60話 仲違いの真相
クローディアさんは、一度頭を振って、気を取り直した様子だった。
「……悪かった。他に何か質問はあるか?」
「どうして魔生物は、精霊の秘密をもっと早く暴露しなかったんでしょう? 数は少なかったとしても、人の姿をした魔生物はたくさんいたはずです。他の魔生物にとって、人類に力を貸す精霊は裏切り者であるはずでは?」
「そんなことはない。魔生物にとって、精霊はありがたい存在であるはずだ」
「どうしてですか?」
「生物から生命力を奪うためには、魔力を用いて傷付けなければならない。だが、人間は魔力を持っていない。そこで、精霊が与えた魔力で、人間が動物を殺せば、それだけ魔生物を育てることになる」
「……!」
そうだ……魔力で生物を傷付けると生命力が流出する、ということは……魔法で動物を攻撃することは、生命力が放出される、ということを意味するはずだ!
人類は、精霊から魔力をもらい、様々な獣を狩ってきた。
しかし、それは結果的に、より強大な魔生物を育てることにつながっていた……!
「じゃあ、動物をやっつける時には、精霊を使わないようにすれば……!」
「言うと思ったが、生身の人間が動物を狩るということが、どんなに大変か分かっているのか?」
「……」
確かに、人類は精霊のおかげで猛獣を狩ることができるのだ。
生身の人間にとっては、野犬やイノシシですら強敵である。
ましてや、人食い狼やドラコンベアを狩ることなど、できるとは思えない。
「それにしても、こんな重大な話を隠しているなんて……」
「この話は、きちんと皆に知らせるべきだろ!」
リーザとラナに非難されて、クローディアさんは鼻で笑った。
「そんなことをしたら、どうなると思う? まず非難されるのは招待者、そしてお前達冒険者だ。お前達は、明日から極悪人のような扱いを受けても平気なのか?」
「でも……」
「それに、本当に精霊を使うことを自粛したら、人間が獣に襲われて、どれだけの犠牲が出るかも分からない。お前達に、それを背負う覚悟はあるのか?」
「だからって……」
「問題は他にもある。招待者に呼ばれなくなれば、精霊は今よりも動物に宿ることになる。つまり、世界が魔獣だらけになる可能性も否定できない」
「……全ての精霊を、精霊石に閉じ込めれば……」
「なかなか残酷なことを考えるな。だが、精霊を呼び尽くすことなど不可能だ。そんなことが可能なら、既に世界中の精霊が、招待者によって呼び出されているだろう」
「もっと、招待者の数を増やせば……!」
「無理だな。招待者には誰でもなれるわけではない。特に、精霊に対する否定的な感情があれば、彼女達を呼び出すことは不可能だ。つまり、この話を公表してしまえば、招待者はこの世からいなくなるかもしれない、ということだ」
「……」
クローディアさんは、さらに続けた。
「それに、精霊がいない世界に、他の魔生物が生き残っていたらどうする? 魔法で人類は殺戮され、それによって放出された生命力は、全て魔生物が回収することになるぞ?」
確かに、それでは精霊を使うことを自粛する意味が無い。
「敵は魔生物だけではない。魔獣の魔法で負傷しても生命力が放出される。それが人間であっても、他の動物であってもな。人間だけならともかく、魔獣が他の動物を襲うことを、全て阻止できると思うか? 考えるべきことは他にもある。もしも、精霊を駆除する過程で、悪人の手元にだけ精霊が残ったらどうする? そいつらが使う魔法で民衆が負傷しても、生命力を放出することになるが、それでいいのか? 精霊を石に閉じ込めたとしても、ひょっとしたら、集めた精霊石を何者かに盗まれるかもしれない。それを悪用されたら、どれだけの犠牲が出るだろうな?」
クローディアさんが次々と指摘することに、全て反論することは難しかった。
「そういったことを考えると、この話を公にしてはならないことは明らかだ。あまりにも、リスクや犠牲が大き過ぎる」
「でも……!」
「そして、聖女が何よりも恐れたのは、精霊が迫害されることだ。特に、彼女達を公然と虐待する者が現れることを懸念していた。さっきも言ったが、精霊に悪意は無い。それを嬲っている人間を見ても、お前達は自業自得だと言って済ませるのか?」
「……」
確かに、この話を公表すれば、大変な事態になりかねない。
聖女様が全てを隠したのも、無理のないことだった。
どうすれば良いのか分からず、僕達は黙り込んだ。
「……クローディアさんは、勘違いしていることがありますね」
突然、ソフィアさんが喋った。
「ソフィアさん!」
「気が付いたんですか!」
ソフィアさんは、顔色は悪かったが、意識ははっきりしているようだった。
自分に抱き付いたレイリスの頭を撫で、優しく微笑む。
「私が、勘違いしているだと? 何をだ?」
怪訝な顔をするクローディアさんに対して、ソフィアさんは淡々と語った。
「ヨネスティアラ様は、人類への影響を考えて、この話を隠したわけではありません。あの方にとって、精霊は人間よりも大切な存在だから隠したんです」
「……!?」
耳を疑うような言葉だった。
人間よりも……精霊が大切だって!?
「精霊によって自分の存在価値を与えられたヨネスティアラ様にとって、彼女達はどんなことをしてでも守るべき存在です。あの方は、人類を犠牲にして精霊を育てることを肯定しました。ルークさんにソリアーチェを渡したのも、ソリアーチェを育てるためでしょうね」
「そんな……じゃあ、聖女様は、ルークを生贄にするつもりで……!」
「それじゃあ……まるで、極悪人じゃないか!」
憤るリーザとラナに対して向けた、ソフィアさんの視線は……冷ややかだった。
「人類は、精霊から多くの恩恵を受けてきました。精霊に生命力を譲り渡すことは、ささやかなお礼です」
「ささやかって……」
僕達は愕然とした。そのせいで、ソフィアさんは深刻な病に陥っているのに……。
「……ソフィアさんはそれで満足なのかもしれませんけど……何も知らないままソリアーチェを渡されたルークには、もっと早く知る権利があったと思います」
リーザが抗議しても、ソフィアさんの表情は変わらなかった。
「人間はすぐに死んでしまいますが、精霊は永遠に人類を助けてくれます。どちらが人々の役に立つかなんて、分かり切ったことではありませんか」
「何ですって……!」
リーザは激高した。
ソフィアさんが今のような状態でなければ、掴みかかっていたかもしれない。
「これと全く同じことを、私はヨネスティアラ様から言われました」
「!?」
「その際には、私も怒りが抑えられませんでしたよ。ヨネスティアラ様を激しく罵り、止めに入ったシルヴィア達を殴ったり投げ飛ばしたりして、私はあの方の元を去りました」
ソフィアさんは、変わらず淡々と語った。
当時から、ソフィアさんは不治の病を患っていたはずである。
その彼女に対して、そんな暴言を吐くなんて……。
それは、あまりにも酷い仕打ちだ。
1年前に、セリューにいた頃のソフィアさんは、かなり荒れた状態だったようだが……その理由が、今分かった。
「……しかし、今となっては、ヨネスティアラ様の気持ちも分かる気がします」
「そんなお人好しな……」
「だって、精霊がいなかったら、ヨネスティアラ様は平凡な人生を送っていたはずですから。普通に生きて普通に死ぬ。そんな一生では、つまらないではありませんか」
「普通であることが、そんなに悪いことだとは思えませんけど……」
「冒険者の言葉とは思えませんね。たとえ危険に身を晒しても、高い成果を上げて報酬と名誉を手に入れる。それが私達の目標であるはずです」
「だとしても、避けられる危険は、なるべく回避するべきですよ……」
「分かっていませんね。強大な敵と戦って倒すことは、何よりも楽しいことだというのに。自分の命と引き換えにするだけでその喜びが味わえるなら、安いものではないですか」
「……」
まるで戦闘狂のような発言に、僕達は戸惑った。
レイリスですら、困った表情をしている。
「しかし、ヨネスティアラ様の言葉には傷付きました。あの方が、精霊を神聖視していて、人類よりも大切に思っていることは知っていましたが……きっと私だけは、精霊よりも大切だと思われている、と信じて疑わなかったのに……」
ソフィアさんは、心底残念そうに言った。
この人は、聖女様と再会した時に、とても嬉しそうだった。
きっと、ソフィアさんにとって、聖女様は誰よりも大切な存在なのだろう。
しかし、聖女様にとってのソフィアさんは、違った。
そのことが、2年前の諍いの原因だったのだ。
クローディアさんは、動揺を隠すようにしながら言った。
「ソフィアとやら。お前にはハウザーが回復魔法をかけたが、それは応急処置にすぎない。お前のことは、隣町の医者に診てもらう必要がある。2~3日様子を見て、馬車での移動に耐えられる程度に回復したら出発するから、そのつもりでいてくれ」
「分かりました」
今後の予定は、あっさりと決まった。
僕達は、村の宿に無料で泊めてもらえることになった。
ドラゴンベアを退治した報酬は莫大だった。魔生物を倒した時ほどではないが、伝説的な猛獣を退治したのに見合うだけの金額である。
おまけに、ドラゴンベアが魔獣だったことを反映して、金額に上乗せをしてもらった。
今まで、散々格安の依頼を受けてきただけに、今回の依頼は格別だったのだと実感した。




