67話 変化
翌朝、僕達のパーティーにはハウザーが加わっていた。
そして、クレセアさんとクローディアさんに見送られながら、僕達はブラッドイーグルを狩るために出発した。
四人乗りの馬車に揺られる。
御者は、バーレで雇った。その代金も含めて、往復の交通費は、依頼人に支払ってもらえるのだ。
遠くまで歩いて行った、今までの依頼とは大違いである。
今日のラナは、普段の気楽な様子だった。
囮になることを知った時の、動揺した様子は感じられない。
一方で、リーザは相変わらず不機嫌そうだった。
時々、こちらを睨んでいるような気がして怖い……。
リーザのことも気になったが、もっと心配なのがレイリスだ。
彼女は、常に俯きがちで、僕達とは話そうとしない。
ひたすら、傍らで寝そべっているハウザーの背を撫でている。
やはり、ソフィアさん抜きで長旅をするのが、心細いのだろう。
道中では、主に僕が、ラナに促されて話をした。
宿を離れている間に受けた、依頼の話だ。
ラナはそれを楽しげに聞いていたが、リーザはとても不快そうにしている。
僕がパーティーから抜けることに、リーザは最後まで反対した。
ソフィアさんが戦えなくなった今、僕までもが抜ける、というのは、パーティーの崩壊を意味するからだ。
以前、僕とソフィアさんが、魔生物を倒すためにパーティーを抜けた時。
リーザ達は、家政婦や飲食店の仕事などをこなして、戦闘能力が必要な依頼は受けなかったそうだ。
その理由は、「彼女達だけでは戦えなかったから」である。
あの当時、ラナの精霊はEランクだった。リーザは魔導師に転向したばかりであり、レイリスはソフィアさん以外との人間関係が構築できていなかった。
その3人だけで戦うのは、無理があると考えるのは当然だろう。
しかし、今回は違う。
ラナの精霊はCランクになった。リーザも、魔導師として訓練する時間があった。レイリスには、元々抹消者としての実力がある。
今の3人なら、戦闘が必要な依頼であっても、受けることは出来たはずだ。
しかし、結局彼女達は、3人だけで外部からの依頼を受けることは無かったらしい。
それは、主にリーザが反対したからだ。
ラナはダンデリアを使いこなせておらず、レイリスはソフィアさんが倒れて動揺しており、宿は飲食店に力を入れ始めたばかりである。
タイミングが悪すぎる、というのがリーザの主張だった。
しかし、リーザの本心は、少し違ったのではないかと思う。
おそらく、彼女は、自分達の能力を信じていないのだ。
心のどこかで、僕がいなければ戦えない、と思っているように感じられる。
確かに、リーザの能力は平凡である。
ラナは隙が多い。特に、勝ったと思うと、すぐに気を抜いてしまう。
レイリスとは、ソフィアさんがいなければ、チームワークが維持できない。
この3人だけで戦うことに、不安を感じるのは当然だと言えた。
しかし、いつまでもこの状態では困るのだ。
この3人だけでも戦えるようになってもらう。時々忘れそうになるが、今の僕の目標はそれである。
「……ラナ、1つだけ、注意してほしいことがあるんだけど」
僕の話が一区切りつくと、リーザが真剣な表情で話し始めた。
「何だ?」
「囮になっている間、ブラッドイーグル以外の獣に注意してほしいの。ラナなら、大抵の相手とは戦えると思うけど……空のことばかり気にしたら駄目よ?」
「あっ……!」
どうして今まで気付かなかったんだろう?
ラナが、囮として1人で歩き回っている間、他の獣が襲ってくる可能性は、決して低くない。
ブラッドイーグルだけに気を取られていたら、そういった獣の餌食になってしまうかもしれないのだ。
「そうか、そうだよな……」
ラナは、またしても不安そうな様子になる。
空のことを気にしながら、地上で襲ってくる相手を警戒するのは、神経を使うだろう。
集中力に欠けるラナには、不向きなことであるのは間違いない。
「……私が、ラナの近くにいる」
突然、レイリスがそんなことを言い出した。
その発言に、この場の誰もが驚く。
「レイリス、本当にいいの? 抹消者の魔法で姿を消していても、ブラッドイーグルが発生させる衝撃波を受けて、無事で済む保証は無いのよ?」
リーザが、レイリスの表情を慎重に確かめながら尋ねた。
抹消者の魔法は、魔法によって作られた、こことは少しだけ離れた世界に入り込むことによって姿を消す、というものだ。
消えている状態の抹消者には、通常の物理攻撃は当たらないが、質量の大きな物をすり抜けることは出来ないらしい。
なので、意に反して地面に潜り込むことはないが、壁を通り抜けることもできないのだ。
落下してきた岩によって、姿を消していた抹消者が圧し潰された、という話も聞いたことがある。
ブラッドイーグルが発生させる衝撃波は、要するに強烈な風であり、抹消者の魔法に影響を及ぼさないようにも思えるが……実験してみるわけにもいかない。
リーザの質問に対して、レイリスは頷いた。
「ラナだけを危ない目に遭わせるわけにはいかないし、ルークのことは信用してるから」
「レイリス……! お前はいい子だなあ!」
ラナが、心から喜んだ様子でレイリスに抱き付き、頭を乱暴に撫でる。
「ラナ、苦しい……」
レイリスは、困った顔でそう言ったが、ラナを振りほどこうとはしなかった。
とても意外なことだと感じた。
レイリスが、ソフィアさんではない誰かを、積極的に守ろうとするなんて……。
彼女がウェイトレスを始めた時にも驚いたが、ソフィアさんは、一体、どのようにレイリスを説得したのだろうか?
まあ、普通に考えるなら……自身の余命が長くないことから、レイリスに自立を促したのだろう。
それによって、レイリスは、僕達との距離感を縮める努力をしようとしているのかもしれない。
幾つものパーティーを渡り歩いて気付いたことだが、理想的な抹消者、というのは、本当に見かけない存在である。
実力的にはレイリス以上の者もいたが……パーティーで浮いてしまっており、メンバーの誰かから気味悪がられている、ということが殆どだ。
中には、必要もないのに姿を消して、パーティーとの接触を避けようとする者までいた。
聖女様のパーティーにいた少年のように、違和感なく溶け込んでいることが、異常なことのように思えるほどだ。
もし、ソフィアさんがいなくても、僕以外の3人がチームワーク良く戦えるなら。
「1人でも戦える」と言われる抹消者は、とても貴重な存在であるはずだ。
それは、このパーティーの命運を左右するようなことだった。
ふと気付くと、リーザが複雑な表情で、レイリスのことを見つめていた。
僕に見られていることに気付いて、リーザは目を逸らした。




