40話 捜索
僕達が辿り着いた町には、正規軍の兵士が何人もいた。
皆、必死に動き回り、様々なことを叫んでいる。
ただ事ではない様子に、僕達は何かがあったことを悟った。
「おい、どうしたんだ!」
首領が、その場を仕切っているらしい兵士に声をかけた。
「おお、ディーンさん! 実は、この町の近くにある村が、爆破されました!」
「ちっ、遅かったか!」
「待ってください! 爆破の予定時刻まで、まだ時間があるはずです!」
僕の指摘に、兵士は首を振った。
「その村は、この町などと比べて小さいですから……魔力が回復しきる前に、爆裂魔法を放ったのでしょう」
「くそっ……!」
「魔生物の姿は、目撃されましたか?」
ソフィアさんが質問すると、兵士は再び首を振った。
「いいえ……その村の生存者は、爆破された地点から遠くにいた者ばかり。目撃した可能性がある者は、全て亡くなりました」
「その村はどこですか? 魔生物を見つけて、必ず葬ります」
兵士は、村がある方向を教えてくれた。
僕達は、その村を目指すことにした。
姿が分からない魔生物は、僕達にとって脅威だ。
しかし、ソフィアさんがいれば、相手の正体を見破れるかもしれない。
それに、相手は爆裂魔法を使ったばかりだ。きっと、今は消耗しているに違いない。
すぐに発見できれば……倒せる!
これ以上長引かせてはいけない。相手に回復する時間を与えれば与えるほど、こちらが不利になるのだ。
何より、これ以上の犠牲は避けなければならなかった。
目的地の村は、酷い状態だった。
多くの家が吹き飛ばされ、畑も一部が消し飛んでいる。
そうでない部分の作物も、多くが傷んでしまったようだった。
正規軍の兵士達が、今でも周辺の探索を行っている。しかし、怪しい人物は発見されていなかった。
兵士達は、街道は勿論のこと、村周辺に広がる森の中も捜索しているようだった。
当然ながら、多くの人員を投入し、丹念に調べているのだろう。それでも見つからない、ということは、瞬間移動で遠方まで逃げてしまったのだろうか?
しかし、爆裂魔法と防御魔法で大量の魔力を消費し、さらに瞬間移動まで使う、というのは、どれ程の魔力があれば可能なのだろう……?
「魔生物は、抹消者のように姿を消す可能性がありますね」
ソフィアさんが、そんなことを呟いた。
「ちょっと待ってください! そんなことが出来るなら……もう、どうしようもないじゃないですか!」
「いや、もしそうだったとしても方法はあるぜ。森の中で探索してる連中を、全員引き揚げればな」
「……まさか、探知魔法で捜すんですか?」
「決まってるじゃねえか。今までの魔生物の動き方から、色々なことが推測できるが……傾向として、山や丘のある方向は避けているらしい」
僕は、村の近くにある丘を見上げた。
首領の話が確かなら、魔生物はあちらには逃げていないことになる。
それだけでも、逃走経路を絞りやすくなるはずだ。
「他にも、奴は円を描くように動いていることが分かる。どうだ、捜してみる気になったか? やるなら、大精霊を保有しているお前しかいない。迷ってる暇はねえぜ?」
確かに、相手が姿を消すとしたら、それしか方法はない。
「……やります。首領、軍の人と交渉してください」
「お前、昔から決断は早いよな。任せろ」
交渉は、簡単には進まなかった。
結局夜になり、兵士達が通常の探索を打ち切るまで待つことになってしまった。
これ以上探索を続けても、視界が悪い状態で魔獣や猛獣に襲撃されて、無用な被害を出す恐れがある。
そのように判断された時点で、僕達の探索が優先されることとなった。
兵士達は、明かりを確保することに協力してくれた。多くの者が、松明を掲げて森の中を照らす。
「ソリアーチェ!」
僕が精霊を呼び出すと、兵士達はどよめいた。
首領とソフィアさんも精霊を呼び出している。
ソフィアさんの後ろには、アヴェーラとファレプシラの両方がいた。
僕は探知魔法を使う。森の中の、様々な生き物の存在が伝わってきた。
「群れている生き物は無視します。付いて来てください」
皆に呼びかけ、僕達は森の奥へと進んだ。
探索は、簡単には進まなかった。
慣れない森の中を、慎重に進まなければならないのだ。
これ程の大勢で進めば、当然動物に勘付かれる。逃げる相手の正体は、全て首領が確認してくれた。
「ルークの魔力は無駄遣い出来ないし、ソフィア嬢ちゃんにこの役は任せられないからな」
首領は、そう言って笑った。
途中で、襲ってきた魔獣や猛獣は、全て首領が一人で仕留めてくれた。
病の後遺症で能力が落ちているとは思えない、完璧な仕事だった。
夜明けが近付いてくる。
さすがに、全員が疲れてきていた。
「あちらに行けば、小さな集落があります。ディーンさん達は、そこで少し休んでください」
兵士の一人に促され、僕達はその集落に向かった。
集落に着いた時には、空が明るくなり始めていた。
「おっ? あいつは……」
首領が、集落の中で誰かが立っているのを見て呟いた。
その人物は、金髪の男だった。どうやら冒険者のようだが……。
「エクセスさん、こちらにいらっしゃったのですか」
ソフィアさんが、その人物に声をかけた。
「エクセスさんって……剣聖エクセス!?」
僕は、その男の正体を知って、改めて見る。
聖女様以外の大精霊保有者と会うのは、これが初めてだった。
「この坊主が剣聖だって? 俺に言わせりゃ、こいつの腕なんて二流もいいところだぜ?」
首領が呆れたように言ったので、エクセスさんは苦笑した。
「ディーンさんは相変わらず厳しいな。そちらの女性は……確か、聖女様のパーティーにいらっしゃった方ですよね?」
「ソフィアです。またお会いできて嬉しいです」
「貴方がここにいる、ということは、聖女様もエントワリエに到着したのですか?」
「いいえ、私は既にヨネスティアラ様のパーティーから抜けておりまして……」
「そうでしたか……そちらの男性は? その精霊は……大精霊ですよね?」
エクセスさんは、僕とソリアーチェを見て不思議そうにしていた。
「はっ、はい! 僕は、ルークといいます! この精霊は、聖女様から頂いたものでして……」
「そうだったのか。君も、魔生物を討伐するために来たんだろう? 活躍に期待しているよ」
エクセスさんは、人の良さそうな雰囲気で、髪の色を除けば、普通の人と大して変わらないように思える。
こう言ったら失礼だが、あまり凄い人に見えない。少し拍子抜けした。
エクセスさんは、元々貴族の家に生まれたのだが、才能を見込まれて大精霊を授かり、冒険者になったという。
そのような生まれであるだけに、育ちは良さそうだが、不思議なほど威厳のようなものを感じない。
「この辺りにも、不審な人物はいなかったのか?」
首領の質問に、エクセスさんは頷いた。
「ええ。魔獣や猛獣の類は散々仕留めましたが、魔生物らしきものは見ていませんね。森の中で迷子になっていた、幼い兄妹を保護した以外は、特に変わったことはありませんでしたよ」
「その子供達は、どこから来たんですか?」
僕が尋ねると、エクセスさんは声をひそめるようにして言った。
「……それが、どうやら魔生物に爆破された村に住んでいるらしいんだ。あの子達は、爆破された場所から離れた丘で遊んでいたらしい。それで、爆発に驚いて逃げたらしいんだけど、森の中で迷ったらしくてね」
「ちょっと待ってください。その子達は、村が爆破されて、遠くに逃げようとしたんですか?」
ソフィアさんが、怪訝な様子で尋ねた。
「そうですが……それが何か?」
「随分と冷静ですね。まだ、小さな子供なんでしょう? 普通は、爆破された場所に駆け付けようとするのではないですか?」
「そういうものでしょうか……?」
ソフィアさんの言葉がピンとこなかったのか、エクセスさんは首を捻った。
「その子達は、今どこに?」
「俺達は、あの離れを借りて一晩休んだんです。そこに、仲間と一緒にいますよ」
エクセスさんが、近くにある小屋を指差して言った。
「その兄妹を保護したのはいつですか?」
「昨日の夕方ですが……まさか、あの子達を疑っているんですか? 魔生物が同時に二体現われるなんて、聞いたことがありませんよ?」
「片方だけが憑依された可能性だってあります」
「……まあ、心配なら確認してください。片方だけが突然別人になったら、もう片方は気付くと思いますけど」
僕も、ソフィアさんは心配のしすぎだと思ったが、相手の心を読んでしまえば済む話だ。
僕達は、その兄妹と会うことにした。