34話 招集
僕達は、バーレへの帰路に着いた。
その半ばで、僕達は驚くべき話を耳にした。
「バーレだって? あんた達、気の毒だったな」
その日、僕達は小さな町の宿の主人から、「どこの冒険者だ?」と尋ねられた。
バーレの冒険者だと答えると、何故か同情されてしまった。
「気の毒って、何がですか?」
「……あんたら、知らないのか? 暫く前に、バーレの有力な冒険者が、何人も魔生物に殺されたってことを」
「えっ!」
「……その話、詳しく教えてください」
ソフィアさんに迫られて、宿の主人は困った様子だった。
「俺だって、詳しくは知らないんだが……半月ほど前に、バーレの有力な冒険者が集まって、魔生物の討伐に向かったらしい。だが、そのメンバーは全員返り討ちに遭ったって話だ」
とても信じられない話だった。
テッド達が……全滅だって?
「それで、とても並の冒険者では太刀打ちできないって話になったらしい。領主様の正規軍が、既に討伐のために出撃しているはずだ。AAAランク以上の精霊を保有している冒険者には、その手助けを求める招集が発令されたらしい」
「何ですって!」
リーザが、青ざめた顔で叫んだ。
そこまで深刻な事態に陥っているとは……。
「ルークさん、呆然としている場合ではありませんよ?」
ソフィアさんが、そんなことを真顔で言ってくる。
どういう意味だ……?
理解できず混乱する僕に、リーザが近付いてきて、小声で言った。
「貴方、気付いてないの!? 貴方だって大精霊の所有者なんだから、今回の招集の対象なのよ!」
「えっ……?」
僕が、招集の対象者……?
「そんなことってあるの? 招集の対象者は、既に活躍してる、聖女様みたいな人達だけでしょ?」
僕の質問に、ソフィアさんが深刻そうな表情で答える。
「誰も、そんなことは言っていませんよ? 招集対象に何の条件も付いていないからには、ルークさんは除外されないということです」
「でも、僕が行ってどうするのさ? 僕は、足手纏いになるからって理由で、テッドに依頼への参加を断られたんだよ?」
「テッドは、貴方が大精霊の所有者だということを知らなかったわ。知っていたら、参加を断らなかったかもしれないじゃない」
……僕が、大精霊の所有者として招集される?
魔生物と、戦うのか!
事態の重大さを認識して、僕は段々怖くなってきた。
話を聞いていたラナも、ようやく内容が理解できたのか、慌てた様子で叫んだ。
「待てよ! ルークは、まだ力を制御できるか分からないんだぞ? もし戦いに参加して、魔法を暴発させたらどうするんだ? 最悪の場合、味方を何人も死なせるかもしれないぞ!?」
「そんな事情、招集した側はご存知ありませんよ」
「そもそも、ルークが大精霊の所有者だって、殆どの人が知らないだろ! だから、ルークは招集対象に含まれてないはずだ!」
「確かに、領主様や、他の国政を司る方々は、ルークさんのことをご存知ではないでしょう。ですが、大精霊を所有していることを隠して、招集を無視したと知られたら、後で大問題になります」
「そんな無茶苦茶な!」
「ラナ、貴方……ルークが招集を拒否して、その後にソリアーチェのことが知れ渡ったら、どうなるか分かってるの? きっと、世の中の人達から、臆病風に吹かれたと思われるわ。そんなことになったら、ルークの信用は地に落ちたまま、永遠に復活することは無いわよ?」
「それだけでは済みません。私達の宿も、激しい批判に晒されるでしょう。きっと、私達に依頼を出すことは悪だという風潮が、世間に広まってしまいます」
「そんなことって!」
あまりの話に、僕も叫んだ。
仮に僕が逃げたとして、宿の皆まで巻き添え、というのは酷過ぎる話だ。
「大精霊を宿す、ということは、それだけの責任を伴います。ルークさんだってご存知でしょう?」
「……」
確かに、大精霊を宿している者は大きな責任を負う。そんなことは分かっていたはずだ。
人々の、精霊の存在意義に関する認識は意見が分かれているが、強力な精霊を宿す者はその責任を果たすべきだ、という意見については一致している。
いつまでも「宿を立て直す」などという目標に専念できないことは、分かっていたことだ。
いや、いざこうなってみると、分かっているつもりだった、と言うべきかもしれない。
「……僕は、どうすればいいんだろう?」
途方に暮れてそう呟いた。
「とにかく、一度『闇夜の灯火亭』に帰りましょう? 今回の依頼の達成をクレセアさんに報告して、準備を整えてから出発しても、文句は言われないはずだわ」
「そうですね。条件に合致する冒険者の中にも、遠方にいる方々がいらっしゃるはずですし、他の依頼の途中である方もいらっしゃるでしょう。そういった場合は、直ちに馳せ参じなくても許されるはずです」
一時的に、話は先延ばしになった。
それにしても、まさかテッド達が負けたなんて……。
これも、頭では分かっていたはずだった。
熟練の冒険者が集まっても、魔生物には負けるかもしれない、ということは。
しかし、実際にこうなってみると、衝撃は大きかった。
今夜泊まる部屋で、一人で色々と考えていると、どうしても不安になってくる。
せめて、もっと時間があれば……。
僕が抱える問題は、魔法の暴発だけではない。
明らかに、大精霊の能力を活かせていないのだ。
瞬間移動の魔法は、発動こそしたものの、とても拙いものだった。
聖女様のパーティーにいた支援者の少女の魔法とは、雲泥の差だ。
精霊の能力は、僕の方が上だというのに……。
こんな未熟な僕が参戦してもいいのだろうか? 単に、足を引っ張るだけではないだろうか?
しばらく迷ったが、僕はソフィアさんに相談することにした。
あの人は、聖女様の仲間として、世の中の人々のために闘ってきたのだ。何らかのアドバイスは貰えるだろう。
そう思い、僕は部屋から出ようとした。
部屋の扉を開けると、そこにソフィアさんが立っていた。
「うわっ!」
僕は叫んで飛び退いた。
ソフィアさんは、僕の部屋の中に入ってきた。
「大分お悩みのようですね?」
「いや、どうしてこのタイミングで!? まさか、廊下でずっと待ってたんですか?」
「いいえ、そろそろご相談にいらっしゃるタイミングだと思いまして」
この人は、どうしてこんなに勘がいいんだろう?
ひょっとして、魔法で心を読まれてたりしないだろうか?
「……というか、そういう事態を想定していたのであれば、わざわざ寝る時の服に着替えなくても……」
僕は、目を逸らしながら言った。
ソフィアさんは、以前と同じナイトウェア姿だった。
隣の部屋とはいえ、こんな格好で出歩くことは感心しない。
第一、男の部屋を訪れる際の服としては不適切だろう。
そもそも、まだ寝るには早い時間だ。どうして、既に着替えているのか?
「この恰好で来た方が、喜ばれると思いまして」
「いや、喜びませんから!」
「ですが、前回の時は私のことを、とても嬉しそうに見ていましたよ?」
「嬉しそうにはしてないでしょう! それに、もしそうだったとしても、そういう期待には応えるべきではありませんよ!」
「そうなのですか?」
僕は頭を抱えた。この人の価値観は理解できない。
決して、僕を誘惑するためにやっているわけではないだろう。だからこそ理解できないのだ。
「そんなことより、ルークさんのご相談のことなのですが」
ソフィアさんの格好のことは、若い男性にとっては重大な問題なのだが……敢えて、ここは軽く流すべきなのかもしれない。
そんなことを気にしている場合でないことも確かだ。
「……一体、僕はどうすればいいんでしょうか? テッド達を全滅させるほど強大な魔物を、僕が倒せるのでしょうか?」
「そんなに深刻に考えなくても大丈夫ですよ」
「いや、充分に深刻でしょう!?」
「ヨネスティアラ様だって、一人で戦っているわけではありません。いくらルークさんが大精霊の所有者であっても、一人で魔生物を倒すように命じられたりはしませんよ。そもそも、貴方やヨネスティアラ様に求められているのは、正規軍の手助けです」
「……」
「大丈夫です。貴方は、今すぐ英雄にならなくても。ソリアーチェや、皆さんの力を信じて戦ってください」
「……何だか、人任せみたいで悪い気がします」
「今は、人任せになってしまっても、よろしいのではないでしょうか? 貴方は、いずれヨネスティアラ様のパーティーに加わって、世界中の人達を救うような活躍をするのでしょう?」
「……僕を慰めるために言ってるんじゃないんですね。聖女様の仲間だった人の言葉とは思えないのに……それが、貴方の本音みたいだ」
「当然です。期待に応えるために必死になって、無理をし続けたヨネスティアラ様を、私は間近で見ていたのですから。世の中の人達は、そういった姿勢を高く評価するのかもしれませんが……私は、そういう人が嫌いです」
衝撃的な発言だった。
聖女様の仲間だったソフィアさんが、聖女様を否定するような発言をするなんて……。
「……ひょっとして、ソフィアさんって、本当は聖女様と仲違いして別れたんですか?」
思いつきで尋ねたのだが、ソフィアさんはかなり動揺した。
「……そうですね。そういった側面は否定できません」
それは、驚くべき言葉だった。
ソフィアさんの目は、少し潤んでいるように見えた。
踏み込んではいけないところに、踏み込んでしまったかもしれない。
「……すいません。慰めてもらっているのに、貴方を傷付けるようなことを言ってしまって……」
「いいんですよ。私も、今までずっと、誰かに聞いてほしかったのかもしれません……」
そう言って、ソフィアさんは僕に笑いかけてきた。
「いずれ、きちんとお話しします。ヨネスティアラ様との間に、何があったのか……」
「……今日は、ありがとうございました。あの……部屋まで送りますよ。隣ですけど……廊下に誰かいたら、大変ですから」
「まあ、ありがとうございます」
ソフィアさんは、何が大変なのかについては、相変わらず理解していない様子だった。




