57話 招待者クローディア
僕は、ソフィアさんを抱えて村に戻った。
心配そうに待っていたリーザ達は、僕達の様子を見て真っ青になった。
「ソフィアさん!」
レイリスが呼びかけるが、ソフィアさんの反応は無い。
「医者を! この村にいないか探して!」
「分かった!」
「まずは村長の所に行きましょう!」
リーザの提案に従って、僕達は村長の家に向かった。
「皆さん、どうなさったのですか?」
家に押しかけると、村長は驚いた様子で出迎えてくれた。
「この人は病気なんです! この村に、医者はいませんか!?」
「医者、ですか……この村に医者はおりません。隣の町まで行っていただかないと……」
「では、その町への行き方を教えてください!」
「待て。それでは間に合わないかもしれないだろう?」
突然声がしたので振り向くと、そこにいたのはクローディアさんだった。
隣には、あの大きな犬もいる。
「お前、何しに来たんだ!」
ラナが詰め寄る。
しかし、クローディアさんは落ち着いていた。
「その女の症状には心当たりがある。完治させるのは不可能だが、一時的に症状を抑えて時間を稼ぐことくらいは可能だ」
「では、お願いします!」
「待てよ! こんな女、信用できるか!」
ラナがそう言うと、クローディアさんは悲しげな表情をした。
「えっ……?」
僕は、思わず声を漏らしていた。
今の表情を見て、彼女が誰かに似ているような気がした。
「あっ……!」
リーザも、何かに気付いたのか、驚きの声を上げる。
クローディアさんは、一瞬だけ怪訝な表情を浮かべたが、僕達の反応には言及しなかった。
「その女がそうなったのは、魔力の使い過ぎが原因だろう? ならば、招待者だった私にも責任はある」
「貴方は……魔力を使い続けると病気になることを、知っていたんですか!?」
「それを知ったことが原因で、私は精霊を呼び出すことに集中できなくなった。そして、現在の隠居生活に至る、というわけだ」
「じゃあ、まさか……私達がドラゴンベアと戦うのを止めようとしたのは……!」
リーザの言葉に、クローディアさんが頷く。
「ドラゴンベアを倒すほどの魔法を使えば、身体に負担がかかることは分かり切っていたからだ」
「なら、どうしてそれを言わなかったんだよ!」
「言ったら、お前達はドラゴンベアを狩ることをやめていたか? いや、仮にやめたとして、この村の人間はどうなる? ドラゴンベアを野放しにする選択肢など、お前達にも私にも、最初から無かったはずだ」
「ふざけるな! それで、八つ当たりみたいに喧嘩を売るようなことを言って、ガキかお前は!」
「やめて! そんなことをしてる場合じゃない!」
レイリスが泣きながら叫んだ。
その凄まじい剣幕に、全員が黙り込む。
「……その女の状態を確認する。村長、部屋を一つ貸してくれ。それと、今聞いたことは忘れろ」
「分かりました」
村長は、達観した様子で言った。この人は、今の話を言いふらしたりはしないだろう。
村長が案内してくれた部屋のベッドに、ソフィアさんを寝かせる。
「じゃあ、僕は部屋の外で待ってるから……」
「ちょっと待て。この犬だって、部屋の外に出しておくべきじゃないか?」
ラナが、クローディアさんの後ろに付いて来た犬を指して言った。
「それは駄目だ。診察して指示を出すのは私だが、回復魔法を使うのは、このハウザーだからな」
クローディアさんが撫でると、ハウザーと呼ばれた犬は嬉しそうに吠えた。
「犬が……回復魔法を!?」
「ひょっとして、この犬……魔獣なの!?」
「それがどうした? 見ての通り、ハウザーは大人しい犬だ。人を襲ったりはしない」
確かに、ハウザーは、ラナがクローディアさんに詰め寄った時にも攻撃的な素振りは見せなかった。
おとなしい犬であることは間違いない。
「でも……」
「何でもいいから、早くソフィアさんを治して!」
レイリスの言う通りだった。不安はあるが、代わりの方法は無い。
僕は、全身の疲労感に苛まれていた。正直に言えば、しばらくは休みたい。
この状態で無理をして隣の町を目指しても、途中で倒れてしまうだろう。
「……では、お願いします」
そう言って、僕は部屋から出て扉を閉めた。
しばらく経ち、リーザに呼ばれて僕は部屋の中に入った。
「それで、ソフィアさんは……?」
クローディアさんは、深刻そうな表情を浮かべていた。
「内臓をかなりやられているな。回復魔法で治療したが、この状態では完治は望めない。たとえ聖女ヨネスティアラであっても、この女を助けることはできないだろう」
「そうですか……」
「おい、いい加減なことを言ってるんじゃないだろうな?」
ラナはいまだに喧嘩腰だ。しかし、クローディアさんの言葉が正しいことは明らかだった。
「ラナ、忘れたわけじゃないでしょう? ソフィアさんは聖女様の仲間だったんだから、この人の病気は聖女様でも治せないわよ……」
「……」
至極当然のことを指摘されて、ラナは黙り込む。
「待て、この女は聖女の仲間だったのか?」
クローディアさんは驚いた様子だった。
「そうですが……?」
「……そうか、思い出したぞ! 確かに、聖女はこの女の名前を口にしていたな」
その言葉に、今度は僕達が驚いた。
「クローディアさんは、聖女様に会ったことがあるんですか?」
「ああ。私に、精霊の真実を教えてくれたのが聖女ヨネスティアラだ。あれは、もう2年以上も前のことだが……」
「じゃあ、やっぱり……聖女様は、強力な魔法を使い過ぎると病気になることについて、とっくに知っていたんですね……」
「ちょっと待て! そんな大事なことを隠したまま、聖女様はソリアーチェをルークに渡したのか!?」
ラナが憤る。
リーザも、かなりショックを受けた様子だった。疑念は抱いていても、事実は異なってほしいと思っていたのだろう。
「……ヨネスティアラ様は、そういう人だから」
レイリスが呟いた。
「レイリス……ひょっとして、君は知ってたの?」
「ソフィアさんから全部聞いた。でも、ヨネスティアラ様のことも、精霊のことも、ソフィアさんは恨んでないって……」
「……」
言葉とは裏腹に、レイリスの口調からは、憤りのようなものが感じられた。
「安心しろ。大精霊がお前を選んだのなら、お前はきっと大丈夫だ」
クローディアさんが、僕に対して意味深なことを言う。
「どういうことですか?」
「……そうだな、お前にだけは全てを話しておくべきだろう。場所を変えて、2人で話そう」
「ちょっと待て。あたし達には何も教えないつもりか?」
ラナが抗議すると、クローディアさんは肩を竦めた。
「お前達が知ってどうする? 精霊を使うのを躊躇して、戦闘に支障が出てもいいのか? 世の中には、知らない方が良いこともある。最悪の場合、精神を病んでしまうかもしれないぞ?」
「……貴方が知っていることを、私は大体知っているはず」
レイリスがそう言うと、クローディアさんは複雑な表情を浮かべた。
「そうかもしれないな。だが、知った者が不幸になるような話を、お前は仲間に聞かせたいのか?」
「……」
レイリスは黙り込んだ。精霊の秘密を僕達に話すべきか、悩んでいる様子だ。
「ていうか、病気になること以上に、重大な秘密なんてあるのか?」
「さっきも言っただろう? それを知っても、我々は精霊抜きで生きていくことなど出来ない。だから、病のリスクを冒しても、人類は精霊を手放さないだろう。つまり、病気になること自体は、それほど重大な秘密ではない、というわけだ」
「……でも、今みたいに、大きな精霊を使わなくなる可能性はありますよね?」
リーザが指摘すると、クローディアさんは首を振った。
「いいや、無いな。かつて、ドラゴンが現れた時代、この世界にはAランクの精霊までしかいなかった。だから、人類は多大な犠牲を出しながら、消耗戦をしかける以外に戦い方が無かったわけだ。そのせいで、国が滅びるような犠牲が出たのだから、必要になったらAAランク以上の精霊だって使うしかないだろう」
「あれ、AAランク以上の精霊って、昔はいなかったのか?」
「そうよ。昔は、今みたいに招待者の技術が高くなかったから……」
「……違う」
レイリスがそう言うと、クローディアさんは眉を顰めた。
「おい、やめておけ」
「きっと、ソフィアさんも怒らないと思う。私達は仲間だから」
そう言われて、クローディアさんは溜め息を吐いた。
「……全てを知ってから後悔しても、手遅れだからな? 覚悟はいいか?」
僕達は、揃って頷いた。
「では、お前達に全てを教えよう。私達が隠してきた、精霊の真実を……」




