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お師匠さま自覚してください。そういう弟子の少女も存外おかしい。  作者: 和田好弘
其の弐 帝都でのお仕事
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帝都でのお仕事 8


 鉄騎巨兵が身を起こし、地面に埋まっていたその手を引き抜き始めた。それに合わせ、右手の先、数ザスほど先まで地面が盛り上がり、敷石がいくつか剥がれはじめる。

 鉄騎巨兵は左ひざに手をつき、抵抗する大地をものともせず、右手を地中から引き抜き、ついに立ち上がった。


 右手に、巨大な刃物を携えて。


「え、えぇ……」

「おー。武器持ってたのか。って、あの……なんだろ、でっかい包丁というか……あぁ、鉈かあれ! ふぅん。しっかりと硬化の付与魔術が掛かってるわねぇ。錆ひとつなし。……少なくとも、千年前のカーンには永久付与魔術の技術が残ってたのね」


 でも今は、カーンでも失伝してるのよねぇ、とお師さまがブツブツと呟いている。


「え、えーと、お師匠さま、このでっかい鉈はどうしましょう?」

「いいんじゃない、持たせておけば。そんな刀身だけで二メートル近くあるような分厚い幅広の刃物なんて、ミノタウロスでも振り回せないわよ」


 そんな遠回しに盗むアホなんていない。といいましてですもね……。


「い、いいのかなぁ。なんだかすごい物騒なんだけど」


 困惑したまま、私は再び鉄騎巨兵に向き直った。


 うん。考えるのは私じゃないよね。とにかく移動させて、ラナ様にお伺いしよう。

「よ、よし。それじゃ、あそこの大門前まで行くわよ」


 私は大門を指さし命じる。

 すると鉄騎巨兵はそちらへ向き直り、ゆっくりと足を踏み出した。


 ズシン。


 その重さで微かに地が震え、関節部に詰まっていた千年分の埃が剥がれ、煙を噴くように落ちていく。


 ……あ、敷石が幾つか割れちゃった。し、仕方ないよね? 鉄騎巨兵が重いんだもん。


「これは……なんと壮観な」

「すごい迫力。こんなものが暴れる図なんて、見たくはないわね」


 ローマン様とラナ様が並んで、目の前を進む鉄騎巨兵を見上げている。


「巨大。っていうのは、それだけで威圧感がありますからね。そして、このデカブツはそれに相応しいだけの、威力をもっているわけですし。

 でもコストパフォーマンス的には、よくはなさそうですね」

「そうなの?」

「こいつに使った金属の量を考えると、かなり微妙なのではないかと。他のものに使ったほうが有用でしょうし、無差別破壊のみなら簡易の傀儡巨兵(ゴーレム)で良いでしょう。岩石巨兵(ロックゴーレム)なり荒土巨兵(ダートゴーレム)で十分事足りますよ」


 近衛の騎士様方が、安全確保のために広場の人通りを堰き止めている。まだ朝早い時間だけれど、巨人の歩く姿を見た人たちが集まりだしていた。


 でも、鉄騎巨兵の移動にはさほど時間はかからない。その巨大さ故、歩幅も人間よりも広いのだ。鉄騎巨兵が大門にまで辿り着き、その左脇に設えられた台座の上を新たな居とするのに五分も掛からなかった。


 鉄騎巨兵が台座の上にしっかりと立ったのを確認し、私は安心して大きく息をひとつついた。


 よ、よかった。無事辿り着いた。こんな短い距離なのに、凄い怖かった。お師匠さまの『大きい方が扱いが難しい』という意味がよく分かった。全然、まったく分からないんだよ。本当に、鉄騎巨兵の身体の範囲の感覚がまるでわからない。多分、周囲に障害物があったら、激突していたに違いない。足元に人がいたら踏み潰していたかもしれない。


 近衛の騎士様たちが、人通りを留めてくださらなかったら、まるっきり動かせなかったに違いないよ。でもどういうわけか、台座の上に登らせることは一度でできたよ。なんでよ。なんでできた私。できたのはいい。結果的には。でも過程として【なんだか分からないけどできた】はダメだ。これじゃ修行になってないよ。


 なんだか泣きたくなって、私は頭を抱えて蹲った。


 うぅ……とはいえ、反省ばかりもしていられない。


 ふっと息を大きく吐き出し、私は立ち上がってお師匠さまたちの所へと戻った。


「うぅ。ら、ラナ様、移動、終わりました」

「キャロルさん、ご苦労様」


 ラナ様がほほ笑みながら労ってくれた。うれしいけれど……。


「ではこちらを。制御呪紋をすべて書き換えたので、それに関する仕様書です。起動用パスもそこに記入してありますので、後程、ご確認を。

 あぁ、そうだ、ラナさん。コイツの姿勢はどうします? 今の、鉈持って直立しただけの恰好じゃ、締まらないでしょう?」

「あぁ、それもそうね。でもそれは――」

「おぉ、これは素晴らしいな。だが、少しばかり遅れたようだ。動いているところを見逃すとは……」


 いつの間にか私の隣に、ふたりの騎士を従えた、白で統一された簡素な服装の青年が立っていた。年の頃は二十代半ばぐらいだろうか。精悍な顔つきの、短く刈り込んだ金髪の青年――ってぇ!?


 わ、わわ、皇帝陛下だ!


 え? え? ど、どうしよう? どうしようっ!?


「キャロル、落ち着きなさい。取って食われたりしないわよ。少なくともあなたの年齢なら。……多分」


 ちょ、その最後のボソって云った多分ってなんですか? 多分って!


 って、食われるってどういうことですか!? え? え? そういうこと?


 わ、私、十三歳のガリガリの痩せっぽちですよ。胸だってお尻だってペタンコですよ。


 私がオロオロしていると、お師匠さまがしっかりと私の手を握ってくれた。


 だ、大丈夫、きっと大丈夫……。


「おはようございます、ヴィルヘルム陛下」

「おぉ、ミディン、久しいな。よくやってくれた。もう一輌もよろしく頼むぞ。ところでだ、今日こそは良い返事をいただけるのかな?」

「その件はお断りしましたよ。五年も前に。それと、女はよく選びますように。私などを選びますと、あの様になってしまいます」


 そう云うとお師匠さまは大門脇の兵士の詰め所を指さした。


 詰め所の扉の前で、先ほどのふたりの衛兵がうずくまり、頭を抱えて虚ろな目で何かをブツブツと云い続けている。


 その生気のない兵士の様に、陛下は眉をひそめられた。


「……ラナ、あれはどうしたのだ?」

「あの連中は陛下以上の権限があると宣い、此度の依頼遂行に参られたミディン殿を、詐欺師の売女と侮辱したうえ、陛下に成り代わり依頼破棄を勝手に宣言した元衛兵の罪人です」


 皇帝陛下に、ラナ様が容赦のない事情説明をした。


「ほぅ、それは分かった。だがあの様子はただ事ではあるまい。私が下すまでもなく、罰を受けているようだが」

「そうですね。ミディン殿の報復により、彼らは蛙となったようですから」


 陛下が真顔のまま固まった。


「……は?」

「間の抜けた返事はお止めください、陛下。ともかく、彼らは蛙ですよ。蛙」


 ラナ様がにべもなく答えた。


「私には人間に見えるが」

「そうですか。陛下にそう見えるのなら、きっとそうなのでしょうね」


 ラナ様の不敬にも思えるざっくばらんな物言いに、私はハラハラしながら、思わずお師匠さまの袖を引いた。


「お、お師匠さま、お師匠さま」

「ん? あぁ、気にしなくていいわよ。多分、いつもの事だと思うし。ですよね、ローマンさん」

「いや、まぁ、見なかったことにしてもらえると、助かりますな」


 ローマン様も苦笑している。


 陛下の女癖が非常に悪いっていう噂は聞いたことはあるけれど、本当だったんだ!


「さて陛下、あれはどうでもいいのです。見るも不快な汚物など無視なさいませ。さて、この鉄騎巨兵の姿勢はどうしましょう? 現状の棒立ちでは、いささか見栄えが悪いと思いますが」

「む、姿勢か。確かに棒立ちであるのは威厳に欠けるな。そうだな、持っているあの鉈の大きさも考えれば、普通に前に鉈を立て、その柄頭に両手を置くというので良いだろう」


 陛下がお師匠さまに視線を向けた。


「今にも鉈を振り下ろすような姿勢にもできますよ」

「威容を見せれば良いのだ。それに大門脇に置くのだ、奇抜さはいらぬよ。広場の中央に鎮座させるのであれば、そういった姿勢もよいだろうがな」


 お師匠さまがうっすらとした笑みを浮かべた。


「では、そのように。

 よし。聞いてたわね。姿勢を整えなさい」


 お師匠さまが無造作に右手を振って、鉄騎巨兵に命じる。


 鉄騎巨兵はその命に応じ、即座に姿勢を変えた。


 ……うん。どこに指令を含んで操作したのかさっぱりだ。普通に兵士に命令したようにしか見えない。


「み、ミディンさん、今のは――」

「? 傀儡に命じただけですよ。と、ラナさん、起動キーの錫杖を。ここで設定して仕上げてしまいます」


 ラナの問いを遮り、ミディンが起動キー用に用意したというミスリル銀製の錫杖を受け取るべく、右手を差し出した。


 お師匠さま、それ出鱈目ですよ。パスとか完全無視じゃないですか。起動命令すらしてませんよね? それが傀儡創制師の力ですか?


 そういえば傀儡関連の肩書の違いってよくわからなんだよね。魔具制作の方もだけど。今晩にでも訊いてみよう。自分がどこに当てはまるのか、知っておいたほうがいいよね。


「むぅ。起動キーとするには、いささか高価過ぎやしませんか?」

「何事にも威厳は必要なのよ」


 ラナ様から渡された錫杖を見定め、お師匠さまが顔をしかめた。


 ミスリル銀を用いて作られた簡素な錫杖。丈はお師匠さまの胸元辺りに届く程度のものだ、やや短めな代物ではあるが、ミスリル銀を用いている以上、結構な値打ちものだ。魔法金属であるミスリル銀は軽く、腐食せず、そして魔法と非常に相性のいい金属だ。とはいえ、傀儡の起動キーとして用いるようなものではないだろう。それはあまりにも勿体ないというものだ。


「うーん、ダメね、どうしても貧乏性からは抜け出せそうにないわ。陛下、勝手に術式を追加します、勝手にやるのでサービスはしますが、追加報酬を頂きます。さすがに無料とするわけにま参りませんので。よろしいですか?」


 お師匠さま、それ押し売りじゃ!


「む、それはどういことだ? いや、どういうモノにするのだ? と聞いたほうがいいか?」

「陛下!?」


 今度はラナ様が慌てた。値段の交渉もなしに了承されてはたまらない。


「そうですね。無難に魔法発動触媒にします。ついでに魔法の威力、効力の増加、約二割増し。それを加えましょう。この錫杖の使用者はラナさんになるのでしょう? ならば汎用性を求めた方が良さそうですからね。リーガル金貨一枚上乗せでどうでしょう?」

「ふむ、ラナ、相場としてはどうなのだ?」

「た、確かに安いとは思いますが。鉄騎巨兵の術式書き換えに加え、新たに防御術式の追加を鑑みれば、格安かと」

「ラナさん。あともう一体あることをお忘れなく。それも引っくるめての額ですよ」

「ちょっ……!」


 あ、ラナ様が頭を抱えた。

 うん。そりゃそうだよね。お師匠さまがやらかす事を考えたら、これ、格安どころか譲渡に近いよ。


 お師匠さま、順調に価値感覚がおかしくなってます。標準単位が金貨じゃなくて金の延板になってたりしませんよね?


 感覚が金貨百枚単位で狂ってるとか、勘弁してくださいよ。


 私もいい加減おかしくなってきてるんですから。


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