73話 回復者ロディア
僕達は、森の奥へと進んでいた。
今回、依頼を受けたのは、人食い狼の駆除である。
既に1組の冒険者が掃討に失敗して行方不明になっており、決して油断はできない。
「……待って。これ、足跡じゃないかしら?」
リーザが、そう言って立ち止まる。
彼女がそれを確認している間に、僕達は周囲を確認した。
「……駄目だわ。これだと、狼の足跡か、判断できないわね」
リーザがそう言ったので、僕は、落ち着かない様子で隣に立っているロディアに頼んだ。
「じゃあ、探知魔法をお願いできるかな?」
「は、はい! 力を貸してください、トゥーランシア!」
ロディアは、緊張した面持ちで精霊を呼び出した。
姿を現した精霊を見て、リーザ達が複雑な表情を浮かべる。
この、数日前にパーティーに加わったばかりの少女は、彼女達よりも大きな、Aランクの精霊を宿しているのだ。
呼び出されたトゥーランシアは、嬉しそうにロディアの頬にキスをした。
それによって、場の空気が、何とも言えないものになる。
こんな形で宿主に対して愛情を表現する精霊は、聞いたことがない。
この奔放さは、コーディマリー以来の衝撃である。
顔を真っ赤にして俯いたロディアは、気持ちを切り替えるために咳払いをした後で、目を伏せて魔法に集中する。
「……あちらに、何らかの動物の群れがいます。数は……おそらく、20匹程度だと思います」
「だったら、楽勝だな!」
「ラナ……ロディアもいるんだから、気が抜けるようなことを言わないで。レイリス、貴方の出番よ」
レイリスは、リーザの言葉に頷いてから精霊を呼び出した。
「ヴェラディナ、お願い」
レイリスの言葉に応じて、精霊が姿を現す。
呼び出された精霊は、以前のハルシアよりも大きな、Bランクの精霊である。
レイリスは、一度皆を見回してから、いつものように姿を消した。
「……凄い! 抹消者の人って、本当に消えちゃうんですね!」
ロディアが、目を輝かせて言った。
そこからは、抹消者に対する恐怖心のようなものは感じられない。
「探知魔法を使えば、レイリスの位置は分かるよ。必要になったら、それで状況を確認してね」
「はい!」
「……男って、やっぱり、小さくて知識の少ない子に親切にして、慕われるのが好きなのね」
リーザが、ジト目で僕を見てくる。
「いや……ロディアは、回復者がいない僕達のために、クローディアさんが見付けてくれた子なんだから、大切にしないと……!」
「ソフィアさんが、男はより若い女性を求めるって言ったのは、本当だったんだわ」
「いくら何でも若すぎでしょ!」
「髪の色が同じだし、将来はソフィアさんみたいに、綺麗になるかもしれないじゃない」
「そんなことは、考えたこともないよ!」
「でも、レイリスはそうなったんだから、もう1人そういう子がいるかもしれない、と思ったはずよ」
「リーザは、僕を何だと思ってるの!?」
「……片想いをしていた女性と同じ回復者だからって、こんな小さな子にデレデレするのは不健全だと思うわ」
「ステラは関係無いでしょ!?」
「……あ、あの……?」
まだ僕達の関係が把握できていないロディアは、自分のことで言い争いを始めた僕達を見て、かなり戸惑った様子である。
「安心しろよ、お前は悪くないから。リーザは怒りっぽいんだ」
そう言って、ラナはロディアの頭を撫でる。
「ちょっと、ラナ、やめてよ! 心配しないで、ロディア。貴方のことは、ちゃんと私達が守ってあげるから」
「は、はあ……」
「リーザって……最近、僕に対する態度が酷いんじゃないの?」
「それは貴方のせいよ」
「何で!?」
「自覚が無いなんて……貴方がそんな人だと思わなかったわ」
「理由くらい教えてくれてもいいでしょ!?」
「おいおい、ルーク。そりゃ、あたし達の目の前で、何度もレイリスを口説こうとした奴の言うことじゃないだろ?」
「口説こうとなんてしてないよ!」
「レイリスにしつこくアプローチして、冷たくされて落ち込んでたくせに……」
「それは……ソフィアさんの体調が思わしくなくて、レイリスのことが心配だったんだよ!」
「女の子が弱っているのに付け込もうとするなんて……卑劣なことを考えるのね……」
「下心は無かったんだってば!」
「まあ……あれは確かに、イラッとするよな」
「ラナまで!?」
「あたしがアプローチした時には、まんざらでもなさそうだったじゃないか。それなのに、すぐに別の女に乗り換えるって、酷いと思うぞ?」
「人聞きの悪いことを言わないでよ!」
「最終的には、全員を自分のものにしようとしているのね? でも、貴方には、史上最低の大精霊保有者として、後世に名を残す覚悟があるのかしら?」
「お願いだから、変な噂は流さないで!」
「あの……ひょっとして……皆さんは仲が悪かったんですか?」
ロディアが、ショックを受けた様子で言った。
「そんなことはないぞ? 言いたいことを、気軽に言い合えるぐらい、仲がいいってことだ」
「……そうなんですか?」
「一方的に、僕が酷い扱いをされている気がするんだけど……」
「まあまあ。女に対して優しいことが、お前の一番の取り柄なんだろ?」
そう言って、ラナは僕の肩をポンポンと叩いた。
ラナは、今でも男性を避けている。
このように気軽に触れるのは、僕に対してだけだ。
そのことから、彼女が僕に好意を抱いてくれているのは分かるのだが……その分、以前には見せなかった、嫉妬のような感情を見せるようになってしまった。
「……」
リーザは、拗ねたような表情をしている。
レイリスが驚くほど美人になったためなのか、リーザからは、焦りのようなものを感じることが多くなった。
それは、僕に対して好意を持ってくれているからなのだと思うのだが……ここまで攻撃的になられると、対応に困ってしまう。
「……皆、どうしたの?」
姿を現したレイリスが、微妙な空気になっている僕達を見て、怪訝な顔をした。
「いや、何でもないから、レイリスは心配するな」
「それで、本当に人食い狼だったの?」
リーザが尋ねると、レイリスは頷いた。
「数は、やっぱり20匹くらいだと思う」
「よし! 今回は簡単に見付かったな!」
「いちいち大袈裟に喜ばないでよ……」
「ロディアは、なるべく僕から離れないようにしてね?」
「はい!」
僕達は精霊を呼び出した。
初めて大精霊を見たロディアは、ソリアーチェをキラキラとした目で見てから、僕のことを尊敬の眼差しで見てくれた。
狼の群れに、気付かれないように接近する。
様子を確認すると、狼達は固まるようにして休んでいた。
皆で顔を見合せて、頷く。
そして、リーザが攻撃魔法を放った。
1匹の狼が撃ち抜かれると、人食い狼の群れは、こちらに飛びかかってきた。
それを、剣を抜いたラナが迎え討つ。
ラナが構えているのは、以前使っていた大剣だ。
それを軽々と振るい、狼を次々と切り捨てる。
その様子から、ラナがダンデリアと完全に適合したことが分かった。
リーザの魔法を掻い潜ろうとした狼を、姿を現したレイリスが仕留める。
リーザにもレイリスにも、以前のような躊躇は無い。
彼女達は、互いを信頼し、連係して戦える関係になったようだ。
3人に圧倒され、ついに1匹の狼が逃亡を図った。
「逃がしません!」
ロディアが障壁を展開する。
しかし、壁が広がるまでのタイムラグによって、狼は壁をすり抜けてしまった。
「あっ……!」
ロディアは、自分のミスに動揺して固まる。
僕は、そのまま逃げようとする狼の前に、大きな障壁を展開した。
狼は、壁に激突して跳ね返され、進行方向を変える。
その狼を逃すまいと、ラナが突っ込んだ。
「ロディア、障壁はそのまま維持して!」
「えっ……?」
僕の指示を聞いて、ロディアは、意味を理解できない様子だった。
人食い狼は、2枚の障壁に挟まれて、動きを制限されていた。
そして、ラナは、狼をロディアの障壁ごと貫く。
精霊の大きさに差はあるが、破壊者であるラナであれば可能な業だった。
全ての狼が倒れ伏した後で、レイリスが狼の死体を調べ始めた。
ラナも、前回の反省があるため、まだ気を抜いた様子は無い。
「……大丈夫、皆死んでる」
レイリスがそう言うと、全員が安心した様子だった。
「よし! ルークの力をほとんど借りなくても、人食い狼を駆除できたな!」
ラナは、大満足の様子である。
「でも、次は、ロディアを私達が守りながら戦う必要があるのよ?」
「今のあたし達の実力なら、問題ないはずだ!」
「その自信は、どこから来るのよ……」
リーザは呆れた様子だが、今回の彼女達の活躍は素晴らしいものだった。
レイリスは精霊がランクアップして、ラナも精霊の力を充分に引き出していた。
リーザは、姿を消したレイリスを気にせず魔法を放っており、彼女達の連携が格段に向上したことは間違いない。
ほとんど、理想に近い戦いだったと言っても良いだろう。
「あ、あの……すいませんでした! 私……何のお役にも立てなくて……」
そう言って、ロディアはしょんぼりした様子になる。
「いや、初めて受けた依頼が人食い狼の駆除、なんていうハードなことになって、悪かったよ。次の依頼は、もっと簡単なものにしてもらおうね」
「……私、魔法の発動に時間がかかってしまって……。こんなに鈍くさくて、この先大丈夫なのか、不安です……」
「ロディアがいるから、怪我を恐れずに、皆が安心して戦えるんだ。充分役に立ってるよ」
僕は、慰めるために、ロディアの頭を撫でた。
ロディアのピンク色の髪は、細くてサラサラだ。とても良い感触である。
「……何だか、犯罪的なものを感じるわ」
「……背の低い女は、そのことを気にしてるものなんだぞ?」
「……」
「ご、ごめん……」
皆の冷たい視線が刺さって、僕はロディアから手を離した。
すると、驚いたことに、ロディアは一瞬だけ不満そうな表情を浮かべた。
……ひょっとして、もっと撫でてほしかったのだろうか?




