28話 スラムの男
翌朝、宿にフェデル隊長がやって来た。
何か動きがあった時のために、泊っている場所を伝えておいたのだ。
「お疲れ様です、昨夜はどうなりましたか?」
「……ドウン氏が、殺されました」
「えっ!?」
あまりにも意外な言葉に、僕達は驚愕する。
「ちょっと待ってください! 貴方達は、ドウン氏の屋敷を監視していたのでしょう? だったら、殺人犯が出入りするところを目撃したはずでは!?」
「残念ながら、犯人の姿を見ることはできませんでした」
「じゃあ、屋敷の中にいた人間の犯行……?」
「いいえ。実は、何者かが屋敷の窓を割って侵入したようなのです。内部の人間の偽装、という可能性もありますが……おそらく、オクトという男の仕業でしょう。我々の警備の隙を突いて、ドウン氏を暗殺したに違いありません」
「隙を突いてって……貴方達は、そんなに甘い警備をしていたんですか!?」
「可能な限りのことはしましたよ。ですが、ドウン氏の屋敷はとても広いので、全体を常に監視し続けることは不可能だったのです」
フェデル隊長は悔しそうに言った。
確かに、抹消者から大きな屋敷を守る、というのは難しい注文だ。
オクトの精霊はBランクである。同じ抹消者で監視するとしたら、オクトと同じBランクか、最低でもCランクの精霊を宿している抹消者が必要になる。
だが、そんな者が警備隊に、何人もいるはずがない。抹消者はレアな役割なのだ。
抹消者の数が足りなければ、支援者が探知魔法で発見するしかない。
しかし、探知魔法を一晩中使い続けることなど、たとえ大精霊の保有者でも不可能だ。
魔力の消費量は、有効範囲の広さと比例する場合が多い。広範囲を対象とする探知魔法は、消耗する魔力量も多いのである。
「それでも勝算はありました。オクト一人で盗品を運び出すなら、何日もかけて頻繁に出入りするはずです。何回かは見逃したとしても、発見する機会は充分にあるはずだった。我々としては、不意打ちで隊員が殺されてしまう危険性だけ無くせれば良かったのです。そこで、昨夜はオクトという男への対策として、5人一組でドウン氏の屋敷を監視していました。まさか、あの程度の揺さぶりを受けただけで、ドウン氏の口を封じるとは……」
僕達は甘かった。まさか、オクトがこれほど残忍な性格とは……。
「ドウンさんが殺された、ということは、やはり盗賊団とドウンさんは、共犯関係だったということですよね?」
「はい。ドウン氏の屋敷から、盗品である彫像が発見されました。現在、屋敷の使用人や用心棒を取り調べている最中です」
「オクトと、ガルシュという男は?」
「……どちらも、発見できていません。奴等を逃がさないように、街道を監視してはいますが……」
「そうですか……」
おそらく、屋敷の人間の中には、盗賊団のメンバーが何人も紛れているだろう。
彼らを捕らえることによって、盗賊団はかなり弱体化するはずだ。
しかし、トップとエースが生き残っているのでは、いつ復活するか分からない。
「姿を消すオクトは無理だとしても、せめてガルシュだけは捕まえられれば……」
「そのことなのですが、もう一度スラムに行きませんか?」
ソフィアさんの提案は意外だった。
「どうしてですか?」
「気になることがあるんです。あの倉庫で、もう一度あの方々と会えればいいのですが……」
「また、良くないことを企んでいませんよね?」
フェデル隊長が、疑わしげな視線をソフィアさんに向ける。
「今度は、貴方や警備隊の方々にご迷惑になるようなことはしませんよ」
ソフィアさんはそう言ったが、果たして信用して良いのだろうか……?
僕達が倉庫に着いた時、前回の倍以上の人数が中で待ち構えていた。
事前に約束していたわけでもないのに、驚くべき準備の良さだ。
きっと、僕達が再びスラムを訪れた、ということを、誰かがこの男達に伝えたのだろう。
他のメンバーが殺気立つ中で、リーダー格の男だけは、相変わらず落ち着いていた。
「今回は何の用だ?」
「実は、貴方に確認したいことがあるのですが」
「何だ?」
「オクトという人の話を、どなたから聞いたのですか?」
そう尋ねられると、男は若干動揺した様子を見せた。
「……噂で聞いただけだ。誰から聞いたかは覚えていないな」
「とぼけないでください。おかしいですよね? オクトという人がこの町に来たのは、最近になってからです。警備隊の方々も、ご存知ではありませんでした。そんな方が、どうして噂になるんですか? まさか、オクトという男自身が自慢話を広めているとでも?」
「それは……」
「貴方がガルシュという人だから、ご存知だったのではないですか?」
「違う。ガルシュの奴なら、今頃は女の所だろう」
「女?」
「ドネットっていう、水商売の女さ。以前はスラムに住んでたが、しばらく前に、街の中心に移住したはずだ。オクトという男の情報は、ガルシュがドネットに話したから噂になったんだろう。あいつは、普段は頭の切れる男なんだが……酒と女にはだらしない奴だからな」
「ちょっと、適当なことを言って、誤魔化そうとしてるんじゃないでしょうね?」
リーザは、相手の言葉を信用していない様子だった。
「嘘じゃないさ。仕方が無い、ドネットが働いてる酒場の名前を教えてやる。俺に出来るのはそこまでだ」
男は、僕達に店の名前を告げた。
「……?」
何故だろう……どこかで見た名前のような気がする。
「ねえ、その店って、ひょっとして……私たちが泊ってる宿の近くにある、あの店?」
リーザがそう言うと、レイリスが大きく頷いた。
まさか、そんな場所に手掛かりがあったなんて……。
僕達は顔を見合わせて、溜め息を吐いた。




