27話 大商人ドウン
「困りますよ、勝手に容疑者を拷問したりしては……」
フェデル隊長は、困り切った様子で言った。
「さて、何のことでしょう?」
ソフィアさんは、素知らぬ顔でとぼける。
フェデル隊長は、その反応を予想していたらしく、溜め息を吐いた。
「……まあ、いいでしょう。奴は、盗賊団の中で重要な役目を担っていたようです。これで、奴等の弱体化は避けられなくなるでしょう」
「でも、それだと、盗賊団はしばらく活動しないかもしれないわね。私達が捕らえるのに、それはとても不都合だわ」
リーザが不機嫌そうに言った。
仲間があっさりと捕らえられたことにより、盗賊団が僕達を再び襲う可能性は低くなった。
相手が全く動かなければ、こちらから相手を探し出すのは難しい。
「後は我々にお任せください。奴等は、必ず捕らえてみせます」
フェデル隊長はそう言うが、それでは困る。
オクトを捕らえるのは僕達でなくても良い、ということはテッドとの契約の際に確認してあるが、捕らえたことを確認する必要があるからだ。
街にあまり長く留まれば、費用がかさんでしまう。どうにかして事態を打開しなければ……。
そんなことを考えていると、ソフィアさんが身を乗り出して言った。
「実は、これからのことについて、1つ考えがあります。つきましては、フェデル隊長に協力していただきたいのですが……」
「……一体、何を考えているんですか?」
「大したことではありませんよ。気になることがあるので調べてみる。それだけのことです」
「……詳しいことを話していただければ、考えないこともありませんが」
「警備隊の内部でも、他言無用ですよ? 情報が漏洩したら、作戦が成り立ちませんので」
「ふむ……」
ソフィアさんが話したのは、言われてみれば、どうして気付かなかったのかと思うような、極めて単純な話だった。
しかし、それだけに、試してみる価値はあるように思えた。
「こんな作戦、上手くいくのかしら……?」
決行直前になっても、リーザだけは懐疑的な様子だった。
確かに不安はある。しかし、他に打つ手がないのも事実だ。
「まだそんなことを言ってるのか? 覚悟を決めるしかないだろ?」
「それはそうだけど……」
「リーザ、今のうちに1つだけ、いいことを教えてさしあげましょう」
「……何ですか?」
「ヨネスティアラ様は、元は攻撃魔法も得意でした。しかし、今ではそれを使わないようにしています」
「えっ……?」
リーザは目を丸くする。
「あの方は、自分がより人々の役に立てる方法を模索しました。その結果として、回復魔法のみに特化して、戦闘は仲間に任せたのです。戦うのが嫌で逃げたわけではありません。他の魔法を使って、回復魔法の効果が僅かでも衰えることを懸念したのです」
「そうだったんですか……」
「そのせいで、今のヨネスティアラ様に戦闘能力は殆どありません。ですが、それは自分の力を最も有効に活用するためです。自ら戦った方が人々の役に立てると思っていたら、あの方はそうしていたでしょう。それを忘れないでください」
「……あの、どうして今、そんな話を?」
「話すなら今だと思ったんです。きっと、いずれ役に立つでしょう」
「……」
結局、ソフィアさんの意図は分からなかった。
「それで、儂に何の用かね?」
ドウンという名の老人が、僕達を訝しげな様子で見る。
僕達は、フェデル隊長が書いてくれた紹介状により、この老人と会うことができた。
ドウン氏は、繊維を中心に、様々な商品を売買している商人である。
そして、この街で初めて、盗賊団による大規模な被害を受けた人物だ。
「お元気そうで何よりです。この街で暗躍する盗賊団によって、大変な被害に遭われたそうですね? さぞ気を落としていらっしゃるだろう、と心配していたのです」
予定通りの言葉を、ソフィアさんが言う。
「うむ……幸い、儂にはそれなりの財産があるのでな。かなりの被害ではあったが、寝込むほどの損害ではなかった。しかし、だからといって、あの盗賊団を許すつもりは無いが……」
「でしたら、我々がお力になれると思います。実は、盗賊団を捕らえる方法を思い付きまして」
「ほう……。是非聞かせてもらいたいな」
「盗品の売買ルートを突き止めるのです。そうすれば、盗賊団のアジトを突き止めることが出来るでしょう」
「しかし、そんなことは警備隊だって考えておるだろう?」
「確かにそうでしょう。ですが、警備隊の方々は、一つ見落としていることがあるようです」
「それは何かね?」
「この街の有力な商人が、盗賊団に手を貸している、という可能性です」
「何と!」
ドウン氏は、驚愕に目を見開いた。
「盗賊団は、元々はスラムのコソ泥でした。そんなものを、有力な商人が支援するはずがない……。そのような、この街にずっといることによる思い込みが、捜査の遅れを招いているようなのです」
「……それで、その有力な商人というのは誰かね?」
「そこまでは、部外者の我々には分かりません。今までその可能性を考えていなかった、警備隊の方々にも分らないでしょう。むしろ、貴方であれば疑わしい者をご存知ではないかと思い、本日こちらに参った次第です」
「むう……。確かに、そういったことが可能な者は何人か知っておるが……。むやみに同業者を疑って名を挙げるのは、陥れるようで気が進まんな……」
「当然ながら、捜査は慎重に行います。どうか、我々に力を貸してください」
「……あの盗賊団を捕らえることは、この街のためにも必要なことだ。よかろう。ただし、確たる証拠を掴むまでは、むやみな捜査は行わないように」
「心得ております」
ドウン氏は、何人かの商人の名を挙げた。
案の定、いずれも、事前に仕入れた情報に含まれていた名前だった。
盗賊団が盗んだ品を、売り捌く手伝いをしている者がいるはずだ。
それが、ソフィアさんが指摘したことだった。
フェデル隊長に確認したところ、盗み出された物の中には、高価な宝石や彫像などが含まれているという。
そういったものを、盗賊団はどこかで金に換えているはずなのだ。
警備隊も、そのことは認識しており、セリューやその周辺で、高価な品の取引に目を光らせている。
しかし、盗まれた商品の行方は突き止められていない。
それは、商人が普通の商品と共に、遠方で売り捌いているからではないか?
それがソフィアさんの指摘だった。
実は、フェデル隊長や警備隊の人間も、そういった可能性は考えていたようだ、
しかし、街の有力者である商人達を、大した根拠も無く調べることは難しい。
そのため、きちんとした捜査は行われたことがないという。
捜査を行うと仮定した際に、最初に疑うべき者として、ドウン氏の名前が挙がった。
その根拠として、ドウン氏が金に汚い性格であることや、最初に被害に遭ったのは、自分が疑われないようにするためだと考えられることが挙げられた。
そこで、僕達はドウン氏に揺さぶりをかけることにしたのだ。
ドウン氏を疑っていることを、それとなく示唆することによって、相手を慌てさせることを狙ったのである。
しかし、ドウン氏に狼狽えた様子は無かった。
この作戦は、空振りに終わったようだった。
「皆様も、精霊を保有していらっしゃるのですか?」
ドウン老人から話を聞いた後、屋敷の玄関に向かう途中で、ソフィアさんが用心棒の男達に話しかけた。
「……そうでなければ、ご主人様を護衛できないだろう」
護衛の一人が、呆れた様子で言った。
「そうですか。私も精霊を宿しているんですよ。精霊って可愛いですよね」
男達は、ソフィアさんの話を無視する。世間話をするつもりは無さそうだった。
「是非一度見てください。アヴェーラ!」
「ちょっと、ソフィアさん!?」
リーザが慌てて止めるが、既に遅かった。
廊下にAランクの精霊が現われて、用心棒の男達が驚愕する。
「なっ……!」
「どうですか? 小さな精霊も可愛いですが、これくらいの大きさになると、より女性的な魅力が増すでしょう?」
「何を考えてるんだ、あんたは!? 非常識にも程があるだろ!」
精霊を出現させるのは、魔法を使う準備行為であり、攻撃の予告をしているに等しい。
親しい相手ならばともかく、今日初めて訪れた場所ですることではない。
ステラが、コーディマリーを放し飼いのような状態にしていることも、非常識ではあるのだが……コーディマリーはステラからすぐに離れてしまうので、驚かれることはあっても、敵意があると思われることは滅多にない。
だからこそ、あんなことが可能なのだ。
「あら、私はただ、皆さんにアヴェーラを自慢したいだけですよ? そうだ、せっかくですから、このお屋敷の広さを調べさせていただきますね」
そう言いながら、ソフィアさんは魔法を発動させた!
「おい! 貴様、何を考えている!」
「だって、こんな豪邸に住んだことがありませんもの。まあ! 地下にも、大きな部屋があるのですね?」
「ふざけるな! 早くその物騒な精霊を引っ込めろ!」
「まあ、失礼な方ですね」
ソフィアさんは、残念そうな様子で精霊を消した。
「次にやったら、問答無用で攻撃するからな!」
「怖い人ですね。そんなに怒ることではないでしょう?」
「まったく、何て女だ……!」
僕達が屋敷の外に出るまで、男達は殺気立ったままだった。
「……本当に、いい加減にしてください。何ということを……!」
フェデル隊長は頭を抱えた。
今回のことで、自分の首が飛ぶことを心配しているのだろう。
「ご安心ください。ドウンさんは、きっと動きます。その時に捕まえてしまえば、警備隊に圧力をかける暇なんてありませんよ」
ソフィアさんは、あの後、僕やリーザに責められた時にも平然としていた。
どこから、その自信が生まれるのだろう?
「ドウン氏が動くと断定できる根拠は……?」
「強いて申し上げれば、女の勘です」
「……」
フェデル隊長は、再び頭を抱えてしまった。
「……お話しましたよね? ドウン氏は、貴族に多額の寄付をしています。警備隊に圧力をかけることくらい、簡単に出来るんです! 私も、私の部下も、貴方のせいで破滅ですよ!」
「それはご愁傷様です。ですが、ヨネスティアラ様であれば、どれだけ寄付を頂いた方であっても、その悪事を見逃したりはしませんよ?」
「聖女様のことはともかく! そもそも、どうしてあんなことをしたんですか! ドウン氏を疑っていることを暗に示唆して、揺さぶる計画だったはずでしょう!」
「だって、ドウンさんはとても落ち着いていて、こちらの計画通りに話が進みそうな様子がなかったんですもの。あの状況では、一か八かの賭けに出るしかないではありませんか」
「何て乱暴な……」
「その甲斐はあったと思いますよ? 形状を調べる魔法を使ったところ、ドウンさんの屋敷の地下には広い部屋があり、そこに様々な物が保管されているようでした。きっと、盗んだ金品を隠しているのでしょう」
「……ドウン氏ほどの富豪ならば、宝物庫に財宝を置いていても、おかしくはありませんよ」
「ですが、そこに盗んだ品があったら、ドウンさんとしては、すぐに場所を変えたくなるはずですよね? あの方は、きっと今夜動きます」
「そうならなかったら、我々はおしまいですよ……」
フェデル隊長は、ぐったりとした様子だった。
警備隊は、夜通しでドウン氏の屋敷を見張ることになった。
ドウン氏が疑われていることや、こちらが強引な方法を使う可能性を伝えたことで、相手としてはすぐに動くしかなくなったと考えられる。
今夜か、数日後までには、盗品を別の場所に移動しようとするに違いない。
もはや、その可能性に賭ける以外に選択肢が無かった。
しかし、事態は意外な展開を迎える。




