39話 予知能力
僕は、ソフィアさんと首領に連れられ、魔生物の出現が予測される村へと向かった。
移動には、コミュニティの馬車を使った。御者は、コミュニティの冒険者である。
「なあ、ソフィア嬢ちゃんと聖女ちゃんの間では何があったんだ?」
「その話はやめてください」
ソフィアさんは、首領を睨み付けて言った。怖い。
「いいじゃないか、教えてくれても」
「プライベートなことですので」
「ひょっとして、好きな男でも取り合ったのか?」
「……酔っ払いみたいですよ?」
ソフィアさんが殺気を放っている。
セリューで盗賊団のメンバーを拷問した時ですら、これほどの圧力は感じなかった。
「まあまあ、そんなに怒るなよ」
「……貴方の部下にならなくて正解でした」
「ルーク、どうしてこの嬢ちゃんと組んだんだ?」
「それは……」
ソフィアさんの様子を窺ったが、特に僕を止めようとする様子は無い。
僕は首領に、コミュニティから離れた後の出来事を、簡潔に説明した。
「……それじゃあ、ソフィア嬢ちゃんは、聖女ちゃんが紹介した宿を拠点にして活動してたのか。どうしてだ?」
「……少し興味が湧いただけです。それと、宿の主人が、とてもいい方だったので」
「聖女ちゃんに未練があるんだな」
「いけませんか?」
「いや? その、意外と女々しい感じ、嫌いじゃないぜ?」
「……」
どうやら、この二人の相性は悪いようだ。
僕は話題を変えることにした。
「そういえば、魔生物が次にいつ爆発を起こすが、予測はできますか?」
僕が尋ねると、首領は頷いた。
「今までのペースから考えると、次の爆破まで、あと半日程度だろう」
「それまでに、魔生物を見つけないといけませんね……」
「いざとなったら、多少乱暴な手段を使うしかないかもしれません」
ソフィアさんが怖いことを言う。セリューでの暴走を思い出して、僕は震えた。
「何だ? 疑わしい奴は、片っ端からぶん殴るのか?」
「それもやむを得ないでしょう」
「ははっ、そりゃいいや!」
こんなところだけ、意見を一致させないでほしい。
そんなことがバレたら、一体どれだけ非難されるか!
「おいルーク、本気で心配するなよ? ソフィア嬢ちゃんは、相手に触れずに心を読む魔法が使えるんだからな」
「えっ!?」
そんな話は初めて聞いた。そもそも、そんな魔法が実在するのか!
確かに、噂では聞いたことがある。
離れた相手の心を読む魔法が存在する、といった類の話は。
しかし、そういった噂は、世の中で大量に飛び交っている。
中には、荒唐無稽なものもたくさんあるのだ。
そんなものを、イチイチ真に受けているわけにはいかない。
だが、本当にそんな魔法が使えるなら……僕が考えていたことは、全て筒抜けだったのか!
僕がソフィアさんの方を見ると、彼女は困った様子で言った。
「あの魔法は、精霊を保有している方に気付かれないようには使えませんよ? だから、ルークさんやリーザ達の心を読んだりはしていません」
それを聞いて、僕はとても安心した。
確かに、自分に対して魔法が使われれば、どのようなものであっても精霊が警告してくれる。
新たに開発された魔法であっても、それを防ぐことなど不可能だろう。
「逆に言えば、精霊を保有していない相手には使えるってことだろ?」
「魔生物に対して使ってもバレますよ。相手自身が魔力を保有しているのですから」
「バレても構わねえよ。戦って、勝てばいいだけだ」
「……あの、どうして首領が、ソフィアさんの魔法を知ってるんですか?」
「その魔法を開発したから、ソフィア嬢ちゃんは天才だと言われたのさ。テレパシーは、相手が受けるつもりじゃないと使えないからな。それを、相手の同意が無くても盗み聞き出来るようになったら、戦略が立てやすくなるだろ? 俺も、新しい魔法を開発したことはあるが……あの魔法は別格さ」
「ですが、あの魔法は欠陥品です。結局、使えるのは私自身だけですから。……いえ、精霊はこの魔法と同じような能力を、既に使っているはずです。あの魔法は、それをヒントにして開発しましたので」
「そういえば……」
精霊は、自分や宿主に向けられた感情を正確に読み取る。
だから、純粋な好意で撫でられたのか、下心を込めて撫でられたのか、といったニュアンスを読み取ることも出来るのだ。
そこまで考えて、僕は気付いた。
ソフィアさんは、異常に勘が良かったが……それは、心を読む魔法を使っていたからではないのか?
ドウン氏やスラムの男は、精霊を保有している様子は無かった。
ということは、心を読んでも勘付かれなかったかもしれない。
いや、しかし、魔法を使う際には精霊を呼び出さなければならないはずだ。
スラムの男はともかく、ドウン氏の前でソフィアさんが精霊を呼び出したことはなかった。
僕の考え過ぎだろうか……?
「ようやく着いたな。ここが、目的の村だ」
首領が言った。
小さな農村だ。おそらく、エントワリエに作物を売って生計を立てているのだろう。
「もし魔生物がここを狙ってるなら、そろそろこの近くに現われるはずだ」
「取り敢えず、村長にご挨拶をしてから、この近くで見慣れない人物を見なかったか、村人に聞き込みましょう」
僕達は、村長の家に向かった。
村人達は、僕達を見ると激しく警戒した。すぐに家に逃げ込んでしまう。
その様子から、彼らは、人の姿をした化け物がいる、という話を知っているようだった。
「木造の家に閉じ籠もっても、爆裂魔法で死ぬことには変わりないんだが……」
首領は、呆れた様子で言った。
「困りましたね。これでは、情報は聞き出せそうにありません」
「小さな村は、元々部外者に対して閉鎖的ですからね……」
群れている魔生物なんているはずがないのだが、彼らにはその程度の知識も無いらしい。
群れるほど魔生物が現われたら、それは人類の存亡の危機である。
村長も、僕達のことを疑っている様子だった。
しかし、ソリアーチェを見せると、腰を抜かしそうな様子で僕達を招き入れてくれた。
村長は、こちらの質問に全て答えてくれた。
しかし、その答えは「他所者は最近見たことがない」「正規軍が数日前に来たが、異常が無いことを確認して帰って行った」「とにかく心配だ」といった内容だった。
念のため、最近様子がおかしい村人がいないかも尋ねた。
魔生物が、人間に憑依した事例もあるからだ。
しかし、村長は首を振った。村人達は、魔生物のせいで気が立ってはいるが、それ以外に変わったところはないらしい。
僕達は、魔生物に関する基本的な知識を伝え、意味のある警戒をするように忠告した。
僕達は、次の目的地として、少し離れた場所にある町を選んだ。
馬車に揺られながら、僕は疑問を口にする。
「あの……新しい魔法は、他にも何か開発したんでしょうか?」
「それは……」
ソフィアさんは、僕の質問に困った様子だ。まだ、何か隠しているのだろうか?
「そりゃあ、ソフィア嬢ちゃんは本物の天才だからな。他にも、色んな魔法を開発しただろ? 時間を移動したり、人格を入れ替えたり、記憶を操作したり……」
「……!?」
首領の言葉を聞いて、僕の頭は真っ白になった。そんな馬鹿な!
「人の失敗談をぶちまけないでいただけませんか? それらは、全て失敗した研究です」
ソフィアさんが、首領をジト目で睨んだ。今まで見たことの無い表情だ。
「いいじゃねえか。色んな挑戦が、成果を生むことだってある。抹消者の魔法を使わなくても、姿を消せる魔法の研究だってしたんだよな?」
「それも失敗しましたよ。光を攪乱しても、姿を消すことはできませんでしたので……」
「そうだ、未来予知は成果があったんだろ? それだけでも、大したもんだ」
僕は、今度こそ驚愕した。未来予知だって!?
「……成果と呼べるようなものではありませんよ。殆ど失敗と言ってもいいでしょう」
「いや、充分だろ? 一瞬先の未来を見る……これは、接近戦になったら凄く役に立つはずだ。相手の攻撃を、紙一重で避けられるんだからな」
「一瞬先の……未来が見える?」
「本当に、大したことではないのです。例えば、石を拾った人がいたとして、これからそれを投げようとしている、といったことは状況から推測できるでしょう? あの魔法は、周囲の状況を正確に読み取る魔法です。言い換えれば、少し勘が良くなる、程度の話ですよ」
「!?」
ソフィアさんは自嘲するように言ったが、それは重大な発言だった。
「勘が良くなる」だって!?
ソフィアさんが異常なほど勘がいいのは、その魔法のせいだったのか!
……いや、その魔法だって、精霊が姿を現している時しか使えないはずだ。
ソフィアさんの勘がいいのは、魔法とは関係のないことなのだろう。
僕は、必死に動揺を隠した。勘の良いソフィアさんには、僕が考えていることなんて、魔法など使わなくても筒抜けなのかもしれないが……。




