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37話 首領ディーン

「男性と二人だけで旅なんて、初めてです」

 御者台のソフィアさんは、何故か嬉しそうに言った。

 まるで、デートにでも出かけるかのような口調だ。

 これから、命懸けの戦いに臨むような雰囲気ではない。

「随分と楽しそうですね……」

「だって、魔生物と戦ったことなんて、ヨネスティアラ様のパーティーにいた時ですら一度しかなかったんですよ? こんな経験、もう出来ないかもしれないですから」

「怖くないんですか?」

「いいえ、全く」


 ソフィアさんからは、緊張感や覚悟のようなものが、全く感じられなかった。

 ……やはり、この人は普通じゃない。

 これから戦いに行く相手は、大精霊さえいれば勝てる、といった相手ではないのだ。

 強力な爆裂魔法を使う、魔生物なのである。

 それと戦うことを、楽しみにするなんて……。


 無論、僕だって何の対策も考えていないわけではない。

 三角錐の障壁を展開して、爆裂魔法から身を守る研究をしているのだ。

 しかし、その方法では、どうしても障壁が不安定になってしまう。通常、三角形の障壁を展開することなど無いからだ。

 現状では、むしろ、立方体の障壁の方が安全だと思えた。


「それにしても、ソフィアさんが馬車を操れたなんて、驚きました」

「器用さが支援者の取り柄ですから。久し振りで、少し不安でしたが……感覚を忘れてはいないようです」


 御者を雇うお金を節約したかったので、ソフィアさんがその役割をこなせて、とても助かった。

 馬車の操縦は3年ぶり、などと言っていたので不安だったが……今のところは問題無さそうだ。

 それからしばらくは様子を見ていたが、問題無さそうだったので、僕は魔生物について質問することにした。


「ところで、ソフィアさんが以前戦った魔生物は、どんな姿をしていましたか?」

「虫を大きくしたような姿でした。脚が10本以上あって、近くで見ると迫力がありましたね。シルヴィアは、泣き叫びながら魔法を乱射していましたよ」

「へえ……」

 いかに相手がグロテスクであっても、あの気の強そうな女性が泣き叫ぶなんて……想像がつかなかった。

「それで、その魔生物はどうやって倒したんですか?」

「特に変わったことはしませんでした。脚を斬り飛ばしたり、魔法を撃ち込んだりして弱らせて、最後に頭を潰しました。魔生物の身体の頑丈さは、普通の生物と大して違わないことが多いですから。『ドラゴン』と呼ばれた魔生物は、硬い鱗に覆われていたらしいですが……」

「僕が全力で魔法を撃ち込めば、相手にダメージを与えられるんでしょうか?」

「少なくとも、私が戦った魔生物が相手なら、問題無かったはずです。シルヴィアの魔法でも、相手の障壁を撃ち抜けたので。ですが、テッドさん達が負けたとなると……あの時の魔生物よりは、高い魔力を持っているのかもしれません」


 この際なので、僕は今まで気になっていたことを尋ねた。

「あの……大丈夫ですか? 全然余裕が無くて、嘆き悲しむ時間なんて無かったと思いますけど……テッドさんが死んで、ソフィアさんはショックでしたよね?」

「どうしてですか?」

「えっ……」

「テッドさんとは何度もお話ししたことがありますが、それほど親しい間柄ではありませんでしたので。悲しいとは思いますが、それだけです」

「……」


 ソフィアさんは、キョトンとした様子である。

 強がっているような様子は無い。

 この人は……テッドの好意に、全く気付いていなかったのか……!?


 僕は、思わず手を合わせた。

 テッド……化けて出ないでくれ……。


 僕達は、順調に目的地へと向かった。

 男女二人だけの旅路だが、リーザが懸念していたような事態にはならなかった。

 まあ、今は非常時なので、そんなことをしている場合ではないのだが……。


 特筆すべきこととしては、宿泊する度に、ソフィアさんに「同じ部屋に泊まりましょう」と提案されたことだ。

 当然全て断った。そんなことをしたら、確実に理性を保てなくなるからだ。


 旅の途中で、僕はソフィアさんに尋ねた。

「そういえば、爆裂魔法で町を吹き飛ばすのって、精霊でいえばどの程度のランクで可能なんでしょうか?」


 魔法は、一般的に、効果範囲が広ければ広いほど魔力を消費する。

 一瞬とはいえ、町全体を対象にした魔法を使うなんて、僕には想像できない。


 ソフィアさんは、少しの間考えてから言った。

「小さな町でしたら、おそらく、AAAランクの精霊を保有する魔導師ならば可能ではないでしょうか? 無論、爆裂魔法の訓練を、充分に積んでいることが条件ですが」

「えっ……? 大精霊の保有者でなくても可能なんですか?」

「魔導師は、一瞬だけ多量の魔力を放出する魔法が得意ですからね。ルークさんだって、訓練を積めば可能だと思いますよ? ただし、そんなことをすれば、しばらくは精霊を休ませる必要があると思います」


 だとすると、魔生物が魔法を使う頻度が問題になる。

 魔生物には未知の部分も多いのだが、精霊だって魔生物の一種だ。

 いかに強大な魔生物でも、多量の魔力を消費したならば、精霊と同様に、回復するのには時間が必要なはずである。

 もしも、町や村を吹き飛ばす程の魔法を連発できるとしたら……これ程の脅威はないだろう。


 そこまで考えて、僕はあることに気付いた。

「そういえば、魔生物の身体は、それほど頑丈ではないんですよね? だとしたら、どうして自分の爆裂魔法に巻き込まれても無事なんでしょうか?」


 爆裂魔法のような扱いづらい魔法を、指向性を持たせて使うことは難しい。

 かといって、遠く離れた場所を爆破することも難しいのだ。

 人間の魔導師が滅多に爆裂魔法を使わないのも、自爆してしまうことが怖いからである。


「それは私も気になっていました。ひょっとしたら、爆裂魔法と同時に、障壁も展開しているのかもしれません」

 ソフィアさんの言葉を聞いて、改めて恐怖を覚える。


 町を吹き飛ばす程の魔法と同時に……それを防ぐほどの障壁を展開するだって!?

 そんなことは、大精霊がいても出来るはずがない。とても人間には不可能だ!


「あるいは、『ドラゴン』のような頑丈な身体を有しているのかもしれません。いずれにしても、強敵には違いありませんね。テッドさん達が敵わなかったわけです」

 ソフィアさんは、緊迫感のない声で言った。


 僕達は、そんな化け物とこれから戦うのか……。

 やはり、今回の戦いは厳しいものになりそうである。


 魔生物が暴れ回っているのは、エントワリエという都市の近くだ。

 エントワリエは大都市である。もしも、ここが魔生物に爆破されれば、数万人の命が失われるかもしれない。

 領主様が、早く魔生物を仕留めたいと考えるのは当然である。


 エントワリエは厳戒態勢だった。

 元々街全体が壁に覆われており、中に入るためには門を通らなければならないのである。

 しかし、門番達は攻撃的だった。通行証を持たない者は、誰も中に入れない、といった姿勢だ。


「今、この街に他所者を入れることは出来ん! 入りたければ、AAAランク以上の精霊を見せてもらおう」

 門番に威嚇されて、僕は要求に応じることにした。

「ソリアーチェ!」

「……!!」

 僕の精霊を見て、門番達が狼狽える。

「だ、大精霊!? そんな、まさか……!」


「私達は招集に応じてここに参りました。通していただけますか?」

 ソフィアさんが、にこやかな表情で語りかける。

「いや、しかし、そんなはずは……!」


 おそらく、門番の男は大精霊の所有者を全員知っているのだろう。

 突然現われた僕に戸惑い、どうしていいのか分からない様子である。


「ヨネスティアラ様は、このルークさんのことをご存知です。あの方はどちらにいらっしゃいますか?」

「それが……聖女様は遠方にいて、エントワリエに来るには、あと2日は必要だそうです」

「では、エクセスさんはいらっしゃいますか? 私は、あの方と面識があります」

 ソフィアさんが名前を挙げたのは、剣聖と呼ばれる大精霊の保有者だ。

「実は現在、大精霊を保有する方々は、魔生物を探索するために出払っております」

「それは困りましたね……」

「あの、そもそもどうして人の出入りを制限するんですか? 進入を防ぎたいのは魔生物でしょう?」

「それは……」


「魔生物がどんな姿をしているかが分からないからだ」

 突然、門の内側から男の声がした。

 それと同時に、一体の精霊が僕の方へ飛んでくる。

 その精霊は、僕の回りを嬉しそうにクルクルと飛び回った。

「……コーディマリー!?」

「ルーク!」

 女性の驚いた声がした。そちらを見ると、やはりそこにいたのはステラだった。クラフトさんとポールも一緒だ。


 そして、先程僕達に向かって喋ったのは、ステラ達と一緒にいる中年の男だった。

「首領……!」

「ようルーク、久し振りだな」


 冒険者ディーン。その男は、かつて僕が所属していた冒険者コミュニティの首領だった。

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