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4話 宿「闇夜の灯火亭」

 既に日が暮れ、辺りが真っ暗になった時刻。

 僕は、とある宿の前へと辿り着いた。

 その宿の名前は「闇夜の灯火亭」。

 このバーレという街の名前と共に、名前を聞いたことがある宿だった。

 真っ暗なので宿の外観は分からないのだが……ささくれ立った扉から判断すると、イメージ通りのボロ宿なのではないだろうか?

 こんな宿に所属するなんて……僕は、聖女様の依頼を受けたことを後悔した。


 この世界には、冒険者が数多く住んでいることで知られている街が幾つかある。バーレもその一つだ。

 バーレには、冒険者専用の宿が8つある。この付近で活動したい冒険者は、そのいずれかを拠点として活動することになっている。


 冒険者に依頼をしたい者は、いずれかの宿に依頼書を持って行けば良い。

 あとは、宿の主人が、所属している冒険者に相応しい依頼を割り振ってくれる。


 以前僕が所属していたコミュニティは、付近にライバルとなるような組織が無かったのだが、この街のような制度を設ければ、必然的に、優秀な冒険者を抱えている宿とそうでない宿との間に格差が出来る。

 「闇夜の灯火亭」は、8つの宿の中で最低の宿だと言われている。その評判の酷さは、ここから離れた街で活動していた僕の耳にも届く程だった。


 聖女様の依頼は、僕が「闇夜の灯火亭」の主力冒険者となり、宿を立て直す、というものだった。

 しかし、これは……個人の力で何とかなるものなのだろうか?


 確かに、ソリアーチェの力を借りれば、魔獣と呼ばれる魔物ですら退治できるだろう。

 魔生物と呼ばれる、凶悪な魔物ですら退治できるかもしれない。

 だが、そもそもこんな宿に、強大な力を有する魔物を退治しろ、などという依頼が来るはずがない。

 この宿の評判を改善するのと、宿が潰れるのと、どちらが早いだろう……?

 後者の可能性が高い気がするのだが……。


 いや、こんなことを考えても仕方が無い。

 この依頼を成功させなければ、聖女様のパーティーには加われないのだ。

 後ろ向きな感情を振り切って、僕は宿の中に入った。


 宿の中は薄暗かったが、それでも床や壁がボロボロなことを隠しきれない状態だった。

 想像以上に……酷い……。


「冒険者が、こんな時間に何の用だ?」

 カウンターの中から、声をかけられた。

 そちらを見ると、体格の良い壮年の男がいた。この男が宿の主人だろう。

「あ、あの、聖女様からの紹介で来ました!」

 男の威圧感に気圧されながらも、僕は聖女様から預かった手紙を渡した。

「……」

 男は、訝しげに手紙を受け取った。

 そして、手紙に念入りに目を通す。


 手紙には、僕が聖女様に助けられ、ソリアーチェを受け取った経緯や、僕が聖女様から受けた依頼の内容が細かく書いてある。

 冒険者を支援し管理する宿の主に、嘘やごまかしは御法度なのだ。

 男は、何度も僕のことを値踏みするような視線を投げてきた。

 驚きは表情に出さなかったが、内心ではとても信じられないと思っているのかもしれない。


「……それで、お前はこの宿に泊まりたいのか?」

 手紙を読み終えた男が尋ねてきた。


 「宿に泊まる」というのは、単に宿泊することを指しているのではない。

 冒険者として、この宿を拠点として活動することを意味する。


「は、はい!」

「この宿が、他の宿と違うことは知っているな?」

「承知しています」


 この宿の評判が悪い理由は、所属している冒険者が、いわゆる落ちこぼればかりだからだ。

 役立たずばかりがいる、などという評判が立った宿に所属したがる者はいない。集まるのは、本人も落ちこぼれてしまった冒険者だけである。

 依頼を出そうとしている者は、当然腕の良い冒険者を望む。この宿に依頼を持って来るのは、充分な依頼料を出せない者だけだろう。

 まともな依頼が来ない宿では、冒険者が高い宿泊料を払うことは不可能だ。すると、当然宿を維持するのにも支障が生じる。

 ボロ宿には人が寄り付かなくなる。全てが悪循環だった。


「他ならぬ聖女様の頼み事だ。マスターに話を通してやろう。今夜は、空き部屋で寝るといい」

「……え?」

「俺はこの宿の主人じゃない。暫く前に引退して、今では隠居の身でな。今日はマスターが忙しいから、代わりにここにいるだけだ。正式にお前を泊めるかは、明日マスターに決めてもらうことになる」

「は、はい!」


 そうか……僕は、これからこの宿で寝泊まりすることになるのか……。

 それを考えると、非常に憂鬱な気分だった。


 これから、冒険者としてやっていけるんだろうか?

 そんな将来のことよりも、気になってしまうことがあった。

 この宿、床が抜けたりしないだろうな……?


 僕は、一階の空き部屋に通してもらった。

 床や壁は、やはり酷い状態で、ベッド以外は何も無い部屋だったが、すぐに人が寝られるように、綺麗に掃除してあった。

 埃が積もっている可能性を考えていたので、少し安心する。


 試しにソリアーチェを呼び出してみる。

 人目に付かない場所で何度も試してみたことだが、いまだに姿を現す確信が持てないのだ。


 僕の目の前に、金色に輝く女性が現われる。

 呼び出されたソリアーチェは、僕の手を取って両手で握った。


 精霊は全て金色に輝いており、同じような顔立ちをしているため、個性が乏しいと思われがちだ。

 しかし、実は各々に感情があり、それが主人との相性にも影響していると言われている。


 そのことは、精霊の行動にも表われる。

 例えば、ある者は主人の掌の上に乗ることを好む。

 また、ある者は肩の上に座ることを好む。

 頭の上を飛び回ることを好む者もいる。


 ペルやピピは、僕の指にじゃれつくのが好きだった。

 この握手は、ソリアーチェなりの愛情の表現なのだろうか?


 ソリアーチェは無表情だ。

 精霊は言葉を喋らないが、ソリアーチェは感情を伝えるような仕草も殆どしない。

 大きな金色の瞳で、ただひたすら僕を見つめてくる。


 彼女の整った顔で正面から見つめられると、どうしても照れてしまう。

 宙に浮いていることを除けば、ソリアーチェの外見は、人間の女性と大差無いのだ。


 僕が念じると、ソリアーチェは一瞬で縮んだ。

 そして、ペルと同程度の大きさになる。


 これは、隠密行動が必要な場合に、精霊を目立たないようにするための魔法だ。

 使う必要が生じるとは思わなかったが、一応学んだことがあった。

 初めて成功した時にはとても安心した。

 当分の間は、本来の大きさのソリアーチェを、他人に見られるわけにはいかないのだ。


 強力な精霊の所持者には、それだけ大きな期待がかかる。

 潰れかけた宿の再建、などという私的なことに大精霊を使うことは、世間が許してくれないだろう。

 自分に適合した精霊を制御できる自信が無い、などという言葉は、聞き入れてもらえると思えない。

 本来ならば、僕は今すぐに、強大な敵を狩りに行かねばならない立場なのである。


 縮めた状態だと、ソリアーチェは本来の能力を発揮できない。

 といっても、それは縮んだからではない。僕が魔法の同時使用を苦手としているためである。

 ソリアーチェを小さく見せる魔法と、普段使っている魔法を同時に使用することが、僕にとっては難しいのだ。

 しかし、今はソリアーチェの力が強大過ぎて困っているのだから、能力が落ちるのはかえって都合が良いと思えた。


 小さくなったソリアーチェは、僕の人差し指を抱えるようにして止まった。

 ペルやピピと同じような行動が微笑ましかった。

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