59話 魔獣ハウザー
「……ちょっと待ってください。今の話は誰から聞いたんですか? いえ、聖女様から聞いた、ということは話してもらいましたけど……聖女様は、どうしてそんなことを知っていたんですか? 今の話は、精霊から直接話を聞きでもしないと、憶測の域を出ないと思いますけど……?」
リーザの疑問はもっともだった。
「聖女は魔生物から話を聞いたんだ。精霊ではない、人の姿をした、言葉を話す魔生物だったそうだ」
「……?」
クローディアさんの話には、引っかかる点があった。
ソフィアさんが戦った魔生物は、1体だけだと言っていた。虫のような姿をしていたはずだ。
考えて結論を出す。嘘を吐いたのは、クローディアさんではなくソフィアさんの方だろう。
精霊の秘密に関わる話なので、敢えて伏せたに違いない。
「その魔生物との戦いで、聖女のパーティーは1人の死者を出した。加えて、そのソフィアという女は、致命的なほどに病を悪化させてしまった」
「聖女様の仲間が……死んだ!?」
「知らなかったのか?」
「初めて聞きました……」
「……仲間が死ぬのは悲しいって、ソフィアさんが言ってた」
レイリスが呟いた。
「……」
今まさに、ソフィアさんが深刻な状態である。
これは、あまり触れない方が良い話題かもしれなかった。
クローディアさんが話を続ける。
「聖女と戦った魔生物は、聖女の仲間を動揺させるために精霊の秘密を語った。聖女はその内容にショックを受け、私に相談しに来たんだ。私達は話し合い、魔生物が語ったことは事実だと確信した。作り話にしては、あまりにも整合性が取れているからな」
「……その根拠は?」
ラナは、クローディアさんの話を疑っている様子だった。
「聖女は、魔力を大量に使っている者の内臓の損傷具合を確認して比較した。そして、魔力の使用量と内臓の損傷には相関関係があることを認識していた」
「内臓を……確認? 一体どうやって……?」
「決まっている。聖女は、精霊を宿した人間の遺体を解剖したんだ」
「……かいぼう?」
「聞き慣れない言葉だったか? 分かり易く言えば、遺体の腹部を刃物で切り裂いて内臓を見たのさ」
「……!?」
とんでもない話を聞かされて、僕達は動揺した。
人の遺体を切り裂くなど、死者への冒涜である。この世界では許されないことだ。
「勘違いするなよ? 聖女が遺体の内臓を見たのは、精霊の秘密とは関係の無い話だ。イメージのしづらいものに対する魔法の効果は、どうしても落ちるからな。彼女の回復魔法の効果を上げるためには、それ以外の方法が無かったんだ」
「聖女様……そこまでして、自分の能力を上げようとしたのね……」
「聖女だけではない。今では、同じ方法で能力を向上させようとする回復者は少なくはないらしいぞ? その回復者達の仲間も、進んで死後の自分の体を差し出すそうだ。今の世の中では、なかなか理解の得られない話だから、公にはしていないが……それで命が助かる者が増えれば、いずれは一般的になるだろう」
「……」
僕だったら、どうしただろう?
ステラのために、死後の自分の体を差し出しただろうか……?
そんな申し出を受けたとしたら、ステラはどうするだろう?
彼女は、人の傷や血を見るのが苦手なので、内臓を見るなんて不可能だと思えるが……それでも、真面目な性格の彼女なら、無理をして自分の能力を向上させようとするかもしれない。
「比較的小さな精霊を宿していた者の体内にも、損傷の度合いは軽かったが、似たような痕跡があったそうだ。中でも、一度に使う魔力が多い支援者の傷が、最も大きかったらしい」
「でも、それは魔力で人の身体が傷付くことを裏付ける話であって、それと精霊が大きくなることを結び付ける証拠はありませんよね……?」
リーザはなおも追及したが、クローディアさんは首を振った。
「聖女は、私と話す前から、魔生物の話が事実だと思っていた。聖女の仲間が、魔生物の心を読む魔法を使ったからだ。その魔法を使ったのは、このソフィアという女だったはずだ」
「あっ……」
「でも、強大な魔生物相手に、そんな魔法が通用するんですか?」
心を読む魔法のような、相手に直接働きかける魔法は、拒絶されると成功率が下がる。
特に、莫大な魔力を保有する者には効果が無い。
自分が宿した精霊と意思疎通をしようとして、心を読もうとした者がいたらしいが、その試みは全て失敗した、と聞いたことがある。
「相手が心を読んでほしいと思っていたら、むしろ強大な魔力を持っている相手の方が成功率は高まるはずだ。それは、心を読まれても支障が無かった、ということを意味する。つまり、事実を話していた、ということだ」
「ソフィアさんが、はっきりと、そう言ったんですか?」
「いや、この女は何も言わなかったそうだ。その態度から、答えは明らかだったらしいが……」
いかにソフィアさんでも、聖女様に平然と嘘を吐くことはできないのだろう。
「だったら、勘違いだった可能性も……」
「……その話は、本当」
「……」
しつこく食い下がったリーザも、レイリスに言われて黙り込む。
「……病気になって苦しんだり、死ぬのは困るよな……そのおかげで精霊が大きくなったら、他の人間は助かるのかもしれないけど……」
ラナが呟くと、クローディアさんは首を振った。
「精霊が大きくなることが、必ずしも人間にとって利益になるとは限らない」
「どうしてだよ?」
「精霊は人間だけの味方でないからだ。そのことは、魔獣が証明している」
「……?」
僕達には意味が分からなかった。
一体、魔獣と精霊に何の関係があるのか?
「本来は普通の動物であるはずの生き物が、どうして魔力を獲得し、魔獣になるか分かるか? それは、動物に精霊が宿っているからだ」
「!?」
「そんな馬鹿な!」
「実際に、このハウザーは、私が呼び出した精霊を宿している」
「まさか、貴方は……故意に魔獣を生み出したんですか!? 何てことを!」
「人に害を及ぼさない魔獣を作り、精霊が人間の味方でないことを証明する。これは、元々は聖女のアイディアだが、さすがに実行するつもりは無かったようだ。しかし、それは私の悲願になった。自分が呼び出した精霊を、有効に活用できたら、これほど嬉しいことは無いからな。実際に、ハウザーは有能だし、人を襲わない」
「でも……魔獣が精霊を宿しているなら、魔法を使う際に、精霊が姿を現すはずでは……?」
「精霊は、人間に寄生する際に、自分達を味方だと認識してもらう必要があった。人は視覚を重視する生き物だ。だから、人間の前に姿を現し、常に寄り添うことで信頼を獲得したのだろう。動物は、目の前に精霊の姿など無くても、感覚的に精霊の助けを受けていることを理解しているはずだ」
「……」
「……ところで、どうして聖女様が、貴方にそんな話を?」
そういえば、クローディアさんと聖女様は、一体どんな関係なんだろう?
精霊のことだけしか考えてはいけない招待者は、世間とは隔絶された生活を送っているはずだ。
聖女様といえども、気軽に接触できるものなのだろうか……?
「聖女ヨネスティアラは、精霊の秘密について、強い関心を抱いていた。幼くして大精霊に適合し、瞬く間に聖女に祭り上げられてしまった彼女は、自分に実力が無いことを自覚していたからだ。何故自分が選ばれたのか、彼女は真実を知りたがった。そして、精霊の秘密を暴くために、招待者と接触した、というわけだ」
驚くべき話だった。
聖女様も、僕と同じような悩みを抱えていたのか……!
「私は、自分の招待者としての才能が、姉よりも遥かに劣ることに悩んでいた。そのことを聖女に相談しながら、互いに交流を深めていったのだが……」
「待ってください。クローディアさんのお姉さんって、ひょっとして……」
「……クレセアさん」
レイリスが呟いた。
「あっ……!」
言われて、ようやく僕も気付いた。
髪の色や性格がかなり異なるので、今まで分らなかったのだが……彼女の顔は、クレセアさんと非常によく似ていた。
特に、沈んだ表情をしたときは、クレセアさんにそっくりだった。
「お前達……姉さんを知っているのか?」
クローディアさんは目を丸くした。
「クレセアさんは、僕達の宿の主人です」
「……宿の……主人? 姉さんは、Aランク以上の精霊を何体も呼び出した招待者だぞ? あの姉さんが……宿の……」
クローディアさんの顔が、突然青ざめた。
「おい、まさかと思うが……宿の主人、というのは……その宿を経営している、という意味ではないだろうな……?」
「……その、まさかですよ」
「姉さんが……経営者……」
絶望するような声を出しながら、クローディアさんはよろめいた。
「だ、大丈夫ですか!?」
「……全く大丈夫ではない! 姉さんが経営者だと!? 冗談じゃない!!」
今までの落ち着きが何だったのか、と思えるようなクローディアさんの狼狽え方に、僕達は困惑する。
「クローディアさん、落ち着いてください」
「……いや、悪い。経営者など、姉さんには絶対に務まるはずのない立場だからな……。あの人は、Aランクの精霊の対価として、申し訳なさそうに金貨1枚を要求した実績の持ち主だ……」
「……」
それでは、経営者になれるはずがない。金銭感覚が、普通の人とは違い過ぎる。
そんな人が、どうして招待者をやめて、宿の主人になろうとしたのだろうか?
バーレに帰ったら、クレセアさんに尋ねようと思った。