8話 偏った役割
「ところで、ソフィアさん達の専門の役割は何ですか?」
道中で僕は尋ねた。
ちなみに、ラナは背中に大きな剣を背負っており、ソフィアさんとリーザは杖を持っていて、レイリスは脇にナイフを差している。
言動と合わせて考えれば、大体の役割は予測できるが……。
「私の専門は支援者です」
ソフィアさんは言った。
ということは、リーザが魔導師なのか?
「……私は防御者よ」
僕の視線に気付いたのか、リーザが気まずそうに言った。
「えっ……」
ちょっと待ってほしい。
他の二人は杖を持っていないので、明らかに魔導師が専門ではない。
ということは……。
「このパーティーに魔導師はいないよ? でも、ソフィアさんが攻撃魔法を使えるから問題無いって」
ラナは軽い口調で言う。
しかし、問題は充分にある。
冒険者のパーティーは、魔導師抜きでは成り立たないと言われているのだ。
有名な言葉として、「魔導師は一人でも役に立つが、魔導師のいない冒険者パーティーは役に立たない」というものがあるほどだ。
この言葉には異論も多くあるものの、それくらい魔導師は大事な存在なのである。
やはり、このパーティーは厳しい。あまりにも問題点が多すぎる。
そして、そんなパーティーが、宿で最も有望な存在だということが絶望的だ。
駄目だ……僕にはこの宿は立て直せない。
僕の頭の中は、既に聖女様への言い訳で一杯だった。
「ちなみにレイリスが抹消者。そして、あたしが破壊者だ」
「……」
今度は何も言えなかった。
破壊者? 女性が?
「あっ、やっぱり驚いた! いるんだよな、女は破壊者になれないと思い込んでる奴って。破壊っていっても、岩を砕くわけじゃないんだぞ?」
ラナは呆れたように言う。
破壊者は、障壁を破る魔法を得意とする者のことだ。
自身の魔法を剣や拳にかけた状態で、相手の障壁に叩きつけることにより破壊するのである。
腕力で障壁を破壊するわけではないので、体格は技の成否に関係ない、というのはラナの言う通りだ。
しかし、破壊者の一般的なイメージは、聖女様のパーティーにいた大男のようなものである。
適性を持つ者が、そのような体格の者に多いからだ。
ラナの体格は、決して大柄ではない。
体付きだって、しっかりとした印象は受けるものの、女性的な特徴をはっきりと備えている。
あの細腕では、背負っている大剣だって、まともに扱えるようには見えないのだが……。
「……おい、女の体をジロジロ見るなよ」
ラナが、身体を抱くようにしながら睨んでくる。
「いや、そんなつもりは……」
「……変態」
「……ケダモノ」
「元気があっていいと思います」
「……」
駄目だ、心が折れそうだ……。
女だけのグループに男が加わる、というのは難しい。つくづくそう思った。
「それで、ルークの専門は何だよ? 戦士か?」
気を取り直した様子で、ラナが尋ねてくる。
「……僕は調整者だよ」
そう言うと、リーザは鼻で笑った。
「何よそれ。それで、よく私達の役割に文句を言えたわね?」
ラナも、少しがっかりした表情だ。調整者の評価は低いのである。
「まあ、調整者ですか? とても素敵だと思います。たしか、あらゆる役割をこなすことができるのですよね?」
ソフィアさんは、調整者の触れ込みを真に受けている様子だ。
「ソフィアさん、本当にあらゆる役割をこなせる人間なんて、この世界に存在しないんですよ?」
リーザが、顔を顰めて言った。
「あら、そうだったのですか? 私ったら、また大きな勘違いを……」
また、って……。
どうやら、ソフィアさんには世間知らずなところがあるらしい。
「でも、何の才能も無い奴が、聖女様に気に入られるわけないだろ? ルークは、どんな役割なら可能なんだ?」
「戦士、防御者、支援者、魔導師、あとは……格闘家なら何とか……」
「えっ、それで終わりか? 破壊者は?」
ラナが驚いた顔をした。
「……障壁を破るのは、苦手で……」
「私達にはラナがいるのですから、何も問題はありませんよ」
「そっか。まあ、そうだよな」
「問題ならあるわよ! 結局、こいつは全く凄くないってことじゃないの! せめて回復者の役割がこなせれば、パーティーに加えるメリットがあったのに!」
リーザは憤慨した様子だ。
「リーザ、それは言い過ぎですよ? ルークさんの実力は、戦っているところを見てから判断するべきです」
「……聖女様は、どうしてこんな奴を……」
リーザは、まだ納得できないようだった。
このパーティーには、魔導師だけでなく、戦士も回復者もいない。
これは、あまりにも計算外な事態だった。
冒険者パーティーは、戦士・魔導師・回復者の3人を中心として組むのが普通だ。
他の役割の者は、原則的にはおまけである。
僕が以前所属していたパーティーも、戦士・魔導師・回復者をそれぞれ専門とする3人に、僕を加えたメンバーだった。
それだけに、このパーティーは極めて異質だと感じる。
唯一希望があるとすれば、このパーティーには抹消者がいる、ということだ。
「魔導師は絶対に必要である」という意見に対する反論として、「理想的な抹消者には仲間など必要ない」というものがある。
抹消者の主な能力は、魔法で作った「この世界からは少しだけ離れた世界」に身を隠すことだ。それによって、相手に察知されずに、敵に接近できるのである。
この魔法は、使いこなすのが難しい。不完全な使い方だと、薄く影のようなものが見えたり、雑音を発生させたりする。
しかし、最高の抹消者は、姿を消し、完全に気配を絶ち、敵を一撃で仕留めるのだ。
さらに、魔法で姿を消している者には、通常の物理的な攻撃が当たらない。体がこの世界に存在しないからである。
まさに無敵の役割だ。ならば、抹消者が一人いれば、他に仲間がいなくても戦いに勝てる、と考えるのも無理はない。
ただし、抹消者には弱点も多い。
例えば、敵が集団になっている時には、役に立たない場合が多い。
抹消者の能力には、敵を攻撃する時に、相手に接近した状態でこちらの世界に戻らねばならない、という弱点があるからだ。
そして、抹消者の能力を使っている時は、他の魔法を同時に使うことが出来ない。そもそも、抹消者の魔法は特殊なので、他の魔法を使うのが苦手な者が多いと言われている。
他にも弱点はある。魔法で作った世界に隠れていても、攻撃魔法を放たれれば当たってしまうため、広範囲を攻撃する魔法には滅法弱い、という点だ。
レイリス本人がどの程度の腕かは分らない。
しかし、能力以前の問題として……彼女には、極度の人見知り以外にも気になる点があった。