帝都でのお仕事 9
お師匠さまの価値感覚をどうにかしよう。
私は固く決意した。
とにかく、お師匠さまには、自身の創り出した代物の価値、相場を自覚してもらわねば。
先ほどの捨て値に近い値段に、私は憤っているのだ。
適正価格から大きく離れた値段はダメだ。
後々、絶対に問題になるのだ。
やるのなら、表に出してはいけない事でやらなくては。
いや、やらないけど。
価格破壊以上に、裏取引等が私は大嫌いだ。
……まぁ、こんな性格だから、私は商売に向かないんだ。
「それじゃ、キャロル、ちょっとこれ持ってて」
お師匠さまが、ひょいと錫杖を渡した。
いきなり手渡され、私が目をパチクリとさせていると、お師匠さまが悪戯っ子みたいな笑みを浮かべて見せた。
懐から取り出すのは、ふたつの小さな壜。ひとつは赤い粉末が、もうひとつには透明な液体が入っている。
「それじゃ、まずは起動キーを創ってしまいましょう」
ふたつの壜のコルク栓を抜くと、お師匠さまはその中身を宙にぶちまけた。だが壜の中身は重力に従い落ちることなく、彼女の目の前で渦を巻きひと塊となっていく。
それまでは静かにお師匠さまの周囲でうねっていた魔力が、急に増大したかと思うと、一気にそれが、目の前に浮いていた赤い塊に凝縮した。
ほんの一瞬、直視できないほどの眩い光が発せられたかと思うと、そこには赤い、透明感のある正八面体の宝石が浮かんでいた。
柘榴石の粉末と霊子溶液を用いて結晶化させた魔水晶。
もちろん、結晶化に合わせて起動術式等も封入済みなのだろう。私にはさっぱりな技術だ。
柘榴石を素材に使っていて、本当に水晶といえるのかは疑問ではあるが、魔力を貯め込むことの出来る石は、総じて魔水晶、もしくは魔晶石と呼ばれている。
「ほい、起動キー完成っと。それじゃキャロル、錫杖渡して」
本来、それなりの機材を使い、数日かけて結晶化させる代物を、瞬く間に拵えたお師匠さまに、私は表情を驚きに強張らせたまま、おずおずと錫杖を渡した。
お師匠さまは錫杖を受け取ると、その天辺の、内に十字のある円の中央に、いましがた創りあげた柘榴石の宝石を押し付けた。
鋼以上に硬いはずのミスリル銀が、まるで粘土のように押しつけられる宝石を受け入れていく。
かくして、十字に赤い宝石を掲げる、六本の遊環を持つ錫杖が出来上がった。
「これで起動キー完成。それじゃ、あとはコイツを発動媒体に仕上げちゃいましょ」
再び視覚化できそうなほどの量の魔力がお師匠さまの周囲に集まり、今度はつむじ風のように彼女の周囲に吹き荒れた。
お師匠さまの目の前に浮かぶ錫杖に、呪紋が刻まれていく。水色とピンク色が入り混じったような光の線が、上部から石突に向かって伸びていく。
本来、呪紋はどのようにあっても、視えるようにしてやらなければ視えるものではない。それが第三者にも見える程、濃密な魔力によって可視化されていた。魔力に対し過敏な者がいれば、昏倒していたか、よくても嘔吐するほどに調子を崩していただろう。
そしてその呪紋は密度があまりにも高く、キャロルにはどうやっても呪紋と認識できなかった。文字も記号も見えず、ただの光の線にしか見えない。
光が下部にまで到達すると、吹き荒れていた魔力の風が、一気に錫杖に向かって収縮した。
キン!
甲高い金属音が響く。
風と、光の線が消え、そこには柘榴石の埋め込まれた錫杖が出来上がっていた。
「よし。これでお仕事半分終了ね」
浮いていた錫杖を手に取ると、お師匠さまが満足げな笑みを浮かべた。
「あの、お師匠さま……」
「なぁに? キャロル」
「いま、防犯術式、展開してませんでしたよね?」
「えぇ、してないわよ」
「ああっ、やっぱり! ダメじゃないですか! 機密は――」
私がこんなに慌てているというのに、お師匠さまはのほほんとしたままだ。
だからお師匠さまってば!!
「別にいいのよ。コレは見られたところで全く問題ないから」
「え?」
「キャロルはいまのを見て、なにをしているのか理解できた?」
私の口元が勝手に引き攣れた。
つまり、「真似ができるものなら真似してみろ」「盗めるものなら盗んでみろ」そうお師匠さまは云っているのである。
「ラナさん、この石が鉄騎巨兵の起動キー兼、制御媒体です。それに加えて錫杖本体には、先に云った能力を付与してあります」
「え、そう、ありが……とう」
驚いたような表情を張り付かせたまま、ラナ様は返された渡した時よりも数倍の価値に跳ね上がった錫杖を眺めた。
皇帝陛下はいまだ呆然とされている。
「あの、ミディンさん、いまのが永久付与魔術なのかしら」
「えぇ、そうですよ。かなり簡易的なやりかたをしたので、膨大な魔力を使いましたけど。制作時間短縮にはいいんですけど、ロスが馬鹿にならないんですよね。下手すると周囲に影響もでますし。
あぁ、簡易といっても、粗悪品ということは絶対にないので、それはご安心を。触媒を創るくらいなら簡単ですから」
「えぇ……」
いや、お師匠さま。簡単じゃないですから。魔法発動媒体ってそんな簡単に作れませんから。魔具創士や錬金術師が大掛かりな魔力増幅機材を用いて発動媒体の魔晶石を創って、それを杖とかにくっつけるのが普通で、杖そのものを発動媒体に出来るのなんて、今の時代、先生とお師匠さましかいませんから。
「ん? どしたの? キャロル」
私のじっとりとした視線に、お師匠さまが首を傾げる。
「お師匠さま、もう少し自分の創る魔具の価値に頓着しましょうよ」
「だから、全力でやってないって云ったじゃない」
これで全力じゃないのか……お師匠さまどれだけ凄いのよ。
「その、全力でやったら、どんなのが創れるんです?」
「そうね。機材もないこの状態でこの素材だと……ん~、魔法威力増幅五十倍、とか」
ちょっ!?
「や、やめてくださいよ、そんな恐ろしいもの創るのは。単なる【火口】の魔法が【火炎球】以上になりそうじゃないですか! それこそ、超級呪文なんかつかったら――」
「あぁ、大丈夫大丈夫。超級呪文なんて使おうとしたら、魔具ほうが増幅した魔力に耐え切れずに壊れるから。暴発して自爆するだけだよ。それこそ神鉄とかでもないと創れないよ。……そもそも神鉄を加工できる気がしないし、それ以前に、神様にコネでもないと入手法がないから」
いや、そうかもしれませんけど、そうじゃないです、お師匠さま。そこじゃありません。いや、ケラケラ笑ってないで。
あああ、ラナ様と皇帝陛下が青ざめて――。
ありゃ、やり過ぎたか?
!? お師匠さま、いまなんと?
「ではラナさん、次に行きましょう。皇帝陛下は引き続き見学をなされますか?」
「む? そうだな、是非ともこの巨人が歩いているところは見てみたい。先ほどは見逃してしまったからな」
「え、あ。少々お待ちを。今、馬車の準備を」
「ラナ殿、手配はこちらでやりましょう。ベッカー、馬車の準備を」
ローマン様が隊員のひとりを呼ぶ。すると隊員は敬礼すると走っていった。
「そういや、移動の事をさっぱり考えてなかったな。ねぇ、キャロル。学院ってここから遠いの?」
「学院は帝都の外縁部にありますから。そうですね、塔と研究所くらいの距離、かなぁ」
頭に地図を思い浮かべ、凡そのところを口にした。
正直、お城に来ることなんてなかったから、学院からこの場所までの距離なんてちゃんと把握はしていない。
「あ、結構遠いんだね。でもなんでそんな外れに?」
「それはここが帝都だからですよ。魔法が解禁されたからといって、すぐに受け入れられるわけではありませんからね。魔道具と違い、使い手によっては制御できない場合がありますから。抗議だのなんだのを黙らせる理由のひとつとして、帝都の外れに。あと、適当な広い土地がそこしか空いてなかった、というのもありますけど」
疲れ切ったような顔で、私の代わりラナ様が答えてくださった。この様子から察するに、学院設立にこぎつけるまで、相当な苦労があったのだろう。
「学院設立はソーマがせっつきましたからねぇ。あ、そういえば、ガタガタ云って面倒な伯爵を潰すとかいって、研究所を空けたことがあったな」
!!? あああ、やっぱりだよ。魔法反対派筆頭だったマンハイム伯爵、先生になにかされたんだ!
絶対、絶対に手紙書くことを忘れないようにしないと。
……もう、顔出したほうが早いかな。いや、それやるとジョウェル兄がやらかしそうだし。きっとお師匠さまが挨拶をってついてくるだろうから。
絶対にお兄ちゃんとお師匠さまは会わせちゃダメだ。そんなことになったらお師匠さまが困る!
「あぁ、あれは助かりましたよ。おかげでテロまがいのことをしていた貴族を潰せましたし。ただ派閥の関係で、いくつか無関係な貴族も巻き添えになりましたが」
「それはご愁傷様としか云えませんねぇ。ところで、広場の中央はどうするんです? いま工兵の皆さんが埋め立ててますけど」
お師匠さまが指さす先では、先ほど鉄柵を撤去した工兵たちが大穴を埋め立て、崩れた敷石の修復をしていた。柵と同時に撤去されていたベンチは、元あった位置に戻されている。
「ふむ、そうだな。彫像の類はないな。ここに二体の鉄騎巨兵が並ぶのだ。新たになにか像を置くというのはないだろう」
「噴水の類は難しいですしね。特に冬場は問題が多発しそうですし、なにより予算などどこにもありません。
なにか適当な樹でも植えるのが無難かと」
ラナ様の言葉に、皇帝陛下が頷かれた。
「そうなるか。よし、ならば――」
「あ、それなら試したいことがあるので、私に任せて戴けませんか? あ、もちろんお代は結構ですよ。私が試したいだけですので」
……お師匠さま、今度はなにをやらかす気ですか?
そろそろ私の心の余裕が限界なんですけど。