15話 救出
「ところで、ラナとリーザは?」
ソフィアさんに言われて、僕は思考を中断した。
慌てて、僕の部屋とは反対側にあるラナの部屋に向かう。
やはり、扉に鍵はかかっていなかった。
「ラナ!」
叫び、僕は部屋に飛び込んだ。
同時に、ソリアーチェが警告を発する。
今回は、こういった事態は予測できていた。
僕が障壁を展開したのと同時に、部屋の中から閃光が放たれる。
それを遮ってから、僕は障壁を消して、攻撃魔法を撃ち返した。
攻撃魔法を放った男の右肩が、僕の魔法で撃ち抜かれた。
男は悲鳴を上げて倒れる。
部屋の中には、もう一人の男がいて、下着姿のまま縛られているラナを抱えようとしていた。
おそらく、脱がされたのではなく、元々あの格好で寝ていたのだろう。
その男は、勝ち目が無いと判断したのか、ラナを放り出して窓から逃げ出そうとした。
男を追うか、ラナを助けるか。一瞬で判断できず、迷ってしまう。
その時、またしてもソリアーチェが警告を発した。前方ではなく、後方に対してだ!
しかし、目の前の出来事に集中していた僕は、完全に反応が遅れてしまった……。
僕の後ろから閃光が走り、脇を通り抜けて、窓から逃げようとしていた敵に突き刺さった。
男は、足を貫かれて叫びを上げ、床に倒れ込む。
「ソフィアさん!?」
僕の後ろから男を撃ったのは、ソフィアさんだ。
杖は持っていないので、手で直接魔法を放ったのだろう。
「ラナは私が。リーザをお願いします」
「は、はい!」
僕は、ラナのことはソフィアさんに任せることにした。
リーザの部屋へと向かい、部屋の中へ飛び込む。
その瞬間、窓から何者かが飛び降りようとしているのが見えた。
「待て!」
僕は、魔法で一気に加速し、男を部屋の中に引きずり戻して力任せに殴り付けた。
同時に、後ろで物音がする。
そちらを見ると、男が一人、床に倒れ伏していた。
レイリスが、その男を見下ろしている。
おそらく、扉の陰にでも隠れていた男を、レイリスが気絶させたのだろう。
「リーザ、大丈夫!?」
僕は、ベッドに横たわっているリーザに駆け寄った。
リーザは、目を見開いていた。
猿轡を噛まされており、両手を後ろ手に縛り上げられている。
しかし、傷を付けられた様子はない。そのことに、少し安心した。
拘束を解くと、リーザは蒼白な顔で震え、自分の身体を抱いた。
寝込みを襲われ、かなりの恐怖があったのだろう。
僕が心配していると、突然リーザが怒った顔で僕を睨みつけてきた。
「……ちょっと、何ジロジロ見てるのよ! 早く向こうに行きなさいよ!」
そういえば、彼女は今、寝る時の格好そのものである。
ラナと違ってナイトウェアを着ていたので気にしていなかったのだが、冷静に見ると、生地は薄く露出が多い。
素足が見えており、胸元も大きく開いている。
僕は、慌てて部屋から出た。
「……デリカシーが無い人」
リーザの部屋から出ると、レイリスが呆れた様子で僕のことを非難してきた。
「そういうつもりじゃなかったんだよ!」
「まだ敵が残ってる。変なことを考えるのは後にして」
僕の言葉は全く信用していない様子で、レイリスが言った。
「……敵?」
レイリスは、リーザの部屋の隣へと向かった。
そこにあるのは、レイリスが泊まるはずだった部屋だ。
レイリスは、その部屋の中に飛び込んでいく。
僕は、慌てて後を追った。
部屋の中には誰もいなかった。
あれだけ時間があったのだ。自分達が劣勢だと気付いて逃げたのだろう。
あるいは、この部屋には誰もいなかったのかもしれない。
……いや、先に部屋に入ったレイリスはどこに行った?
そう思った瞬間、部屋の中に二人の人間が現われる。
レイリスの一撃で、彼女と同時に姿を現わした男は崩れ落ちた。
レイリスの部屋には、抹消者が潜んでいたのか……。
抹消者が姿を消している間には、普通の物理的な攻撃が当たることは無い。
しかし、姿を消した抹消者同士ならば、通常の攻撃を当てることが出来る。
抹消者の魔法の不思議なところだ。
「私達の部屋に入ってきた敵は、これで最後だと思う。他に敵がいないか、貴方が探知して」
言われて、僕は探知魔法を使う。
この宿には、僕達以外に誰かが泊まっている様子は無かった。
この付近で動いている者がいれば、パーティーのメンバーか、敵に違いない。
調べてみると、僕達の部屋以外の場所に、一人だけ何者かが存在することが分かった。
その何者かが、こちらに近付いてきている。僕は警戒し、レイリスにそのことを伝えようとした。
「お客さん、やけに騒がしいが、何かあったのかね?」
老人の声を聞いて、ようやく僕は、この宿の主人の存在を思い出した。
レイリスに敵がいないことを伝え、ソリアーチェを縮めてから、僕は宿の主人に事情を説明した。
翌朝、僕達を襲った連中は、この地域の治安を管理している役人へと引き渡された。
あの男達は、道中で僕達を襲おうとした集団だった。
僕達の目的が森の薬草だということは、簡単に見当が付いたという。
Aランクの精霊を見て驚き、一度は撤退したものの、寝込みを襲って縛り上げてしまえば、後はどうとでもなると考えたらしい。
確かに、後ろ手に縛られたら使える魔法は殆ど無くなってしまうし、刃物を突きつけられたら抵抗するのは難しい。
連中の内の数人は精霊を保有しており、そういった事情を熟知していたのだろう。
何とも大胆な犯行だが、僕はソリアーチェがいなければ殺されていたし、ラナとリーザは抵抗する間も無く縛り上げられていた。
自力で襲撃を退けたのはレイリスだけだったのだから、無謀だとは言えないだろう。
襲撃者達が、落ちぶれた冒険者の成れの果てだと聞いて、僕は複雑な気分になった。
自分はこうならなくて良かった、というのが率直な思いだった。
「ねえ。レイリスは、襲われることが分かってたの?」
他のメンバーには気付かれないように、僕はこっそりとレイリスに尋ねた。
「昼のことがあったから、警戒はしてた。ただそれだけ」
「だったら、気を付けるように他の仲間にも伝えてくれれば良かったのに……」
「それを伝えても、誰もまともに対処出来なかったはず。襲われなかった時に文句を言われるのも嫌だった。それに、私はソリアーチェを信じてたから」
「……」
確かに、警告されてもラナは居眠りをしそうだし、空振りに終わったらリーザは文句を言いそうだ。
そして、夜襲を受けてもソリアーチェの性能ならば何とかなってしまった。
レイリスの言うことにも一理ある。だが……。
「パーティーを組んでるからには、仲間を見捨てるような行動はしちゃ駄目だよ」
「……分かった」
意外にも、レイリスは素直に僕の指摘を受け入れた。
一応、僕のことを仲間だと認めてくれているようだ。
予定よりは遅くなったが、僕達は森へと向かった。
パーティーの雰囲気はいつもより暗かった。
昨夜の襲撃で、ラナは縛られただけでなく、身体をしつこく触られたらしい。
本人は何度も「大丈夫だ」と言っていたが、裸に近い格好でそんなことをされたら、平気であるはずがない。
かなりショックを受けていることは明らかだった。
リーザは、そういったことはされなかったものの、何も出来なかった敗北感が強いようである。
自分の、冒険者としての限界を感じていた矢先だっただけに、尚更苦しいのだろう。
事情が事情なだけに、迂闊に言葉をかけられなかった。
僕自身も、彼女達の裸に近い姿を見てしまっているので、下手に慰めようとしたら、逆に彼女達を傷付けてしまうかもしれない。
ソフィアさんからは、二人のことはそっとしておくように、と言われた。




