帝都でのお仕事 6
できる作業は全て終了し、私たちは世間話をしながらラナ様の帰りを待っていた。
早朝訓練を終えた近衛騎士様方は、交代で着替えをしてきていた。もちろんローマン様も、鉄騎巨兵の術式の書き換えを見届けた後、近衛の制服に着替えてきている。
……あれ? でもここの警護をするのに、近衛の方々がそれを行うというのはおかしな状況なんじゃ?
まぁ、お上のことに疎い私にはわからないことか。それにしても――
「ラナ様、遅いですね」
「工兵を叩き起こすのに手間取ってるのかな?」
「いや、連中は先のゴミと違い、まともですからな。資材搬送用の馬の準備にでも、時間が掛かっておるのでしょう。だがラナ殿はいったいどうされたのか」
ローマン様の答えにお師匠さまが頷いた。
予告もなしにこんな朝早くから、いきなり荷馬を出せといっても、すぐには準備はできないだろう。あまりに無茶を云えば、馬丁と喧嘩になりかねない。
となると、ラナ様はなにかしら別件の用事ができたのだろうか?
「……んん?」
あれ? なんだろう。なにか見落としてる気がする。
「どうしたの?」
「いえ、お師匠さまの仕掛けた視覚妨害の罠って、鉄騎巨兵の方を見た人は全員引っ掛かったりしませんか?」
たまたま広場を見た人に被害が出たのではないかと、私は心配になった。ないとは思うが、戻る途中のラナ様が引っ掛かったのでは?
「あぁ、大丈夫だよ。私たちを除外した二重の視覚妨害魔法を展開したから。柵に合わせて内部がまるっきり見えなくなる障壁をひとつ。鉄騎巨兵の周囲に、さっき云ったお日様罠をひとつね。ただ外側のほうは、遠視とかの魔法なりなんなりを使えば、簡単に突破できるものにしといたけど」
お師匠さまの答えに、私はそこはかとなく不穏なものを感じた。
「もしかして、あえて突破されやすくしたんですか?」
「ん? 突破もなにも、見えなければ問題ないんだよ。たまたま広場を見て昏倒する、なんて被害がでなければいいんだから。でしょう?」
しれっとお師匠さまは答えた。
つまり、覗き見したやつは昏倒してしまえ。ということだ。
「容赦ありませんね」
「そう? 命はあるし、視力だって失ってないよ」
事も無げなお師匠さまの答えに、傍で聞いていたローマン様が苦笑している。
だ、大丈夫なのかなぁ。
「あ、工兵さんたち来ましたね」
広場に向かってくる二台の荷馬車を見つけ、私は指さした。工兵の数は六名ほど。手にはシャベルや木槌を持っている。
「木槌なんて、何に使うんだろう?」
「柵を敷石ごと回収するのだろう。柵だけ取り除き、穴の開いた敷石をそのままにしてはおけせんからな」
「あぁ、そっか。確かに。ローマン様、ありがとうございます」
「あ、ラナさんも戻ってきたね」
工兵たちが広場内に入るのに合わせたかのように、大門から錫杖を背負ったラナ様が走って戻って来た。
「お帰りなさい、ラナさん。なにかありましたか? 思ったより時間が掛かったみたいですけど」
「いえ、手配も、陛下への連絡もすぐに済んだのだけれどね。戻って来る途中で倒れている者がいて。どういうわけか六人も別々の場所で。その救護に手を取られてたのよ」
ラナ様の言葉でお師匠さまの顔が強張った。もちろん私も。
「……お師匠さま?」
「いたんだね、覗いてたの。あ、そういえば帝国って、諜報活動が文化みたいな国だったね。昔、エリスタが密偵を絶対障壁で殴って気絶させてたのを思い出したよ」
え、絶対障壁って攻撃できるの!?
「えーと、どういうことかしら?」
怪訝な顔をするラナ様に、お師匠さまが事情を説明した。
「ふむ、聞きつけるにしても随分と速いわね。どこの貴族の手の者かしら?」
「尋問したほうが良さそうですな。いまだに魔法反対派が不穏な行動をしておりますからな」
「いつまでも帝国だけ魔法から無縁というわけにはいかないでしょうに。むしろ、よくも千年も問題なかったと思うべきですよ」
ラナ様が呆れたように苦笑する。
「魔法の武具に頼って戦って来ましたからなぁ。魔法はダメだが魔法の道具は問題ない、というのは、矛盾でしかなかろうに」
「そもそも帝国の前身になった三国は普通に魔法を使ってましたし。そういえば、魔法の物品に関しては、帝国はどういうスタンスだったんです? やっぱり輸入頼りで、国内生産は禁止ですか?」
お師匠さまが訊ねた。
「民間は輸入頼りだったわね。国としては塔に発注していたけれど。魔法解禁後は、なんとか国内で生産もできるように改革したけれど、まだまだ職人の数は少ないわ」
「腕のいい職人は見つかりました?」
「難しいわね。私にはそういう伝手が殆どないのよ。皇室関連のモノはミディンさんたちに頼んでるわけだし。若い職人には好機だから、移住者が増えると思っていたんだけれど、これまでのことが響いてるみたい」
ラナ様がぼやく。これまでの魔法に対する対応が非常に厳しかったため、人の集まりが悪いのも仕方ないと思う。
なにせ魔法の使用、即犯罪者。であったわけだし。
「いっその事、学院みたいに魔具創士の養成所でも作ったらどうです?」
お師匠さまが提案するも、ラナ様は肩をすくめて首を振った。
「人数を増やし過ぎるのもね……失業者が増えかねないし」
「それなら工房から優秀な若手を引き抜いたらどうです? 独り立ちするにも、資金の問題でくすぶってる職人は結構いますよ?」
「他国の工房を回るしかないのかしらと」
ラナ様は大きなため息をひとつついた。
うーん、うちが懇意にしてる魔具創士っていたかな? うちは家具がメインだからなー。
「ウィランに来てみます? 知り合いの所に独立しようにも、独立できずにいる職人がいますよ」
「……どういうこと?」
ラナが聞き返した。
「単純に、工房を開く場所、取引先、なによりもお金。それらが無く、くすぶってる職人ですよ。ウィランは以前から飽和状態ですし、親方から取引先をいくつか譲り受けるの習わしも、なかなか難しいみたいですよ」
「あー、聞いたことがあります。先方が納得しないとできませんからねぇ。大抵は親方の引退が絡んで、弟子にお得意先が分散という感じですからね」
「そうだね。……ドルカンさん、ドワーフだからね。多分、弟子のクロード君たちより長生きするだろうし。あと百年くらい現役なんじゃないかな」
私とお師匠さまは、同じように乾いたような笑い声をあげた。
「あー、そういう。スカウトしたら来てくれるかしら?」
「条件さえ合えば大丈夫じゃないですかね。いっそのこと皇室付きの職人にしちゃったらどうです? 腕は確かですよ。ソーマが懇意にしてる親方のお弟子さんですし」
クロードさんか。あの人も先生に魔改造されて、大概おかしな職人になっちゃったらしいんだよね。鍛える剣が軒並み魔剣にしかならないみたいだし。
この間、「普通の剣を鍛える方が難しいんだよ。なんでこうなった……?」なんてぼやいてたし。
……お店だしても剣、売れないんじゃないかな。適正価格が高すぎて。かといって安売りとかするわけにもいかないしね。そんなことしたら商業ギルドから警告がきちゃうし。
工兵たちの作業に目を向けてみる。彼らは鉄の楔を敷石の隙間に打ち込み、鉄柵の土台となっている敷石を手際よく地面から剥がしていた。
この分なら、半刻とかからずに撤去作業は終わりそうだ。
「そういえば【生と死の協会】の治療魔術はどういう扱いなんです?」
「あれは、冥界の神の奇跡だから問題ないと、反対派の連中は云ってましたな」
「えぇ……。いや、あれ、普通の治療魔法ですから。【使徒】様以外に【奇跡】なんて使えませんよ」
お師匠さまが呆れている。まぁ、それもそうだよね……。
「お師匠さま、それ、協会の人に云ったら、大変なことになりますよね? 元々、教会って使徒様の補佐をするために、有志の人が集まってできた組織ですし」
魔法反対派の認識、というか都合のいい詭弁について知り、私は身震いした。ただの【魔術】を【奇跡】と云うとか、罰当たりにも程がある!
神罰のとばっちりを受けるなんて願い下げだ!
「そだね。そんなこと騙ったら神罰が下るって大騒ぎになると思うよ。絶対に敵対状態になるんじゃないかな」
神の御業を騙るとか、大罪もいいところだ。冥府の神は、世界を救った女神様ほど慈悲深くはないから、当事者だけで事は収まらないに違いない。
「ご歓談中失礼します。鉄柵、ベンチの除去、完了致しました」
工兵隊のひとりが報告にやってきた。年の頃は二十代前半だろうか。隊長にしては随分と若い。いや、他の五名も似たような年齢だ。簡単な仕事であるから、若手に仕事を任せたのだろう。
「ありがとう。それじゃ、アレを移動するまで待機をお願いね。移動後に石畳を新しく敷いて頂戴。今、剥き出しになっている地面の部分はそのままでいいから」
「ご苦労様です。すぐに鉄騎巨兵を移動しますから、少し離れていてくださいね」
「り、了解しました」
若い工兵はどもりながらも、ラナ様とお師匠さまに敬礼し戻っていった。
……うん。お師匠さまの美貌の威力が遺憾なく発揮されてるよ。お師匠さま、その営業スマイルはやめましょうよ。以前働いてた雑貨屋さんじゃないんですから。
求婚騒ぎとか起こらなければいいけど。
うぅ、なんだろう、お腹が痛くなってきた。
「よし、それじゃ始めましょう。あ、そうだ。いまならまだ人通りも殆どないし、距離も近いわね。よし、キャロル。鉄騎巨兵の移動をやってみなさい」
「え、わ、私ですか!?」
「そーよ。調度いいから、昨日あたしが云ったことを実地で理解しなさい」
傀儡は、大きい方が扱いが難しい。
お師匠さまの云っていたことを思い出し、私は広場中央に跪く鉄騎巨兵を見上げた。
私は緊張のあまり、知らず知らずのうちにゴクリと唾を呑み込んだ。