11話 依頼達成
僕は、慌てて後ろに障壁を展開する。
僕の首筋を狙って振り下ろされたレイリスのナイフは、光の壁によって弾き飛ばされた。
「レイリス!?」
「死ね、化け物!」
叫んだレイリスが、僕に刃物を投げつける。
それは障壁に弾かれたが、投げた瞬間にレイリスは姿を消していた。
「やめなさい、レイリス!」
ソフィアさんが叫ぶ。
それに動揺したのか、僕の後ろに回り込もうとしていたレイリスが姿を現わした。
「どうして止めるの!?」
「ルークさんは敵ではありませんから」
「あんな力を持っているなんて……こいつは人間じゃない! 絶対に魔生物!」
涙目でレイリスが訴える。
ショックだった。僕が魔生物と間違えられるなんて……。
魔生物とは、魔力によって生まれた存在の総称である。
生物のような姿をしていることが多いが、そうでない場合もある。
いつ、どのように発生するのかは分らない。魔獣以上に謎の多い存在だ。
精霊は、人間を助けてくれるため特別扱いされているが、彼女達の正体も魔生物である。
精霊以外の魔生物は非常に珍しく、その存在が確認されるのは数年に一度と言われている。
しかし、一度現われれば、その存在は人類にとって脅威だ。
かつて出現した「ドラゴン」と呼ばれる魔生物は、国をも滅ぼしてしまったという。
そして、魔生物の中には、人と同じ姿をしている者や、人の身体を乗っ取る者がいる。
レイリスは、僕がそういった化け物だと判断したのだ。
「ルークさんが魔生物であるはずがないでしょう? ですが、彼が隠し事をしているのは確かですね」
ソフィアさんはこちらを見た。彼女は笑顔を浮かべていた。
「ソリアーチェ、ようやく会えましたね。きっといつか、貴方の姿を見られると信じていました」
「ソフィアさん、あの精霊の事を知ってるのか?」
「はい。ソリアーチェも、ヨネスティアラ様のソルディリアも、名前を付けたのは私なんです」
「えっ……!」
ソフィアさんが、ソリアーチェの名付け親だって?
聖女様が名付けたんじゃなかったのか!
「さあ、その子の本当の姿を見せてください」
ソフィアさんに促され、僕はソリアーチェを本来の姿に戻した。
人間と同じ大きさになったソリアーチェの髪が広がり、金色の光が放たれる。
「……それ、まさか……」
「……大精霊……」
ラナとリーザは、呆然として呟く。
レイリスは、完全に硬直して声も出せない様子だった。
ただ一人、ソフィアさんだけは、感激した様子でソリアーチェに近付いた。
「ソリアーチェ! 会いたかった!」
慌てて制止しようとしたが間に合わず、ソフィアさんはソリアーチェに抱き付いた。
自分が扱えない大きさの精霊に触れるのは、かなり危険な行為だと言われている。
精霊の機嫌を損ねてしまい、大怪我をさせられることがあるからだ。
精霊だって魔生物なのだ。莫大な魔力を保有する、本来ならば危険な存在なのである。
小さな精霊ならば、純粋な好意を込めて触る分には問題無いのだが、格上の精霊に迂闊に触れれば、指や手を吹き飛ばされるかもしれない。
ましてや、大精霊に抱き付くなど自殺行為だ。
しかし、ソフィアさんに異変は起こらなかった。
ソリアーチェが、眉を寄せて僕の方を見てくる。どうすれば良いのか分からない様子だ。
彼女が表情を変えるところを初めて見た。
「……ソフィアさん。ソリアーチェが困っていますから……」
「あら、ごめんなさい」
ソフィアさんが放すと、ソリアーチェは僕に抱き付いてきた。
「……ソリアーチェ、それは真似しない方が……」
なんといっても、ソリアーチェは等身大の女性の姿なのだ。
大精霊を支配して変態的な行為に及んでいる、などと思われたら、聖女様に合わせる顔が無くなってしまう。
精霊に下心を込めて触れてしまい、嫌われて逃げられてしまった男性冒険者は、実は珍しくないらしい。
そんな変態の仲間入りした、などと思われたら身の破滅だ。
幸い、ソリアーチェはすぐに僕から離れてくれた。
しかし、今度は僕の背中に隠れるようにしがみついてきた。
まるで、僕を怖がっていた時のレイリスのようだ。
そういえば、ソリアーチェはずっと精霊石の中にいて、殆ど人と接したことがないはずである。
いきなりソフィアさんの激しいスキンシップを受けたら、どうすれば良いのか分からなくなっても無理はない。
「なあ、一体何がどうなってるんだ?」
ラナは、状況が理解できない様子で尋ねてきた。
「ソリアーチェは、ヨネスティアラ様が、精霊石に宿った状態のまま保有していた大精霊です。数百人に試しても適合した方はいらっしゃいませんでした。まさか、ルークさんがソリアーチェを宿していたなんて、とても驚きました」
「ちょっと待ってよ……! こんな奴が、聖女様と同格だっていうの……?」
リーザが、頭を抱えて首を振る。
自分が見た光景が、受け止められないらしい。
「それはおそらく違うでしょう。ルークさんが、ソリアーチェを使いこなしているようには見えませんもの。わざわざソリアーチェを縮めていたのも、そのあたりに理由があるのではないですか?」
ソフィアさんが正確に指摘してくる。
さすがに、聖女様のパーティーのメンバーだっただけのことはある。
普段の様子からは乖離した鋭さだった。
「……良く分からないな。つまりどういうことなんだ?」
「それを説明する前に、報酬を頂きに参りましょう。先程の魔法で、きっと村は大騒ぎです」
「……この状況で、報酬なんて払ってもらえるのかしら?」
リーザが、周囲を見回して呟いた。
確かに、何十本もの木々が、枝も葉も消し飛んでしまっている状況はまずい。
森に不要な損害を与えたことを追及されて、報酬を減らされたり、支払いを拒否されたりするかもしれない。
「そこはリーザにお任せします」
「……」
リーザはうんざりした顔をした。
結局、報酬は約束の額を払ってもらえた。
僕らが姿を見せると、村人達は亡霊でも見たかのように恐れおののいた。
どうやら、あの魔法を放ったのは魔獣だと思い込んでいたらしい。
リーザは村長に、敵が猿の魔獣だったことと、その魔獣は僕の魔法で跡形もなく消し飛んだことを説明した。
村長は、とても信じられない、という様子で疑わしげだった。肝心の魔獣を誰も見ておらず、死体の一部すら残っていないのだから無理もない。
しかし、僕が放った魔法を村長も見ており、僕達が生きていることは事実である。
渋々、といった様子だったが信じてくれた。
リーザが、報酬の値上げ交渉を行わなかったことも幸いした。イノシシの死体は残っており、その報酬としてならば、元々決めてあった金額を受け取るのは当然のことだからだ。
森の一部に大きな損害を与えたことについては、全く追及されなかった。村の人々は、僕が使った魔法のインパクトが強すぎて、補償を求めるという発想が出てこない様子だった。
「……あのような魔法が使えるのなら、皆様はもっと良い宿に転籍すればよろしいのでは?」
村長は、最後にそう指摘した。
本音を言えば、そうしたいと思ってしまう自分がいた。
帰り道で、僕はソフィアさん達に、聖女様からソリアーチェを受け取った経緯について説明した。
僕の話を、ソフィアさんはニコニコしながら聞いてくれた。
ラナも、僕の話にいちいち驚きながらも、楽しそうに聞いてくれた。
一方で、リーザは信じられない様子で何度も首を振り、レイリスは黙り込んで何の反応も示さなかった。
そして、僕が聖女様から「闇夜の灯火亭」を立て直すよう依頼されたことを話すと、リーザは叫んだ。
「どうしてそうなるのよ! 貴方、やっぱり私達を騙そうとしてるんじゃないの!?」
「……それは、聖女様が考えたことだから、僕には何とも……」
実のところ、僕にも、聖女様が何故あんな依頼をしたのか分からないのだ。
分からないことには答えようがない。
「それは、おそらくルークさんを成長させるためでしょう」
「……つまり、ソリアーチェを使いこなせるようにするため、ということですか?」
「それだけではありません。大精霊の力を借りるだけでは達成困難な課題を与えることで、ルークさんの人間的な成長を促すことが目的なのだと思います。そういった経験をさせなければ、ルークさんが大精霊に頼り切った人になってしまいますから。それでは、人望は得られません」
ソフィアさんに、痛いところを指摘されてしまった。
実は、大精霊を手に入れた僕に対して、聖女様の仲間は好意的でなかった。
いや、むしろ、僕を敵視する態度すら見せていた。
聖女様としては、僕をすぐに仲間にするわけにはいかなかったので、時間稼ぎのためにこんな依頼を出したのではないか?
そんなことを考えたこともあるくらいだ。
大精霊の力だけでは解決出来ない問題を解決させる。
それによって、僕自身の評価を上げることが、聖女様の目的なのだろうか?
「でもさぁ、達成困難っていっても、今回みたいにルークが敵をぶちのめせば、宿の評判が上がって簡単に達成できるんじゃねえの?」
「確かにその可能性はあるでしょう。ですが、ルークさんは聖女様の仲間になるのですから、いずれは私達の宿からいなくなってしまいます。その後で宿が潰れてしまうような状況でしたら、聖女様は依頼が達成されたと認めないと思いますよ?」
「ふーん……。それにしても、聖女様はあたしたちの宿のことを、随分心配してくれてるんだな」
「クレセアさんは、聖女様のお知り合いだと聞きました。私が来たのも、その話を聞いたからですから」
「そうだったんですか……」
「宿を一つ立て直したくらいで、こいつが立派な人間になれるとは思えないけど……」
リーザは、釈然としない様子で首を捻った。
「まあいいじゃないか。ルークさえいれば、あたしたちは成功間違い無しだ!」
「ラナ、ルークさんに依存してはいけませんよ?」
「分かってるって!」
ラナは、口ではそう言うが、心の底からそう思っているわけではなさそうだった。
しかし、それでは困るのだ。僕が聖女様の仲間になれたとしても、その後でこの宿がすぐに潰れる、などということになったら、とても残念なことである。
それに、彼女達が僕に頼り、僕がソリアーチェに頼る構図になってしまえば、ソリアーチェに負担がかかり過ぎる。
精霊の酷使を防止する意味でも、そのような状態になることは避けたかった。