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63話 経営改善計画

「姉さん、貴方は……どこまでお人好しなんだ……!」

 クローディアさんが、本気で怒った様子で叫んだ。


 そんな妹を前にして、クレセアさんは困惑していた。

「でも、私のお金で聖女様が自由に活動できるなら、そんなに素晴らしいことはないでしょう?」

「だからといって、全財産を寄付することはないだろう! そんな大金を受け取る聖女も、どうかしている!!」

「そんなことを言わないの。聖女様だって、何度も断ろうとしたのよ? だから、この宿を支援すると約束してくださったのだし……」

「その程度で元が取れるか!」

「でも、この宿を経営できる状態にするのは大変だったんだから……。他の宿の主人にお金を渡して、この宿への協力を取り付けてくださったのも聖女様なの」


「他の宿の主人に……お金を渡した?」

 クレセアさんの意外な言葉を聞いて、僕達は顔を見合わせた。


 そんなこと、ミランダさんは一言も言わなかった。

 だから僕達は、聖女様が権力を乱用して、酷いことをしたと認識していたのだ。


「ちょっと待ってください。そんな取引があったにしては、他の宿の主人は、この宿に対して非協力的ではありませんか?」

「でも、聖女様が他の宿に渡したお金の中から、この宿が借金していることは事実ですから……」

「だとしても、元々そういう話になっていたのなら、聖女様を一方的に非難するのはおかしいと思います」


 そんな話をしていると、突然宿の扉が開いた。

 僕達は驚いた。宿の中に入ってきた人物が、たった今話題に上っていたミランダさんだったからだ。


「人がいない所で、噂話はしないでほしいもんだね」

「……ミランダさん、今日はどうしたんですか?」

「依頼の首尾を聞きに来たに決まってるじゃないか。あんた達、あたしらが依頼人だってこと、忘れてないかい?」

「……すいません」


 そうだった。

 この街の宿の主人であるミランダさんは、僕に対して、この街の復興を手伝うように依頼したメンバーの一人なのだ。


 ミランダさんは、クローディアさんに目を止めた。

「……顔がそっくりだね。あんた、クレセアの妹かい?」

「そうだ。姉が、色々と世話になったようだな」

「ちょっと、クローディア……」

 クローディアさんが攻撃的な態度なので、クレセアさんは慌てた。


「……世話はしたさ。あんたの姉は、放っておいたら何をやらかすか分からないからね」

「聖女から絞り取った罪滅ぼしのつもりか?」

「誤解があるみたいだから言っておくけどね、あたしは聖女を、必死になって説得したんだ。クレセアに宿の経営なんて不可能だから、諦めろってね。だが、聖女に、何とかしてくれと泣きそうな顔で頼まれたら、断るのは難しいだろう?」


「……聖女様が、そんなことを!?」

 僕達は驚いた。聖女様は、そこまで必死に頼み込んだのか!

「そうでもなけりゃ、テッドが、この宿に追加融資してほしい、と言った時に断ったさ。あの子の意図としては、クレセアじゃなくて、あの女を助けるためだっていうのが勘にさわったけどね……この宿を見捨てるわけにはいかなかったんだ」

 そこまで言って、ミランダさんは宿を見渡した。

「そういえば、あの女がここにいないのは、何かあったのかい?」

「実は……」


 僕達は、今回の依頼で起こったことを話した。

 無論、クローディアさんと話したことは隠して、だが。


「なるほどね……強力な魔法を使い続けると、病気になるって話は聞いたことがあるけど、あれは本当の話だったのかもねえ……」

 ソフィアさんが倒れた、という話を聞いて、ミランダさんがそんな感想を漏らす。

「ミランダさん、不謹慎ですよ? そんな噂を真に受けている人なんて殆どいませんし、大精霊を保有している方々は病気になったりしていないのですから……」

 クレセアさんが、そんなミランダさんに苦言を呈した。


 精霊の悪口を言うのは、一般的にマナー違反とされている。

 精霊は人々から愛される存在であるし、神授説を信じている人からは、神への冒涜と受け止められるかもしれないからだ。


 その話が事実だと知っている僕達は、黙り込むしかなかった。

 精霊が人間の命を縮める、などという話を、これ以上広めてはいけない。

 それに、そのことをクレセアさんには教えない、という約束になっているからだ。


「まあ、うちの宿に金が戻って来ないことはともかく……他の宿から借りた金を、踏み倒してもらっちゃ困るよ。そのためには、そろそろ本気で稼ぐことを覚えないとね」

「はい……」

 クレセアさんが申し訳なさそうに言う。


「稼ぐだって? そんなこと、姉さんには不可能だ」

 クローディアさんが断言する。

「……あんたに言われなくたって、そんなことは分かってるよ。あたしがこれまで、どれほど苦労してきたか、あんたは知らないだろう?」

「……」

 二人の会話に、クレセアさんは、ひたすら申し訳なさそうにしていた。


「二人とも、あんまりクレセアさんのことを悪く言ったら可哀想ですよ」

 見かねたリーザが口を挟む。

「身内にしか言えないことだってある。この宿のことを考えるなら、姉さんは今すぐクビにするべきだ」

「宿の主人をクビって……意味が分かりませんよ……」

「それができるなら、そうした方がいいだろうね。世の中には適材適所というものがある。経営者っていうのは、ある程度の欲がなきゃ出来ないものなんだよ。……まあ、欲しかないような奴は最悪だけどね」


「『闇夜の灯亭』のことは、皆で支えていきます。ミランダさんだって、この宿が潰れたら困るでしょう?」

 リーザがそう言って、再びクレセアさんをフォローした。

「そりゃ、出来ればこの宿には存続してもらいたいさ。でも、あたしが宿泊料の値上げを何度勧めても、クレセアは決して受け入れないからね……」

「宿泊料を値上げしたら、皆さんが払えなくなってしまいます。現状でも、払えずに困っている方がたくさんいるのに……」

「それは、客層に深刻な問題があるねえ……」

 ミランダさんは、心底呆れた様子でため息を吐いた。


「ふん。滞納者など、全員追い出してしまえばいい」

 クローディアさんは、一言でバッサリと切り捨てた。

「ちょっと、クローディア……」

「姉さんのことだ。取り立てだって、きちんとしてないんだろう? 貴族として受けた教育を、いまだに真に受けているからだ。あんなものは、話半分で聞いておけばいい」

「貴族に限らず、人は世の中に貢献するために生きるべきなのよ?」

「なら尋ねるが……姉さんは、この宿が潰れたらどれだけの人間に迷惑がかかるのか、把握しているのか?」

「それは……」

「そんなことも考えていないなら、宿の経営は諦めた方がいい」

「……」


 落ち込んだ様子のクレセアさんに対して、クローディアさんが言葉を続けた。

「……だが、姉さんがどうしても宿を続けたいなら……仕方が無いから私が手伝おう」

「クローディア……いいの?」

「このまま姉さんを放置して、傷を広げ続けるわけにはいかないからな。やむを得ないだろう」

「ありがとう、クローディア!」


 クレセアさんは、クローディアさんに抱き付いた。

 その頭を、クローディアさんが撫でる。

 どちらが姉か分からないようなやり取りだった。


「……でも、一体どうやってこの宿を立て直すんですか? 冒険者が、きちんと稼げるほどに成長するのは、簡単なことじゃないんですよ?」

 僕は疑問を提起した。


 クレセアさんを手伝うと言っているが、クローディアさんだって、宿の経営などしたことはないはずだ。

 一体どうやって儲けるつもりなのか?


「そもそも、冒険者の宿泊料などをアテにしているから駄目なんだ。私に任せておけ」

 クローディアさんが、何故か僕のパーティーのメンバーを見回しながら、自信満々の様子で言った。


 宿なのに……宿泊料をアテにしない?

 そんな稼ぎ方が実現したとして、それは宿と呼べるのだろうか?


「……あんたが考えてることは、何となく察しが付くけどね……邪道な方法での稼ぎは、長続きしないよ?」

 ミランダさんが、顔をしかめて言った。

「心配は要らない。一時的に経営を改善して、その間に本業を立て直せばいいだろう? ならば、手っ取り早い手段がある」

 クローディアさんは、口の端を吊り上げて笑った。


「……嫌な予感がする」

 クローディアさんを見ながら、青ざめた顔でレイリスが呟いた。

「奇遇ね、私もよ……」

 リーザも、暗い表情でそう言った。

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