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中章


 私の兄の伝説は、全てアルニムス魔法学園から始まった。

 兄は召喚の儀で召喚科始まって以来となる伝説的存在、神話で有名な3匹の銀狼を召喚せしめるだけでなく、学校の成績では常に上位を納め、召喚師どうしが模擬戦闘を行う闘技大会でも卒業まで無敗という記録を生み出している。

 くわえて品行方正で眉目秀麗、話し上手で人気者と、まさに学園のプリンスだ。

 その噂は校内だけに留まらず、周辺の町や村にまで轟き、人々は彼を畏怖と尊敬の念を込めて「銀狼貴公子」と呼ぶようになったのだ。

 だというのに……


「こんにちは、百足姫」

「ご機嫌麗しく、百足姫」


 私の伝説は、アルニムス魔法学園で始まる前に終わってしまった。

 品行方正で容姿端麗、話し上手ではないが聞き上手。成績も常に上位を納め、基本魔法学も習得済み。兄に及ばないにしてもそこそこの人気ものだったと自負している。

 そして迎えた召喚の儀で、召喚科始まって以来の見るだけで人に嫌悪感を与えるという大きなムカデを召喚せしめた。その噂は校内だけに留まらず、周辺の町や村にまで伝播し、人々は私を哀れみと嘲笑を込めて「百足姫」と呼ぶようになったのだ。

 どうしてこうなった! おかげで周りの目がイタいイタい。

 だが、私はこの程度で夢を捨てたりしない。

 まずは相棒の容姿に慣れるところから始めよう。


「というわけで、彼の容姿に慣れるにはどうしたらいいと思う?」


 例の可愛い小鳥を呼び出して「鷹巫女」と呼ばれるようになった友人を、私の部屋に召喚しての対策会議。クラスで一番の人気者は、クラスで一番の嫌われ者になってしまった私の相談にも気さくに応じてくれた。

 それもこれも全部彼の容姿のせいだ!  


「何度も肌と肌で触れ合うのが一番ですの……けど」

「どうしたの?」

「あなたが、触れないと意味ないですの!」

 

 私の居る場所は部屋の入り口だ。部屋の真ん中に呼び出したムカデから離れるべく、この場所に居るのに触るなんてとんでもない!

 なのに鷹巫女は、私を無理矢理ムカデに近づけようと、部屋の中から引っ張ってくる。


「や、やめろおおっ!!」

「何事も慣れですの!」

 

 鷹巫女の奴、華奢なお嬢様風の見た目のくせに、凄い力だ。

 そ、そんなに引っ張られると……

 

「のわ!」

「きゃっ!」

 

 窓の縁にしがみついたいたが、バランスを崩した私が倒れるはずみで、鷹巫女も一緒に、部屋の中央にズデンと倒れた。


「いたたっ……」

「もうっ! なんなんですのっ!」


 ゆっくり目を空けてみると、ムカデの触角が目の前でヒラヒラと動いていた。


「#$%&#%&#$%!!!!」


 声にならない叫びを上げて後方に飛び引いたのだが。


「げふっ!」


 鷹巫女の妙な奇声が聞こえると同時に、後頭部に激しい衝撃と鈍器で打たれたかのような衝撃がはしり、意識が遠のいた。

 次に目を覚ましたときは、鼻血を止めている白い詰め物が痛々しい鷹巫女と一緒に、保健室のベッドの上だった。もちろんしこたま怒られた……

 それにしても一体誰が、私と鷹巫女を運んだのだろうか?

 保険医の話では私と鷹巫女が、保健室の前に倒れていたそうな。

 服に何かが噛みついたような痕があったが、誰の仕業かは分かっていない。

 


「彼の容姿に慣れるのは無理だということは、よく分かった。そこで次の作戦を考えた」

「今度は何をする気ですの?」

「昨日一晩、考えて考え抜いた結果、名案を思いついたの! 目隠しをして彼に指示を出せばいい! そうすれば彼の姿を見なくて済む。ああ、我ながらこの才が恐ろしい。今日はその為の訓練よ」


 標的である木の的を目隠しをした状態で、彼に指示を出し壊すことが出来たのなら、彼を克服したも同然だ。


「頭の悪そうな発想は置いておくとして、そのポジティブさだけは感心しますの」


 鷹巫女のささやき声は、よく聞き取れなかった。


「何か言った?」

「いいえ。それで、私は何をすればいいですの?」

「さあ、私に目隠しを!」

「はいはい。まあ、気が済むまでやりなさいな」


 鷹巫女が私に目隠しをすると世界が闇に覆われた。


「あれ? 何も見えないんだけど?」

「そりゃそうですの!」

「まあいいや。来たれ! 召喚獣!!」


 風が巻き起こり、召喚獣が呼び出される。

 視界はなくても気配なら分かる!

 これならいけるぞ。


「的はそこだな。右前方に突進だ!!」

「はっ? な、なんで私の方を向いて、わわわ! こっち来んなですの! いやあああああっ!!」


 鷹巫女の悲痛な叫びが近づいてきたので、慌てて目隠しを外すと、鷹巫女が私の背後に回り込むのが見えた。ということは……

 目の前に迫る巨大なムカデが私の顔面にまたしても……この後のことは気絶したためあまり覚えていないが、とにかく目隠し作戦は失敗したことは確かなようだ。


「一度彼について書物を調べてみるのはどうですの? 彼のことを知れば、彼の見え方も変わるかもしれませんの」


 鷹巫女はある日、呆れたような顔を浮かべながらそんな提案をしてきた。

 書物とはいっても、一体何を調べればいいのだか。

 なにせ彼には、まだ名前がない。

 触媒に使った卵の生みの親とおぼしき生き物の化石は、見つかったばかりの新種でまだ名前がついていないせいだ。

 分かっていることは大きなムカデであるということだけ。

 まあ、ムカデである以上彼そのものは分からなくても、ムカデについて少しは知ることは出来るかもしれない。

 図書室に足を運び、ムカデの書物を副数冊、目を通す。 


「うっ……見るんじゃなかった」


 一冊目でギブアップ。

 書物なら平気だろう思っていたが、図解されたムカデの姿もかなりきつい。

 いまでも、目を閉じれば瞼の裏に沢山の脚が浮かぶ………ああ、気持ち悪い。

 おかげで書物の内容はほとんとんだ頭に入らなかった。


「何やってるんだろう、私は……」


 今頃はもっと華やかで、優雅でそれでいて、学園のアイドル的存在になっているはずだったのに……そうでないと兄のようにはなれない。

 ほんと、どうして私は……こうも上手くいかないんだろう。

 私は私の信じる道を歩んでいきたいだけなのに……全ては彼のせいだ。

 なんてこと思ってしまった自分が情けなくなり、ため息をついた。


「ため息なんてらしくないですの。元気出しなさいな」


 もう日が落ちているというのに、鷹巫女はわざわざ私を訪ねてきてくれた。


「ありがとう。でも、私だって悩むことぐらいあるよ。ほんと、彼とどう向き合えばいいんだろう」

「そんなあなたに朗報ですの。これで何かつかめるのではなくて?」


 鷹巫女は私に一冊の古びた本を手渡した。

 それは一冊の童話だった。タイトルは『ドラゴンズエネミー』

 竜とそれを操る召喚師が、強大な敵に立ち向かい世界を救うという、古いおとぎ話だ。小さい頃に読んだ記憶がある。

 鷹巫女の話ではこれは数少ない、初版本だという。

 そこには私の知らない話が幾つかあり、特にその最後の話しには興味を引かれた。改訂版には描かれていなかった最後の話。

 

 "邪竜に操られた竜を救うべく、召喚師はかつて激闘を繰り広げた、宿敵、グランドペンドラーと呼ばれる巨大なムカデに助けを求めた。そして、かつての敵を救うべくその巨大なムカデは、命と引き替えに邪竜を討伐したのだ。正気を取り戻した竜は召喚師と共にグランドペンドラーを丁重に葬り、称える歌を謳った。"


「グランドペンドラー……それが彼の名?」

「創作物での話しだけど、無関係とは思えませんの。特にこの絵をみてほしいの」


 挿絵に描かれていたのは最後の戦闘の様子だ。

 人の何十倍もの大きさを誇る巨大なムカデが、同じくらい大きな竜に食らいついている迫力あふれる絵だ。


「でかすぎでしょ?」

「あなたの相棒も、いつかこれぐらい大きくなるのかもしれませんわね」


 今でも大きくて気持ち悪いのに、これ以上大きくなるとか勘弁して欲しい。

 そもそも創作物での話しだし、彼とは何ら関係ないかもしれない。

 そのときが来るまでは、その程度にしか思っていなかった。

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