学院騒動 1
息を切らしながら走って来た学院長先生は、皇帝陛下とラナ様に恐縮しきりだった。それこそ、なにもそこまでと思うくらいに。
「あの事件が尾を引いてるみたいだねぇ」
お師匠さまの声。
あ~、【黒】か。個人的にはあの事件、うん、ソーマ先生がしっかり治めてくれたからこそだけど、ユリウス先生ざまぁ! で気分良かったんだけど。くっそうざかったユリウス教室の連中も黙らせることができたし。
でも学院としては大失態だよね。……いや、失態どころじゃないか。
そういえば、私たちは結構得したんだよね、あの事件。
こっちの世界に湧き出した(はみ出した?)異界に、ブレイドさん(ソーマ先生の配下)に護衛してもらって侵入して、従魔の卵を大量ゲットしたから。ひとり頭ニ十個くらい。まだ大半は孵していないんだけど。少なくとも餌代くらいは自分で賄えるようにならないと、さすがに無責任だもの。
私が創った傀儡とかでも売れるのかな? 先生やお師匠さまのは馬鹿高くなって、購入できる人が限られ過ぎて売れないみたいだけど。でも売れると十年くらい何もせずとも安泰だって、先生いってたな。普通の傀儡で。
自動人形だとどうなるんだろ? ……うん、売れないね。というか、価値的に買える人がいないよ。よくよく考えてみたら、研究所のザインとかベスとか、人間にしか見えないものね。あれに値段をつけろって……どんだけ馬鹿げた額でも、格安の捨て値みたいになっちゃうよ。
いや、人の命なんて水より安いとか云うけどさ。
「――は視察でございますか?」
あ、ちゃんと聞いていなくちゃ。
「いえ、視察ではありません。ここの裏庭にある鉄騎巨兵、あれの移動を行います」
「大型の傀儡の移動だ。いまの時世では滅多に見れぬものだからな。見学にきたのだよ」
ラナ様と陛下の答えに、学院長が頷いた。
「では、移動には誰を? 学院にも何人か傀儡操士の才のあるものはいますが……」
うん。傀儡関連の教室はないんだよね、ここ。だから、才能はあっても、訓練はできていないハズだ。
「あ、それは私が行います。はじめまして、ミディン・ナイファと申します」
「クレインズ魔法学院学院長をしています、ヨランド・ダルレです。こちらこそ、よろしくお願いしますね。
それで、ミディンさんは傀儡操士ということで、よろしいのでしょうか?」
「えぇ、そのような者ですよ」
にこにことお師匠さま。
「ちょ、ミディンさん!?」
ラナ様が慌てた。そしてそのラナ様の様子に、学院長が怪訝な表情を浮かべる。
「いや、ヨランド。彼女は若いが、賢者の称号を持つ者だ。そこらの木っ端術師として扱うものではないぞ」
「陛下、気にすることはありませんよ。見た目通りの小娘ですから」
……うん、これ怖いな。お師匠さまがさっきあれだけのことをしたんだから。知ってる人からしてみれば、「なんで自分は雑兵ですみたいなこと云ってんの!?」ってことだし、それを真に受けた輩がしでかして、不興を買ったらとか考えるとねぇ。……ふたり蛙になったし。
そして学院長の胡散臭げなモノを見るような目。
うん。学院長、いい人だと思っていたんだけどな。外部にでると、いろいろと見えてくるもんなんだね。
術師を見る目くらいあるかと思ったんだけど、なんだあれ。
ちょっと失望だよ。
「それじゃキャロル、案内してよ」
「あ、はい。こちらです」
指名され、私は先導すべく前にでた。
「いえ、案内は私が致しますよ」
「いえいえ、お忙しいでしょう? お手を煩わせるのも忍びないですから。こちらには、ここの卒業者である彼女もいますので、問題ありませんよ」
お師匠さまが笑顔を絶やさない。
……うん、怖いね。お師匠さま、相手を立てつつ顔を潰すって。
「いえ、当学院にもいろいろとありますので。学院関係者の案内もなく学院内を歩かれるのは問題となるのですよ。
そうそう、移動作業を生徒たちに見学させてもかまいませんか?」
「えぇ、問題ありませんよ。参考になるかはわかりませんけど」
ぶふぅっ。
お、お師匠さま、全力でやる気だ。あはは。あんなの参考にならないよ。技量の差がどうこうどころじゃないもの。
「どしたの? キャロル」
「す、すみません。くしゃみを我慢しようとしたら……」
私は咄嗟に嘘をついた。
お師匠さまは軽く肩をすくめると、学院長に向き直った。
「ではヨランド学院長、案内の方、お願いしますね」
★ ☆ ★
かつての都市防衛砦は丘の上に建てられていた。そしてその敷地外となる部分はすべて削り取り、人工的な小さな崖を作り上げていた。
そのため、裏庭、と呼ばれる場所は、その削り取られた丘の部分。いわゆる崖下となる。防衛砦から学院へと建て替えられた際に、崖下へと降りる階段も整備されており、上り下りにはまったく問題はない。
この崖下部分の広場が、学生時代、私たちが魔法の練習をしていた場所だ。三人の娘が見ている前で、ソーマが上の、落下防止のための手摺を乗り越え飛び降りるなどということをして、リュリュを泣かせた場所でもある。
学院を卒業してからまだ半年ほどしか経っていないけれど、随分と懐かしく感じる。
本来三年過程の学院を入学からの一年で終了。というのも、ソーマ教室の皆が、もうひとつの攻撃系魔法教室の教師であったユリウス以上の実力を身に着けたためだ。
故に、ソーマ教室の生徒は全員特例で三年を待たずして即卒業となったのだ。
当初は落ちこぼれだの、出来損ないだのと、ユリウス教室の生徒たちにさんざん侮辱されていたが、結果はこれだ。
ふふん、ざまあみろ。
こうなったのは、ソーマ先生曰く、自分のやり方について来ることができる生徒を選んだ、ということが理由だそうだ。
実際、ソーマ教室の生徒は、私を含めて、資質こそあったものの全員天才でもなければ、とりたてて優秀だったわけでもない。むしろ入学当初であれば、ユリウス教室のほうに優秀な生徒は集まっていたのだ。
おかげで常日頃から自らの優秀さを鼻にかけていたユリウスの評価はガタ落ちし、その上、例の事件を引き起こしたがために、現在では懲戒免職の上、犯罪者として、北部大森林で樹を数える仕事をしている。
いや、実際は、大攻勢の予兆監視なのではあるが、やっていることは似たようなものだ。
「裏庭といっても殺風景だね。敷石とかの整備はしてあるけど」
「あはは。あ、お師匠さま、鉄騎巨兵はあそこです」
すぐそばの林を指さした。林、と呼ぶにしては貧相な、まばらに針葉樹が生えた木立の中に、その鉄騎巨兵は半ば埋まっている。地上に露出しているのは、右肩から肘の辺りまで。胴体部分は胸部の三分の二ほど。斜めに傾いた姿勢で埋もれている。
「もう、はじめちゃっていいのかな?」
「どうでしょう?」
私たちはは林から学院の方へと目を向けた。
既に生徒たちは集まっており、上と下に分かれて、邪魔にならないよう離れた位置に並んでいた。
さすがに皇帝陛下の御成りということもあって、全員が礼儀正しくしている。
「話には聞いてたけど、本当に女の子ばっかりなんだね」
「あはは。なんだかそういう風潮になっちゃいましたからね。男は騎士、女は魔術師っていうふうに」
「また偏ってるなぁ。アシュリーとジゼル、ソーマが拾わなかったらこれまでの努力が無駄ってことになってたわけ?」
「そうですね。騎士団の入団試験から、女子枠が消えましたからね」
「なんでそんな極端かな」
お師匠さまが呻く。
本当に、なんでこんな極端に割り切ったことしたんだろ? 帝国議会で決めたことのハズだけど、またどっかの貴族がおかしな偏見とか持ち込んだのかな?
それとも男尊女卑的ななにかか。一部の連中にずっと魔術師は蔑視されてたからなぁ。
「ま、考えても仕方ない。それよりお仕事お仕事。
ラナさん。はじめて構いませんか?」
「えぇ、お願いします。なにかお手伝いできることはありますか?」
「大丈夫ですよ。あ、皆さん少し退がってください。作業の為に、ここに鉄騎巨兵をひとまず運びますから」
お師匠さまは集まっていた生徒たちを向くと、はいはい退がって退がってと両手で押すような仕草をした。
「よし、それじゃ、はじめるよ」
「はい。それで、運ぶってどうやるんですか? 歩かせるわけじゃないですよね?」
歩いて移動させるためには、周囲の木々が邪魔だ。とはいえ、さすがにへし折るのは気が引ける。
「うーん、イメージ的には、上に吊り上げて広場に移動。って感じかな」
「は?」
吊り上げて移動って、お師匠さま、また無茶なことを。鉄騎巨兵、関節部のギミック以外、中身はほぼ空洞であるとはいえ、金属の塊ですよ。その重量は相当なものですよ。
「……うん。そんな顔されるのか。これはまだキャロルがソーマのとんでも無さに染まってないというべきか、それともあたしが染まり過ぎたというべきか」
お師匠さまが眉根を寄せた。
いや、先生のとんでもなさは知っていますよ。……知ってるよね? 今度エルマイヤとリュリュに訊いてみよう。
私が知っているソーマ先生は学院入学前の面接の時からだけど、あのふたりは確か八歳のころから面識があったと聞いている。
「さて、やるか。魔術師を名乗るからには、やっぱりこういう即興魔法はたまにやらないとね」
お師匠さまが右腕を上げる。まるで騎士様が戦の前に、女神さまに宣誓するかのように。
すると、ズズズズっと、地響きを立てて、鉄騎巨兵が地面から引きずり出されていく。後方では、見学に集まっていた生徒たちの驚愕の声が上がっていた。
即興魔法。要は、魔術師が勝手にその場で創った魔法だ。当然のことではあるが、既存の魔法などではない。魔法使いは、既存の、それこそ指南書などに記載されているものを丸暗記し、そのシステムを一切理解せずに力任せに魔法を行使するだけであるため、こういったことを行うことはできない。これが【魔法使い】と【魔術師】の差だ。
魔法使いの人口はそれなりにいるが、魔術師は非常に希少だ。それも使える魔術師となると、それこそ国にひとりふたりいればいい方だ。
この事実を知っている者であれば、どれだけお師匠さまが異常な魔術師であるか理解できるはずだ。
「と、木が抜けないようにしないと。……なかなか難しいな。あ、ダメだ、絡んで抜けないや。ごめん、精霊さん、ちょっと手伝って」
お師匠さま!?
鉄騎巨兵の半身が引きずり出されたあたりで、一番近くにあった木が傾いた。どうやら木の真下になにか、いや、鉄騎巨兵の握る得物が埋まっているのだろう。恐らくは、木の根が絡んでいるに違いない。
「お、抜けた。精霊さん、ありがとー。よいしょっと」
地味に見えるものの、とんでもないレベルの大魔術を行使中だというのにお師匠さまは呑気な調子だ。
そして遂に鉄騎巨兵が地面から引き上げられた。
「こいつを運ぶ前に穴を埋めときましょ。なんか、うっかり忘れそうだし」
右腕は上げたまま、左手で地面を均すように軽く左右に振る。するとたちまちの内に鉄騎巨兵の埋まっていた部分の大穴がふさがれた。
周囲の表面から土を少しずつ集めて埋め立てたようだ。
鉄騎巨兵は林の上空に吊り下げられていた。形状は先の鉄騎巨兵と全く同じ。違うのは手にする得物だけだ。
「またでっかい槌ねぇ。さっきの鉈より重そうだ。こんなので殴られたら、建物なんか一撃で倒壊するわね。……人に振るわれたら、なんて考えたくもないわね」
お師匠さまがぼそりと呟いた。
だから、なんでそんなこと云うんですか! 想像しちゃったじゃないですか!
あああ、またしても鳥肌が、鳥肌がー。
またしても私は腕をごしごしと擦ることとなったのだ。