表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
55/76

54話 精霊ペル

 今回の依頼を出した村は、規模は小さいものの、寂れた様子は全く無かった。


 僕達は、村人から熱烈な歓迎を受けた。

「これで我々は安心です!」

 僕達を出迎えた村長があまりにも喜んでいるので、僕は困惑した。

 彼らは、僕達が失敗する可能性など、微塵も考えていない様子だった。

「……皆さんの期待に応えられるように頑張ります」


「愚かな」

 突然、場違いに陰気な声が聞こえた。


「こんな場所まで、わざわざ餌になりに来るとは……ご苦労なことだ」

 僕達に嫌味を言う声の主は、青い髪の女性だった。


 歳は20代だろうか?

 髪の色は同じでも、聖女様とは大分印象が異なる。


 彼女の隣には、大きな犬がいた。

 きつね色で、小さな子供なら背中に乗せられそうな大きさだ。


「クローディアさん……冒険者が来る度に、喧嘩を売るような言動をするのはやめてくれんかね?」

「……ふん」

 クローディアさんは、僕達を小馬鹿にするように笑った。


「何だよその態度!」

 ラナが、クローディアさんの態度に腹を立てる。

「私は冒険者が嫌いなんだ。気に入らなければ帰ればいい」

「依頼を出したのは我々なんだが……」

 村長は弱り切った様子で、呟くように抗議する。


「余所者のあんたは引っ込んでろ!」

「そうだ! この人達は、ドラゴンベアを駆除しに来てくれたんだぞ!」

 強く抗議しない村長の代わりに、村人達が抗議した。

「このパーティーに、ドラゴンベアを駆除することなど不可能だ。私は、一流の冒険者をたくさん見てきた。こいつら、どう見ても三流だぞ? 唯一、その女を除いてな」

 驚くべきことに、クローディアさんはソフィアさんを指差していた。


「そんな……どうして!?」

 このパーティーの実態を正確に言い当てられて、リーザが驚きの声を漏らす。

「ハッタリだ! お前、ソフィアさんの顔を知ってたんだろ!」

 ラナの言葉に、クローディアさんは呆れた様子だった。

「一流の冒険者は独特の雰囲気を持っている。それを見極めることなど、私にとっては造作もないことだ。強いて言えば、その娘だけは、これから成長する余地があるようだが……あとの3人は、はっきり言って見込みが無いな」

 クローディアさんに指差されて、レイリスがソフィアさんの陰に隠れる。


 村人達はどよめいた。

 ドラゴンベアを駆除してくれるはずの冒険者パーティーが能力不足だと教えられて、動揺しているのだ。


「何言ってんだ! ルークは、大精霊を宿してるんだぞ!」

 ラナが反論すると、村人達はさらにどよめき、クローディアさんの表情は険しくなった。

「ちっ、そういうことか……救いようのない連中だ」

「何だと!?」


「ちょっとラナ、それくらいにしておきなさいよ!」

 リーザが慌てて止めた。


 これ以上、僕の能力について口論するのはまずい。

 クローディアさんの指摘は正しいからだ。おかしいのは大精霊の方なのである。

 大精霊の保有者は無能、などという話は、知れ渡ったら困る。

 「闇夜の灯亭」の冒険者に対しても、ミランダさんが帰った後で、必死に口止めしたのだ。


 突然、どこかから、小さな精霊がクローディアさん目がけて飛んでくる。

 その精霊を見て、クローディアさんが人差し指を立てた。殆ど反射的な動きのようだった。

 その指に精霊が飛び付き、楽しそうにくるくると回る。


「お前は……」

 クローディアさんの指にじゃれつく精霊を見て、僕は激しい既視感に襲われた。

「……ペル!?」

 まさかと思い精霊石を取り出すと、ペルが宿って金色になっていたはずの石が、黒く戻っていた。


「あの精霊、その石から出てきたの!?」

「精霊石から勝手に飛び出す精霊なんて、聞いたことが無いぞ!?」

 リーザとラナが驚きの声を上げる。


 皆が驚くのも無理はない。

 自由に飛び回っているコーディマリーですら、ステラが常に呼び出した状態にしているのだ。

 ましてや、精霊石から自由に出てくる精霊なんて聞いたことが無い。


「クローディアさん、貴方は招待者(インバイター)ですね?」

 ソフィアさんがそう言うと、クローディアさんは忌々しそうにソフィアさんを睨んで舌打ちした。

招待者(インバイター)? まさか、この人が?」

招待者(インバイター)は、自分がこの世界に呼び出した精霊を、精霊石から呼び出すことができる、と聞いたことがあります」

「じゃあ、クローディアさんが……ペルを呼び出した招待者(インバイター)!?」


 僕達の方を睨みながら、クローディアさんはペルの頭を撫でる。

「……そうか。お前、この男に宿っていたのか。よりにもよって、こんなのを選ぶとはな……。だが、お前が元気そうで安心した」

 そう言ったクローディアさんは、一瞬だけ、笑みを浮かべたように見えた。


 クローディアさんが人差し指を軽く振ると、ペルは僕の方に戻って来た。

 そして、僕が持っている精霊石の中に戻る。


「私の娘が世話になったようだな」

「……娘?」

招待者(インバイター)は、自分が呼び出した精霊のことを娘と表現するんです」

 ソフィアさんがそう言った。

「私の娘に適合する冒険者は少ないらしい。それだけ、お前はお人好しだということか……。まあ、そうでもなければ大精霊に適合などしないだろうが」

「貴方は、大精霊について何か知っているんですか?」

 僕がそう尋ねると、クローディアさんは再び舌打ちした。

「少し喋り過ぎたな。悪いことは言わないから、精霊の力でドラゴンベアに挑むなど、やめておくことだ。死にたくなければな」


 捨て台詞のように言い放って、クローディアさんはその場から去った。

 犬は、尻尾を振りながら彼女に付いて行った。


「冒険者の皆様、申し訳ない。さぞ気分を害されたことでしょう」

 村長が申し訳なさそうに言った。

「全くだ! あの女、一体何なんだよ?」

 ラナが尋ねると、村長は弱り切った様子で言った。

「あの方は、一年ほど前に、突然この村にやって来ましてな……巨額の資産を惜しみなく投じて、この村を救ってくださったのです」

「巨額の資産って……女性がそんな大金を持っていたら、誰かに狙われるんじゃ……?」

「そんな不届き者は、この村にはおりません」


 村長はそう断言したが、クローディアさんが無事なのは、それだけが理由ではないのだろうと思った。

 ひょっとしたら、あの犬が番犬として優秀なのかもしれない。


「クローディアさんが招待者(インバイター)だということは、ご存知だったんですか?」

「いえ……あの若さで資産を作るのは、難しいとは思っておりましたが……てっきり、相続した資産なのかと……」


 精霊を呼び出す招待者(インバイター)ならば、若くして巨額の資産を持っていても不思議ではない。

 クローディアさんの口振りだと、彼女の腕はあまり良くなかったようだが……招待者(インバイター)という存在自体が、貴族の支援を受けられる立場なのだ。


「そんなに簡単に稼げるなら、あたしも招待者(インバイター)になってみたいな」

 ラナがそう言うと、リーザは首を振った。

「貴方には無理よ。招待者(インバイター)は、一体の精霊を呼び出すために、部屋に籠って10日前後は集中し続けないといけないんだもの」

「はあ!? 食事やトイレはどうするんだよ?」

「食事は、私達が食べているような、保存のきく物を部屋に置いておくらしいわよ。トイレは……気にしないであげるべきでしょうね」

「……」

 いけないことを考えそうになったので、僕は思考を打ち切った。

「それだけ頑張っても、呼び出せる精霊はFランクばかり、なんていうことは珍しくないらしいわ。成果が上がらなければ、貴族からの支援もあまり得られない。そもそも、招待者(インバイター)になるためには、精霊を呼び出すことに成功した実績が必要らしいけど……それに成功する人自体が、挑戦した100人に1人とも、1000人に1人とも言われているらしいわ」

 それはそうだろう。簡単に精霊を呼び出せるなら、誰も精霊を市場で購入しないはずだ。


 招待者(インバイター)になる方法については、僕も聞いたことがあった。

 精霊を呼び出すためには、まず広い部屋を用意して、床に巨大な魔法陣を描く必要がある。

 それから、閉ざされた部屋で何日も、精霊を呼び出すことだけを考え続けるのだ。

 満足に飲食も出来ず、排泄は壺で済ます。その期間は、身体を洗うことすら出来ない。

 拷問にも近い苦痛であり、大半の人間の集中が途中で途切れてしまうという。


 それほどの苦労をしても、呼び出せる精霊のほぼ全てがCランク以下であり、さらにその半分以上がFランクなのだ。

 それで手に入る金は、一般人にとっては大金でも、一生遊んで暮らせるような金額ではない。

 そんな状況に耐えられず、精神を病んでしまう者も数多くいるらしい。

 一攫千金の夢のある役割だが、苦労の割に報われることの少ない役割であるとも言える。


 僕達は、村長からドラゴンベアが目撃された場所を聞き出した。

 その地点に向かう途中でリーザが言った。

「……ねえ、さっきのクローディアさん、どこかで会ったことはないかしら?」

「あんなムカつく女、会ったら忘れないだろ」

「そうよね……でもあの人、誰かに似てるような気がするのよ……」


「髪の色は、聖女様と同じだったけどね……」

 僕がそう言うと、リーザは激しく反応した。

「ちょっと、やめてよ! いくら何でも、聖女様とあんな女を比較するなんて!」

「ご、ごめん……」

「無駄に攻撃的なところとか、似てるのはリーザ自身じゃないのか?」

「ラナ、本気で怒るわよ……?」

「いや、冗談だって……」


「……」

 レイリスは、物言いたげな様子でリーザを見上げていた。

「レイリス、心当たりでもあるのですか?」

 ソフィアさんが問いかけると、レイリスは首を振った。


「あんな奴のことは忘れようぜ? 今は、ドラゴンベアを狩ることだけ考えるべきだろ?」

「そうね……」

 そう言って、リーザも気持ちを切り替えたようだった。


 これから戦う相手は、極めて危険なのだ。

 余計なことを考えている時間など無いことは確かだった。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ