13話 防御者リーザ
宿に来る依頼は、相変わらずだった。
パーティーを組んだとはいえ、共に戦える依頼が無いのでは、一緒に行動するメリットは無い。
僕は力仕事を引き受け、ソフィアさん達は家政婦の仕事などを引き受ける日々が続いた。
報酬は安く、こき使われたが、ラナが戦士の訓練をする時間が必要だったので好都合だった。
僕も、攻撃魔法をきちんと使えるように努力をした。
不思議なことに、魔法の制御が不安定になることは無く、思った通りの出力で使うことが出来た。
そういえば、精霊は守護する人間が望まないことはしない、と聖女様が言っていた。
つまり、僕があの猿を狙った時、無意識にあの威力を望んでしまった、ということだろうか?
僕は反省した。今後は、そういったことがないように気を付けねば……。
「おはようございます、ルークさん」
ある朝、僕がロビーに行くと、クレセアさんが嬉しそうに挨拶をしてきた。
「おはようございます。何か、いいことでもあったんですか?」
「実は、とても良い依頼が来たんです」
クレセアさんは、依頼書をこちらに差し出してきた。
僕は、その内容を確認する。
確かに、とても割の良い依頼だった。
片道で一週間ほどかかる森まで行き、その地域以外の場所には殆ど生えていない薬草を収穫して帰ってくる、という内容だ。
所要日数が多いので、一日あたりの報酬は多くないものの、合計の依頼料は多めである。
そして、リスクが低いこともありがたかった。
行程の大部分で、比較的安全な街道を通れる。
収穫して運ぶ薬草は危険でなく、丈夫で傷みにくい。
当然ながら、森の中は危険だが、そうでなければ冒険者に依頼を出したりはしない。
総合的に考えれば、かなりおいしい依頼だと言えるだろう。
「この依頼は、ルークさん達にお願いしたいのですが……」
「いいんですか?」
「森の中では、どんな猛獣が襲ってくるか分かりませんので」
確かに、森に入ったら、人食い狼などと遭遇する可能性が無いわけではない。
「分かりました。ソフィアさん達に確認してみます」
「……その後、皆さんとは上手くいっていますか?」
「ええ、まあ……」
僕は言葉を濁した。
実際には、僕が良好な関係を保てているのはラナだけである。
ソフィアさんは、僕に敵意こそ示さないのだが、内心では何を考えているのか分からない。
リーザは、相変わらず常に不機嫌そうにしているし、レイリスは僕を避け続けている。
彼女達が抱えている欠点については、まだ話すら出来ていない。
そんな彼女達と、約二週間の旅をする……というのは、困った事態だと言えた。
「大精霊の力はあまりにも強いので、皆さんに戸惑いがあるのも無理はありません。ですが、ソフィアさん達にとっても、この宿にとっても、ルークさんの力が必要なんです。そして、ソフィアさん達の力も……」
「そういえば、クレセアさんに尋ねておきたい事があるんです。ソフィアさんは、聖女様の仲間だったにしては、何だか頼りないですよね? 攻撃魔法は相手に当てられないですし……」
僕がそう尋ねると、クレセアさんは言葉を選びながら言った。
「ソフィアさんは……2年前に大きな病気を患って、それをきっかけに聖女様のパーティーから抜けた……と、いうことになっています」
「……それは、本当はそうじゃない、ということですか?」
「病気になったことが、きっかけにはなったそうですが……本当は、その時にとてもショックな出来事があって、それが原因だったそうです。その心理的な影響で、戦闘にも悪影響が出てしまっているらしくて……」
クレセアさんは、詳しいことは言わなかった。
しかし、心理的な要因が影響しているなら、ソフィアさんの様子にも納得できる。
彼女が敵を撃つ時に目を閉じてしまうのは、結果を見たくない、という心理の影響だろう。
ひょっとしたら、ソフィアさんが、魔法を暴発させた僕のことを非難したのは、自分にも似たような経験があるからではないだろうか?
そんな想像までしてしまった。
「レイリス以外の3人は、まだ発揮できていない能力があると思うんです。どうか、皆さんをよろしくお願いします」
クレセアさんが深々と頭を下げた。
「……僕も、責任の重大さは分かっています」
そう、ソリアーチェを手に入れた僕には、大きな責任がある。パーティーにも、宿にも、世の中に対しても……。
「薬草の採取か……地味な依頼だな」
ラナは、少し不満そうに言った。
彼女は、猛獣を狩るような派手な依頼が好きなのだ。
「でも、森の中では、どんな獣に襲われるか分からないんだよ? 街道だって、盗賊が襲ってくる可能性が無いわけじゃないし。戦うことは覚悟して行かないと」
「貴方……この依頼、受けるつもりなの?」
リーザは、何故か呆れた様子で言った。
「そうだけど?」
「なら、たとえ魔獣に襲われても、森の中で広範囲攻撃魔法は使わないでね? でないと、薬草を全て消し飛ばすかもしれないわよ?」
「うっ……」
考えてもいなかった。
確かに、薬草を採取しに行って、目的の薬草を死滅させては元も子もない。
「……気を付けるよ」
「良い依頼ですね。今回も楽しみましょう」
「……」
ソフィアさんとレイリスは、以前と同じような反応だった。
先日のやり取りが嘘のようだった。
「まあ、往復の報酬がきちんと出るのは嬉しいよな」
話がまとまり、僕達はこの依頼を受けることにした。
「それで、新しい剣にはもう慣れてきた?」
道中、僕はラナに尋ねた。
「……動きは、以前より良くなったよ。ただ、破壊者の力は上手く発動しなくてな……」
ラナは、自分がこだわってきた力が不安定になったことに不満がある様子だった。
「力任せに剣を振り回すのをやめたのなら、それだけでも成長してるわよ。その調子で頑張ればいいと思うわ」
「……」
「何よ、その反応……」
「いや、まさか、リーザに励まされるなんて……」
「貴方、私のことを何だと思ってるのよ……」
リーザは不満そうな反応をしたが、僕も驚いていた。
「ですがラナ、気を付けてくださいね? 戦士として相手に接近したら、防御のタイミングは今よりもシビアになります。ラナは防御魔法が苦手なのですから、気を付けないと大怪我をしてしまいますよ?」
「分かってるよ」
「いや、ちょっと待って! ラナって、防御が苦手なの!?」
「そうだけど……大抵の戦士や破壊者はそうだろ?」
「それは違うよ! 確かに、防御者の魔法が使える戦士や破壊者は少ないけど、その分補助魔法で守りを固めて戦ってるんだよ?」
「それくらい、あたしだってやってるさ。ただ、攻撃と防御の切り替えが甘い、とはよく言われるな……。今までは、攻撃を空振りした後に防御をすれば間に合ってたから、困ったことが無いんだが……」
僕は頭を抱えた。
戦士や破壊者や格闘家は、敵に接近して戦う役割だ。当然防御が重要になる。
それが苦手だなんて……。
ラナが戦士を専門に出来なかったのは、防御が苦手であることが理由だったのかもしれない。
防御が甘い戦士なんて、役割として成り立たないからだ。
このパーティーには回復者がいないのに、これまでよく無事だったものだ……。
「そんなに心配するなよ。あたしだって、敵に接近した時の身の守り方くらい知ってるさ」
ラナはそう言うが、全く安心できなかった。
本当に大丈夫なんだろうか……?
日が暮れる前に、街道の途中にある集落で宿を取る。
「いっそのこと、全員で一部屋に泊まるか?」
ラナがそんな冗談を言ったが、誰も本気にはしなかった。
論外な話だし、そもそも、その宿には1人部屋しかないのだ。
当然、全員でバラバラに部屋を取った。
誰かが扉をノックした。
夕食後、風呂に入り、自分の部屋で休んでいた時である。
「ルーク、ちょっといい?」
この声は……?
僕が扉を開けると、そこにはリーザが立っていた。
「貴方に話したいことがあるの。入っていい?」
「い、いいけど……」
リーザは、何やら思い詰めた様子で部屋に入って来た。
彼女も風呂に入った後らしい。
肌や髪がしっとりとしていて、何だかドキドキした。
「……ちょっと、変なこと考えてないでしょうね?」
「か、考えてないよ!」
「言っておくけど、私に何かしたら、聖女様に告げ口するからね?」
「しないってば!」
「ならいいけど」
「……それで、話って?」
「……私、冒険者をやめようと思ってるの」
「……」
突然そんなことを言い出されてしまい、僕は何も言えなくなってしまった。
「私は、聖女様に憧れて冒険者になったの。できれば、聖女様みたいな回復者になりたかった。でも、私には適性が無かったのよ。だったら、他の役割で頑張ろうと思ったけど、なれたのは防御者だけ……。それでも、何とか頑張ろうと思ったの。でも、結局、自分には才能が無いんだって気付いたわ」
「……どうして、僕にそんなことを?」
「このパーティーを、ルークに任せようと思って。私が加わった時から、他の3人は危なっかしいから。お願いだから、皆を守ってあげて」
「僕は、しばらくしたら、このパーティーから抜けちゃうんだよ? だから、僕にはソフィアさん達を守り続けることなんてできないよ……」
「でも、貴方はラナの武器を替えることに成功したわ。私がどれだけ言っても無駄だったのに、よ。だから、貴方なら、このパーティーをもっと良くできると思うの。レイリスも、貴方の力が必要だと感じたから、貴方と組むと言ったんだわ」
「……お金は? 精霊の代金を、クレセアさんに返すんじゃないの?」
「アテはあるの。……若いうちじゃないと無理だから、早く決断した方がいいと思って」
「若いうちじゃないと、って……えっ! まさか!」
全身から血の気が引いていくのを感じた。
若い女性が大金を稼ぐ方法なんて限られている。つまり……。
「貴方、今、とんでもないことを考えたでしょ! 私、男に身体を売るつもりなんて無いわよ!」
リーザが、顔を真っ赤にして睨んでくる。
良かった、違ったのか……。
「じゃあ、どうやって稼ぐつもりなの?」
「貴族のお屋敷で働こうと思うの。以前クレセアさんに相談した時に、私を紹介することが可能だって言われたから」
確かに、リーザは若いし美人だし、知的な雰囲気だから、貴族のお屋敷にいても違和感は無さそうだ。
リーザが、突然僕の手を取った。
僕は、思わず身を退いたが、リーザは詰め寄ってくる。
「私がいなくなったら、皆をお願い。貴方だけが頼りなの」
「……わ、分かったよ」
「そう、良かった。じゃあ、また明日ね」
そう言って、リーザは僕の手を放し、部屋から出ていった。
吹っ切れた様子だった。




