6話 女性だけのパーティー
翌朝起きると、クレセアさんが深刻そうな顔をしていた。
僕が声をかけると、クレセアさんはこちらに依頼書を差し出した。
「実は、こちらの依頼をルークさんにお願いしたいのですが……」
僕は依頼書を見た。またしても害獣駆除の依頼だ。
しかし、この依頼は……。
「既に冒険者が二度失踪って……しかもこの依頼料……」
あまりにも酷い内容に、僕は困惑した。
依頼は、この街から少し離れた村からのものだった。
畑の作物が食い荒らされ、とても困っているという。
そして、既に二組の冒険者パーティーに駆除を依頼したが、いずれも失踪してしまったらしい。
一度ならば職務放棄とも考えられるが、二度となると害獣に返り討ちにされた可能性が高まり、相当危険性が高いと考えられる。
それでも、依頼料は昨日の依頼と大差の無い額だった。
こんな依頼は、余程金に困った冒険者か、正義感に突き動かされた者以外は受けないだろう。
「報酬につきましては、その村の財政を考えますと、この額が上限だと思います。今回の依頼は、この宿の冒険者では荷が重いので、ルークさんが受けてくださると助かるのですが……」
クレセアさんが申し訳なさそうに言った。
割の悪い依頼だということは百も承知なのだろう。
しかし、こういった依頼を地道に処理していかなければ、宿を存続することができない。
「……分かりました。やってみます」
不安はある。しかし、今はソリアーチェの力を信じるしかなかった。
クレセアさんは、僕が依頼を断らなかったので安心した様子だった。
「そう言っていただけると助かります。この依頼を達成していただけたら、宿泊料を10日分タダにしますね」
それは助かる。今、僕の所持金は乏しいのだ。
「クレセアさん、その依頼、こいつに任せるつもりなの?」
突然、オレンジ色の髪をショートカットにした女性が、僕の後ろから依頼書を覗きこんできた。
今まで見かけなかった冒険者だ。
「ラナ……貴方、どうしてここにいるの? まだ依頼が残っていたはずでしょう?」
クレセアさんが困った表情で言った。
この女性に対しては、仕事の際の口調ではない。
「クビになっちゃったよ。やっぱり、あたしに給仕なんて無理だって。でも、働いた分の報酬だけでも充分稼げたから問題無いよ」
「貴方も女性なのだから、もっと仕事の幅を広げてほしいのだけど……」
「あたしは自分に向いてる依頼で頑張るよ。それで、この依頼はあたし達が受けちゃ駄目なの?」
「他の3人は、しばらく待たないと帰ってこないでしょう? それに、これは難しい依頼だもの。貴方達には任せられないわよ」
「はあ? 畑を荒らす獣なんて、せいぜい熊かイノシシでしょ? あたし達でも簡単に処理できるって」
軽い口調で言う、ラナという冒険者に対して、クレセアさんは眉を寄せて諭した。
「これは大変な依頼なのよ? 冒険者が、既に二組も失踪しているの。最悪の場合として、魔獣が現れた可能性も考えなくてはいけないわ」
魔獣とは、魔力を操る獣の総称である。
発生する原因は不明であり、特定の場所だけで発生するとか、特定の種類の獣が魔獣化する、といったこともない。
絶対数が少ないために、滅多に遭遇することは無いが、もし人里近くに現われれば大きな被害を出すことがある。
今回の場合は、村が全滅するような被害が出ていないので、好戦的な魔獣が現れた可能性は低い。
それでも、もし本当に相手が魔獣ならば、並の冒険者にとっては充分な脅威だ。
「こいつなら魔獣を退治できるっての? とてもそうは見えないんだけど?」
ラナは、僕を不満そうな顔で見つめた。
初対面で失礼な発言だが、この女性の言うことは正しい。
凄いのはソリアーチェであって僕ではないのだ。
そのことは、自分が一番良く分かっていた。
「そんな風に言わないの。この方は、聖女様の紹介でこの宿に来たのよ?」
「……聖女様だって?」
冒険者の女性は、再び僕を見つめた。そして、唐突に笑みを浮かべる。
「あんた、名前は?」
「ルークだけど……」
「じゃあルーク、この依頼、あたし達のパーティーと組まない?」
「えっ?」
「聖女様が認めたあんたの実力を、あたし達に見せてよ?」
「ラナ、貴方いきなり……」
「いいでしょ? 報酬は、ルークが一人で半分受け取っていいからさ」
なるほど。楽をして、報酬の一部を得ることが目的か……。
さて、どうしたものか。まだ所持金に余裕が無い僕としては、報酬を半分も取られるのは困る。
それに、この女性のパーティーの実力が分からない。
もしも、少し前の僕と同程度の者が集まっているのだとしたら、そんなパーティーを庇いながら魔獣と戦うのは難しいだろう。
「悪いけど、この依頼は僕一人でやるよ。君のパーティーとは、もっと簡単な依頼で組ませてほしい」
「……あんた、それ本気で言ってるの?」
ラナという女性は、何故か怒った顔をした。
「これより簡単な依頼なんて、あたしらのパーティーでも余裕で出来るに決まってるだろ! だから、あんたを入れるメリットなんて無い! この依頼は、ちょっと危なそうだから組もうって言ってるんだ!」
「ちょっと、ラナ……。すいません、ルークさん。この宿に来る依頼は、家事や薪割りなどが多くて……。この子の気持ちも、分からなくはないんですが……」
そういえば、ラナが受けた依頼内容は「給仕」だと言っていた。
どうやら、この宿は単純労働者や家政婦の紹介所と化しているらしい。
ならば、ラナが危険な依頼を受けたがるのも無理はない。
きちんとした依頼をこなさなければ、冒険者は成長しないと言われているからだ。
自身が成長しなければ、より大きな精霊を宿すこともできない。
だから、可能であれば経験を積みたい、と考えるのは、向上心を持つ者ならば当然だった。
彼女のパーティーと組むことは、リスクがある。しかし……。
「分かった。この依頼、君のパーティーと組んでもいいよ」
「やった!」
「ルークさん、よろしいのですか?」
クレセアさんが心配そうに尋ねてきた。
僕は、クレセアさんを安心させるために頷いた。
これが、この宿を立て直す第一歩だ。
僕は、続けてラナに告げた。
「ただし、条件がある。君のパーティーの仲間が、全員その条件を受け入れてくれれば、僕は喜んで君達に協力するよ」
「条件って何?」
「それを話すのは、君のパーティーが揃ってからでいいかな?」
「……まあ、いいけど」
ラナのパーティーが揃ったのは、昼食の後だった。
「皆、今日受ける依頼はこれにしたいんだけど!」
ラナが仲間に声をかける。
「どうして、いつも貴方が勝手に決めるのよ」
水色の髪の女性が、不満そうに呟いた。
「よろしいではないですか。次のお仕事も楽しみましょう」
ピンク色の髪の女性が、ニコニコと笑いながら言った。
「……楽しくなんてない」
銀髪の少女が、暗い表情で吐き捨てた。
どうやら、この3人がラナの仲間のようだ。
全員が女性のパーティーというのは、かなり珍しい。
「今回はちょっと変わった依頼だから、期待してよ?」
「変わったって……凄く嫌な予感がするんだけど」
「あら、そちらの方はどなたでしょう?」
ピンク色の髪の女性が、僕を見て小首を傾げた。
「こいつはルーク。今回の依頼は、こいつに割り振られたんだけど、せっかくだから組ませてもらおうと思って」
「だから勝手に……」
「……!」
銀髪の少女は、ピンク色の髪の女性にしがみついた。
どう見ても歓迎されていない。
それどころか、少女は僕に怯えている様子だった。
「あらあら。申し訳ありません。この子、とても人見知りなもので」
ピンク色の髪の女性は、銀髪の少女の頭を撫でながら言った。
「人見知りっていうか……怖がられているように見えるんですけど……」
「気にしなくていいぞ? レイリスは、誰に対してもこんな感じだから。あたしだって、まだまともに会話出来ないくらいだしな」
「それは、さすがにまずいんじゃ……」
「別に問題無いって。皆で仲良くやってるんだから。なあ?」
ラナが話を振っても、レイリスという少女は逃げるように隠れてしまう。
あまり仲が良いようには見えなかった。
「驚かせてしまって申し訳ありません。歓迎いたします、ルークさん」
ピンク色の髪の女性が僕に近寄ったため、銀髪の少女は彼女から離れて後ろに下がる。
「申し遅れました。私はソフィアと申します。このパーティーでは最年長ですので、私がリーダーをしております」
ソフィアさんは、深々とお辞儀をした。
とても礼儀正しい人だ。
「この子はレイリス。他人と話すのが苦手なので、ご迷惑をおかけするかもしれませんが、とてもいい子なので許してあげてください。……あら、レイリス?」
レイリスは、ロビーの端の方まで逃げてしまった。
これでは、人見知りどころか人間恐怖症である。
「レイリスったら、そんなに怯えなくても大丈夫ですよ? 貴方のことは私が守ってあげますからね?」
ソフィアさんがレイリスを宥めに行く。
あの様子では、彼女を加えたパーティーでチームワークを良くすることは、非常に困難だろう。
残る一人に視線を移すと、水色の髪の女性は、露骨に嫌そうな顔をした。
「……私はリーザよ。言っておくけど、貴方をパーティーに加えることに、私は反対だからね!」
リーザと名乗った女性は、僕のことを睨みつけてくる。
「まあ、そう言うなって。こいつはこう見えて、聖女様の紹介でこの宿に来たんだから」
「聖女様の!?」
リーザの反応は、僕の予想よりも遙かに大きかった。
「どうしてあんたみたいなのが! 一体聖女様とどういう関係なの!?」
「どういうって……人食い狼の群れに襲われて、危ないところを助けてもらったんだけど……」
「何よそれ! 貴方は全然凄くないじゃない!」
「悪いなルーク、リーザは聖女様の大ファンでさ」
「私の想いはそんなに軽いものじゃないわよ! 私は、聖女様を深く尊敬しているの!」
「それが大ファンだってことだろ」
「だから違うって言ってるでしょ!」
……どうなってるんだ、このパーティー?
僕は頭を抱えたくなった。メンバーの性格も、チームワークも問題があって、新たにメンバーを迎える余裕は無さそうに見える。
一時的な協力関係であっても、互いにそれなりの信頼が無ければ、敵と戦うことはできない。
本当に相手が魔獣ならば、僕の命すら危うくなるかもしれないのだ。
下心のある男ならば、喜んでパーティーに加わるのだろう。
若い女性だけのパーティーで、しかも、全員顔立ちが整っているからだ。
しかし、僕に必要なのは恋人ではなく、共に戦う仲間である。
このパーティーに加わって魔獣に挑むなど、冗談ではない。
「……ラナには悪いけど、僕は歓迎されてないみたいだから、やっぱり依頼は僕だけで受けるよ」
「待ちなさいよ! 別に、貴方と組まないなんて言ってないでしょ!」
突然、リーザが僕を引き留めてきた。
先程からの流れで、どうやったらその結論になるのかが分からない。
「……ちょっと前に、ハッキリと反対だって言ったよね?」
「それは……その時はその時、今は今よ」
「リーザは気分屋だからなあ」
「そもそも、貴方が無断でこの男を連れて来たのが悪いんでしょ! 少しは反省しなさいよ!」
「二人とも、それくらいにしてください。ルークさんが困ってしまいますよ?」
ソフィアさんが戻ってきた。
その後ろに隠れるようにして、レイリスが震えている。
「ルークさん。依頼の詳細について、ご説明いただけますか?」
「……はい」
あまりにも前途多難だ……。
自己紹介を終えるだけで、僕は疲れ切っていた。