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21話 冒険者テッド

 それは、出発する予定日の、前日のことだった。


 朝食の時間帯、宿に、見知らぬ男が一人でやって来た。

「まあ、テッドさん。いらっしゃいませ」

 クレセアさんが驚いた様子で男を迎える。

「お久しぶりです、クレセアさん。ソフィアさんと、ルークという冒険者のパーティーはいますか?」

「はい、ルークさんでしたら、今あちらに……」


 怪訝な表情で、クレセアさんは僕の居場所を教える。

 すると、テッドという男は、僕が食事をしている席まで歩いて来た。


「君がルークか?」

「そうですけど……」

「俺はテッド。『太陽の輝き亭』の冒険者だ」

 男は、偉そうな態度でそう言った。


 「太陽の輝き亭」といえば、この街で一番大きいと言われている宿である。

 その宿の冒険者が、僕達のパーティーに一体何の用なのか?


「単刀直入に言おう。お前達は明日、依頼に参加するつもりのようだが、それを撤回してもらいたい」

「……どうしてですか?」

「足を引っ張られたくないからに決まっているだろう? まさか、後ろから味方に撃たれるかもしれない状態で、安心して戦えと言うのか?」


 どうやら、この男は明日の依頼に参加するらしい。

 それにしても、妙に攻撃的な態度だ。


「ソフィアさんのことなら、貴方に心配してもらわなくても大丈夫ですよ」

「誰がソフィアさんの話だと言った? お前の話に決まっている。まさか、森を破壊したことを忘れたわけではないだろう?」

 この男、僕が魔法を暴発させたことを、知っているのか……!

「やはりお前だったんだな? 突然上位の精霊を手に入れた者が、力に酔って魔法を暴発させるのは稀にあることだ。だが、そんな未熟者を仲間として迎えるわけにはいかない。俺だけでなく、俺のパーティーのメンバーにとっても危険だからな」

「……それを決めるのは、貴方ではなくて依頼人でしょう?」

「ほう、依頼を辞退するつもりは無さそうだな。なら尋ねるが、お前は病人のソフィアさんを、危険な戦いに参加させて平気なのか?」

「それは……」


 確かに、病気を患って聖女様のパーティーから抜けたソフィアさんを、今回の依頼に参加させるのは外聞が悪い。

 その点については、僕も気になっていたのだ。


「今回の依頼にソフィアさんを参加させることは認められない。まともに力を制御できないお前を参加させるつもりもない。分かったな?」

「それは困りましたね」

「!」

 突然ソフィアさんの声がした。


 いつの間にか、テッドの後ろにソフィアさんとレイリスがいた。

 ソフィアさんは笑顔だが、レイリスはテッドを睨んでいる。


「ソ、ソフィアさん!?」

「お久しぶりです、テッドさん。お元気そうで何よりです」

「ソフィアさんも、相変わらず、う、美しいですね!」

「まあ、ありがとうございます」


 テッドは、先程までの偉そうな態度が消え去って、明らかに狼狽えた様子だ。

 そんなテッドを見上げるレイリスの目には殺意が籠もっていた。


「私のことを心配してくださるのは嬉しいのですが、実は今、私達はお金が無くて困っているのです。明日の依頼には、是非参加させていただきたいのですが……」

「金のことでしたら、心配しないでください! 俺に考えがありますから!」

「あら、それはどのようなお考えでしょう?」

「それは……デリケートな話なので、他に人がいない場所でお話ししますよ」

「駄目! お金を使って、ソフィアさんに酷いことをするつもりでしょ!」

 レイリスが、ソフィアさんを庇うようにしながら叫んだ。


 確かに、あまりにも話が旨すぎて、下心があるとしか思えない申し出だった。

 どうやら、テッドはソフィアさんに気があるらしいので、交換条件として何を言い出すか分からない。


「人聞きの悪いことを言わないでもらいたいな……俺は、決して非人道的なことを頼むつもりは無いんだが……」

 周囲の冒険者達からも睨まれて、テッドは困った様子で言った。

 そして、周囲の様子を窺う素振りを見せる。

「詳しいことは、ソフィアさんのパーティーのメンバーと、クレセアさんだけに話そう。それならばいいだろう?」

 そう言われても、レイリスは警戒を解かなかったし、僕も、信用できない気分はそのままだった。


 今回も、先日のように人払いをした。

 宿のロビーには、僕達のパーティーとクレセアさん、そしてテッドだけがいる。


 この話し合いの前に、僕はテッドという男の情報をクレセアさんから聞き出した。

 「太陽の輝き亭」のエースとして知られており、この街で唯一、AAランクの精霊を宿す男だということ。

 ソフィアさんに惚れ込んでおり、既に何度もアプローチしていること。

 ソフィアさんは、テッドの感情には全く気付いていない様子であること。

 そして、レイリスから激しく嫌われていること、などである。

 レイリスにしてみれば、母親のように慕っている人を奪われるのは嫌なのだろう。

 テッドは、自分のことを嫌っているレイリスを苦手にしているようだ。


「それで……今回の依頼を受けなくても、お金の心配をしなくて良い、というのはどういうことですか?」

 クレセアさんが不安そうに尋ねる。

「簡単な話です。うちの宿が、当面必要な金を貸す、ということです」

「えっ!?」

 僕は驚いてしまった。


 「太陽の輝き亭」も、一年前の融資に参加しているはずだ。

 先日の話を聞いた限りでは、「木陰の小径亭」以外の宿にも、借金を返済してはいないのだろう。

 つまり、今回融資すれば、追加融資になるはずなのだ。


 本来、この宿に融資をすること自体が極めてハイリスクである。

 それを追加で行うなど、金を捨てているようなものだろう。


「まあ! それは助かります。ですが、本当によろしいのですか?」

「はい。依頼を辞退すれば、多額の報酬が得られなくなるわけですから、その程度のことはさせていただきますよ」

「でも、くれるわけじゃないんだろ? だったら、あたしたちにとっては、依頼を受けた方がいいはずだ」

 ラナは依頼を受けるつもりだったので、他所の冒険者に邪魔をされることが不満で仕方がないようだ。


「そう思うだろう。だが……」

 テッドは、自身の荷物の中から袋を取り出して、それをテーブルに置き、口を開いた

 中に入っている金貨が見える。中身の全てが金貨なら、とてつもない大金だ!


 僕達の反応を見て、テッドはニヤリと笑った。

「これを、借用書無しで貸すならどうだ?」

「なっ……!」

 僕は絶句した。他のメンバーも、一様に驚いていた。


 借用書無しで金を貸す、などという行為は、金を譲ることと大差のないものだ。

 相手に「金など借りていない」と言われたら、貸し借りを証明出来なくなるし、当然ながら債権譲渡も不可能である。

 いくら何でも、気前が良すぎるのではないだろうか?


「ちょっと見せて」

 リーザが袋の中を確認する。偽金である可能性を疑ったのだろう。

 しかし、彼女がテッドに抗議することはなかった。やはり、全て本物の金貨であるようだ。

「一体何を企んでるの? 正直に話してくれない?」

 リーザは、疑わしげな様子で尋ねた。


「こちらとしては、条件を三つ提示するだけだ。一つは、明日の依頼に参加しないこと。もう一つは、ある依頼を、無報酬で受けてもらうこと。最後の一つは、今回の依頼に関する全てを口外しないこと」

「依頼? 私達に?」

「実は、俺の宿は厄介事を抱えている。それを解決してもらいたい」

「ちょっと待って。そもそもの話なんだけど、お金を貸してくれるのは貴方の宿なんでしょ? どうして、宿に所属している冒険者である貴方が、こんな話を持ってくるわけ?」

 リーザが尋ねた。


 確かに、それは気になっていた。

 今回の話が本当ならば、少なくとも「太陽の輝き亭」の主人は連れて来るべきではないだろうか?


 尋ねられたテッドは、一瞬動揺したように見えた。

 しかし、今のは錯覚だったのではないかと思える程度の時間で、それを隠して喋り出した。

「それは、なるべく目立ちたくないからだ。俺は……この宿に、時々出入りしているからな」

「……つまり、厄介事っていうのは、宿の評判が下がるような事なのね?」

「まあ、そういうことだ」

「依頼を受けるか判断するには、その内容を話してもらうしかないんだけど?」

「分かっている。ただし、この内容は決して口外しないように」

 僕達は頷いた。


 テッドは、重々しい口調で言った。

「実は、俺の宿で冒険者をしていた連中が、盗賊団に加わったらしい」

「……」

 前の依頼で起こった出来事を思い出す。

 大成しなかった冒険者が能力を悪用するのは、残念ながら珍しくないことである。


「そんなことだろうと思ったけど……私達に頼まなくても、貴方の宿の冒険者が、そいつらを捕まえれば解決する話でしょ?」

「ところが、奴等は俺の宿の冒険者を避けていてな……。おそらく、抹消者(イレイザー)のオクトという男が、俺達の接近を仲間に報せているんだろう。それで、俺達の仲間が捕まえに行っても、奴等は身を隠してしまう、というわけだ」


 抹消者(イレイザー)、という言葉を聞いて、レイリスがピクリと反応した。

 自分と同じ能力を持つ者が悪の道に走った、というのは、彼女にとっては見過ごせない話なのだろう。


「そのオクトという男は、強力な精霊を宿しているんですか?」

 僕が尋ねると、テッドは首を振った。

「いや、あいつの精霊はDランクだ。正面から戦えば、俺の宿の冒険者なら勝てるだろう」

「だったら、どうして捕まえられないんですか?」

抹消者(イレイザー)は、魔法で姿を消せるから凄い、というわけではない。オクトは、完全に気配を消して、誰にも存在を察知させないことが出来る。これは、捕えようとする側にとっては極めて厄介な能力だ」

「でも、支援者(サポーター)の探索魔法なら、不自然な場所に人が隠れていることを感知できるはずですよね?」

「それも、何度も試したさ。だが、奴等は俺達の宿の冒険者が街にいる時には、決して動かない。だから、捕まえようがないんだ」

「街中の不審者を調べて回ればいいのでは?」

「当然そうした。だが、奴等はスラムに潜んでいるらしい。スラムには、怪しくない奴の方が少ないからな。無関係なコソ泥を捕まえたことは、何回かあるんだが……」


「……その人は、私が捕まえる」

 レイリスがそう言った。

 何だか思い詰めたような表情をしている。抹消者(イレイザー)の能力が悪用されることが、許せないらしい。


「レイリス、精霊の力が上回っていても、決して楽な相手じゃないよ?」

「大丈夫。勝算はある」

 確かに、レイリスは子供だが、かなり腕がいいようだ。

 精霊のランクが低い相手に、易々と負けることはないだろう。


「オクト以外の仲間の力は、どうなんですか?」

「俺の宿から加わった奴の中には、オクト以上の実力がある奴はいない。まあ、冒険者として落ち零れた奴等の集まりだからな。元々の盗賊団にも、それほどの実力者がいたとは思えない。だからこそ、俺の宿の冒険者とは正面から戦わないんだろう」


「なかなか良いお話のようですね。テッドさんの依頼を受けましょう」

「何だよ、明日の依頼、結局受けないのか? あたし達が行けば、絶対に役に立つと思うんだけどな……」

「ラナ、私達の目的はこの宿を助けることよ? 明日の依頼を受けようとしていたのは、そのための手段だったの。手段を目的にするべきじゃないわ」

 リーザに宥められても、ラナは納得しなかった。


「なあ、テッドだったか? あたし達を連れて行かなかったこと、後悔しても知らないぞ?」

 ラナがそう言うと、テッドは彼女を馬鹿にするように笑った。

「心配は無用だ。俺以外の、Aランクの精霊を従えている二人のことは知っている。あいつらのパーティーだって、実力は充分だ。足手纏いや、魔法を暴発させる危険人物さえいなければ、俺達が負けることはない」


 テッドは、明らかにラナを軽く見ている様子だった。

 実力もないのに出しゃばってくる、身の程知らずだと思っているようだ。

 それが分かるからなのか、ラナはとても不機嫌である。とにかくテッドのことが気に入らないらしい。

「ちっ、何だよ! 冒険者は、そういう油断が命取りになるんだぞ?」

「そんなことは言われるまでもない。油断などしていないから、足手纏いは排除するんだ。お前こそ、無謀な依頼を受けるのは自殺行為だと認識した方がいい」


 僕やラナに対しては、やたらと偉そうなテッドだが、本当に今回の依頼を舐めているはずがない。

 そんな人物が、最上級の冒険者になれるはずがないからだ。

 危険な依頼だと分っているからこそ、僕達がメンバーに加わることが、本気で迷惑なのだろう。

 そして、そんな依頼を、ソフィアさんに受けさせたくはないのだ。


「気を付けてくださいね? 魔生物は、国をも滅ぼしたことがあるのですから」

 ソフィアさんに、心配そうな表情でそう言われると、テッドは心の底から嬉しそうな顔をした。

 この男は、ソフィアさんなら誰に対しても同じことを言うだろう、ということが分かっていないらしい。

 ステラに優しくされた時の自分を見ているようで、とても恥ずかしい気分だった。

「ソフィアさんも、くれぐれも気を付けてくださいね? オクトだけは、油断のならない奴ですから。あいつは、実力はあるので、もっと強力な精霊を宿す能力があったんですよ。ただ、協調性が無い奴だったから、冒険者としては成功しませんでしたが」


「オクト達の一味は、今どこにいるの?」

「奴等のアジトは、セリューという街のどこかにある。お前達には、オクトの一味を捕まえたら、速やかにバーレへ帰ってきてもらう。そして、捕まえたのは俺の宿の冒険者、ということにしてもらおう。そうでないと、宿の面目が丸潰れだからな」

「依頼のことを口外しないように、というのは、そういうことだったのね……」

「その程度のことは構わないだろう? 俺の宿だって、大金を証文無しで貸すんだ」


「ご心配なさらないでください。お借りしたお金は、以前の分も合わせて、必ずお返ししますから……」

 クレセアさんが、消え入りそうな声で言った。

「あまり気負わないでください。他の宿の連中がどう思っているかは知りませんが、俺は個人的に、この宿のことを応援していますよ。金が無くて困っている人でも、気軽に依頼が出せる宿が、一つくらいはないと困るんです。ただ、世の中は綺麗事だけじゃ上手くいかない。本当に残念です」


 テッドの言葉は本心からのものであるように思えた。

 ただ、忙しすぎるほど仕事がある冒険者だからこその、余裕の言葉のようにも思えた。


 僕達は、テッドの依頼を受けることにした。

 僕達への報酬は、クレセアさんが、借りた金の中から払うことになった。

 その決定に、ラナだけは心底不満そうだったが、今の僕達では、テッドに足手纏い扱いされても仕方が無い。

 少なくとも、僕とリーザとクレセアさんは、僕達が明日の依頼に参加しないことになって、ホッとしていた。


 明日の依頼への参加条件は、Aランク以上の精霊を保有していることである。

 しかし、その条件を満たしている僕とソフィアさんは、どちらも味方を誤射する可能性があるのだ。

 他のメンバーも、ラナは防御が苦手で、リーザは防御者(ブロッカー)の魔法しか使えないのだから戦力にならない。

 唯一戦力になりそうなレイリスも、「太陽の輝き亭」の冒険者と比べれば見劣りするだろう。

 このメンバーでは、明日の依頼は受けたくない、と思うのは普通の感覚のはずである。


 僕達は、馬車を借りる契約をキャンセルするなど、テッドの依頼を受ける準備をした。

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