41話 保護された子供達
幼い兄弟のどちらかが魔生物である可能性がある、という指摘に、エクセスさんの仲間は全員が懐疑的な様子だった。
「あんた、あの子達を疑ってるって正気なの?」
魔導師のアイラという女性が、呆れたように言った。
「あくまでも、念のために話を聞いておきたい、というだけです」
「サイテー、信じらんない」
「まあ、そう言うなよ。誰が魔生物か分からない状況で、警戒心が高まるのは当然だろ?」
宥めるエクセスさんを、アイラさんはジト目で睨んだ。
「あんたって、美人を見るとすぐに味方するのね」
まるでリーザみたいなことを言う。エクセスさんは困った様子だ。
「俺達だって、全く警戒しなかったわけじゃない。念のために、一人ずつ話を聞いたりしたんだ。話の辻褄が合わないようなことは無かったぞ?」
格闘家のスコールという男が言った。
「むしろ、そんなことを言ってるあんたが魔生物なんじゃないの?」
嫉妬のせいもあるのだろうか? アイラさんは、ソフィアさんに対して攻撃的な態度だ。
「それは有り得ません。こちらで魔生物が暴れ回っている時に、私とルークさんは、遠く離れた場所で盗賊団と戦っていましたので」
「あんた、あの子達が二人とも魔生物である可能性だって考えてるんでしょ? だったら、二人だけの証言なんてアテにならない、って自分で言ってるようなものじゃない」
「言われてみればそうですね。ですが、魔生物が精霊を連れている、などという話は聞いたことがありませんよね?」
「まあ、そうね……」
共生説にせよ神授説にせよ、精霊は人間の味方であり、魔生物と共にいるはずがない。
だから、精霊を宿している者は魔生物でないと信用しても良いはずである。
「あの子達は、まだ動揺しています。決して、刺激するようなことは言わないでください」
回復者のセレーナという女性が、心配そうに言ってくる。
「心得ています。ご安心ください」
ソフィアさんは、いつも通りの笑顔で答えた。
「なあ、村の皆はどうなったんだ!? 生きてる人はたくさんいるんだよな!?」
兄のディックという少年が、僕達と会うなり言ってきた。
一方で、妹のベスという少女は、顔を伏せてしまっている。僕達とは話したくなさそうだ。
「残念ですが、私達にも詳しい状況は分かりません。被害者の救助は、兵士の方々が行っていたので……」
ソフィアさんは嘘を吐いた。多くの人が亡くなったことを伝えれば、二人が取り乱すかもしれないからだ。
「あんた達も冒険者なんだろ! 頼むよ、村の仇を取ってくれ!」
「えっと、ディックは……村がどうなったかは知ってるの?」
「当たり前だろ! 俺達の目の前で、でかい爆発があったんだ!」
「その時、家に戻ろうとは思わなかったのですか?」
ソフィアさんが、先程の疑問をぶつける。
「そりゃ思ったさ! でも、もし村が襲われたら、ベスを連れて遠くまで逃げろって、前から親父に言われてたんだ!」
ソフィアさんは、ディックのことをじっと見つめた。そして、笑顔で頷く。
「私達に任せてください」
どうやら、ディックの言うことは嘘ではないらしい。
「私達は、貴方達が住んでいる村からここまで来ました。ですから、貴方達を送り届けます」
「でも、村には化け物が……」
「もういませんよ。今まで、同じ場所が二度襲われたことは無い。そうでしたね、ディーンさん?」
「ああ、そうだな」
ディーンさんは頷いた。何だか、顔色が悪く見える。
「ベス、貴方も安心してくださって構いませんよ? 貴方達の村を襲った化け物は、私達が必ず退治いたします」
ソフィアさんがそう言って、ベスの頬に触れた。
すると、ベスはそれを払いのけるようにして、ディックにしがみついた。
「やめろ! 妹に触るな!」
「あら、ごめんなさい」
「……いや、ベスは人見知りで……」
ディックが気まずそうに言う。
ベスは、ソフィアさんを怖い顔で睨み付けている。
他人を怖がっていたレイリスと違い、憎しみが籠もっているように思えた。
「出発は早い方がいいでしょう。村の方々も、きっと心配しています。ですが……私達は夜通し歩いていたので、少しだけ休ませていただけると助かります」
「……ああ、いいよ。そこのおっさん、今にも倒れそうだし」
「チッ……。ここで、強がる言葉でも吐ければカッコイイんだろうが……悔しいことに、そんな余裕もねえな」
確かに、首領は苦しそうにしている。
元々病を抱えているうえに、夜通し歩いて、魔獣や猛獣を駆除し続けたのだから、倒れてしまっても不思議ではない。
首領は、AAAランクの精霊を保有していて、回復者の魔法が使えるのだ。決して失うわけにはいかない人である。これ以上の無理はさせられない。
僕達は、集落の長に寝る場所を提供してもらった。
集落の長の家で、僕達は寝ることにした。
首領は、手作りらしきベッドに倒れ込み、そのまま眠ってしまった。
僕も寝ようとしたが、話し声が聞こえた気がして、廊下の様子を確認する。
ソフィアさんが、エクセスさんと何かを話していた。
二人はすぐに話すのをやめて、ソフィアさんは僕達とは別の部屋に入り、エクセスさんは家から出て行った。
二人は何を話していたのだろうか……?
気にはなったが、僕も限界が近かったので、すぐに寝ることにした。
話の内容は、起きた後で確認すればいいだろう。
僕は、結局昼まで寝た。
目を覚ますと、既にソフィアさんは起きていたが、首領はまだ寝ていた。
驚いたことに、エクセスさん達はまだ集落に留まっていた。
「どうだい、コンディションは回復したかな?」
「はい、おかげさまで……今まで、ずっと待っていてくださったんですか?」
「私が、待ってくださるようにお願いしたんです」
「あの兄妹に付いている必要があったからね。放っておいたら、あの二人は自分達だけで村に帰ろうとするかもしれない。しっかりしてるようにも見えるけど、まだ子供だから」
「そうでしたか」
おそらく、ソフィアさんは寝る前に、エクセスさんにあの兄妹のことを頼んだのだろう。
「しかし、ちょっと困ったことになったんだ。あの二人は、うちのパーティーのセレーナに懐いてしまって、離れようとしなくてね。不安があるせいで、誰かに甘えたい気持ちが強くなるんだろう。だから、あの子達のことは、僕達が送ろうと思うんだ」
「そうしていただけると助かります。ディーンさんは、もう暫く寝る必要がありそうですから」
「じゃあ、僕達は魔生物の探索に戻ります」
「そうするといい。兵士の皆さんは、まだ探索を続けているから、今からでも彼らと合流するといいだろう」
話はあっさりと進んだ。
エクセスさん達は、幼い兄妹を連れて集落を出発した。
僕とソフィアさんは、首領が目を覚ますのを待った。
ひょっとしたら、丸一日寝るかもしれない。そんなことを考えたが、首領は暫くすると目を覚ました。
「……あのガキどもはどうした?」
首領が最初に発したのは、その言葉だった。
「先程、エクセスさん達と一緒に集落を出発しました」
「そうか。なら、俺達もすぐに後を追うぞ」
「いや、そんな必要はないでしょう? エクセスさん達に任せれば、何も問題ありませんよ」
そう言うと、何故か首領は呆れた顔をした。
「おい、ソフィア嬢ちゃん。ルークには何も説明しなかったのか?」
「ルークさんは、焦ると何をするか分からない性格ですので」
「まったく……。大精霊に選ばれたといっても、これじゃ駆け出しと大差ねえな」
「どういうことですか? 一体……?」
「あの時のソフィア嬢ちゃん達の様子を、きちんと観察していれば分かったはずだ。これから、すぐに戦いになるってことはな……」