25話 疑惑
「ソフィアさん、一年前に何があったんですか?」
警備隊本部を出て、僕はすぐに尋ねた。
「大したことではありませんよ」
「いや、殺人鬼に襲われて返り討ちにしたって、充分に大事だろ!」
ラナが言った。
リーザも、信じられない、といった様子でソフィアさんを見ている。
唯一、レイリスだけはソフィアさんを尊敬の眼差しで見ていた。
そういえば、彼女だけはソフィアさんをやたらと讃えていたのだった。
「あの時、私はこの街にたまたま立ち寄ったのですが、誰かに尾けられているような気がしまして……探知の魔法を使ったら、抹消者がすぐ後ろに迫っていることが分かったんです」
「すぐ後ろ、ですか……!」
「はい。それで、とても驚いてしまいまして……反射的に攻撃魔法を放ってしまったんです」
「その相手が、殺人鬼だったんですね?」
「そうです。私の魔法は、相手の腕を貫いていました。相手は姿を現わしながら、まだ私に襲いかかろうとしてきたんです。私は、無我夢中で魔法を連射して、相手が動かなくなるまで撃ち抜いたんです」
「えっ、じゃあ……!」
「当然死にましたよ、相手は」
僕達は顔を見合わせた。
人を殺したことがある冒険者は珍しくないが、まさかソフィアさんにそんな経験があったとは……。
「私が人を殺したことで、この街は大騒ぎになってしまいました。警備隊が駆け付けて、私は捕らえられました」
「えっ! ソフィアさんが逮捕されたんですか!?」
「はい。魔法を乱発し過ぎたために、相手は原型を留めない状態でしたし、付近の建造物にもかなりの被害がでていましたので……」
ソフィアさんが悲しそうに言った。
理由はどうであれ、人を殺してしまったことを、いまだに苦悩しているのかもしれない。
「その時に私を取り調べたのが、先程のフェデル隊長です。あの方は、私のことを凶悪な女だと思ったらしく、散々問い詰められました。私は、その時には何も言いませんでしたが」
「どうしてですか? 自分の正当性を主張するとか、聖女様の名前を出せば良かったのに……」
「あの時は、私もパニック状態でしたから。突然殺されそうになったことも、人を殺してしまったことも、危険人物として拘束されたこともショックで……。ですが、相手が女性を次々と惨殺していた犯人だと分かり、私が身を守ろうとしたことを証明できたので釈放されました。その時には、私も頭に血が上っていて、警備隊の皆さんに、考えられる限りの暴言を吐いてしまいました。今にして思えば、少々言い過ぎたと思います」
「……じゃあ、今回は、あんなに悪口を言わなければ良かったのに」
「あれは、相手の罪悪感を呼び起こすためです。その方が、話を聞き出しやすいかと思いまして」
「あれは言い過ぎですよ! 怒り出して追い出されなかったことが、不思議なくらいです」
リーザが呆れた様子で言う。
「でもあの隊長さん、ソフィアさんに悪口を言われている時、ちょっと嬉しそうに見えたぜ? ひょっとして、美女に罵られて喜ぶ性癖でもあるんじゃないか?」
「まさか……」
リーザは否定したが、実は僕も、ラナと似たようなことを考えていた。
そして、ソフィアさんはそういうことを認識していたから、あんなことを言ったのではないかと思った。
僕達は、セリューのスラムへと来ていた。
ここに盗賊団が潜んでいるのならば、一度様子を見ておいた方がいいと思ったのだ。
辺りには、適当に板を重ねて作った小屋が大量に並んでいる。僕達が泊まっている宿の周辺と比べても、かなり酷い環境である。
そして、明らかな余所者である僕達には、周囲から警戒心と敵意が向けられていた。
「……気分が悪くなるわね、こういう場所は」
リーザが落ち着かない様子で言う。
「……」
レイリスは、先程からナイフを抜いて構えたままだ。周囲が殺気に溢れていて、どこから敵が来るか分らないからだろう。
ラナも、とても居心地が悪そうだが、ソフィアさんだけはいつも通りの様子で、平然としていた。
僕達は、既に精霊を呼び出している。
しかし、オクト達に強く警戒されると作戦を立てにくくなるので、僕とソフィアさんは精霊をDランクの大きさまで縮めていた。
これならば、無関係なチンピラが襲ってくることはないだろうが、盗賊団が怯えて身を隠すことはないだろう。
僕達の前に一人の男が現れた。武器を持っている様子は無い。
「付いて来い」
その男は、それだけ言って踵を返した。
「おい、ちょっと待てよ!」
ラナが叫ぶが、男は待つつもりは無いようだった。
「行きましょう。きっと、私達の用件は察しが付いているのでしょう」
ソフィアさんは、そう言って男に付いて行く。
僕達は、全員で男の後を追った。
元々、相手からの接触を期待していたのだし、このままうろうろしていても仕方が無いからだ。
連れてこられたのは、倉庫のような建物だった。
僕達が入ると、中には10人以上の男がおり、こちらを鋭い眼で睨んでいる。
「お前らも、あの盗賊団を捕まえに来たんだろう?」
僕達の正面に立っている男が、いきなり質問をぶつけてきた。
「何を言ってるんだ? お前達が、その盗賊団なんだろ?」
ラナが疑問をぶつけると、男達は笑った。
「盗賊団が、わざわざお前らを招くわけがないだろう? ただ、武装してスラムをうろつくのはやめてくれ、と言いたかっただけだ」
「貴方は、このスラムのリーダーですか?」
今度は僕が疑問をぶつけた。
「そんな大層な立場じゃない。気の合う仲間とつるんでるだけだ」
「お前らも……ということは、以前にも誰かが盗賊団を捕まえに来たんですか? その人達は、貴方に会いに来たんでしょうか?」
「余所の冒険者が、お前ら以外にも俺に会いに来た。警備隊の連中もだ。奴らは、スラムの人間が全員で盗賊団を匿っていると思っているらしい。だが、俺達は仲良し集団じゃない。お互いに近い場所で暮らしてるってだけだ」
「貴方達は盗賊団ではなくて、匿ってもいないと?」
「俺達とあいつらには、何の関係も無い。まあ、街のでかい家で偉そうにしている連中が、大金をぶん取られるのは、いい気味だと思うがな」
「オクト、という名前に心当たりは?」
「……聞いたことがあるな。あの盗賊団に最近加わった、腕の立つ盗賊だろ?」
「直接会ったことは?」
「無いな。そもそも、そいつの姿を見た奴なんているのか? 誰にも発見されずに盗みを行う、エキスパートだと聞いたぞ?」
「盗賊団の潜伏場所に心当たりは?」
「ここには怪しい奴なんていくらでもいる。盗みで生計を立ててる奴なんて、一人や二人じゃないだろう。違法な薬を売買している奴も、娼婦もいる。心当たりなんて、あり過ぎて困るな」
「最近活動が活発になったグループとか、突然羽振りが良くなった者の情報はありませんか?」
「悪いが、そういった不確かなことは話せない。あまり迂闊なことを言って、相手に恨まれると困る。ここでは、闇討ちなんて珍しくないからな」
「それじゃ困るのよ。貴方達だって、このまま盗賊団を放置したら、色々と不利益を受けるかもしれないわよ?」
リーザにそう言われても、男は首を振った。
「ここの住人は仲良しの集団じゃないが、多少の仲間意識はある。告げ口なんてしたら、どんなに嫌われるか……ん?」
男は、ソフィアさんを見て驚いた様子だった。
「あんた、どこかで見たと思ったら、一年前のあの女か!」
「あら、ご存じでしたか」
「もっと早く思い出すべきだったな。雰囲気が変わり過ぎて気付かなかった」
周囲の男達が、突然殺気立った。
ソフィアさんに敵意を向けている。
レイリスが、ソフィアさんを庇うように前に出た。
「やめておけ。勝てるはずがないだろう」
相手のリーダー格の男が、仲間を制した。
「悪いな。俺達も含めて、このスラムの人間は、あんたのことを恨んでいるんだ」
「まあ、何故でしょう?」
「一年前の通り魔は、このスラムの住人だった。それだけなら大した問題じゃない。だが、あの事件以来、警備隊がこのスラムへの取り締まりを強化して、とばっちりを受けた奴が何人もいるんだ。そのきっかけを作ったのが、あんただった、というわけさ」
「そんなの、ソフィアさんには何の関係も無いだろ!」
ラナが抗議したが、男は冷ややかな視線を向けて言った。
「俺達にとってはあるのさ。警備隊の連中は、スラムの住人のことなんて、ゴミみたいなもんだと思ってる。そんな連中から酷い扱いを受けたきっかけが、頭のおかしい女だと知ったら、誰だって腹が立つさ」
「頭がおかしいって……まさか、ソフィアさんのことを言ってるのか!?」
ラナが憤ると、相手の男は怪訝な顔をした。
「……お前ら、一年前にその女が何をしたか知らないのか?」
「……レイリス!」
ソフィアさんが突然叫んだ。
そういえば、いつの間にかレイリスがいなくなっている!
次の瞬間には、レイリスは相手のリーダー格の男を、後ろから切り付けていた。
「ぐっ……!」
「このガキ!」
周囲の男達がレイリスに襲い掛かるが、彼女はその脇をすり抜けた。
抹消者の魔法を解除したレイリスは、加速魔法を使っている。
Cランクの精霊の支援を受けている彼女は、並みの人間とは桁違いの動きをするのだ。
「安心して。今のは峰打ち。でも、次は本当に殺す」
レイリスが言ったことは本当だった。
切り付けられた男は、顔を顰めているだけで、流血している様子はない。
「……お嬢ちゃん、この女の妹か何かかい? さぞ慕ってるんだろうが、殺人鬼を返り討ちにする時に、その殺人鬼よりも酷い殺し方をするような人間とは、縁を切った方が利口だぞ?」
「酷い殺し方って……?」
「相手を魔法で散々痛め付けて、嬲り殺しにしたんだ。わざわざ、攻撃魔法を致命傷にならないように使ってな。しかも、殴る蹴るの暴行も、散々加えたんだろう?」
僕達は、信じられない思いでソフィアさんを見た。
ソフィアさんは、困った様子で言った。
「それは誤解ですよ。確かに、相手が襲って来るような気がして、魔法を使い過ぎてしまいましたが……」
「誤魔化しても無駄だ。咄嗟に攻撃魔法を使うなら、普通は襲われた直後だろう。だが、あんたは警備隊が来る直前に、強力な魔法を使ったそうじゃないか。相手を痛め付けて楽しんだことを隠すために、わざと強力な魔法で、死体をグチャグチャにしたんだろう? 殺人鬼が相手なら、ハッキリとした証拠が無ければ、正当防衛が認められる可能性が高いからな」
「人のことを快楽殺人者みたいに言わないでください。私が、そんな酷いことをするはずがないでしょう?」
「……怖い女だ。警備隊の連中も、あんたの扱いには困っただろう。殺人鬼に襲われた美女を厳しく罰しても、民衆から非難を浴びるだけだ。その殺人鬼を野放しにしていたのは自分達だから、面倒事には蓋をした、というわけだ……」
結局、どちらの言い分が正しいのかは分らなかった。
しかし、思いもよらない話に、僕達はとても困惑していた。




