16話 精霊コーディマリー
森の中に入っても、薬草は簡単には見つからなかった。
宿の主人に言われた通り、手近な場所にあるものは採り尽くされたようだ。
僕達は、より奥へと進んだ。
すると突然、どこかから精霊が飛んできた。Bランクの精霊だ。
その精霊は、驚いている僕の周囲を嬉しそうに飛び回る。
「な、何だ!?」
ラナが驚きの声を上げた。
他のメンバーも、何事かと目を丸くしている。
精霊は、基本的に宿主から離れることはない。
死んだ宿主から離れた精霊や、宿主から逃げ出した精霊は、そのまま姿を消してしまうと言われている。
招待者が精霊を召喚することが定着した今となっては、野生の精霊を見かけることは殆ど有り得ない。
宿主から離れて、他人の周囲を飛び回るような自由な精霊は、たった一体しか知らなかった。
「……コーディマリー?」
「ルーク?」
聞き覚えのある声で、名前を呼ばれた。
その声がした方を見る。
最初に目に入ったのは、エメラルドグリーンに輝く髪の女性だった。
「……ステラ、ポール、クラフトさん……!」
そこにいたのは、僕がかつて所属していたパーティーのメンバーだった。
他にも、知らないメンバーが2人いる。
おそらく、防御者や支援者の役割を担う仲間を加えたのだろう。
「ルークじゃないか! お前、まだ冒険者を続けてたのか!」
リーダーのクラフトさんが、僕に駆け寄ってくる。
「……はい。ある人に助けられて……」
「そうか、良かった! あんなことがあったから、心配してたんだ」
「……すいませんでした。散々足を引っ張った上に、迷惑をかけてしまって」
「何言ってるんだ! お前のおかげで、ステラを守る仲間の重要性が分かったんだ。今でも感謝してるんだぞ?」
「本当に、あの頃は何回も助けてもらったよね。コーディマリーも、こんなに嬉しそう」
僕の回りを飛んでいるコーディマリーは、ステラの精霊だ。
彼女が僕に懐いたことが、僕がクラフトさんのパーティーに加わるきっかけになったのである。とても懐かしい思い出だった。
ステラも嬉しそうだった。
鮮やかな緑色の髪が揺れる。
僕は彼女の髪がとても好きだった。
「お前のパーティー、凄いメンバーだな。前から女ったらしだとは思っていたが……」
ポールが僕のことをからかってくる。
僕がパーティーに加入した時の一件以来、彼は同じようなことを繰り返し言ってくるようになったのだ。
「こんな時に、変なことを言わないでくれよ!」
「いいじゃないか、お前らしくて」
「おいおい、そのへんにしとけよ。悪いな、ルーク。色々話したいことはあるんだが、依頼の最中だから次の機会にしよう」
「依頼って、やっぱり薬草の採取ですか?」
「ああ。ここから、あっちに向かって歩いて行くと、この薬草が生い茂ってるんだ」
クラフトさんが見せてくれた薬草は、僕達が採取を頼まれたのと同じ物だった。
「ありがとうございます。僕達も、同じ場所に行ってみます」
「ああ、そうするといい。それで、お前は今どこを拠点にして活動してるんだ?」
「『闇夜の灯火亭』ですよ……クラフトさんも知ってるでしょう?」
「そうか……大変だったな。だが、冒険者を続けてさえいれば、お前を必要としてくれる人は必ずいるはずだ。これからも頑張ってくれよ?」
「はい」
「もし、バーレに行く機会があったら、宿に寄らせてもらうよ。じゃあ、またな」
「痴話喧嘩には気を付けろよ」
「元気でね、ルーク」
「皆も、元気で!」
名残惜しかったが、僕達は別れの挨拶を交わした。
コーディマリーが悲しげな顔をしたが、ステラに呼ばれると、彼女の後に付いて行った。
「今のが、ルークさんが以前所属していたパーティーですか?」
ソフィアさんが僕に尋ねてきた。
「はい」
「……貴方って、女に取り入って、ヒモとして生きてきたの?」
リーザが、突然ジト目で言ってきた。
「どうしてそういう話になるのさ!?」
「だって、仲間からそういう評価を受けてたんでしょ?」
「あれはポールが言ってるだけだよ!」
「でも、ステラさんっていう人とは仲が良さそうだったじゃない」
「ステラは誰に対しても優しいんだよ! それに、彼女はクラフトさんと幼なじみで、二人は恋人同士なんだから、僕が入り込む余地なんて無いよ!」
厳密に言えば、あの二人は、はっきりとした恋愛関係ではないのだが、将来的には結婚すると思われているので嘘ではないだろう。
「……ステラさんって、ひょっとして回復者?」
「そうだけど……」
「……聖女様の件といい、やっぱり、貴方ってそういう人だったのね」
「だから違うってば!」
「よろしいではないですか。ルークさんが愛される人だという証拠です」
「……どこがいいのか分からない」
レイリスが、僕を眺めて、首を傾げながら言った。
「それはちょっと酷いんじゃないかな!」
「ルークは、人間の女よりも精霊に好かれるんだろ? 身体から、精霊が好きな匂いでも発してるんじゃないのか?」
「そういえば、さっきの精霊にも懐かれてたわね。あんなの、初めて見たわ」
「素敵なことだと思います」
「……」
確かに、人間の女性からの僕に対する評価は低いらしい。
精霊にばかり好かれる、というのは、僕の宿命なのだろうか……?
僕達は、クラフトさんの助言に従って、薬草が生えている場所へと辿り着いた。
充分な量を採取して引き返す。その後は、獣に遭遇することも無く、僕達は森の外へと出ることが出来た。
「今夜は、昨夜と同じ宿に泊まりますか?」
ソフィアさんがそう言うと、ラナは非常に嫌そうな顔をした。
「冗談じゃないぜ! あんなことがあった宿で寝るなんて、あたしには無理だ!」
ラナが、自分の胸に手を当てながら言う。
縛り上げられたうえに触られたのだから、トラウマになるのも当然だろう。
「そうですよ、ソフィアさん。それに、あの宿は危険です。あの主人は、私達を襲った連中の仲間かもしれないんですから」
リーザが、険しい顔でそう言った。
「何だって!?」
「あの連中、私達の部屋の位置を正確に知ってたでしょ? それに、あの主人は、襲われたり縛られたりした様子が無かった。あいつがグルなら、どっちも説明が付くじゃない」
「どうしてそれを早く言わないんだ!」
「根拠が弱いからよ。部屋の明かりとかを見て、位置を特定された可能性があるもの。それに、証拠が無いじゃない。それでも、捜査に来た役人には、今の話を伝えておいたわ」
「田舎の役人なんか信用できるかよ。どうやって仕事をサボるか、なんてことばっかり考えてる連中だぞ?」
ラナは憤っていた。
役人に、何か嫌な思い出でもあるのだろうか?
「私達は、早く帰らないといけないのよ。所要日数が増えても、報酬の割り増しは無い依頼なんだから」
「ちっ、分かってるよ」
結局、僕達はその夜、前日とは別の宿に泊まった。