18話 トラブル
翌朝、僕は寝不足の状態で目を覚ました。
本当はもっと寝ていたかったのだが、宿の中が騒がしかったため、ゆっくり寝ている気分になれなかったのだ。
フラフラとした状態で部屋から出ると、宿のロビーに冒険者が集まり、訪問してきた集団と口論していた。
「……だから、何度も申し上げているでしょう? 我々としても、本当は取り立てなどしたくないのです。しかし、このままでは我々の宿が潰れてしまう。こちらの事情も、ご理解いただきたい」
「ふざけるな! お前の宿が火事になったのは、お前らの不始末が原因だろうが!」
「金を盗まれたのだって、自分達の管理が甘かったからだろ! 諦めて宿を潰せよ!」
「しかし、火事といっても宿の一部が焼けただけですし、修理は充分に可能ですから……。金を盗まれたのは痛手でしたが、本来ならば宿が潰れる程の損失ではなかったのです」
「往生際が悪いぞ!」
「金を借りている立場で、その態度は何だ!」
「あと半年は返さなくていいと言ったのは、お前らの宿の主人だろうが!」
「……皆さん、落ち着いてください」
クレセアさんが、この宿の冒険者を宥める。
どうやら、この宿に金を貸している人が取り立てに来たようだ。貸し手は同業者らしい。
「申し訳ありません。私としても、お借りしたお金は、きちんとお返ししたいのです。ですが、残念ながら、今すぐにというわけには……」
「それでは困るのですよ! 火事の応急処置に使った金だけでも、我々としてはすぐに欲しいのです! 支払いは10日後なんですよ!」
「そう言われましても……」
クレセアさんは弱りきった様子だった。
厄介な状況である。
この宿には、すぐに支払える金など無いはずだ。
クレセアさんに、そういったことを尋ねる機会は無かったのだが……宿泊費も食事代も安価で、それでも空き部屋が多いことから、経営状態が良くないことは明らかだろう。
むしろ、この宿こそ、潰れかけに近いように思える。
しかし、相手としても譲れないようだ。
金を盗まれたタイミングで火事が発生し、貸した金を返済してもらえなければ、宿が潰れてしまう状態らしい。
「返済していただけないのでしたら、我々としても、この宿への債権を使って借金を弁済するしかなくなります。譲渡先は、この街の金貸しになるでしょう。そのことは、ご承知いただきたい」
相手の脅しに、この宿の冒険者達が動揺した。
まずい。金貸しに債権を譲渡されたりしたら、この宿は厳しい取り立てに晒されるだろう。
そうなったら、いよいよ宿が潰れてしまう。
「それは賢明じゃないわ。この宿の経営状態が良くないことは、金貸しだって知っているはずよ。債権を売ったとして、一体どれだけ割り引かれるかしら?」
クレセアさんの横にいたリーザが、冷静に反論する。
確かに、潰れかけの宿への債権を、額面通りに譲り受ける金貸しなどいないだろう。
下手をすれば、タダ同然の価値しか付けられないかもしれない。
「それでも、この宿からの返済が無ければやむを得ません。そして、それによって困るのは、我々以上に貴方達だということを、よく考えていただきたい。それが嫌であれば、今から金策に駆け回ることですね」
言い放って、男達は引き揚げていった。
この宿の冒険者達は、激しく狼狽えた。
「どうするんだ、クレセアさん! あいつら、本当に金貸しに債権を売り払うつもりだぞ!」
「けど、取り立てられるのは半年先なんだろ?」
ラナが、状況を理解できていない様子で言う。
「馬鹿言え! 借用書に書いてある期限は、もう来てるんだ! 金貸しが、そんな口約束を守るわけがない!」
「返済を渋ったら、奴らはあらゆる嫌がらせをして、金を返せと言ってくるに決まってる! そんなことになったら、この宿は終わりだ!」
もしも、金貸しに本気で嫌がらせをされたら、この宿を守りきることは難しい。
金貸しは、専門の取り立て屋を抱えていることが多いのだ。
その中には、腕利きの冒険者だった者も多くいると聞いたことがある。
「もう、聖女様に助けてもらうしか……」
「だが、聖女様が今どこにいるかなんて分からないじゃないか! もし遠方にいたら、この宿が潰れるのに間に合わない!」
「じゃあどうするんだ! 俺達には、払える金なんて無いぞ!」
「何か、いい依頼はないのか!? すぐに、大金が稼げるような……」
「そんなもの、あるわけがない!」
「……一つだけ、あります」
クレセアさんがそんなことを言ったので、その場にいた冒険者達はざわめいた。
「だったら、どうしてそれを早く言わないんだよ!」
「待て! そんな依頼、危険に決まってる! 俺達に受けられるはずがない!」
「そうですね。とても危険な依頼です。この宿で任せられる人は、ただ一人だけ……」
そう言って、クレセアさんが僕を見た。
他の冒険者達も一斉に僕を見たので、僕は思わず後退った。
「……ルークさん。何度も頼ってしまって申し訳ありません。ですが……この宿の存亡がかかっています。よろしくお願いいたします」
クレセアさんは深々と頭を下げた。
とても、「嫌だ」などと言える雰囲気ではない。
第一、この宿が潰れたら、聖女様の依頼は失敗である。
僕に、断る選択肢など無かった。