帝都でのお仕事 10
お師匠さまは広場中央の、土が剥き出しになった円形の場所の真ん中に屈んでいた。
左手に持つのは、おやつ代わりに背嚢に突っ込んできた林檎。
なにやらブツブツと云っていたかと思うと、おもむろに地面に右手人差し指を付き込んだ。
そしてどうやったのか、傷もつけずに取り出した林檎の種を一粒、穿ってできた穴へポトリ。
林檎を背嚢に戻し、ついで取り出すのは竹筒を用いた水筒。最も、中に入っているのは水などではなく、薬の類だ。
キキュッ! という音をたてて栓を抜き、その中身をドボドボと今しがた植えた種の場所へとかける。
「これでいいかな? そう? よし」
うん。お師匠さまがなにを云っているのかさっぱりだ。それはラナ様たちも同じであるようだ。
やがてお師匠さまは立ち上がると、二歩ほど退がった。そして右手を種を植えた地面に向けて翳す。
「それじゃ、おっきくなーれ!」
お師匠さまが大きな声で命じた。
すると、その言葉に答えるかのように地面を割り、緑色の芽がいきなり生えた。それこそ、ポン! という擬音でも聞こえそうな勢いで。
ミディンが翳した手を徐々に上へと挙げていく。
それに合わせ、芽は成長し、みるみる内に若木となり、そして立派な、見上げるほどの林檎の木へと成長した。
「うん、いい感じいい感じ。それじゃ次ね」
パチンと指を鳴らす。パパパパと、林檎の花がいくつも咲き、散り、果実が膨らんでいく。
かくして、今まで鋼の巨人が佇んでいた場所には、沢山の果実を実らせた 林檎の樹が生えていた。
「せっかくだし、いくつか貰っていきましょ」
ミディンが林檎の実を指差す。するとポトンと林檎が彼女の手元に落ちてきた。
収穫した五個の林檎を背嚢にしまい込むと、それを肩にかけてミディンが戻ってきた。
「や、うまくいったよ。何事もやってみるもんだね」
お師匠さまはご機嫌だ。
「あの、お師匠さま?」
「なぁに?」
「お師匠さま、精霊術師でも精霊使いでもありませんよね?」
「うん。違うね」
「それなのに、なんで精霊魔法? を使えるんですか!?」
思わず私は詰め寄った。
「ん? 今のは精霊魔法じゃないよ。あの林檎の樹は精霊さんにお伺いを立てて、問題ないって云ってくれたから、お願いしたんだよ」
だがミディンはそんなキャロルの剣幕など、どこ吹く風だ。
「えぇ……。でも、精霊術師でもないのに、なんで交信できるんですか?」
「あたしの今の躰ってさ、精霊さんたちの作品みたいなものなのよ。殺された直後、あたしの魂は、仕事で調度来てたシャロリーンさんが引っ掴んで保全してくれたけれど、躰は完全に丸焦げの即死状態。再生はほぼ不可能。それをソーマが無理矢理呼べるだけの精霊を呼びつけて強引に再生というか、ダメな部分を排除して片っ端から創り治したらしいんだよね」
いや、お師匠さま、詳しい話はいいですから。皇帝陛下にラナ様、ローマン様、それに近衛のお二人と、五人とも表情が暗くなってますから。
確かそうなった原因って、皇室が原因なんでしたよね!?
「確か、皮膚や髪はどうにもならないから、引っ剥がして創り治し。骨格はほぼそのままだけど、修復だか改造だかして、内臓と血液は煮えたようなもんだから総替え。あたしの記憶は壊れる前にどうにか引っこ抜いて保全。なんか、脳も半ば茹ってたらしい――」
「い、いや、いいです。お師匠さま。そんなに詳しく話さないでいいです。なんだか寒気がしてきました。怖いです」
「そういや、目玉が――」
「ぎゃーっ!」
私は耳を塞いで叫んだ。
聞きたくない聞きたくない聞きたくない!
「まぁ、そんなわけで、あたしの躰は精霊さんの傑作? みたいなものらしくってね。なんか、気に入られてるのよね。それこそ、そこらの精霊術師なんかよりずっと」
まぁ、気に入られ方の意味が違うと思うけど、と、あははと笑いながらお師匠さま。
いや、なんで笑ってられるんですか。やけっぱちですか? あ。いえ、そういや普段からブチブチ文句やら愚痴やらいってましたね……。
思わず私はがっくりとうなだれた。
「そんなわけで、交信することだけは出来るのよ。修行すれば精霊術師にも成れるのかもしれないけど、あたしはそっちの才能は皆無って検査結果だったからなぁ」
そういいながらお師匠さまが、私の頭を撫でた。
「皇帝陛下、ラナさん、こんな感じでどうでしょう? いまから育てるには時間が掛かりますし、大木の移植なんて、とんでもなく大変ですし。手持ちの種が林檎だけだったんで、見ての通り、林檎の樹にしちゃいましけど」
「え、えぇ、問題ないわ。殺風景なままよりずっといいし」
「そうだな。だが、番人をつけねばならんな。林檎をもいでいくのは構わんが、独り占めするような輩がでるのは頂けない」
「……軍団のほうに打診しておきます」
ラナ様が渋い顔で肩を落とした。
私がいたころから軍団の評判は良くなかったからなぁ。それに今朝のあれもあったし。
私は門の方へ視線をむけた。
相変わらず、あの衛兵ふたりは無様にしくしく泣いている。
「あ、そうそう、肝心なことを。あの林檎、酸味の強い種類の林檎です。甘みは強くないので、好みが分れるかもしれません」
そういや、お師匠さま、林檎だけは酸味の強いやつが好きなんだよね。ほかの果物は、普通に甘いのが好みなのに。
あ、また林檎採るんですか? 皇帝陛下たちの分ですか? はい、お手伝いします。
★ ☆ ★
クレインズ魔法学院に着いたのは、一輌目の鉄騎巨兵の移動が終わってから一時間ほど過ぎてからだった。
旧王国時代、この場所は防衛砦として使われていた場所だ。半ば全壊していた建物自体は既に新しく建て替えられているが、かつては都市防衛の要となっていたのだ。
今も残る学院を取り囲む背の高い壁は、補修はされてはいるものの、ほぼ旧王国時代のままである。建築からすでに二千年以上経っているというのに、まだまだ現役であることから、当時の技術の高さが窺える。
「おぉう。結構な規模だね。学舎だけなら、うちと一緒くらいかな。あっちは寮?」
馬車から降りたお師匠さまが、キョロキョロと周囲を見回していた。
「いえ、寮は学舎の向こう側になります。あっちの建物は、先生方の研究棟です。ソーマ先生の研究室もあそこにありました。一番奥の端っこでしたけど」
「ちなみに、そこをソーマが選んだ理由は?」
「もともと倉庫だった場所で、研究棟で一番広い部屋だったから。って云ってましたよ」
やっぱり? こっちで依頼の仕事してたからねー。と、お師匠さまがうんうんと頷いている。
「人形の部品ばっかり置いてありましたね」
「あぁ、リュリュの人形って、ここで貰ったんだっけ」
「はい。なんだか選んだもので、先生がリュリュを褒めてました」
「ほほぅ。ってことは、創師の才有りかな」
お師匠さまがニヤリと笑う。
「あの、私も傀儡を創れるようになれますか?」
「お、キャロルも賢者の称号を目指す?」
へ、賢者? って、え、創制師を目指せってってことですか? いや、それって、自律型の傀儡、自動人形を創れるようになれってことじゃ。
とんでもなく高くなったハードルを思った途端、私の体が勝手にガタガタと震え始めた。
「ちょ、なんでそんな反応になるの!? いや、大丈夫だから。さっきあたしがやった、おかしな事ができなくても傀儡は創れるから! ちょっぴり余計に時間が掛かるだけだから!」
あ、ちゃんと自覚はしてるんですね? ちょっとしたズルなんて、簡単な認識じゃないんですね? できれば私に理解できる範囲でご教授ください。お願いします。本当に。
あ、あれ? なんだか涙がでてきた。
「あぁ、やっぱりアレ、異常な光景だったのね。安心したわ」
「そうなのか? 私の想像する魔術そのものという感じであったが」
「陛下、人の業ではあのようなことはできません。それこそ神の領域に足を踏み入れたような者でもない限り。
……陛下、わかっていますね? 先ほどのようにコナかけるのはお止めくださいね。本当に。礼儀を尽くしてください。先代のように悪評を歴史に刻みたくないでしょう?」
絶望でもしたかのような表情で説くラナ様に、さすがの皇帝陛下もだじろがれたようだ。
「い、いや、分っている。分かっているのだが、ミディンは――」
「へ・い・か?」
私はお師匠さまを見上げた。
でもお師匠さまは皇帝陛下のことなど一切気にも止めた様子はなく、明後日の方向を見つめていた。
「お、誰か走って来るよ。大丈夫かな? 転びそうだけど」
「あ、学院長先生だ。あああ、もう歳なんだから、あんなに慌てなくても」
学舎からすごい勢いで駆け出してきたふくよかな壮年女性、学園長の姿に、私はハラハラとしていた。




