30話 抹消者オクト
抹消者は、攻撃する瞬間には魔法を解除し、姿を現わす。
しかし、レイリスが姿を現わしたのは、ガルシュまで数歩分の距離がある地点だった。
そして、レイリスは地面に倒れ伏した。転んだのではなく、意識を失っているように見えた。
「何だ、このガキは!」
突然現われたレイリスに、ガルシュが驚く。
「……この娘は、俺と同じ抹消者だ」
ガルシュの疑問に、どこからか現われた男が答えた。
「こいつ、俺を狙ってたのか! 全く、油断も隙も無いな!」
「だからこそ俺がいる。この娘は、獲物を狩る技術は高いが、同じ能力を持つ相手に狙われた経験は無いようだ。それが命取りになったな」
言いながら、新たに現われたその男は、こちらに視線を向けた。
「それで隠れているつもりか?」
こいつは、凄まじい手練れだ。
まさか、レイリスがここまであっさりと負けるとは……。
僕の探知魔法の効果範囲外から、レイリスが接近するのを待って攻撃したのだろう。
精霊の能力が1ランク上回っているとはいえ、彼女に接近を気付かせずに攻撃するのは簡単なことではない。
こんな能力を持っている抹消者は、当然一人しかいないだろう。
「……お前がオクトだな!」
言いながら、僕は飛び出した。
同時に、相手に向けて攻撃魔法を放つ。
しかし、オクトは少し身体を捻って魔法を躱した。
「なっ……!」
「素人め。大きさの割に精霊はなかなかの性能のようだが、それだけだな」
オクトは淡々と呟いた。
攻撃魔法は、発射されてから動いて回避できるようなものではない。
ましてや、少し体を動かしただけで避けるなど、撃つ前から完全に射線を予測していないと不可能だ。
そんな人間離れしたことを、これほど淡々とやってのけるとは……!
オクトは、レイリスを抱えて、意識を失った彼女の喉にナイフを突き付ける。
「丁度良い。この娘は、警備隊から逃げる時の人質とさせてもらおう」
「くっ……!」
レイリスを人質に取られた状態で、僕に使える魔法は限られている。
しかし、このままオクト達を逃がしても、レイリスが無事で済むとは思えない。
ソフィアさん達がここに来るのには、もう少し時間がかかるだろう。
僕は、覚悟を決めた。
全力を出すために、僕はソリアーチェを縮める魔法を解除した。
「!」
オクト達の目が、驚愕に見開かれる。
そのタイミングで、僕は今まで殆ど試したことの無い魔法を使った。
かつて、聖女様の仲間である支援者の少女が使った、瞬間移動の魔法だ。
その一瞬後には、僕はオクトの目の前に移動していた。
瞬間移動の魔法を使える者は、テッドの宿にすら殆どいなかったはずだ。
そんな魔法を使ってくる相手がいることなど、想定しておけるはずがない。
いかにこの男が凄腕であっても、想定外の事態が続けば、咄嗟の反応は不可能なはずだ。
僕は、剣を振り上げて、オクトがナイフを掴んでいる腕を斬り飛ばそうとした。
しかし、オクトはレイリスを放り出し、僕の剣を躱した。凄まじい反応速度だ。
奇襲を受けたオクトとガルシュは、僕から距離を取った。
その隙に、僕はレイリスを抱き抱える。
幸い、喉や顔に刃物が当たった様子は無い。呼吸も安定している。
「大精霊だと!?」
ガルシュが、我に返った様子で叫んだ。
「……まさか、お前のような者が、そんな精霊を宿しているとはな」
オクトも、かなり驚いた様子である。
「おい、どうするんだ! いくら何でも、こんな化け物と戦うのは無理だぞ!」
「問題無い。こいつは抹消者ではないようだからな。お前は逃げろ」
「逃がすか!」
僕は、ガルシュの右足を狙って攻撃魔法を放った。
しかし、ガルシュは障壁を展開し、僕の魔法を遮る。
ガルシュの後ろには、Cランクの精霊が出現していた。この精霊も盗まれたものだろう。
「手加減しすぎだな。まあ、周りの家に風穴開けないためには仕方無いか!」
そう言いながら、ガルシュは後退する。
そして、オクトは姿を消した。
ここは住宅街である。あまり強力な魔法は使えない。広範囲攻撃魔法など論外だ。
僕は、探知魔法でオクトの位置を特定し、出力を絞った攻撃魔法を放つ。
しかし、オクトはそれを全て回避しているようだ。当たれば、オクトといえど魔法を維持できないだろう。
このままでは、ガルシュに逃げられ、オクトを倒すことも出来ない。
かといって、意識を失っているレイリスを抱えたままでは激しく動くことは出来ない。彼女を放り出すわけにもいかない。
今度はガルシュの近くまで瞬間移動する、という方法も考えられるが、成功する可能性は低かった。
実は、先程の瞬間移動から、激しい疲労感に襲われているのだ。
慣れない、強力な魔法を使った代償である。
もう一度瞬間移動したら、意識を失ってしまうかもしれない。それは最悪だ。
ガルシュが攻撃魔法を撃ってきた。僕は、障壁でそれを防ぐ。
その隙に、オクトが僕の後ろに回り込もうとする。
それを阻止するために、僕はオクトの前に障壁を展開した。
すると、オクトは一気に僕と距離を取り始めた。
まずい、このままでは逃げられる!
そう思った瞬間、突然オクトが姿を現わして、ガルシュに向かって叫んだ。
「気を付けろ! 複数の人間が近付いて来るぞ!」
「何!?」
「ルーク、無事か!」
遠くから、ラナの声がした。
「ちっ、面倒な!」
ガルシュが方向転換して逃げようとしたので、僕はその目の前に障壁を展開する。
「くそっ!」
ガルシュは、脇に差していた剣を抜いた。
そして、剣に魔法をかけて障壁に斬り付ける。破壊者の魔法だ!
しかし、障壁を破ることが出来ず、剣は弾き返されていた。
やはり、精霊の性能が違い過ぎるのだ。
ラナとリーザとソフィアさんは、加速魔法で一気にこちらへ近付いてくる。
それを見たオクトは、再び姿を消した。




