46話 人食い狼
数日後、クレセアさんが一枚の依頼書を僕に差し出してきた。
「ルークさん達には、こちらの依頼をお願いしたいのですが……」
その依頼書を見て、僕は凍りついてしまった。
とある村の近くで目撃された、人食い狼の群れの駆除。それが依頼内容だった。
無論、ソリアーチェの力をフル活用すれば、人食い狼を殲滅することは容易いはずだ。
頭では分かっていても、かつて死にかけた時の恐怖は、今でも残っていた。
「人食い狼の駆除だって? 何だか、凄く冒険者らしい依頼だな!」
「報酬が理不尽な安さなのは、相変わらずだけど……」
「いいですね。今回の依頼も楽しみましょう」
「……狼の群れ……」
珍しく、レイリスが不安そうな顔をする。
少し考えて、その理由に気付いた。敵に攻撃する際には姿を現わさねばならない抹消者は、集団になっている敵が苦手なのだ。
特に、狼は集団戦が得意であり、知能も高い傾向がある。群れの一匹を仕留めた瞬間を狙われたら、レイリスには防ぎようがない。
「大丈夫ですよ。レイリスのことは、私が守りますから」
ソフィアさんは、いつものように安請け合いをした。
「……ソフィアさん、今回の相手は動物ですよ? 目を閉じないで撃てるんですか?」
「あら、そういえば」
「……」
リーザは頭を抱えてしまった。
「まあ、あたしとリーザが頑張れば何とかなるだろ?」
「人食い狼を甘く見たら駄目よ! 群れに囲まれたら、一瞬で噛み殺されることだってあるのよ!?」
「確かに、人食い狼が相手となると、無策では危険ですね。私が防御者の役割を担当します。レイリスは、浮いた狼を仕留めることに専念してください。ラナは、相手に突っ込むのではなく、襲ってきた狼を相手にしてください。基本的には、ルークさんとリーザが攻撃魔法で戦うことになります。それでよろしいでしょうか?」
「……」
ソフィアさんが、極めて真っ当な作戦を立てたので、僕達は困惑した。
……まあ、この人については、もう何が起こっても驚かない方がいいのかもしれない。
「……作戦としては、それでいいと思います」
「腕が鳴るな!」
「……」
「大丈夫ですよ、レイリス」
このパーティー、結局チームワークがいいのか、悪いのか……?
毎度のことではあるが、不思議なバランスで構成されていると思った。
今回の依頼は、厳しい戦いになるだろう。
はっきりと言ってしまえば、今回の場合、僕一人の方がパーティーで挑むよりも成功する確率は高い。
相手に気付かれないように接近し、広範囲攻撃魔法で数を減らして、生き残りを各個撃破すれば良いからだ。
しかし、今回の依頼をこのパーティーで達成できれば、並の依頼は達成可能だという証拠としては充分だろう。
これは、きっと大事な依頼になる。そう感じた。
僕達は、人食い狼が目撃された森へとやって来た。
依頼を出した村で聞いたところによると、既に何人かの村人が犠牲になっているそうだ。
駆除は急がねばならない。僕は、ソリアーチェを本来の大きさで出現させた。
「何だよルーク、今回は手加減無しか?」
「……凄く危険な相手だよ、人食い狼は」
「そういえば、貴方が聖女様に助けられたのって、人食い狼に襲われた時だったわね」
「今にして思えば、あの時の群れは数が少なかったんじゃないかな。もしも、あの時の倍の狼がいたら、僕はとっくに食い殺されてたと思うよ」
「そんなに心配するなよ! 今回はソリアーチェがいるし、あたし達だっているんだから!」
ラナは、相変わらず危機感が薄いようだ。ダンデリアの力を、早く試したいのだろう。
「ラナ、冒険者を一番殺した猛獣は人食い狼だと言われています。決して油断してはなりませんよ?」
「分かってるって!」
本当に大丈夫なんだろうか……?
自信満々なラナを見て、僕は不安で仕方が無かった。
以前と同じように、ソフィアさんが探知魔法を使う。
1回目の探知で、何らかの動物の群れを発見した。レイリスが、その群れが人食い狼なのか確認しに行く。
戻ってきて姿を現わしたレイリスの顔は、青ざめていた。
「人食い狼の群れだった。多分、50頭以上いる……」
その言葉に緊張感が走る。ラナですら、かなり動揺していた。
群れの規模が、想像以上に大きい。かつて僕を襲った群れの倍以上の規模があるかもしれない。
人食い狼としても最大レベルの規模だと言っても過言ではないだろう。
「それ、さすがにまずいんじゃないのか……?」
「仕方がありません。ルークさん、広範囲攻撃魔法で相手の数を減らしましょう」
ソフィアさんがそう提案した。
確かに、それしか方法が無さそうだ。
僕達は、森の被害を減らすために、狼の群れに接近することにした。
「まずいですね……」
再び探知魔法を発動させた後で、ソフィアさんが深刻な表情で呟いた。
「どうしたんですか?」
「人食い狼の群れが、こちらに近付いてきています。私達の接近に、気付かれたのかもしれません」
「お、おい、どうするんだ?」
不意討ちを仕掛けられなったためか、ラナが動揺する。
「作戦は変わりませんよ。狼をなるべく引き付けて、ルークさんの魔法で数を減らしましょう」
確かに、やることは変わらない。
僕達は、少しだけ開けた場所で狼の群れを迎え撃つことにした。
僕も探知魔法を発動する。
確かに、狼の群れはこちらに近付いてきていた。
僕は、群れがいる方向に両手を突き出して構える。
「皆、僕の後ろにいて! ソフィアさんとリーザは、念のために障壁を展開して!」
味方を巻き込むのを防ぐために、僕は指示を出した。
「フィオリナ、お願い!」
「ファレプシラ!」
二人が精霊を呼び出す。特に、ソフィアさんはAAランクの精霊を呼び出した。
「ソフィアさん、それって……!」
ラナとリーザは驚いた様子だ。
一方で、レイリスは心配そうにソフィアさんを見上げていた。
彼女は、ソフィアさんが精霊を2体保有していることも、強力過ぎる魔法を使うと体調を崩すことも知っているように感じた。
「話は後です。ルークさん、お願いします」
「はい!」
後ろで障壁が展開されたことを確認して、僕は魔法を放った。
かなり手加減したとはいえ、威力は絶大だった。
目の前の木々は消し飛び、一瞬で視界が開けていた。
「気を抜かないでください! まだ、半分近く残っています!」
ソフィアさんが叫んだ。
……半分だって?
手加減しすぎたか!
だが、これ以上の威力を引き出せば、森に深刻なダメージを与える恐れがあったことも確かだ。
仕方が無いので、僕は探知魔法を発動させる。ほぼ同時に、レイリスが姿を消す。
「リーザは、私が指した方向を狙って撃ってください!」
ソフィアさんが指示を出す。これは、レイリスを誤射するのを防ぐためだろう。
「……レイリス、私の前には立たないでね?」
不安が拭えない様子でリーザが呼びかけた。
「ダンデリア、頼むぜ!」
ラナが精霊を呼び出して剣を構えた。
狼の群れは、こちらを囲むように動いた。
僕達の周囲を回るように動く。
僕は、構わずに攻撃魔法を撃ち込んだ。
ソリアーチェの力を借りれば木を撃ち抜くことなど容易い。
近付いて来ないのであれば、僕の魔法で数を減らすしかないだろう。
狼の群れは、少しずつ包囲の輪を縮めてくる。
木々の間を縫うように走り回っている音が、こちらにも聞こえた。
「そこです!」
ソフィアさんが指示を出し、リーザが攻撃魔法を放つ。
しかし、タイミングがずれたこともあり、命中はしなかったようだ。
僕の魔法も、あまり当たっていないようだった。狼の動きが速すぎるのだ。
やがて、木の陰から一頭の狼が飛び出してきた。
ソフィアさんが3方向に障壁を展開し、狼の行く手を阻む。
そして、残る一方向に対して、僕とリーザが攻撃魔法を放つ。
一頭の狼が、開いている方向から跳びかかってくる。その狼を、ラナが斬り捨てた。
人食い狼は、巧みな連係で人を襲うところが脅威なのだ。
一頭ずつであれば、今のラナにとっては危険な相手ではない。
さらに、こちらの魔法を掻い潜った別の狼を、姿を現したレイリスが一突きで仕留めた。
突然、人食い狼が包囲を解き、森の奥へと逃げ出した。
「待て!」
僕は、障壁の外に出て攻撃魔法を放つ。
しかし、木々の間を不規則に駆ける狼に、当てることは出来なかった。
「今回は完璧だったんじゃないか? あれだけいた群れを、殆ど仕留めたんだから!」
ラナは一人だけ嬉しそうだ。
しかし、それは間違いだと僕は知っていた。
「駄目よ、ラナ。まずいことになったわ……」
「どこがまずいんだ?」
「人食い狼は、一度見つけた狩場を放棄したりはしないのよ。だから、必ずこの辺りに戻って来るわ」
人食い狼には、しつこく人を襲い続けるという習性がある。
そのため、少々劣勢になった程度では引き下がらないのが特徴だ。
仮に撤退したとしても、一度見付けた狩り場を完全に放棄することは無く、いずれ必ず戻ってくると言われている。
「なら、戻って来た時に仕留めればいいだろ?」
「そうね。それが明日か、何カ月も後かは分らないけど……」
リーザがそう言うと、ラナもようやく事態の深刻さに気付いたようだ。
僕達は、魔生物討伐の報酬を手に入れたが、精霊を購入したり借金を返したりしたため、現在懐に余裕があるわけではない。
仮に人食い狼が戻ってくるのが数ヶ月後であれば、それをずっと待ち続けるわけにはいかないだろう。
だが、仕留め損ねた人食い狼が戻って来て、人に危害を加えた場合……僕達の評価に影響することは間違い無い。
「でも、少なくとも半分以上は仕留めただろ? 後は、他の冒険者でも雇ってもらう……ってのはどうだ?」
「そういうわけにはいかないわよ。村の財政の問題もあるけど……私達には、殆ど信用が無いもの。不十分な仕事をされた、という印象が残るのは、今後の仕事に影響があるわ」
「この森の狼を、ひたすら探して狩る、ってのはどうだ?」
「出来るわけないでしょ……」
「まあ、そうだよな……」
魔生物を狩る際には、多くの兵士に明かりを確保してもらい、首領が猛獣や魔獣を全て葬る、という強行策を使ったが、このメンバーだけであの作戦を行うのは困難だ。
「取り敢えず、村に戻りませんか? 寝起きする場所さえ貸していただければ、数日程度でしたら狼が来るのを待てるのではないでしょうか?」
「そうですね……」
他に良い案が無く、僕達は村へ引き返すことにした。




