に起動しようとしただけなら、昏倒するはずだし。ふぅん、一応、魔術師の資質はあるわけだ」
あれ? 防犯術、ふたつだけじゃないのか。
あ、あの子、起き上がった。
「うん? あたしを睨まれても困るんだけどね。防犯術式は入ってて当たり前なんだから」
「あの手の子には、そんなの通用しませんよ」
モナが疲れたように云う。どうやら、アマーリエは学院内でも問題児のようだ。
「面倒臭いな。あの子も蛙にしちゃおうかしら。脅してどうにかなんないかな」
「お師匠さま、落ち着いてください。黒いです。物騒です。いや、今日はもう、朝から酷いことしかないので、気持ちはわかりますけど。私も売女扱いされましたし」
「……キャロル、なにがあったのよ」
モナが私にじっとりとした視線を向けた。
「城の門番がクソだったのよ。帝国の品位を疑わせるようなことして。死刑になればいいのに!
あ、あの子、今度は起動キー使いますね」
「あれで懲りなかったのなら、あの子の性癖を疑うところよ」
「よ、容赦ありませんね」
あれ? なんだかモナが口元を引き攣らせてる。どうして?
アマーリエが魔晶石を持った手を掲げる。それに合わせるかのように鉄騎巨兵がゆっくりと立ち上がった。
ズシン、ズシンとその場で向きを変え、正門に向かって歩いていく。
あぁ、学院の門でよかった。門も旧王国期のものそのまんまなんだよね。
金属製の、車輪を用いた引き戸式の門。今の技術で作ろうとすると、とんでもなく面倒臭いらしいし。
先生が鍛冶屋泣かせだって云ってたな。でも二千六百年も前のものが、ほぼ劣化してないんだよね。学院にいた頃は、たいして気にもしなかったけど、今思うともの凄い制作技術だよね。
私ががぼんやりとそんなことを考えている中、守衛が慌てて門をガラガラと開けていく。
「広さは十分。とはいえ、そこまで余裕の幅でもなし。うまく通せるかしらね? キャロルならできる?」
「えっ? 私ですか。その、やってみないと分からないです。ただ――」
「ただ?」
思わず言葉を言葉を途切らせた私に、お師匠さまが先を促す。
「ただ、あんな大股で進ませようとは絶対に思いません。そんなことしたら、絶対にやらかしますから。さっき動かして思い知りましたけど、まったく鉄騎巨兵の挙動範囲の感覚が掴めません」
私は断言した。
「そんなに難しいの?」
モナが訊いた。
「うん。ほぼ完全な自律型なら勝手に障害物を避けてくれるだろうけど、アレは逐次指令式の半自律型だからね。障害物の回避とかは、自分で細かく指示しないとダメなのよ。あれ避けろとか命令すれば、多少はやってくれるけど、かなり大雑把になるんだよ」
「もともと飾りにするのが目的だから、そこまで親切設計にしてないわ。戦争の道具を復活させるつもりはなかったからね。制御に関しては基本のものだけにしたのよ。
ヴィルヘルム陛下はともかく、後の皇帝がアレを使って戦争しようなんて考えるかもしれないもの。だからできうる限りに不便にしてある――というか、中身は傀儡操作練習用のモノなのよ。だから便利さなんて欠片もないわよ」
モナの疑問に、私とお師匠さまが答えた。
「……なんとなく、門を蹴っ飛ばす未来が見えるんですけど」
モナがぼそりと呟いた直後。
どがん!
鉄騎巨兵の左脚が、ものの見事に門の端の外壁を蹴飛ばし粉砕した。
「あー、やっちゃったー」
あ、学院長がなんか叫んでる。ラナ様は額を抑えて首振ってるし。なんで陛下は笑ってるの?
「あ、これまずい」
いうなりミディンが駆け出した。
お師匠さま!?
「ちょ、下手に動かさないで止めなさいよ。これ以上被害を増やして――」
モナがアマーリエの様子に喚く。
あ、鉄騎巨兵の左脚が崩れた塀に引っ掛かって、って、このままじゃ倒れる!
お師匠さまの作った基礎型の傀儡術式は、半自律型の傀儡を生成する。基本的に命令してやらなければ、まともに動かないが、いわゆる人間が反射的に行う行動というものは、基礎行動として行うようになっている(私の練習用の傀儡はそれすらも省いた特殊仕様だけど)。
例えば、転倒しそうになった際には、なんとか体勢を立て直そうとするように自律行動を行う。
つまり――
足を引っ掛け、後方に倒れだした鉄騎巨兵は無理矢理左脚を引き抜き、転倒を回避すべく、左脚を左後方へと着こうとする。だが既に崩れた大勢はそれだけでは立て直せず、続いて右足を後方へ。それはまるで、転びかけた人間があたふたしている姿そのものだ。
ズシン、ズシン、ズシンと、三歩ほどあっという間に退がるも、体勢を立て直すことは叶わず、そのまま後方に倒れ込んだ。
そう、よりにもよって、皇帝陛下のいるその場所へ。
ちょっ!?
私は思わず目を塞いだ。